幼馴染を追いかけたら、獸人だらけの世界にきちゃいました!

由友ひろ

第1話

 あたしの初恋はイライラの連続だった。

 

 ピカピカでピンクのランドセル、お気に入りのピンクのリボン、フリフリピンクのワンピース。あたしって最高に可愛い!鏡に自分をうつして、満点な気分で迎えた小学校の登校初日、母親に連れられて登校班の集合場所についたとき、初めて頭の中で鐘が鳴るような衝撃を受けた。

 

 茶色いランドセル、短い髪の毛、地味なTシャツと短パンを着てるだけなのに、明らかにあたしより可愛い子が立っていたからだ。


「佐藤花梨です。一年三組です。よろしくお願いいたします。」

「青木ユウです。同じ一年三組です。お願いします。ユウ、花梨ちゃんだって。良かったわね、同じクラスの子よ。帰りも一緒に帰れるから安心ね。」

 母親同士が挨拶している間、あたしはユウから目を離せなかった。お母さんのズボンをしっかり握りしめ、恥ずかしそうにうつむいているユウは、はかなげで可憐で、まさに女の子!って感じだった。

「うちの、男の子のくせに、女の子みたいにおとなしくて…。引っ込み思案で困ってるんです。お友達を作るのも苦手で。花梨ちゃん、うちのユウのお友達になってくれるかな?」

 

 女の子みたいって…、男の子なの!

 

 別の衝撃をうけた。このあたしより可愛い子が、男の子であるはずがない。

「あら、可愛いから女のお子さんかと思ったわ。男の子なのね。ユウ君、うちの花梨は口うるさいけど、仲良くしてあげてね。」

 ユウ はコクンとうなずいた。

 クラッとした。なんて可愛いの!生まれて初めて、自分以外の人間を可愛いと思い、あたしの初恋は始まった。


 ◆◇◆◇

「花梨、これ終わったら、カラオケいかない?」

 中三の文化祭、あたしのクラスはメイド喫茶をやる予定だった。中高一貫校だから受験もないし、みな中学校最後の文化祭!と、準備の段階からかなり盛り上がっていた。


「パス!ユウ待たせてるし。梓と莉奈で行ってきなよ」

 あたしは、メイドの衣装を縫いながら答えた。 

 楠木梓と新崎莉奈、中三で初めて同じクラスになり、なんとなくつるむようになった。見た目がちょい派手で、二人とも中三には見えない。

「ヘタレちゃんなんていいじゃん!」

「そうそう。うちの彼氏に花梨会わせるって約束しちゃったんだよ。カラオケおごってくれるって言うし、ね、お願い。」

 あたしは多少ムッとした顔をしつつも、しゃあないなとOKした。

 

 ヘタレちゃんとは、ユウのことだ。

 

 小学校から中学まで、ほぼ毎日一緒に登下校してて、周りからは彼氏彼女の関係だと思われてる。あたしはそれを否定したことはないし、違う男子から告られた時なんかは、好きな人(もちろんユウだ)がいるって公言してる。

 ユウへの最大限のアピールのつもりなんだけど、ユウの態度は小学校のときと全く変わらない。そんなユウを見て、梓達がつけたあだ名がヘタレちゃんだ。

 たまに本人前にして、

「このヘタレ!手くらいつなぎやがれ!」

 って、叫びたくなる。


「じゃあ、ユウに伝えてくる。待たせてるから。」

 あたしは自分の教室からでると、ユウの待っている教室に走った。中二までは八年間同じクラスだったが、中三で成績別のクラス分けになり、ユウは文系、あたしは理数系のクラスになってしまった。

 

 ユウのクラスの扉を開けると、ユウは一人残って本を読んでいた。あたしが目の前に立っても、全く気がつく様子もなく、本に没頭している。

 いまだに女顔で、本に視線を落としていると、長い睫毛で影ができそうだった。


「ユウ!ユウってば!ユウ!」

 数回呼ぶと、やっと本から顔をあげた。

「…佐藤、終わったの?」

 いつの頃からか、ユウはあたしを名字で呼ぶようになった。あたしはそれが凄い嫌で、しばらく返事をしなかったくらいだ。

「さっきから呼んでるんだけど!こんなのばっか読んでるから、目が悪くなるんだよ!」

 あたしは、ユウの前の席のに座ると、読んでいた本を取り上げた。

「帰る?」

 ユウはあたしから本を取り返すと、帰り支度を始めた。

「ごめん、今日、梓達とカラオケ行く約束しちゃった。ユウ、先に帰ってて。」

「待っててって言われたから、待ってたんだけど…。」

「だから、ごめんって。そういうことだから、じゃね。」

 ユウに悪いなとは思ってるんだけど、ついついぶっきらぼうに言ってしまう。


 本当は可愛くしたいのに…。

 

 ユウをおいて教室をでたあたしは、廊下を曲がった先で立ち止まると、大きくため息をついた。

「ヘタレはあたしも同じだな。なんでかなあ…。」


 再度ため息をついた。


 ◆◇◆◇

 ユウと帰るのをやめて行ったカラオケは最悪だった。

 

 カラオケにいたのは梓の彼氏だけではなく、彼氏の高校の同級生の男子も二人。つまりは女子三人男子三人の合コンのような形だったから。一人の男子は、やたらベタベタ触ってくるし、距離が近いしで、もう!!

 カラオケを早々に切り上げて帰ろうとしたら、駅前のマックで本を読んでいたユウを見つけた。


「ごめん、あたしデニーズはパス。ちょっと、マックに用があるから、じゃあね!」

 ついてくるなよ!オーラ全開で足早にマックに入ろうとしたら、全員ぞろぞろついてきてしまった。

「俺らも腹減ったから入ろうぜ。マックでいいっしょ。」

「いいね、新しくでたマックグラン、食べたかったんだ。」

「あたし三角チョコパイがいい!」

「ちょっと、あんた達、デニーズ行くって…。」

「ほら、花梨ちゃんのは俺がおごるよ。」

 

 引っ張られながらレジに行き、とりあえずコーラを頼んで、ユウから少し離れた席についた。ユウに気づかれたくなくて、背中を向けて座った。

「花梨ちゃんって、まじで可愛いよな!」

 梓の彼氏の友達だし、嫌な顔もできず、とりあえず口の端だけで笑顔を作る。

「こいつ、梓のプリクラに写ってた花梨ちゃん見て、紹介しろってうるさくてさ。」

「実物のがいいって、奇蹟じゃね?」

「一樹、テンション高過ぎ。」

「テンション高くなるって!花梨ちゃんって、彼氏いないの?」

「花梨、彼氏いるよね。幼なじみなんだよね。」

 あたしのかわりに莉奈が答える。

「あーッ、ヘタレちゃんね。」

「ヘタレはヤバいっしょ。そんなんやめなよ!俺、超おすすめよ。」


 もう、みんな声大きすぎ!しかも、肩に手!

 

 さすがに一言言ってやろうと、手を振り払おうとしたとき、ユウが座っている辺りで、椅子をひく音が大きく響いた。

 

 まさか…。

 

 恐る恐る振り替えると、ユウとばっちり目があった。

「ユウ…。」

 ユウは泣きそうな顔で鞄をつかむと、店を飛び出して行った。

「ちょっ…。」

 あたしは荷物も持たず、ユウをおいかけて店をでた。後ろで梓達が騒いでいたけど、そんなの知ったこっちゃない。

 

 驚くほど早く、ユウは駆けていく。辺りは薄暗くなってきていて、ライトをつけた車とつけていない車が半々くらいだ。

 ユウが駆け出した先に、一時停止違反の車が…。

「ユウ!!」

 あたしは叫んだ。


 車は急ブレーキで止まった。


 が、引かれたはずのユウの姿はなく、車にもぶつかった跡すらない。車の運転手は慌て車を下り、車の前やら下やらを確認している。

「どうなってるんだ?」

 運転手は、わけがわからないと首をかしげながらも、とりあえずスマホを手にする。

「…交通事故だと思います。はい、私が運転手で、交差点で少年が飛び出してきて、はねたような気がしたんですが…、被害者が消えてしまったんです。どこにもいないんです。」

 運転手は110番したようだ。

 

 あたしは見ていた。

 ユウの体が、車にぶつかるかぶつからないかくらいで、空気に溶けるように消えていくのを。

 

 ユウの鞄だけが、道路のはじに転がっていた。

 あたしはその鞄を拾うと、しばらくその場で車と運転手を見ていた。警察がきて、車や道路の様子を調べていたが、探しても被害者はいないし、車に衝突のあともないことから、居眠り運転じゃないか?と運転手は警察に言われていた。


 違う!ということは、あたしが持っている鞄が証拠だ。ユウは確かにいたんだから。でも、誰も信じないだろうし、あたしだって信じられない!

 ここにいても、ユウは戻ってこないし、なにをどうしたらいいかわからず、とりあえず自分の荷物をとりにマックに戻った。

「花梨!どうしたのよ?いきなり店飛び出して行くからびっくりしたじゃん。」

 莉奈が三角チョコパイにかぶりつきながら、ヒラヒラと手を振った。店には梓と莉奈だけ残っていた。

「隆生達は帰ったよ。一樹君が、花梨のライン知りたがってたけど、勝手に教えられないって言っといた。あれ、鞄、なんで持ってるの?花梨のこれだよね?」

「ユウのだよ。」

「ユウ?だれそれ?」

「青木ユウだよ。あたしの幼なじみの。」

 二人はキョトンとしている。

「ほら、二人ともヘタレちゃんって呼んでたじゃん。」

「なにそれ!そんなん知らないよ。」

 二人とも、あたしをからかっている様子はなく、本当に知らないようだった。


「ごめん、帰るね。」

 あたしは鞄を二つ持って、二人をマックに残して店を出た。

 もしかしたら、家に帰っているかもしれない。どうして、二人がユウのことを忘れてしまったのかわからないけど、ユウの家族なら大丈夫なはずだ。

 ユウの家まで、とにかく走った。チャイムを押す前に深呼吸して、あがる息を整える。

 チャイムを押すと、はーいと返事があり、ドアが開いた。

 ユウのお母さんがでてきて、少しホッとした。ユウとそっくりな顔、性格もおっとりしていて、似た者親子で有名だった。

「あら、花梨ちゃん。どうしたの?」

「おばさん、ユウ、ユウは帰ってる?」

「ユウ…?」

 ユウのお母さんは、怪訝な表情を浮かべる。

「コウならまだ部活で帰ってないけど。」

「コウ兄じゃなく、ユウ。」

「ユウ…、えっと、誰のこと?」

 ユウの存在がいないことになってる。頭を殴られたような衝撃を受けた。

「あら、それ、コウの中学のときの鞄ね。そのステッカー、見覚えがあるわ。コウったら、花梨ちゃんにあげてたのね。」

「これは…、ううん、なんでもないです。失礼しました!」

 あたしはペコんとお辞儀をすると、自分の家に向かって走り出した。

 

 家に入ると、二階の自分の部屋に駆け上がった。

 鞄を放り出し、アルバムを引っ張り出す。床に座りこみ、小学校のときの写真をめくる。

 

 小学校の入学式、一年のときの遠足…、中学二年までの数多くの写真、クラスも中二までは同じだったし、家族で仲も良かったから、一緒に遊びに行ったり旅行したり、とにかくほとんどの写真にユウが写っているはずだった。

「なんで!!」

 どんなに探しても、ユウの姿がなかった。

 ユウと二人で写っていた写真も、不自然な位置にあたしが一人いるだけ。集合写真も、ユウのいた場所は不自然に空いている。

「花梨、帰ってきたら手を洗いなさい!」

 階下で母親が怒鳴っている。

 でも、そんなのは耳に入ってこない。


 意味がわからないよ!

 ユウは?!

 

 あたしは何度も何度も写真を見返した。

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