ブラザー

チキン

一話完結

ぼくには2コ上の兄がいる。


去年入籍し、今年の1月に奥さんと里帰りしてきた。


14コ下の奥さん。


実際会うと、とても好感がもてた。なんかつねに自然体という感じ。


名前は○○。ぼくが前付き合っていた彼女と同じ名前。

なんだろう、複雑…ちょっとね。

まぁそこまで気にならない。

性格も全然違うし、漢字も違うから。


アニキ。


今はそう呼んでいる。


昔はどう呼んでいただろうか。


覚えてない。


たぶん昔もアニキと呼んでた気がする。お兄ちゃんと呼んだことは、物心つく前は呼んでいたかもしれない。


アニキ。


そう僕らの関係はそういう関係だった。


べったりじゃなかった。

間には距離があった。


かわいがられたこと…ない。


兄貴らしいところを見せたこと…ない。


つねに優先権はアニキが持っていた。


ファミコン…アニキがするのを見てるだけ。

風呂…アニキより先に入れなかった。

ドラクエなんかできなかった。

攻略本、ぼくが買ったんじゃなかったっけ?

ぼくは攻略本見て想像を膨らませるだけ。


ファミコンは友だちの家でやるもの。

家では見るもの。


でも見てるだけでも楽しめた。


ぼくは高1まで社宅で生活していた。近所には歳の近い子らがいっぱいいた。ほとんどといっていいほどみんな兄弟がいた。


一人っ子なんていなかったんじゃないかな。


社宅の敷地内にある小さなグラウンド野球をやっていた。

ボールはテニスボールやらゴムボール。

バットはカラーバット(プラスチック製)だったり金属バット。


カラーバットにカラーテープをぐるぐる巻きにするのが流行っていた。

なんかどこかの国旗みたいなカラーになっていたり、それぞれデザインに個性があって、

○○くんのデザイン、カッコいいな~とか思ってたりしてたっけ。


子どもの頃って手作りを楽しむっていう感じだったよね。


なんか手作りって夢があったなぁ~、ってこの歳になって思うよ。



子ども達が集まる、

野球やろうぜ、

チーム分けする、

取りジャン(ジャンケン)する、


アニキ達世代は近所のなかでは年長だったから、必然的に頭になるんだよね。


アニキと同い歳の○○くんが決まってジャンケンしてた。


アニキはさぁ、ぼくと同じチームには絶対なろうとしなかった。

最後にぼくが一人あまって

「い~るかいらんかジャンケンシッ!、いらん!」

という感じ。


勝っても負けてもいらんという感じ。


別にショックなんてこれっぽちもなかった。

わかりきってるという感じ。


中学まではアニキ世代たちはずっと頭の存在だった。

不思議とその世代ってみんな長男とかだったんだ。


町内の少年ソフトボール大会でも優勝した。

ぼくの中では黄金世代。


アニキがキャッチャーやって○○くんがピッチャー。

いつもジャンケンで取り合っていた二人。


最後のバッターが空振り三振して優勝が決まったとき、

テレビで見ていたプロ野球の優勝が決まったときのように

ふざけ半分でアニキが○○くんに飛びついていたっけ。


アニキをすごいと思いたくなかったけどこの世代のチームはすごかったなと思っていたよ。

カッコよかった。


アニキが小学校卒業してぼくが5年生になった時、全然カッコイイものじゃなかった。

ぼくが6年生の時はもっと悲惨だったなぁ。


アニキは中学でも野球部に入った。

中学でもアニキ世代達は輝いてみえた。

中学では他校と合併するんだけど、

合併してさらに磨きがかかっていた。


たった2コしか離れてないのにすごく大人にみえた。

貫禄がちがっていた。

別格だった。

ナメれる人なんて一人もいなかったよ。



そうそう、

ぼくは小学4年生からソフトボールのスポーツ少年団に入っていた。


もちろんアニキもぼくが入る前から入っていた。


学年別で分かれてるから一緒にやることはなかったが。


たいがい中学までは、やることはアニキと同じ道をたどってきた。



ぼくが中1の時アニキは中3。


ぼくは今まで野球ばかりやってきた。

もちろん中学に上がってからも野球…



でもそれは一年後の話。


野球部に入ったのは中2から。


アニキいたから、はもちろんあったと思う。

でも、正直野球がしたいっていう情熱はそこまで持ち合わせてなかった。


はなっから。


誘われたからやっていた。


今までの流れで。


中2の時1コ上の先輩から軽い感じで誘われてまた野球をやりだした。


兄貴はもういない。



アニキがいる頃は○○の弟と先輩からよく声をかけられたものだ。

よくというほど頻繁ではないが。


アニキが中学でどういう存在だったかは知らない。

先輩たちからは、かわいがるようなからかうような笑顔で声をかけられた。


根っからの弟体質はこうやって形成されてきたんだろうな…


高校からはもう語れるものがない。


仲の良くなかった二人は口をきくことも皆無に等しかった。


社宅内だけど別々の部屋になったし、その1年後にはとなりの区に引っ越し、2階建の1軒屋。


アニキは大学に行き一人暮らし。


卒業後は東京へ。


と、忘れてた、


ぼくが20歳ぐらいの時、彼女を家に泊めた時があった。

(親未公認で)


その時3人で飲みに行ったっけ。

アニキがふざけてぼくの彼女に、

店員さんに、

この焼きそばUFOですか、って聞いて、

ってふって、彼女、本当に聞いてたっけ。


その時にアニキとどんな会話したんだろ。

彼女が間にたっての会話だったと思う。

彼女をはさんで会話していたと思う。


アニキにプレゼントとする為、彼女と一緒に選んだブルースリーの

大きめの手作り感満載のフィギュア。


アニキ、東京にもっていかなかったなぁ。


東京から送られてきたぼく宛の高そうなレザー生地のダウンジャケット。


重いし丈短いしかさばるし一回も外に着て歩かなかったジャケット。


里帰りの度に彼女つれてきていた。

(今の奥さん以外に二人)



携帯でやりとりするわけでもない、連絡も取り合わない、

そんなアニキが籍を入れ、奥さんを連れて帰ってきた。



家族計で食事した。

食事が済んだあと部屋に引き上げた夫婦。


ぼくはドアをノックする。


アニキィ、


これ、しゅうぎ、



なんか一番兄弟らしいことをしたような気がする。



アニキたちが東京に帰る時にメールが届いた。

ぼくは仕事だったので仕事終りにそのメールを見た。



メールを読んだ。


今から帰るということ、

こんなに祝儀をもらっていいのか、

まぁせっかくだから遠慮なく使わせてもらうわ、

俺は初めて家族っていいなぁって思った、

俺はうちの家族は一線ひくものだと思ってそうやってすごしてきたんだ、


みたいな。



ぼくは3年ぐらい前からだろうか、

照れくさいこともちゃんと言わなきゃな、恥ずかしいで言えなくていろいろ損する、

恥ずかしいで愛情を伝えないで相手をマイナスに思い込ませてしまう、

ということに憤りを感じてたんだ。

恥ずかしいをいいわけにするんじゃねぇ、と。

恥ずかしいで逃げんな、と。


恥ずかしいで伝えなかったら誰かが不幸になり、

その反発が自分に返ってくると。


恥ずかしいでチャンスを逃がしていると。



ぼくは恥ずかしいも照れも感じながら内臓もケイレンしつつ自分の正直な思いをメールに打った、


アニキいつもぼくの先をいく、

アニキのことをスゲーなと思う、

あなたの背中を見てきた、

あなたのやってきたことが刺激になって頑張らなくちゃいけないと思ってくる、


みたいな。



べつに泣いてるわけでもないけど、恥ずかしいし、ほっこりするし、

とにかく内臓がケイレンするような状態だったんだ。



お互い素直なことばを言い合っただけ。

初めて素直な溜まっていたことばを吐き出した。



別にこれから頻繁に連絡をとり合うようになった、わけでもない。



歳をとってきて、

繋がりというもの

切ろうと思っても切れないもの

生まれたときからあるもの

繋がり。


大人になってくるほど人と繋がりにくくなるように思う。

繋がる大切さは大人になるほどわかってくるのに。


わかってきたからこそ素直な気持ちを伝えれたんだと思う。



兄弟っていう実感がもてるようになった瞬間だった。






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