踏切警報人と俺の恋

@Dingo0221

第1話 踏切警報人と俺の恋

 いつの頃からだろうか? 踏切警報人の声が好きになったのは――幼少の時には気にも留めてなかったのに……。


◆◆◆◆◆◆


 もう俺も高校生だ。

 恋愛にも敏感になる。

 そんな俺が初恋を患ったのは入学式の日だった。


◆◆◆◆◆◆


 桜の花びらが舞い、新芽の息吹を感じる季節。

 これから通う高校の手前にある踏切に立っている女の子――踏切警報人を見た瞬間背筋から脳にかけて電流が走ったのだ。

 その瞬間、俺はこれが一目惚れだとすぐにわかった。

 胸がまるで踏切警報人の声と同じ速度で鳴っているのだ。


「カンカンカン」

「ドクンドクンドクン」


 俺の胸の高鳴りは電車が通った後、踏切警報人の声が止んだ後も続いていた――

 上に振られていた赤い旗は、既に下ろされ安全だと示していた。

 そしてゆっくりと踏切の棒が上へと移動していく。


「どうぞ、みなさんお気をつけてお渡りください」


 その声と共に周りの人々が歩き始める。

 だが、俺は歩けずにいた……初めて見る踏切警報人の女の子があまりにも可愛く俺はその場を動けなくなる。

 そしてまた電車が来たのか踏切の棒が下りてくる。


「気をつけてください、電車が来ます。カンカンカン」


 ああ、なんて透き通るような声なんだ……。

 俺は線路を渡る事を忘れ、ただその声に聞き入っていた。

 ゴゥと電車が通過し、踏切警報人の姿が視界から消える。

 いや、正確には通過している電車の間からだがチラチラと踏切警報人の姿が見えている。

 髪は薄いピンク色で紺の制服がよく似合っていた。


「カンカンカン」


 電車が通過し、踏切の棒が上へと移動する。

 今度は渡らなければ……。

 そう思いながら踏切警報人のアナウンスを待つ。


「どうぞ、みなさんお気をつけてお渡りください」


 それと同時に俺は足を進める。

 なるべく近く――それでいて何か話すきっかけは無いかと脳を振り絞って考える……が、いい案はすぐには出てこない。

 通過する瞬間、俺は踏切警報人と目がすれ違う。

 透き通るようなエメラルドグリーンの瞳をしていた。

 そして踏切警報人の付けている香水、薔薇の匂いに鼻腔がくすぐられる。

 俺は通過して三歩程歩いて止まった後、後ろにいるであろう踏切警報人に向かって振り返らずに言う。


「あ、あの……名前を教えてもらってもいいですか?」


 少しの沈黙が流れる。


「ええと、業務規則でしてそういうのは……」

「そ……そうですよね。すいません」


 俺は振り返り顔を見られない様にお辞儀する。

 血液が顔に溜まり、まるで脳が沸騰しているような感覚に襲われていて、自分でも顔が弾ける寸前のトマトの様になっているのを自覚しているからだ。

 呼吸を整え少し顔をあげると、踏切案内人は「ふふっ」と軽く笑いこちらを見てくる。


「道中気をつけてくださいね」

「は……はい!」


 なんていい日なんだろうか。

 まるで日光を初めて浴びた新芽の様に清々しい気持ちになった。

 たった一言貰えただけでこんな気持ちになるなんて――

 俺はその日、とても上機嫌で学校につき、始業式を終えた。


◆◆◆◆◆◆


 その帰り道、線路で踏切警報人と何か話せないかと思惑する。

 せめて名前だけでも……そう思わずにはいられない。

 そんな事を考えている最中も既に線路が近づいてくる。


「カンカンカン」


 またあの透き通るような声だ――

 俺は考えるのを止め踏切警報人の隣に立つ。


「カンカンカン」

「いい声だ――」


 無意識に言葉が漏れる。

 このまま電車がずっと通ってくれればいいのに……。

 そんな甘い考えは踏切の棒と共に空へと流されていく。

 俺はただじっとその場に立ち尽くしていた。


「お客様……渡らないのですか?」

「あ……あの、名前を教えてもらえないでちゅか?」


 俺は咄嗟の言葉を噛んでしまう。

 恥ずかしさのあまり、今にも頭の血管が破裂しそうだ――


「今朝も聞いてましたよね」

「は……はい!」


 当然教えてもらえないだろう。

 だが、それよりも今朝の事を覚えてくれていた事が俺にとっては嬉しかった。


「ふふっ、普通なら業務規則で教えられないのですが特別ですよ? 藤村 薫と言います」

「藤村……さん」

「はい」

「あ……ありがとうございます!」


 俺はまるでアイスの当たり棒を引いたような気分になる。

 表情に出ていたのか、彼女がまたしても「ふふっ」と可愛らしく道端に咲いているたんぽぽのような健気な笑みを俺に向ける。

 恥ずかしくなり俺は駆け足で踏切を渡る。

 そして渡った後、もう一度大きな声でお礼を言い、家路につく。


◆◆◆◆◆◆


 家に帰り、ベッドに寝ころぶ。

 今日初めての初恋、そして一目惚れの感覚が体中をこそばゆくする。


「これが恋か、まじかよ……」


 今まで特に女子に対して思う所も無かった俺が初めて出会った女性――踏切警報人に恋をしたのだ。

 すぐさまベッドから起き上がり雑誌の山を崩していく。


「確か……これだ」


 雑誌の山から一冊の本を取り出しページを捲る。

 そして探し当てたのは「気になる女性に猛アタック!」と書かれたページだ。

 昨日の俺なら見向きもしなかったページを食い入るように見つめる。


「ええと……まずは、相手の好きな事を聞きましょう」


 業務規則で教えてくれないだろう。


「次は軽く挨拶をしつつ親密になるまで距離を縮めましょう」


 これはいけるな。


「最後に手紙を用意し、告白しましょう」


 手紙……買いに行かないと――

 今はまだ必要ない手紙を、俺はすぐさま買いに行く。

 財布を手に階段を駆け下りる。

 そして玄関へ向かう途中、後ろから母ちゃんの声が飛んでくる。


「達也! どこ行くの?」

「買い物ー」

「なら醤油も買ってきてくれない?」

「ん、わかった」


 気のない返事をして俺は近くの商店街へと繰り出す。


◆◆◆◆◆◆


 文房具屋に着き、いつもの店員……お婆ちゃんに相談することにしてみる。


「お婆ちゃん、久しぶり」

「あら、たつ君。大きくなったわね」

「うん、もう高校生だもん」

「そうかい、それで? 何か必要な物でもあるのかい?」


 俺は素直に「ラブレターを書く用紙ってどれがいい?」なんて聞けるほど度胸は無い。

 なのでここは少し違う方向から聞くことにする。


「最近の女の子が好きそうな紙ってどんなのかな」

「んー? なんだい、女性に手紙でも渡すんかい?」

「いや、友達に頼まれてね……どんなのが喜ぶのかなと」

「そうかい、そうだねぇ……あの花柄の黄色くて可愛いのなんてどうだい?」


 俺はお婆ちゃんの指さした方に行き、紙を手に取る。

 確かに可愛い、これなら藤村さんも喜ぶかもしれない。

 後は……これを入れる封筒だ――

 さすがに郵便局などで使う茶封筒に入れるのはどうかと思い色々と見渡す。

 すると、花柄の付いた封筒を発見する。


「うん、これだな」


 俺はその二つをお婆ちゃんの所に持っていきお金を払う。


「たつ君もしかしてラブレターでも書くんかいの?」

「え?」


 どうしてわかったの? なんて聞けるわけがない。

 お婆ちゃんは何も言わず「ふふっ」と軽く笑う。

 俺は恥ずかしくなり俯いてしまう。

 そんな俺を思ってかお婆ちゃんが言葉をかけてくる。


「ラブレターは想った事を書いたらいいだけだよ。他に取り繕った言葉なんていりゃしないのさ」


 顔を上げお婆ちゃんの顔を見ると、何だかふつふつと勇気が湧いてきて俺はそのまま家へと一直線に帰った。

 もちろん醤油の事なんて忘れていて母ちゃんに怒鳴られたのは言うまでもない。


◆◆◆◆◆◆


 その夜、俺は勉強もせず花柄の付いた手紙を前に悪戦苦闘していた。

 想った事を書く――とても難しい事だ……。

 最初はスラスラと書けていたが、次第に恥ずかしくなり書きなおす……それをを何度も繰り返す。


「ああー、どう書いたらいいんだ……わからねぇ」


 俺は天井を見上げ、匙を投げる。

 そんな中、母ちゃんの声が聞こえてくる。


「ご飯よー」

「はーい」


 俺はラブレターを書くのを今日は諦め、食事に行く。

 今日はもうラブレターの事は考えないで明日の俺に任せよう。

 むしろ藤村さんの事を何も知らないのに何が書けるというのだろうか――

 俺はそんな事を思いながら晩飯を食べに下の階へと行く。


◆◆◆◆◆◆


 今日もまた登校の時に彼女が電車の危険を知らせる。


「カンカンカン」


 その言葉を聞きながら俺は電車が通り過ぎるのを待つ。


「どうぞ、みなさんお気をつけてお渡りください」


 俺は渡ると同時に藤村さんの所で立ち止まる。


「あの……今日はいい天気ですね」

「そうですね、とても晴れ渡って気持ちいいですね」


 何気ない言葉が俺の心に響く――


「い、行ってきます!」

「お気をつけて」


 そんな他愛ない会話でもとても嬉しくなって心が躍ってしまう。

 学校に行っても結局藤村さんの事ばかり考え、授業に集中できない……。

 今も彼女はこの晴天の中で色々な人に「電車が来ます」と言っているのだろうか――

 下校の時間、少し空が曇りパラパラと雨が降ってきていた。

 俺は傘を持って来ておらず、鞄を頭に抱え雨を凌ぐ。

 ふと雨の日は藤村さんはどうしているのだろうと思ってしまう。

 俺は急いで家路につく。

 踏切に付くと、いつも通り藤村さんがいた。

 カッパを着ているが間違いなく彼女だ。


「カンカンカン」


 雨の音に負けないように精一杯の声を出している藤村さんはとても頑張り屋さんなのだとわかった。

 そして電車が通り過ぎ、線路を渡る時に話しかける。


「雨が降ってきましたね」

「ええ、そうですね……雨の音に負けないように頑張ります」


 そう言うと藤村さんはとびっきりの笑顔を俺に見せてくる。


「あの、俺……木村 達也っていいます! あの……頑張ってください!」

「はい、ありがとうございます。木村さん」


 笑顔で返された言葉は俺の心臓を高鳴らせるのに十分だった――


◆◆◆◆◆◆


 朝に挨拶をし、帰りにも挨拶と同時に少しだけ色々と聞いてみる。

 「業務規則で教えられない」という返事もたまにあったが、それでも彼女の事を知りたくてしつこくならない程度に聞くと、少しずつではあるが日が経つにつれ教えてくれた。

 彼女は研修でここに来ているらしい。

 そして趣味は釣り、主にブラックバスを釣りに行くらしい。

 好きな場所は山の上の神社らしくそこからの夕陽はとても綺麗だとか……。

 もう何度話しただろうか? 初夏の暑さが彼女の制服を半袖に変えた頃、ある噂が流れた。

 それは踏切警報人を機械化して経費削減しようというものだった。

 俺はそんな噂を信じる事が出来なかった。

 だからといって直接藤村さんに聞く勇気は俺にはなかった――


◆◆◆◆◆◆


 夏休み前になり、駅の前で団体が何かしているのが見え、俺は興味をそそられその場に行く。

 そこには踏切警報人の機械化反対と書かれた垂れ幕を持った人々だった。

 俺はそれを見て心臓が抉られるような感覚になった。

 あの噂、本当だったんだ――

 信じたくない事を目の前に突きつけられ眩暈で膝をつきそうになる。

 だが、膝をついたところで何も変わらない。

 だからこそ配っているチラシを受け取り目を通す。

 踏切警報人を機械で代用することに対しての反対運動、そして署名をしてくれという物だった。

 俺はチラシを配っていた女性に言う。


「あの……俺もこの運動に参加させて貰えませんか?」

「え……いいんですか?」

「はい、学生なので夕方くらいしかできないですけど――」

「いいのいいの。ありがとうね」


 そう言うと女性はタスキを俺に渡す。

 俺は署名を集めるために通行人に何人も話しかけた。

 時代の流れとして踏切警報人が機械に変わるのも仕方ないとは思う。

 だが、もし機械に変わってしまったら藤村さんはどうなるのだろう?

 俺はただ自分の欲望のために署名を集まる……。

 そんな中、踏切の所からいつもの声が聞こえてくる。


「カンカンカン」


 これがもし機械になったらどうなるんだろう?

 正直想像ができない……藤村さんの声のかわりに無機質な音が鳴るのだろうか。

 そんな事を考えながら、藤村さんの声にも負けないように俺は大声で反対運動のキャッチフレーズを叫ぶ。


「踏切警報人を機械化するなんて大反対!」


 その後に俺の想いも付け足しておく。


「俺は嫌です。人の温かい声から機械の無機質な音になるなんて大反対です。人の声だからこそ、耳を傾けるんじゃないんでしょうか?」


 これは本音だ――

 実際に機械化されても音は耳には入るだろう。

 だが、人の声という温もりがあるからこそ人は耳を傾ける。

 俺は藤村さんの温かい声にいつも元気づけられてきた。

 きっとそんな人が他にもいるはずだ。

 そんな事を思いつつ叫ぶ。


◆◆◆◆◆◆


 反対運動をやりはじめてから何時間経っただろうか――もう日が沈み暗くなっていた。


「おつかれさん、ほれ」


 男性から缶ジュースが胸元に投げられ、それを慌ててキャッチする。


「これで機械化されなきゃいいんだけどな」


 男性が藤村さんを見ながら言う。


「きっと効果ありますよ。署名だってそこそこ集まってるみたいだし……」


 後ろにあった机の上の紙の束を見つつ答える。


「だといいな……昔ながらの人の声が機械の音になるなんて想像できないよな」


 男性が缶コーヒーを飲みながら答える。


「明日もがんばりましょう! きっと駅の人も考え直してくれますよ」

「ああ、そうだな」


 男性が空き缶をゴミ箱に捨てるのを見て、俺も飲み干した缶をゴミ箱に捨てる。

 そしてその日から俺は反対運動を夏休みを通してやる事になった。


◆◆◆◆◆◆


 夏休みももう終わりをつげるひぐらしが鳴る頃になると、署名された紙の束もそれなりになり駅の上層部も考え始めているという噂も立っていた。

 俺は藤村さんの所に行き、今日の報告をしにいく。

 最初こそ「気にしないで下さい」「これも時代の流れですから」と言われたが、俺の熱意を感じてくれたのか……その内「頑張ってください」と言ってくれるようになってくれていた。

 そして最近では差し入れと言い、缶ジュースを一本持って来てくれ一緒に飲みながら雑談までするようになっていた。


「藤村さんも今日は終わりですか?」

「はい、木村さんも終わりなんですね」

「ええ、だいぶ反対署名も集まったしこれなら……」

「そうですね、上層部も今その事についてどうするか考えてるみたいです」

「そうなんですか!」


 俺はやった! と思いつつ藤村さんの方を見る。

 だが、藤村さんは少し寂しげな表情を浮かべていた――今思えば俺はこの時、藤村さんが何故こんな顔をしたのか考えておけばよかった。


◆◆◆◆◆◆


 二学期の始め、ついにと言うべきだろうか?

 署名を束ねて駅の上層部に渡し、とうとう根負けして機械化の話が流れたという話が反対運動の人々の間に流れていた。

 商店街でもこれはすぐに噂になり、めでたいとみんなが喜んだ。

 俺はすぐさま藤村さんの所に向かう。

 彼女はいつも通り、人々に電車が通る事を警告する仕事についていた。


「ふ……藤村さん、聞きましたか?」

「ええ、機械化しないみたいですね。みなさんのおかげですよ」

「本当に、みんながんばりましたから! これで藤村さんもずっとここにいれますね」

「…………そうですね」


 彼女は「ふふっ」と可愛らしい笑顔を向けてくる。

 何かが引っかった……だが、そんなことよりも機械化しないという喜びと充実感で何も考えられなかった。

 それよりも――


「あ、俺帰りますね」

「もう…………ですか?」

「ええ、今日帰ってやらないといけない事があるので……」

「そうですか……反対運動の事ありがとうございました。そしてさよなら……」

「え? ああ、また明日」


 そう、俺には帰ってやるべきことがある。

 帰り道、俺は何処にも寄る事なく家へと帰ってきた。


◆◆◆◆◆◆


 机に向かい手紙を前に俺は頭を抱える。

 夏休みの宿題がまだ残っていたとかそういう事ではない――そう、ラブレターだ。

 今まで何回も書き直し、そしてようやく完成させたラブレター。

 それを何度も読み直し確認する。


「よし、これを渡そう」


 俺は決心し、手紙を花柄の封筒に入れる。

 そしてそれを制服のポケットに優しくしまう。

 明日渡そう……そう思ってる今も頭に血が上ってる事が自分でもわかる……。

 勝負は明日の朝、登校中だ――


◆◆◆◆◆◆


 朝になり雀がチュンチュンとどこかの屋根か電柱で騒がしく叫んでいる。

 その鳴き声を聞きながら身体を起こし背筋を伸ばしながら欠伸をする。

 今日こそ藤村さんに想いを告げるんだ。

 俺は制服を着た後、ポケットに入れたラブレターをそっと触る。

 そして今日が良い日になるように願いながら家を出る。


「行ってきます」

「いってらっしゃいー」


◆◆◆◆◆◆


 線路につき電車が通っている事を確認する。

 だが、いつもと違う事にすぐに気づいた。


「カンカンカン」


 声が違うのだ。

 電車が通り過ぎ、踏切警報人を確認するが藤村さんじゃない……。

 風邪でも引いたのだろうか?

 俺はその知らない踏切警報人の所まで行き、藤村さんについて聞いた。

 すると、藤村さんは研修を終え転属されたと言うのだ。

 俺はすぐに眩暈を覚え片膝をつく――

 頬には覚えがない涙が流れていた……。


「大丈夫ですか? お客様」

「ひぇ、え、ええ……す、すいません」


 俺は言葉を上手く発せずにその場をすぐに立ち去る。

 学校までの道のり……いつもなら上機嫌で短いはずなのに何故か今日は凄く遠い。

 俺の頬はずっと涙が流れている。

 これが失恋なんだろうか……

 胸が苦しくなり張り裂けそうだ。

 こんな状態で学校に行くのか? 俺は立ち止まり学校とは違う進路へと進む。


◆◆◆◆◆◆


 着いたのは山の上にある神社――ここから藤村さんは……見えるわけがない。

 俺は一番上の階段に座り込みただ下の街並みを見渡す。


◆◆◆◆◆◆


 昼になりそして夕陽が顔を出した頃には俺の涙も枯れていた。


「帰るか――」


 空を見上げ、ボソリと一人呟き立ち上がろうとする。


「カンカンカン」


 ふいに下から聞き覚えのある声が聞こえ、心臓が高鳴る。


「カンカンカン」


 忘れない、何度も聞いた声だ――

 俺はすぐさま下に視線を移す。


「藤村さん……」

「カンカンカン」


 その透き通った声に枯れたはずの涙がまた頬を伝う。


「言いませんでしたか? ここは私のお気に入りの場所だって――」

「じっでまず……だがらごごにぎまじだ」

「何で泣いてるんですか?」

「うう……」


 彼女は意地が悪い――ふふっと軽く笑い俺の横へと座る。


「あの……ごれ、うげどっでくだざい……」

「ごめんなさい、受け取れません」

「業務規則……でずが?」

「いえ、その手紙に書かれた事を知っているからです」

「ぞれっで――」

「私は隣町に配属になったんです。遠距離恋愛になってしまいますけどいいですか?」


 彼女はずるい――俺は涙を流しながらただ首を縦に振る事しかできなかった。


◆◆◆◆◆◆


 こうして俺と藤村さんは遠距離で付き合う事になった。

 今にして思えばどこから両想いになったんだろうか?

 そんな事を考えつつ休日の今日も神社の階段上で藤村さんと手を握り座っている俺がいる。

 とても幸せだ――


◆◆◆◆◆◆


 ちなみに隣町でも踏切警報人を機械化にしようとする動きがあり、どうやら藤村さん曰く反対運動に俺も駆り出される予定らしい……。

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