嫌われ者だけが持てる重要な位置

 朝の出撃部隊すべての準備が整い、一斉に外壁の外に出る。

 ギュールス達の部隊も出発。目的地に到達するまで、エノーラ以外の全員はギュールスに自分の荷物を持たせた。

 荷物持ちの役目を言い渡されたようなものである。

 しかしエノーラはそれを良しとせず、自分の物は自分で管理をすると主張した。

 別に命令違反でも何でもない彼女の意見は、それはそれで構わないとされた。


 ギュールスも、人の荷物を手にしたからと言って持ち逃げするような思いは微かにもなかった。

 自分にとって必要な物はほとんどない。

 換金したところで高額な金に代わるわけでもない。

 何より、参加した討伐の作戦を完遂し、全員が無事に帰還する。

 それ以外のことが彼の頭の中には存在しなかった。

 とは言っても、エノーラの荷物を積極的に預かろうというつもりはない。

 エノーラへの思いの方向が違っていても、全員が彼女に不思議な思いを持つことには変わりなかった。


 ギュールス達が目的地に到達すると、ギュールスに持たせた荷物はそれぞれの持ち主のところに戻っていく。


「よし。じゃあ『混族』は最前線より前で、一人で足止め役な。後はそれぞれ持ち場に就くこと」


「なぜ彼が一人だけ最前線より前に出すんですか? それはこの部隊の配置から外れることにもなりますが?」


 編成発表された部隊分け。

 それぞれの部隊で隊長が決められる。


 ギュールスが編入した部隊でも隊長が任命された。それ以外は隊員。

 その立場を弁えたのか、横柄な口調から丁寧な言葉遣いに変わったエノーラからの質問は、全員をうんざりさせた。


 いいんだよ。『混族』だからどうでもいいんだよ。


 全員が、そんな心の声が出てきそうな表情をする。


「……全員生還。最悪でもそれだけはしなきゃいけないことだ。そのためには全員の意思統一が必須。それだけだ」


 全員が一瞬だけ驚く。が、したり顔でそれぞれが頷く。

 そう言い切ったのはほかでもない、ギュールスだったからだ。

 理に適っている。

 そう判断したのか諦め顔で頷くエノーラ。


「ならば、全員の配置と彼の位置の中間の辺りで待機します。彼の戦闘態勢に異変が起きた時に全員に通達する時間差をなるべく減らすように」


 隊長はもうエノーラを相手にしない。

 好きにすればいい、という意思表示でもあった。


 二人は彼らから離れる。


「なぜあんな理不尽な命令に異議を申し立てないのだ?」


 メンバーの耳にも入らないだろう距離でギュールスに問いかける。


「それで全員がまとまるんだから問題ないだろう。あってはならないのは隊の全滅。それを防ぐ役割ってことだ」


「何度か彼らの会話の中で、お前のことを捨て石呼ばわりしていたぞ? 腹立たしくは思わないのか?」


「捨て石ってのは、何かの利益と引き換えの犠牲のことを言うんだ。しかも利益に比べてその犠牲は少ない。犠牲の方が価値が大きけりゃ、それは無駄死にとか犬死にって言うんだ。捨て石にはそれなりに価値もあるし意義もある」


「ばかばかしいとは感じないのか? それとも貴様は」


「初対面の相手から貴様呼ばわりされる程度の者でも、捨て石の価値はあるってことじゃないか。今朝からあんたの話を聞くだけで気持ちが萎える」


 言葉に詰まるエノーラ。


「す、すまん。こんな物言い以外したことがないのでな。許せ」


「許すも何も、先ずここら辺があんたの言う中間地点だぞ。ま、隊長はそんなことを考えることもしなかったようだから、すぐさま全員と合流しても俺からは文句は何もない」


「……足止め、手伝おうか?」


「……敵の足止めをしに来たと思ったら俺の足手まといになってた。そんなことがあったらそれこそ俺もあんたも無駄死にだ」


 ギュールスはそう言うと、エノーラを見ることなくさらに先に進んで行く。


 エノーラは一人その場で佇み、「ままならんな」と一言こぼして溜息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る