あ
西園寺 有里素
第1話
つき刺すように強い日差しが、ジェニーの部屋に差し込む。ジェニーは腹ただしげにカーテンを閉じた。マイアミに越してきて、3か月がたったばかり。ジェニーの住むマンションは、なんとなく小汚いような見た目の5階建ての建物だった。窓を開ければ、夏には強い日差しが、冬には凍るような冷たい風が入り込む。前に住んでいたシアトルのマンションは、ここまで居心地は悪くなかった、とジェニーは考えてしまう。部屋のカーテンを閉じると、全体が暗くなる。まるで映画館のような暗さだ。それがジェニーにとってはなぜか心地よかった。
部屋の隅におかれたソファーに座ると、パソコンの画面を開く。検索画面を開こうとして、Wi-Fiにつながっていないことに気がついた。ジェニーはため息をついた。このマンションはつくりがやや古いため、Wi-Fiに繋がるのに時間がかかる。30分ほど待って、やっと繋がった。いつものようにメールをチェックする。5、6週間前まではシアトルの友達からメールが届いていた。あるいはチャットの誘いがきていた。だが、しばらく誰からもメールは届いていない。今日も誰からもきていない。きっと忙しいのだろう、そうジェニーは思っていた。もしかすると、テスト勉強をしているのかもしれない。サマーキャンプにでも行っているのかもしれない。そうジェニーは自分に言い聞かせていた。そのとき、ポンと音がした。メールがきたことを知らせるサウンドだ。あわてて開くと、きていたのはときどき使う数学解説をしてくれるマスリー社からのアカウント確認のお知らせだった。
タイトル:アカウント確認
本文:いつもご利用ありがとうございます。当社はユーザーのアカウント確認を行っており‥
ジェニーは半分も読まずにパソコンをパタンと閉じた。べつに、おかしなことは何も書かれていなかった。ただの大企業からの一斉メールだ。だが、礼儀正しく淡々と書かれたそのメールの文字が、ジェニーにはまるで石のようにつめたいもののように見えた。角ばった文字を見ているうちに、まるでどこか遠い国に連れていかれ、そこでまったく知らない人にそっけなく話しかけられたような気分になってきたからだ。
そのとき、はっとジェニーは気が付いた。シアトルの友達にとってジェニーは遠い存在になったのだと。薄々気がついてはいたのかもしれない。だからか、さびしいとか悲しいとか、そういう気持ちは沸いてこなかった。ただ、その事実がジェニーの心の中にしみていった。厳しいテストの結果を目にしたときのように、心に響いていった。
ジェニーはソファーから立ち上がった。カーテンを開けると、日差しが少しだけ弱まっている。部屋に入り込んだ風が、壁にかけてあるカレンダーをパラパラとめくる。気がつけば、8月も終わりだ。新学期ももう、迫ってきていた。
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