小さい傭兵と混族 下

 岩盤の中で疲れを取り、ウィラが抜けた穴を細身の体をくねらせながら通り抜け、やっと外に出た夕暮れ時。

 人の気配どころか魔族、魔物の気配もない海沿いの崖の道。

 今は静かだが、その場は血生臭い戦場だったことを岩盤の表側の血糊が証明していた。

 あの少女は無事に王都にたどり着けただろうか。

 そんなことをぽつりと思いながら、帰還の時はいつも通りの重い足取りで王都に向かう。


 王都についたのは、夜の時間帯に魔族へ攻勢を仕掛ける部隊が出撃する頃。

 いつものように本部に行く。

 しかし今回は、何度か経験したことのある所属部隊の自分以外の全滅。

 隊長以外が帰還した場合は、帰還した本人の名前だけを報告する。

 しかしギュールスにとっては普段と変わらない手続き。

 参戦登録の手当てだけを受け取るのもいつものこと。


 しかし本部から出た後は、いつもと違った。


「……ぐあっ!」


 肩から背中にかけて強い衝撃と鈍痛が走る。

 いつもの小屋の宿に向かう途中、不意に背後から殴られた。

 うつぶせに倒れ、起き上がろうとすると背中を踏みつける者がいる。

 殴られた方向を考えると、ギュールスの背中を踏んでいる者とは別人。

 その後ギュールスに飛んでくる罵声は三人位で、やはり別の方向から聞こえてきた。


「小さい女の子を庇うどころか、襲い掛かるとはふてぇ野郎だ!」


「混族じゃねぇよな。魔族その者じゃねぇか!」


「なんでこの町に出入りできるんだよ! なんで死にやがらねぇんだ!」


 背中を踏みつけられながら、膝の裏、肘、手の甲も踏みつけられ、踏み躙られる。

 心当たりのないことを罵られるが、この町以外に居場所はない。この町にも居場所がなくなったと感じるようになってしまったらここにいる必要はないが、いなくなる理由も依然として存在しない。

 もはや自分に対して悲しい思いは生まれることはない。

 ただ、ウィラという冒険者になりたての女の子が、魔族討伐対策本部があるこの首都ライザラールに何とか生還出来たということは理解し、そんな痛みの中に安心感が生まれてはいた。


 次第に人の数が増えているのは分かる。

「冒険者になりたての女の子が入った部隊、女の子以外を全滅させたらしいぜ」


「混族がか? マジかよ」


「何で国軍はこいつを処刑しねぇんだ?」


 中には町中に響き渡るような大声で、まるで演説するように叫ぶ者もいる。

 それが通行人の冒険者達を引き寄せ、さらにその人数を増やしていく。


「貴様ら何をしている!」


 それは五分かそこら続いたのか、それとも三十分くらいだったのか。

 時間の長さの間隔はギュールスには分からない。

 ギュールスを真ん中にした人だかりの喧騒はざわめきになるくらいにまで鎮まる。


「ここは天下の往来だ! 出撃から帰って来た者達が安息を得るための場所でもある。それだけの元気があるなら、一体でも多くの敵を倒すべきではないのか?」


 凛とした女性の声がその人だかりを包み込む。


 全身を鎧に包み込み、しかもいくら明るいとはいえ街明かり。集まった者達が見たその人物は、後ろに同じような格好の者達を引き連れている。

 背中に何かの羽を持つ種族ということは分かるが、その正体ははっきりとは見えない。

 しかし鎧に刻まれた紋章により、国軍兵士の集団であることは誰の目から見ても明らかだった。


「この混族のやつが、自分の部隊を全滅させたって話が……」


「その事実確認は正確に出来たのか? できたのであれば対策本部に至急報告すべき事項だぞ! 国の存亡に関わるからな! こんな公道での私刑はそれこそ厳罰ものだ!」


「混族だぜ? ほったらかしなんて有り得ねぇだろ!」


 別の声の抗議が上がる。


「もう一度言う。正確な事実確認は出来たのか? そしてお前達の行動は、通行人の妨げになっている。帰還兵達の休息を妨害することも、国の存亡に関わることだぞ?」


「俺達は国の防衛に協力してやってんだぜ? その背中から襲われるなんて真っ平ご免なんだよ!」


 この抗議の声には集団で同意する声があちこちから上がる。


「なら協力しなければいいだけではないか。討伐参加登録をしに行かなければいいだけの話。我々国軍はお前たちに頭を下げてまで協力を願うことはない。なぜならお前達も我々が守る対象なのだからな」


 兵士の姿をした女性五人。誰一人として抗議してくるその集団を前にしてもたじろぎ一つしない。


「参加するのが恐ろしいなら、大人しく我々に守られるがよい。戦力が下がって我々が戦死したとしてもお前達を恨むことはない。むしろ、守り切れず申し訳ないと頭を下げるのみだ」


 傭兵扱いをされている冒険者達は、普段の仕事の依頼数が減っているため、生活費が足りなくなる。

 そこで、その依頼の報酬よりも高額の魔物討伐募集に応じる冒険者が傭兵となって討伐に参加している。

 国の誇りなどではなく、自分の身の安全の確保という意味で参加している者の方が多い。

 そんな冒険者達は、国軍兵士からそのようなことを言われたら何も言い返すことは出来ない。

 不安があれば訴えればいい。その不安の声全てに耳と目を通すとまで言われたのだ。


 その人だかりは自然と解散に至る。

 その場に残ったのは、路上に横たわるギュールス一人。


「……言ったはずだ。行動の通行人の邪魔になると。すぐに立ち去れ」


 口調が変わらないその人物は、ギュールスが差別対象の混族と知ってもその態度に変化はない。

 ゆっくりと立ち上がり、思いの外浅い傷ばかりを負った青い体を引きずりながら兵士たちから遠ざかる。


「念のため、今の話の裏を取れ」


 その場を制した女性兵士は後ろにいる者達に声をかけ、応じた者達がその場を去り本部に向かう。


「些細な諍いも見逃すなよ。今のがすべてだと思うな」


 残った者達はその女性兵士の注意に静かに頷き、夜の町通りを歩き続けた。

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