そして、少しだけ違ういつもの出撃前

「……んん……っ。……ふぅ」


 翌朝、いつもの小屋の藁が敷かれた寝床で目が覚めたギュールスは、体調の変化を確かめる。

 昨夜の暴行でのダメージは一晩休むとほとんど癒され、軽微なものとなっていた。

 いつものように小川で顔を洗い、空腹を紛らわすための野草と水を口にする。

 そして魔族討伐に参加するために本部に向かう。

 気分は重いが体の動きはいつもと変わらない。


 一時間ほど歩いて移動。目的地はもちろん魔族討伐対策本部。


「よお、『混族』。今度こそ一緒の隊になろうぜ。お前も希望してくれよな」


「『混族』! 元気か? お前の活躍、期待してるぜ?」


 本部に入ってから受付で申請するまでの時間。

 今日も、見も知らぬ大勢の者達からこんな声をかけられる。

 ギュールスは、討伐から帰還した後の彼らの口から、全く正反対の思いが込められた言葉が出るのを知っている。

 彼らが期待するのは、ノーリスクハイリターンの討伐の経過と結果。

 ギュールスの受ける損害は、同じ部隊に配属された者達の損害に入らない。


「よお、『死神』。今日も来れたんだな。ほれ、申請書だ。書いたら隣の窓口に……ってもう分かってるか。とっとと提出してきな」


『死神』


 ギュールスが知らないところでいつの間にかそうつけられた渾名は、彼はあまり好まなかった。

 死を宣告する者。

 誰に宣告しにくるのか。

 魔族ならば喜ばしいことである。

 しかし、彼の所属する部隊のほとんどが部隊そのまま帰還することは珍しい。

 散り散りになって何とか生還したり、全滅に近い状態で帰還したりする。


「まるで『死神』じゃねぇか」


「青いし痩せ細ってるし」


「誰か大鎌持たせてみろよ。そっくりじゃねぇの?」


 その会話が交わされた酒場で爆笑が起きたという噂をギュールスも耳にしている。


 自分を差別する者達しかいない冒険者達。

 しかし彼らがいなければ、己の身どころかこの国の存亡に関わる。

 自分の身一つでも、生還者が一人でも多く増えるのならそれに越したことはない。

 ギュールスはそんなことも考える。

 好き好んでそんな意味のある『死神』という渾名をつけてもらいたくはない。


「そんな名前で呼ぶのは止めてくれ。誰も否定できない事実である『混族』と呼ばれる方がまだマシだ」


 そんな抗議をしようとする。

 しかしそんな抗議も、『死神』と呼んだ受付の者からすれば些細な事。


 申請書を手にして受付から離れようとしたとき、背中を突き飛ばされる。

 ギュールスは一瞬、昨日の襲撃の続きかと覚悟をした。

 しかしそうではなかった。

 そんなことを考えていた時間すら長く感じたのだろう。後ろで待っていた冒険者が、一刻も早く受付を済ませたかったためのようだった。


「何をぼうっとしている! とっとと退け!」


 白銀の鎧で全身を覆った女性。

 背中から出ている羽で、風の魔法に特化したシルフの種族というのは分かった。

 しかしシルフにしてはかなりの武闘派のようにも見える。


「エノーラ=シード! シルフだ! 希望の……」


 エノーラと名乗った女性冒険者のその剣幕に押され、受付は申請書を差し出した。


「そ、その自己紹介の部分を、この用紙に記入して隣の……」


 申請用紙に皺や折り目が出来るのも気にせず鷲掴み。


「おい! そこの……『混族』! 邪魔だ! ついでに私は参加するのは初めてだ! 書き方を教えろ!」


 ギュールスはぽかんとしている。

 背中を突き飛ばした相手から、申請書の書き方を聞かれた。


「んな奴に聞かなくても、俺が教え……」


「黙れ! どいつもこいつも気に食わん! なぜみんな私の思い通りに動かん! 私はこの『混族』に聞いたのだ! 貴様、とっとと立て!」


 エノーラから片手で胸ぐらを掴まれて、無理矢理立たせられる。

 そして記入台へと連れ去っていく。


 エノーラに声をかけた冒険者も、軽い舌打ちをしてその場から去り、またいつもの喧騒が受付の前で展開された。


「……名前と、性別に種族。種族に備考欄があるから、もし特徴があるならそれも書く。希望する職種もそう。俺の場合は元々魔術師だったから、その備考に『魔術使用可能』みたいに書いておく」


「私は魔術師、それに射手も兼業だ」


 魔術師と聞いて、その甲冑でなぜその仕事をしているのかと、彼にしては珍しく驚きの感情を顔に表す。

 前線でも役に立ちそうな重装備である。

 ギュールスの知り合いならば、そんな表情を初めて見ることになっただろう。

 しかしエノーラは初対面。ギュールスの感情など全く無関心。

 ギュールスは少し考える。自分の思い込みで備考欄に余計なことを書くわけにはいかない。


「なら職業を魔術師。備考欄に『弓矢を武器として使用』とか書けば……」


 俺が誰かに何かを教えるなんて、初めてのことじゃないか?

 誰もが俺を『混族』ということだけで嫌悪する。

 このシルフ、何者だ?


 そんなことを考えるが「次はどうするのだ!」と命令口調で聞かれ、我に返る。


 あぁ、見下したいだけか。なら納得だ。


 そう思い直して説明の続きを始める。


「これで記入漏れはない。後は提出……」


「さっさと出すぞ! 窓口はどこだ!」


 ギュールスには、エノーラが強引に自分の手を引っ張る理由がそこでわかった。


「捨て石が欲しけりゃ、それが一番確率が高いか」


「何を言っている? 窓口に案内しろと言ってるんだ!」


 申請書の提出の順番が近ければ、同じ部隊に配属される可能性が高くなる。

 別の部隊になったとしても、部隊の配置の位置関係などが近くなる。


 周りにいる冒険者達から嫉妬の目を向けられている二人。

 外見が綺麗なシルフに話しかけられているギュールスに対してではない。


 それは、捨て石という便利な道具を間違いなく手にするであろうエノーラに対しての嫉妬の目であった。

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