物たちが語る、怖い体験集

🌻さくらんぼ

ピアノ〜白い夜

 とある日の暗い真夜中のことでした。

 家の中の人間は眠りの中で、耳が痛いほどに静かな時のことです。


 ――わたしのところに、なにやら向ってくるのです。

 ぼんやりとした白い影が。


 真っ黒の部屋というキャンバスの中に、それはユラユラと不気味に光っていました。


 わたしは息を潜め、身を固くします。

 白い影がいなくなることを一心に願って。




 影はドンドン迫って来ます。

 わたしは恐怖のあまり、目を瞑りました。



 一面の黒の中、影の気配だけが、浮き上がって来ます。




 と、鍵盤の上を冷たい何かがすり抜けました。





「ヒ、ケ、ナイ……」





 消え入りそうな細い声。


 金属を引っ掻いたような、嫌な音でした。



 もう一度、鍵盤の上を冷たいものが滑ります。





「ヒケナイ……。ヒケナイ!」





 耳をつんざく悲鳴のような叫び声に、それは私を力強く叩きつけました。


 先程まですり抜けることしかできなかった何かが、のしかかってきたのです。

 そこから痛みが広がります。


 痛むのは鍵盤のはずなのに、更に内側を――心をえぐられたような痛みでした。



 あまりの恐ろしさに、私は音を出すことができません。









「ヒケナイ、ヒケナイ、ヒケナイ、ヒケナイ、ヒケナイ、ヒケナイ――!!」



 悲痛な叫びが、暗闇の世界に鋭く飛び散るのでした……。





 ☆ ☆ ☆




 あれがなんだったのかは、未だにわからないのです。


 ただ、あの日を境に、時々おかしな音が出るようになりました。私の中に、染み付いてしまったのです。

 金属を引っ掻くような、細い音が。



 それはちょうど――

 あの夜に聞いた音に、そっくりなのでした。

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