第30話理由

「リリーさんごめんなさい。

お仕事を辞めようと思います。

本当に良くしていただいたのに

申し訳ありません」

「大丈夫?何かあったの?」

「いいえ、大丈夫です。

自分と、家族を大切にしようと思います」

「分かったわ。花ちゃんがいなくなると

うちも辛いんだけど、仕方ないわね」

「本当にすみません。

今までありがとうございました」

「こちらこそ。じゃ、元気でね」

「リリーさんも、お元気で」


過ぎ行く景色を眺めながら

リツを思い返す。

結婚後

夫以外と肌を重ねることはなかった。

肩を抱く。

自分の身体に残る、リツごと抱きしめる。

苦しさも半分、貰ってきたようだった。



リリーは困っていた。

山田から花の予約の催促をされていた。

他の人…はダメよね。

しかたないな。

「山田さん、大変申し訳ありません。

花は辞めました。

予約はお取りできなくなりました」

すぐさまスマホが鳴る。

やっぱり…

「はい、ホワイト…」

「辞めたって、どういうことですか?」

「実は、少し前から話は出ていて

続けるかどうか悩んでたみたい」

「いつ辞めたんですか?」

「今日で終わりです」

「理由は何ですか?」

「分からないけど…」

「何かあったんですか?」

「何もないとは言ってたけど…」

「…」

「ほんとにごめんなさいね。他の人なら予約できるけど…」

「結構です」

「そうよね…」


自分のせいなのか?なんで…

そればかりが頭をぐるぐる回る。

オレを受け入れてくれたんじゃないのか?

本当は嫌だったのか?

もう、二度と会えないのか…

今日で終わり…金曜日

リツ!リツと会ってるんじゃないのか?

すぐに電話をするが、捕まらない。

LINEも既読がつかない。

残業を断り、マンションへ向かう。

インターホンも反応なし。

部屋の明かりも点いていないので

近所でしばらく待つ。


何かおかしい。

二人の間に何かあったに違いない。

今度はそればかりが頭をぐるぐる回った。


部屋の明かりが小さく点いた。

ドアが開くなり問い詰めた。

「おまえ、花さんと何かあったのか?」

リツは無言で奥へ入る。

「何もないよ」

「今日、どこで会った?」

「どこでもいいだろ。

なんだよ、何しに来たんだよ」

「花さんが辞めた理由を聞きに来たんだよ」

「…」

テーブルの上に花の書き置きがあった。


「おまえ…花さんに何したんだよ!」

山田が掴みかかった。

「花さんは、オレを受け入れてくれたんだ」

「なんだよ…なんだよソレ…

お前何したんだよ!」

リツを突き飛ばす。

「…」

「違う!花さんはオレを受けい…」

そこまで言って山田は膝をついた。

小さく丸まり、背中が震えている。

「ごめん…」

リツが小さく呟いた。

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