Episode7 愛、感謝、そして全ては宿命(下)

 静佳が夢美をぶった。

 その打擲音は辺りに響き渡り、幾人もの参列者たちは「何事?」というように息を飲みながら、自分たち4人の様子をうかがっていた。


 視線の中心部にいる当の夢美は、ぶたれた左頬を押さえ「……え?  え? え?」と”驚き”によって目をパチパチとしていた。


「私は妹を失った……でも、今日……友達の1人も失ったわ……」

 唇をワナワナと震わせた静佳の瞳からは、さらなる大粒の涙が溢れ出した。


「なんでよ! なんでそんなこと言えるのよ! 小学校にすら通うことも出来ず、『家に帰りたい、学校に行きたい、友達が欲しい』って泣いてたあの子の……どんなに望んでいても何一つ望みが叶わずに逝ったあの子の人生が……それが宿命だったっていうの! あの子は苦しみを味わい背負うためだけに生まれたきたわけじゃない! 絶対に……絶対に違うわ!!」


 静佳は、今にも夢美に掴みかからんばかりに華奢な肩を上下させて声を荒げた。

 いつもおっとりとしている静佳ですらこれほどに哀しみと怒りを剥き出しにせざるを得ない言葉を――遺族に対して言うべきではない言葉を夢美はその口から発したのだ。

 そして、静佳の心を傷つけるとともに、懸命に生きていた静佳の妹の人生に対しての尊厳すら、夢美は踏みにじったのだから。


 騒ぎに気づき、慌てて駆け付けてきた静佳の父親が「静佳、やめなさい」と、その身を震わせ慟哭する静佳の肩に手を置いた。



※※※



 綾芽は、1人暮らしのアパートにて、”何かを頭の中から追い出す”かのように――でも追い出しきれないことを実感しつつ、ガーガーと掃除機をかけていた。


 葬儀の時、もっと早く自分と瑛子が、夢美の口をふさぐべきであった。そもそも、夢美が喋り始めた時点で引きずってでも、静佳の前から退出させるべきであった。

 

 故人や遺族に対する思いやりすら失くしてしまった、夢美は相当な重症だ。

 まるで”夢美という器”に、玉門ホトなる奇怪なおばさんの歪んだ教えがドボドボと流し込まれ、本来の夢美の中にあった倫理観や思いやりなどが押し出されてしまったかのような……

 そもそも、夢美という器がホトおばさんの教えを受けいれていることが問題だ。金を狙うハイエナの侵入を防ぐために”閉めておくべき門”を開きっぱなしにしているため、つけいる隙を与えまくっている。

 第一に、綾芽が思っていたほど、元々の夢美は倫理や思いやりを持ってはいなかったのかもしれない。持っているように見えていただけで、ホトおばさんの教えに傾倒してしまったため、本来の彼女の内にあったものが剥き出しとなってしまったのでは……!



 綾芽が溜息をついた時、掃除機の音にチャイムの音が入り混じった。

 掃除機のスイッチをOFFにした綾芽。

 そんな綾芽を急かすように、チャイムがもう一度鳴らされた。


 綾芽は彼氏はいない。それほど仲のいい男友達もいない。

 ”とある事情”によって、田舎にいた時に――それも中学生の時(!)に性体験は済ませているけれども。

 女性の友人にしたって、このアパートの部屋までに招き入れるほどの間柄の友人は限られている。

 静佳や瑛子は、事前にLINEなどで一報を入れてくるはずである。夢美も以前はそうであったが、スピリチュアルにはまり始めてからは「シンクロニシティ! 私の魂に必要なことなら、目の前に必要な物や人がすぐに現れるの!」などと言って、事前連絡を怠るようになっていた。


 玄関へと足を向ける綾芽の嫌な予感は、大きく膨らんでいく。

 ドアスコープから確認できた来訪者は、やはり夢美であった。

 居留守を使おうか? という考えが一瞬、よぎった。

 しかし、防音が行き届いているとはいえない安アパートにおいては、先ほどまでの掃除機の音も聞こえているであろう。

 何より綾芽自身、この機会にはっきりと友達としての付き合いを考え直したいと、夢美に伝えた方がいいのかもしれない。



「……何?」

 玄関チェーンをかけたままであったが、綾芽は夢美に”一応”何の用でここに来たのかと聞いた。


「うぅ……っ……ホント、良かった。綾芽は私と話してくれるんだね……っ……」

 夢美は泣いていた。

 まるで、幼い子供のようにエグエグと泣いていた。


「綾芽は……瑛子みたいにCOとかワケの分からないこと言わずに、私を家に入れてくれるんだね……っ…………」


 ”まだあんたを家に入れるとは、私は一言も言っていないんだけど……”と綾芽は思う。

 どうやら夢美はここに来る前、瑛子が一人暮らししているマンションにも行って、CO(カットアウト)されてしまったらしかった。それこそ鎌で切るようにスッパリと。

 でも、こうまで号泣している夢美を追い返すのは可哀そうにも思える。


「入りなよ」

 綾芽が玄関チェーンを外すと同時に、夢美は綾芽の胸へと飛び込んできた。

 そして、綾芽にひしっと抱き付いたまま、ワンワンと声をあげて泣いた。


「――ごめんなさい! 本当に全部、私が悪かったの! ごめんなさい!!」

 謝罪の言葉。

 夢美もやっと分かってくれたというのか?

 でも、もっと早くに分かるべきだった。

 自分たちと夢美の仲は……”特に静佳と夢美の仲は”完全に修復不可能であるだろう。


「中で座ったら……コーヒーぐらいは入れるから」

 綾芽に促された夢美は、なかなか止まらないらしい涙をぬぐい、コクリと頷いた。


 数刻前に沸かしたお湯がポットにあったため、綾芽は”すぐに”2人分のコーヒーを用意することができた。

 コーヒーカップを乗せたトレイを手に、綾芽が部屋の中へと戻った時、夢美が妙にソワソワというか目もキョロキョロとせわしなく動かし、落ち着かない様子なのは気にはなったが……



「ホントにごめんなさい……ホ、ホントに私……っ……」

 コーヒーにも口を付けず、肩だけでなく全身を震わせ、しゃくりあげ続ける夢美。


「夢美…………私は、夢美が元の夢美に戻ってくれるなら、今まで通りには絶対に行かないけど、大学ですれ違って挨拶ぐらいはする関係になれるかもしれない。でも、瑛子や……特に、夢美と静佳との関係については、私は何も言えないし、言う権利だってない」

 極めて冷静に伝える綾芽。

「そ、そうだよね。それは私も分かってる……」

 うつむいたまま、夢美も答える。


「元の私に戻れるように努力する……だから、綾芽に一つだけお願いがあるの……!」

「……?!」

 一つだけのお願いなるものに思わず身構えてしまう綾芽。

 もしや、最後に静佳や瑛子と話し合いの場を設ける、お膳立てをしてほしいということか?


 しかし、夢美の一つだけのお願いは拍子抜けするものであった。

「…………何か食べさせて欲しいの。簡単なものでいいから……私、ホト先生へのお布施にお金を使っちゃって……この数日、碌に食べていないの……」


 思わずズルッとこけそうになった綾芽。

 謝罪に来たうえ、ご飯までたかる人はそうはいないだろう。

 奨学金とバイトで全てをまかなっている綾芽自身も、相当に余裕のない生活であるが、お腹をすかせた元友達を追い出すのは気が引ける。


「私……インスタントの買い置きとかはしてないから、ちょっと時間はかかるけど、それでもいい?」

「うん……ありがとう」


 健康志向や料理を極めているというわけではないが、綾芽はインスタント食品は滅多に食べなかった。基本的に、毎日コツコツと自炊だ。

 自分の部屋に夢美を1人残し、綾芽は台所へと向かった。

 1人用の小さな鍋にお湯を沸かしながら、まな板の上で白菜をトントンと刻み始める。



 だが――

「!!!」

 包丁を握る綾芽の肌が、一瞬でゾッと粟立った。

 慌ててガスを止めた綾芽は、自分の部屋を振り返った。


 自分の部屋のドアより―”夢美が1人でいる部屋のドア”より、”嘔吐くような何か”がゾワワッと溢れ出て、台所にいる自分の肌をゾッと震わせているのだ。 

 綾芽は、霊能力や超能力を保持していはいないし、保持したいと思ったことすらない。

 それなら何の前触れもない戦慄のごとき嫌な予感は、どんな人間でも持っている”第六感”というべきものなのかもしれない。 

 部屋の中で、夢美は一体、何をしているというのだ?!




「――――夢美!!」

 ドアを開いた綾芽の目に飛び込んできたのは、最悪の光景であった。

 そのうえ、とてつもなく恐ろしい光景でもあった。


 

 なんと、夢美は、”綾芽が普段使いしている鞄の中から、綾芽の財布を取り出し、そのなけなしの中身までも取り出そうとしている”真っ最中であったのだ!


「あんた! 何やってんよ!」

 綾芽は、夢美の手から財布をひったくった。いや、自分の財布を自分の手に取り返した。


 あんたは、先ほど謝罪の言葉を口にしたのではなかったのか?! 

 友達を失ってから、やっと目が覚めたのではなかったのか?!

 それなのに、なんで、あんたは私の財布からお金を取ろうとしている!?!



「な、何してんのよ……!?」

「ごめんなさい……! でも、分かって! 私、ホト先生の特別合宿に行きたいの! 沖縄の島でホト先生と綺麗な星たちを眺めながら、チャネリングするのよ! 申込期限が迫っているのに、そのためのお金が足りないの! お願い、ちゃんと返すから! ちゃんと返すから!!」

「……借りるんじゃなくて、明らかに盗もうとしてたじゃない!!」

「違うの! 違うの! 違うの! お願い、私はホト先生の特別合宿に参加しなきゃいけないの! ホト先生の側にいれば最終的に全てうまくいくのよ! そのための初期投資費用なのよ! ホト先生の愛と感謝の教えで、皆が美しく豊かになって輝いて、全てを手に入れることができるのよ!!!」


 夢美の顔には、涙に濡れた名残がまだ残っていた。

 しかし、夢美のその唇より発されし言葉に――”盗人猛々しい”としかいえない言葉に、綾芽の全身が沸騰せんばかりにブルブルと震え出した。

 数日前、夢美にビンタを食らわせざるを得なかった静佳も体感したであろう、”押さえきれぬ怒りの衝動”が、今、自身の身にも巡りに巡っている。



「……あんたって、本当に最低最悪よ……何なのよ!! 何がスピリチュアルよ! 何がホト先生よ! そこまですることなの! 友達の心を傷つけて、こうして信頼関係まで滅茶苦茶にして、犯罪にまで手を染めようとして!!! あんな卑猥な名前のおばさんがそんなに好きなら、あのおばさんのトコに行っちゃえばいいじゃない! もう二度と帰ってこなくてもいいわよ!!」

「だから、ホト先生に会いに行くにはお金が必要なのよ!」


 もう駄目だ。

 何を言っても通じない。

 ”とりあえず”ここから追い出そう。

 私の家からは追い出そう。


 綾芽は、自分の心を落ち着かせるために深く息を吸った。


「夢美…………最後に聞きたいんだけど、もし、あんたはどんな目に遭っても、愛と感謝で全てを受け入れられるの? それが”あなたの宿命であるのよ”って言われたら受け入れられるの? ……例えば、あんたが誰かに殺された”としても……そう、”私とか”に……」

 そう言った綾芽は、開きっぱなしのドアへと振り返り、台所のまな板の上で鈍く光る包丁にチラッと目をやった。


 夢美の顔がサアッと青ざめた。

「え……? いや、そっ……それは……」

 声まで裏返っている。

 静佳には”妹の死は宿命であるから受け入れろ”と言ったくせに、自分自身が無念のうちに殺されて死ぬかもしれないという宿命は、ホト先生の教え通りに受け入れることはできないらしかった。


「…………冗談よ。そんなことするわけないじゃない。あんたみたいなの殺して、殺人者の烙印なんて押されたくないし」

 今のは、単に盗人の夢美を一刻も早く自分の家から追い出したい綾芽の”ブラック過ぎる脅し”であった。



 綾芽はチェストにスッと手をかけた。

 夢美に対してのブラックで意地悪な感情は、綾芽の中でマグマのように煮えたぎったまま、治まりそうになかった。

 でも、いくら”頭が相当に弱くなっている夢美”でも自分が今からかける”ブラックな罠”にまんまとひっかかり、破滅の流れに自ら乗るわけがない。

 綾芽はチェストから、1冊の薄いパンフレットを取り出し、夢美に手渡した。



「これは……初めて聞く名前だけど、スピリチュアルな団体? ここって綾芽の出身地よね? どういうことなの?」

 訳が分からないといった夢美。


 フーッと息を吐いた綾芽。

「……私、夢美たちに自分の故郷の話を今まで極力しなかったのは、そういうことなのよ。私がスピリチュアルをあまり好きじゃないのは、そいつらが理由なの。私の家族は昔から、そのパンフレットにデカデカと顔写真を載せている、その女教祖を生き仏のごとく、崇め奉っていたのよ。教祖サマ、教祖サマって具合にね。そのうえ……娘である私を、いずれはその教祖サマの息子に捧げんと画策までしてね……」

「!!!」


 綾芽は続ける。

 大学で知り合った友人に、自分の故郷や過去の話をしないようにはしていた。正確に言うと”できなかった”。

 しかし、夢美と話をするのは”おそらく今日で最後になるかもしれない”から、もう構やしないという気持ちが沈黙を続けていた綾芽の背中を後押しさせたのかもしれない。


「…………教祖サマのムチュコたんであるおっさんの嫁にされるなんて絶対に嫌だったから、私は”早いうちに処女を捨て”、高校の卒業式の翌日に田舎から飛び出してきたわ。大学進学のための費用だって、遠方に住んでいるまともな親戚の人に借りてね……実の親にすら”汚れた娘”だの、”下劣な男の性玩具に下がった”だの、”色キ〇ガイのごくつぶし”だの、いろいろ言われ続けたけど、私のこの選択に間違いはなかったと思っている」

 

 夢美がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

 ”早いうちに処女を捨て”たと、綾芽は処女喪失の詳細な時期についてはぼかしたが、まさか夢美も綾芽が中学生の時に初体験を済ませているとまでは思わないであろう。


 男性との交際経験がないらしい夢美は、まだ処女であるはずだ。それに静佳や瑛子にしたって同様であろう。

 静佳はその見た目通りの”箱入り娘”であり、瑛子はエロ系の話になったら目を輝かせ一番よく喋るも、単に耳年増であるだけで処女であることには間違いなさそうだ。

 自分のように異常な環境で思春期を送らざるを得なかったわけでもなく、真っ当に、大切に育てられたであろう3人の友達を、綾芽は進学先の大学で得ることができた。

 しかし、その大学での友達の1人は”元・友達”となって、目の前にいるけど……



「田舎を出る時に、そのパンフレットを捨てておくべきだったけど……なんか呪われそうで捨てられなかったのよ。なんだかんだいって、”教祖サマ狂いの異常な空気”に、空気も草木も何もかも蹂躙されているような田舎で、18年近く暮らした私にも、いろいろ染みついてしまって拭い取れないってことかしらね」


 思わず、クッと喉を鳴らし苦笑した綾芽。


「……その団体は、”常に”人員を募集しているのよ。信者としてだけじゃない。裏方での働き手をね。噂じゃ日払いで相当な額をもらえるそうよ。私が暮らしていた頃にも、よく都会の方から若い女の人が報酬につられて団体の施設に出入りしていたわ……」

 綾芽が自分が実際に見聞きしてきた”前半部”までを、夢美に伝えた。

 しかし”後半部”は伝えなかった。

 ”都会の方から来ていた若い女の人たちだけど、いつの間にか、あんな毒団子に串を差したような顔と体型の教祖のムチュコたんを取り合うようになり、往来で大げんかしてたわ。その中には、お腹の大きくなりかけている人だっていたのよ。あのムチュコたんは処女好きだから、入信時に処女か非処女かを確かめて、処女の方をより優遇して、自分のお付き(夜のお付きも含む)にしていたって”と。



「……ここに行ったら、日払いでお金をもらえるかもしれないのね」

「!!!」


 早すぎる夢美の意思決定。

 そのうえ、綾芽の”ブラックな罠”にまんまとひっかかり、行き着く先には破滅しか見えない流れに自ら乗ろうとしている夢美。


「夢美……あんた……!!」

「――――止めても無駄よ!! 第一、綾芽がこの団体のこと、教えてくれたんじゃない! こうして、パンフレットを見せてくれたんじゃない! 私、ホト先生に会うためなら、どんなことをしたって……他のスピリチュアル団体に尻尾を振って、迎合するふりをしたって、お金を手に入れるわ!!!」


 薄いアパートの壁を震わせるほどの大声で叫んだ夢美は、パンプレットを――綾芽があげるともいっていないパンフレットを手にグッと握りしめたまま、やっぱり制止しようとした綾芽の手を振り払うように飛び出ていった。


 それが綾芽が夢美を見た、最後であった。

 正確に言うなら、”生の夢美を見た”最後であった。



※※※



 それから2年――

 綾芽、静佳、瑛子は大学卒業を目前にしていた。

 静佳は大学卒業と同時に結婚が決まっており、瑛子は他大学の大学院へと進み、綾芽は就職する。


 これから、それぞれの新しい生活が始まる。

 綾芽は夢美のことを思わずにはいられなかった。いつの間にか大学も辞め、誰とも連絡がつかなくなった夢美。夢美自身が選んだ選択であるとはいえ、自分が夢美に破滅への道案内をしてしまった。

 彼女は今、どこで何をしているのだろう? 

 そもそも、生きているのだろうか、と……


 そんな綾芽の心配は無用であった。

 夢美は生きていた。

 それもとっても幸せそうに。


 綾芽が暇つぶしに何気なく、ぶらりと立ち寄ったブックストアにおいてのことであった。

 スピリチュアル本コーナーに足を踏み入れてしまったことに気づいた綾芽の体が即座に拒否反応を起こしたため、慌てて踵を返そうとした。

「!」

 しかし、綾芽の瞳は見覚えのある顔をハッととらえたのだ。

 それも2人も……


 平積みされたスピリチュアル本の帯に、その2人の満面の笑顔の写真があった。

 1人は夢美だ。少しふくよかになった夢美だ。

 そして、夢美の隣で微笑んでいる中年男は――毒団子に上から串を差したのような顔と体型は変わらず、老いを少しばかりプラスしている中年男は、あの教祖のムチュコたんだ。


――え? え? 夢美? 夢美よね? ……あれだけ、ホト先生、ホト先生って言ってのに……まさか、たった2年でホト先生からあっさり鞍替えして、現在に至るってわけなの? 毒饅頭ではなく毒団子に、夢美は完全に制されてしまったということなの!? さらに夢美は、教祖のムチュコたんの周りにいた数々のライバル女(妊娠出産済の女も含む)たちを蹴落とし、”公式な第一夫人”にまで昇りつめたってこと……?!



 夢美たちが微笑んでいる本のタイトルは「25才の年の差もなんのその! 仲良しスピリチュアル夫婦が教える、あなたの宿命」であった。

 さらに本の帯に書かれていたのは――


※※※


 愛、感謝、そして全ては宿命なのです! 

 あなたの苦難にも、きっと意味はある。

 定められた宿命に抗うのではなく、水に身を任せる魚のように生きてみましょう! 

 地球という星へと舞い降りた、宇宙一スピリチュアル夫婦が、この地球にただ1人のあなたという命に定められた宿命をお伝えします。


 20×1年8月10日~ 20×1年8月20日予定のスピリチュアル合宿「ギャラクシー・メイクラブ」(参加費 税込421,900円)に参加いただいた方には、「ミラクル夫婦和合ネックレス」を税込59,000円で特別ご奉仕!


※※※


「…………………………」


 最悪だ。まさか、こんなことになっていたとは……!

 スピリチュアルに搾取されていた夢美が、搾取する側に回ってしまったとは……!


 例の玉門ホトのパクリであるだろう紹介文。

 そのうえ、何なのだ?

 スピリチュアル合宿「ギャラクシー・メイクラブ」って……?

 夢美も、そして出版社も”メイクラブ”(make love =性交する)の意味すら知らないのか?

 参加者たちより、さらなる金をむしり取るつもりであるらしい「ミラクル夫婦和合ネックレス」といい、まるで”セックス合宿”への勧誘広告のようだ。


 綾芽の唇が震え出した。

 それが驚きによってか、恐怖によってか、滑稽さによってかは、綾芽自身にも分からなかった。


 しかし、夢美と教祖の息子がこうして本の出版にまで至り、ブックストアにその本が並んでいるということは、”相当に多数の支持者”を夢美たちが集めていることと同義なのだ!

 このことこそが、最悪にして最大の恐怖なのかもしれない。

 一刻も早く立ち去ろうとするも足を動かせなくなっている綾芽の目の前で、1人の若い女性が夢美たちの本をスッと手に取った。

 そして、彼女はそのまま真っ直ぐにレジへと向かっていった……

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