救済と殺害

天野平英

第1話 女神様、請う。


 初めて見たそのセカイは詰みかけていた。


 一手でも指し手を間違えてしまえば、そのセカイに住む命がすべて死に絶えてしまう。


 そんな直感を得てしまった私は、このセカイをどうにかしようと長考に長考を重ね、最善手を探した。


 私達のような意識生命体にとって、“考える時間”などあってないようなものだから。


 思考する速度を上げていき、それでも足らないなら並列同時思考をすればよい。


 思考するという行為は異常にお腹がすくけれども、最善手を打たなければ御飯自体が亡くなってしまう。


 意識生命体の食事とは、物語を摂取することだ。


 そのために私達は命の芽吹いた星に寄生する。星に意識が芽生えているならば共存を申し出る。


 そんな在り方をする私達は他者から“守神”なんて呼ばれるけれども。


 残念ながら私達は神と呼称されるほど万能でもなければ全知という訳でもない。


 だから私は間違えないように慎重に思考を重ねた。


 そのセカイは趣味の悪い同胞によって創られたのだと聞いた。


 まだ意識すら芽生えていない幼い星を好き勝手改変して彼は煉獄を創り上げた。


 具体的に何をしたかと言えば、まず、か弱い命を西側にばらまいた。


 そのあと、東の端に、触れると悪意に染まり、肉体も醜く変質してしまう粒子が噴き出し続ける穴を開けた。


 そして、か弱き命にこう告げたのだ。


「戦え。穴さえ閉じればお前達を脅かすものはない」と。


「粒子は徐々にセカイを覆う。覆われる前に穴を塞げればお前達の勝利だ」と。


 これで、粒子と戦える術を与えていれば、よくいるヒトリで済んでいたのだろう。


 けれども彼は戦う術を与えず、セカイを見続けた。

 穴が塞がれそうになれば妨害すらした。


 彼は戦乱と絶望の悲劇こそ御馳走なのだと宣う邪悪だったのだ。



 だから私達は彼を隔離封印して餓死させた。



 残されたセカイは、独り立ちしたばかりだった私に放り投げられた。


 それから二百星霜、私は長考しながら一手一手、か弱き命の完全勝利の為に手を尽くした。



 そう、“尽くした”。



 もはや私にできることはなく、着実に終焉へと近づいて行っていた。


 だから、その情報を得た時の私はまともではなかった。


 今となっては反省しきりだが当時の私には神の福音にすら思えたのだ。


 それは世界の末端といっていい、地球というセカイからヒトを借りて救世主に仕立て上げるという流行り遊び。


 地球の同胞は物静かな女性と言われていて、いくら借りても文句一つもしないなんて言われていた。


 なので私は私のセカイを救ってもらおうと皆と同じように勝手に借りてきてしまった。



 ――それが愚かだったのだと思い知った時には、すべてが手遅れだった。

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救済と殺害 天野平英 @Hirahide_A

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