若鳥夫妻がやってきた

 小松の雄介さん宅に、天衣あいちゃん夫妻がやってきた。初めて小牧の自宅に訪れた時と違うのは、前の時は一緒だったお嬢さんがいないということ。お嬢さんは、空飛ぶお爺ちゃんと、楽しい夏休みを満喫中らしい。


「貴重な夏期休暇に押し掛けてきてしまって、申し訳ありません。せっかくの夏休みなのに、お子さん達まで追い出してしまった感じになってしまって」


 お夕飯の用意を手伝ってくれている天衣ちゃんが、申し訳なさそうに言った。


「気にしなくて良いのよ、二人を誘ったのは主人なんだし。それにうちの子達も、こっちに来てる時は全員が、彼の実家で寝泊まりさせてもらうのが、決まりだから」


 なにせあちらは昔からのお寺。お義姉ねえさん曰く、無駄に部屋数だけはあるから、遠慮しなくても良いのよってことなので、いつもその言葉に甘えさせてもらっている。きっと今頃は、小さい時からやっているように子供達だけで、本堂の雑巾がけやらなにやらにいそしんでいることだろう。


「それにね、彼も、二人が来るのを楽しみにしていたんだから。ほら、うちの息子は二人とも、戦闘機のパイロットを目指していないでしょ? 唯一、興味のある娘はまだ小さいし、話せることにも制約があるし。だから、沖田おきた君と戦闘機の話ができるのが、楽しくてしかたがないのよ」


 そう言いながら、リビングで画面に釘づけになっている、二人の様子をうかがう。二人が見ているのは、新田原にゅうたばるに教導群があった頃の、雄介ゆうすけさんの映像だ。沖田君が食い入るように見入っているのが、ここからでもわかった。ひなたもよくあんな顔をして映像を見ているけれど、あの子、もしかして戦闘機パイロットになるつもりでいるのかしら?


「きっと、あの後は質問攻めですよ。司令のことを朝まで離さないかも」


 天衣ちゃんが溜め息まじりに言った。


葛城かつらぎさん達が来た時もそんな感じだから、もう慣れてるわ」

「そうなんですか?」

「ええ。あのテレビの横、F-2やイーグルのプラモデルが、どうしてあそこにあるかわかる?」

「いいえ」


 テレビの横に並んでいる戦闘機達。アグレッサー仕様のイーグルから飛行実験団仕様のX2まで、様々な機体が並んでいる。雄介さんがここに引っ越して来た時にはなかったもので、ある日突然あの場所に現われた。


 プラモデルの趣味にでも目覚めたのかしらと、不思議に思っていたら、んのことはない、『航空戦術を語り合う男子会』のお供と称して、葛城さんが持ち込んだものだった。しかも非売品。一体あの人は、どこからそんなものを入手したんだろう。


「葛城さん達が来た時にね、いつもあれを使って、戦術がどうのこうのって夢中で話し込んじゃうのよ。私の周りの男達って、そろいもそろって飛行機バカばっかりなんだから。もうあれこれ注意するのはあきらめてるの」


 しかも最近じゃ、その男子会に、風間かざま君や葛城さんのところのかける君まで加わったものだから、全員が集まってその場に居合わせてしまうと、ちょっとしたカオスだ。


「だけど今は、晩ご飯が先よね」


 そう言いいながら、台所から出て二人のところへと向かう。そして、テレビと二人の間に立ちはだかった。


 ひなたの同級生のお母さん達から、子供達がゲームを始めるとテレビの前から離れなくて困るって話をよく聞くけれど、我が家でも似たようなことがよく起きる。ただし叱る相手はいい年をした男達で、見ているものはゲームではなく飛行映像なんだけど。


「二人とも、そろそろ晩ご飯ですよ」

「おい、ちはる。今、いいところなんだぞ」


 雄介さんが顔をしかめながら、私のことを見上げる。横に座っていた沖田君もなにも言わないけれど、表情から同じことを考えているのはわかった。だけどここで甘い顔をしたらダメなのは、経験上わかっていたので問答無用だ。いきなり映像を停止させなかっただけでも、ありがたいと思ってもらわなくちゃ。


「ご飯が先です」

「あと五分……」

「なにかご質問は?」


 雄介さん曰く、偉そうな機長さんっぽい顔で腰に手をやって、二人を見下ろした。沖田君は早々にあきらめたようで、首をすくめると「遅ればせながら手伝います」と言ってソファから立ち上がり、逃げるようにして台所に向かった。大変よろしい。残るは目の前の司令殿だけだ。


「それで? そちらの方は、なにかご質問でもおあり?」

「……ありませんよ、機長」


 雄介さんは溜め息まじりの笑みを浮かべながら、首を横に振った。


「じゃあ、貴方もテーブルの用意を手伝ってちょうだい。まさか私達二人に、全部押しつけるつもりだったわけじゃないわよね?」

「いや、そんなつもりはなかった。つい夢中になってた」


 そう言いながら雄介さんが立ち上がろうとしたので、手を差し出す。大抵のことは一人でできる雄介さんも、ソファから立ち上がるのだけは苦手で、いつも杖を横に置いていた。でも今日は私がいるんだもの、そんなものは使わなくても大丈夫だ。雄介さんが私の手をつかんだので、そのまま軽く体重を後ろにかけて引っ張りあげる。


「すまない」

「いいえ。お役に立てて光栄ですわ、榎本えのもと司令」

「わかったわかった。ちゃんと手伝いますよ、ロリポップ機長」

「もう、その名前はやめてって言ってるでしょ? 本気でぶっ飛ばすわよ?」

「怖い怖い」


 笑いながらテーブルのほうへ行くと、天衣ちゃんの指示でお皿を出していた沖田君と一緒に、テーブルの用意を手伝い始めた。雄介さんが横に立つと、沖田君が慌てた様子で止めに入る。


「司令は座っていていただければ、自分達で準備しますから」

「ダメよ、沖田一尉。うちの人を甘やかさないで」

「……はい、三佐」

「よろしい」


 天衣ちゃんが台所で、笑いを噛みころしているのがわかった。


「うちでは、手伝わざる者食うべからずが機長の方針でな。ここで手伝わなかったら、俺は夕飯ゆうめしを食わせてもらえないわけだ」

「そうよ。用意が終わるまでに声をかけて、二人して食べられない事態にならないようにしてあげたんだから、感謝しなさい。私はお客さんにも容赦はしませんからね、特に空自隊員には」

「ということだ」


 とは言うものの、そこで沖田君と雄介さんの戦闘機談義熱がおさまるはずもなく、食卓でもその話一色だった。前に来た時はほとんど話さなかった沖田君も、今日はかなり饒舌じょうぜつだ。そして要撃管制官の天衣ちゃんも巻き込んで、それはそれは白熱したものになっている。


「おい、ちはる。自分は関係ないわって顔をしながら呑気に食ってるが、そっちだって無関係じゃないんだから、ちゃんと聞いておけよ?」

「あら、そう?」

「あらそう?じゃない。お前だって、輸送機で何度も連中に追いかけられてるだろ。もうちょっと危機感を持て」


 雄介さんが怖い顔をして、こっちをにらんできた。


「そうなんですか?」


 天衣ちゃんと沖田君が、ビックリした顔でこっちを見る。


「まあ何度かは。後ろからこそこそついてくるだけで、なにかするってわけじゃないんだけどイヤよね、女のお尻を追い掛け回すなんて。変態みたい」

「そうじゃないだろ……」


 これだけ長いこと飛んでいると、異常接近してきた相手に追尾されることも少なからずあった。だけどそういう時は必ず、その空域の防空任務を担っている基地から飛行隊が上がってきて、彼等を素早く追い払ってくれる。だからその点からも、私はそこまで心配はしていない。


「だって、レーダー照射をされても、すぐにミサイルを飛ばしてくるわけじゃないから、慌てず騒がず対処しろって私に言ったのは、雄介さんだったと思うけど?」

「それは昔の話だ。今とは事情が違う」

「そう? とにかくこっちが追いかけられても、最寄りの基地からすぐに飛行隊が駆けつけてくれるから、そこまで心配していないのよ、私。ねえ?」


 沖田君にニッコリと笑いかけた。


「沖田を巻き込むのはよせ。とにかくちゃんと聞いていろよ?」

「はいはい。皆さんのお邪魔をしないように、おとなしく飛んでいるから心配しないで」

「だからそういう意味じゃない」

「あのね、私は防空任務についている彼等を信用しているの。そうでなかったら、あんな怖いところ何度も飛ばないわよ。はい、その話はおしまい。次の議題はなんの? F-35の戦略的有用性について?」


 こんな調子で二人の話は途切れることがなく続き、天衣ちゃんも困り果てる事態になった。


―― もうこれは気がすむまで話をさせないと、二人を引き離すのは無理ね ――


 そう判断した私は、二人を順番にお風呂に押し込んで、あとは寝るだけの状態にさせると、そのままリビングに放置することに決める。


「……すみません、ずるずると居座ることになってしまって」

「天衣ちゃんのせいじゃないわよ。それより、こっちこそ引き留めてごめんなさいね。もうちょっと、大人の対応をしてくれるかと思ったんだけど、飛行機脳を甘く見てた」


 天衣ちゃんと二人で和室にお布団を敷いた。リビングからは、相変わらず熱心に話し込んでいる二人の声が聞こえてくる。あの様子からして、彼がこのお布団を使うとは思えないけど、とにかく二人分を敷いておけば問題ないだろう。


「天衣ちゃんも混じりたかったら、遠慮なく参加しても良いのよ?」

「いえ。私はお風呂をいただいた後に義父に連絡をして、娘の様子を確認してから休ませていただきます。明日のこともありますし」

「ああ、そうよね。あの二人、そのへんのことわかっているのかしら」


 明日は基地を案内するとか言っていたのに、起きられるのかしらね、あの二人。



+++



「もう、なんなのこれ!」


 天衣ちゃんの腹立たし気な声で、目が覚めた。どうしたんだろうと寝室から出ていけば、リビングでは、雄介さんと沖田君が呑気な顔をして、ソファとその下で丸くなって寝ている状態だった。そしてそれを、天衣ちゃんが唖然とした顔で見つめている。


 テーブルの上には、缶ビールとおつまみの袋。そしてテレビの前には、イーグルのプラモデルが編隊を組んで並んでいた。少し離れた場所に、アグレッサー仕様の機体が並べてあるということは、あれからずっと、二人で模擬空戦もどきをやっていたということだろう。


「あらあら……」

「すみません! すぐに起こして片付けさせますから!」

「いいわよ。まだ時間はあるし、もう少し寝かせておいてあげましょう。きっと遅くまで、あれこれ談義していたんでしょうから。天衣ちゃんなにか飲む? 私はお茶をいれるつもりでいるけど?」

「ではご一緒しま……っ!」


 天衣ちゃんが体を硬くしたのがわかった。


「どうしたの?」

「わ、私、パジャマのままでした、すみませんっ、すぐに着替えてきますっ」

「そのままで問題ないわよ、私もパジャマなんだから。貴女が着替えちゃったら、私も着替えなくちゃいけなくなるじゃない? 私は着替えよりも先にお茶が飲みたいの。OK?」

「……はい、お茶を先にいただきます」


 私達がお茶を飲んで一息ついたところで、二人がこちらの気配を感じたのか、モゾモゾと動き始めた。


「ほんとにもう、葛城さん達が来た時となにもかもまったく同じで、笑っちゃうわね。放っておいたら、勝手に片づけてなんでもないふりをするわよ。だから私達も気がつかないふりをしたままで、出掛ける準備を始めましょう」

「はい」


 部屋に戻ってカーテンを開けると、窓を開けた。今日も快晴。飛行日和びよりだ。この空模様なら、きっと朝から訓練飛行が始まるに違いない。


「おはよう」


 歯磨きをして顔を洗って部屋に戻ったところで、雄介さんが寝室に入ってきた。二日酔いでも寝不足でもない、スッキリした顔をしているところを見ると、睡眠時間は足りているようだ。


「おはよう。心置きなく話せたの?」

「お陰様で」

「あまり引き留めちゃダメよ? あの二人にとっても、お嬢さんがいない間の貴重な夫婦水入らずの時間なんだから」

「わかっていたさ」

「本当に?」

「ああ」


 それでも二人とも戦闘機の話がしたかったのよね? 本当に困ったイーグルドライバー達なんだから。


笠原かさはらさん達との約束の時間は、問題ないの?」

「ああ。上がるのは昼からの予定にしてあるから問題ない。ちはるも乗りたいなら乗せてやるぞ?」


 雄介さんがニヤリと笑った。私が、アグレッサー達の馬鹿げた機動を身をもって体験したのは、随分と昔のことだ。


「貴方の後ろに乗せてもらったので十分。もうあんな無茶な飛行はごめんです」

「なんだ。但馬たじまがガッカリするな。ちはるのことを乗せて飛ぶのを楽しみにしていたから」

「イヤよ。雄介さんが私を但馬君の後ろに乗せたいってことは、但馬君が一番とんでもない飛行機動をするってことに違いないんだもの。そういうのは沖田君に体験させてあげて」

「スマイリーはふられたか。気の毒に」

「他の男に愛想よくするのはよせと言ったのは、誰でしたっけ?」


 私の返事に雄介さんは愉快そうに笑うと、顔を洗ってくるよと言って部屋を出て行った。


 本当のことを言えば、またイーグルの後ろに乗って飛んでみたい気持ちもあるにはある。だけど私は、雄介さんが操縦桿を握っているイーグルでなければ乗らないと、ずっと前に決めていた。その気持ちはこれからも変わらない。


―― だからラストフライトは…… ――


 雄介さんがウィングマークを返納せずにすんでいるのは、空幕が出してくれた特例措置もあるけれど、私の教官として各務原かがみはらで一緒に飛んでいるのと、シミュレータで飛ばし続けていて、彼のイーグルドライバーとしての腕が今も錆びついていないからだ。


 だからもしかしたら……と、その日を少しだけ楽しみにしていることは、私だけの秘密。



+++



 そして小松こまつ基地。基地所属の飛行隊を訪問して、話を聞かせてもらった後、飛行教導群が利用しているハンガーへ向かうと、笠原さん達が私達、というか正確には雄介さんの到着を待っていた。


「……」

「……」


 異様な雰囲気を感じたのか、天衣ちゃんと沖田君が顔をこわばらせている。


「わかるわ、その気持ち。私も初めてここに来た時には、いったい何事かと思ったもの」


 最初、あんなふうに一列に並んで、微動だにせずに立っている彼等を見た時は、本当にびっくりした。思わず、誰か偉い人でも後ろからついてきているのかしらと、振り返ったぐらいだ。


「俺がさせているわけじゃないぞ。あいつ等が勝手にあんなふうに待ってるんだ」

「と、うちの人は言ってるんだけど、どう思う?」


 なんともいえない顔をしている二人に質問してみた。


「どう言ったら良いのか……」

「気持ちは分かります、が……」

「沖田君、貴方、あの気持ちがわかるの? ねえ、どういうつもりであれなの?」

「え、いや、どうなんでしょうか、わかる気がすると言うだけで、はっきりとそうとは言い切れなくて……」


 沖田君がしどろもどろになっている中、隊長をつとめる笠原さんが雄介さん、そして私を見て敬礼をする。


「おはようございます、榎本一佐」


 隊長の笠原さんがそう言うと、全員がまるで号令をかけられたかのように、一斉に敬礼をした。それに対して答礼をした雄介さんの顔からして、彼もこの事態に、相変わらず戸惑っているのがわかる。


「なあ、笠原」

「なんでしょうか」

「これは、俺がいる間はずっと続くのか?」

「申し訳ありません。なんのことを仰っているのか、自分にはわかりかねます」


 雄介さんは溜め息をついて、私のほうをチラリと見た。その顔はなんとかしてくれと言っている。だけどさすがに私も、この人達を従わせるのは無理だと思うの。


「まあ、その件はまたゆっくり話し合おう。ところでサードには誰が上がる?」

「全員がスタンバイしております」


 フル装備状態で全員が並んでいるんだもの、当然よね? しかも後ろに並んでいる機体は全機が増槽してある状態だし、皆やる気満々ということだ。


「そうか。ということはゲームも可能ということだな?」

「はい」

「沖田、こいつらと一緒に上がってみるか?」

「!! よろしいのですか!?」


 いきなり雄介さんにそう言われて、沖田君の顔が高揚したものに変わった。


「よろしいもなにも。こいつらの話を聞くだけで終わるなんて、馬鹿げてるだろ。八神やがみが見ていたものを、お前も見たくはないのか?」

「見たいです!」


 即答だった。


「そうか。じゃあ着替えろ」

「司令は自分がお連れします。……奥様はどうされますか?」


 その問い掛けに、チラリと天衣ちゃんのほうをうかがった。たしか彼女は、病気のせいで戦闘機には乗れないとか言っていたっけ。ここで私が行くと答えたら、彼女だけが取り残されてしまう。天衣ちゃんのことだから、私が行きたいと言えば快く見送ってはくれるだろうけど、それじゃあホストとしてあまりにもあんまりよね。


「私は、沖田一尉の奥様とここで待たせてもらうわ。雄介さん、管制塔には行っても良いのよね?」

「ああ。話は通してある」

「じゃあ、皆が滑走路に出るのを見送ってから、私達は管制官の話を聞きに行きましょうか」

「はい!」


 私と天衣ちゃんは、雄介さんと沖田君の準備ができるまで、彼等から今日行う模擬空戦の概要を聞かせてもらった。そして笠原さんは、教導中の彼等と管制とのやり取りで注意すべき点などを、天衣ちゃんに説明している。


 その話を聞きながら、私は離陸準備をしている緑と黒の迷彩塗装の機体のほうへと歩いていった。


 雄介さんが乗っていたのと同じ色。懐かしくて思わず触ってみる。もちろんあの時の機体じゃない。雄介さんが乗っていた機体は、引き上げられた部分は事故調査で調べ尽くされた後に用途廃棄になり、残りの部分は、今も太平洋のあの場所で眠っているのだ。


「奥様もご一緒されると思っていました。こいつに乗っていただこうかと思っていたのですが」


 この機体に乗っている但馬君が後ろからやってきた。


「貴方達アグレッサーのアクロバットに付き合うのは、もうりなの。今日は思う存分、沖田一尉に日頃の訓練の成果を見せてあげて」

「もちろんです。司令に恥をかかせるようなことはしません」

「本当に貴方達って……。ところでなんであんなふうに待ってるの?」


 出迎えた時の整列ぶりのことをたずねてみる。


「我々の尊敬のあかしです。司令は自分達にとっては大先輩ですから。沖田一尉も司令を尊敬しているようですが、我々の気持ちにはかなわないでしょう」

「まあ、それってヤキモチ?」


 但馬君が恥ずかしそうに笑った。コブラ軍団の一員とは思えない、可愛らしい笑顔だ。スマイリーなんていう可愛いタックネームになったのも納得できる。


「そうとも言います」

「あまり、いじめないであげてね?」

「努力します」


 雄介さんと沖田君が、フライトスーツと耐Gスーツを身につけて戻ってきた。やっぱり雄介さんはあの恰好が一番似合ってる。


「雄介さんを空に連れて行けるのは、私だけだと思っていたのに」


 笠原さんが乗る機体へ向かう彼の元に行くと、少しだけねてみせた。


「たまには部下達に付き合わないと、さらに嫌がらせをされそうだからな」

「本当に困った人達ね、貴方達イーグルドライバーは」

「そんなイーグルドライバーと結婚したのは誰だ?」


 ニヤリと笑って、私の頬を軽くつねる。


「とにかく、あまり無茶はしないでね」

「それは隊長の笠原に言ってくれ。俺は連中の後ろでふんぞりかえっているだけで、空に上がったら発言権はないからな」


 そう言って笑いながら雄介さんが乗り込むと、全員が一斉に離陸準備を始めた。それを私達は少し離れた場所から見守る。


「沖田君の様子はどうだった?」

「もう言葉にならないみたいです。私の声が聞こえていたかどうかも、怪しいぐらいでした」

「あらあら」


 沖田君は但馬君の後ろに座っている。但馬君がなにか話しかけて、それに対してうなづいているところを見ると、少なくとも会話はできる状態のようだ。


「沖田君にとって自分で操縦桿を握らないフライトは、落ち着かないかもしれないわね」

「それはあるかもしれませんね。空ではいつも自分が主導権を握っていますから。司令はどうなんでしょう? やはり落ち着かないんでしょうか?」

「それがそうでもないみたいなのよね。私達が初めて会ったのは、私が入学試験の三次試験の時だったけど、その時も私に操縦させてご機嫌だったから」

「ちはるさんは特別なのかもしれませんね」


 ながめていると雄介さんがこっちを見たのがわかったので、手を振った。


「そうだと嬉しいな。航学かあ、考えてみたら随分と長く一緒に飛んできたわね。これからも、できるだけ長く一緒に飛べたら良いんだけど」


 もちろんそれは物理的に一緒に飛ぶということではなく、二人で歩む人生を、という意味だ。


「私も同じ気持ちです」


 天衣ちゃんがうなづく。


 彼女の場合、沖田君が防空任務という危険な任務についているから、余計にそういうことを感じると思う。今は昔と違って空も海もきな臭い。そんな彼等の練度をあげるための仮想敵機アグレッサー部隊。彼等と彼等をたばねる雄介さんの肩には、全国の戦闘機パイロット達の命がかかっているとも言えた。


 私達が見守る中、機体が順番に滑走路に出ていく。そして笠原さんの機体を先頭に、次々と離陸していった。訓練空域に到着したらゲームスタートだ。


「じゃあ、急いで管制塔に行きましょうか」

「はい」


 廊下を歩きながらふと思いついた言葉を口にした。


「だけど考えてみたら、とんでもないイーグルドライバーにつかまったものよね、私も」

「……それも同感です!」


 天衣ちゃんは、さっきよりもさらに力強くうなづいた。



 それからしばらくして戻ってきた沖田君、またまた雄介さんを質問攻めにして、さすがに二泊目はないから!と天衣ちゃんに叱られてしまったのは言うまでもない。



■補足■


ユーリさんがなろうで書いている『スワローテールになりたいの』閑話的小話「憧れの大先輩と大天使」の続きのようなそうでないようなお話です。Twitter上でユーリさんとお話した【#テレビで突然ベッドシーンが始まってしまった時のうちの子とよその子の反応】から思いついたお話です。ただしベッドシーンはありません。

※佐伯瑠璃さんには許可をいただいています。


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