僕と幼馴染
部屋に戻ると、咲と硝が待っていた。
「……電話、どうだったの?」
なんとなく予想はついているらしい。咲はベッドから立ち上がって心配そうに駆け寄ってきた。僕はそれを無視して自分のベッドの端に腰を下ろし、電話の内容を少しずつ説明した。
「やっぱり、僕が白墓であった人とおじさんが見た女の人は同じ人だった。ナツを、返してほしいって………」
「なんでそんなにナツにこだわるんだよ」
「それは…、教えてくれなかった」
すると硝は不愉快そうに眉間にしわを寄せた。
「そんなんでこっちが納得できるわけねえじゃん。なんだそいつ」
「僕たちは知る必要がないことだって。でも、ナツを引き取るときに何か教えてくれるらしいよ」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ玖円。もしかして、ナツを渡しちゃうの?」
咲が確かめるように訊ねた。
「……うん。断れ、なかった」
無気力に返事をする。改めて認めると、ますます自分が嫌いになりそうだった。咲は信じられないと言いたげに眼を見開いた。と思ったら、途端に勢いよく僕に詰め寄った。
「なんでよ⁉」
「や、だって……。あっちが返してほしいっていうし……」
「そんなんで簡単にナツを手放しちゃうわけ⁉」
「……仕方ないだろ」
もういいから何もしゃべりたくなかった。何も考えたくない。眠ってしまいたい。けど、咲はなお問い続けてきた。
「なんで⁉ ナツと一緒にいたくないの⁉ ナツが大切なんじゃないの⁉」
「大切だよ。でも、僕はただの従業員だ。……できることなんてあるわけないじゃないか。それに」
いちいち言わせないでくれよ。もういいだろ。
「ナツはどうしてもアンドロイドだ。……僕がどんな行動をとろうと彼女には関係ない」
言った瞬間、顔面に何かが直撃した。あまりにもすごい勢いだったので、鼻を強打してしまった。僕の枕だ。
「痛っ⁉……ぶっ!」
間髪入れずに二発目。訳が分からずに目の前の咲を見ると、彼女は目を真っ赤にして泣きながら僕を睨んでいた。
「な、なんでっ……⁉」
「なんでじゃない! 助けなさいよ! な、ナツはっ、アンドロイドとしてはもう捨てられてっ、それをあんたが見つけたんでしょ⁉ すて、捨てられた後も、まだ使われ続けるなんて、そんっそんなひどいこと…!」
「……でも、それがアンドロイドだろ」
「そうじゃないでしょバカっ!」
一層大きな剣幕に僕は口を閉じた。泣きじゃくる咲は肩で息をしながら続けた。
「じゃあ何でナツを拾ったのよ! 治療させたのよ! 一緒にご飯食べたのよ! 一緒に遊びに行ったのよ! 全部、ナツを人間として見ていたからでしょ!? 人間として生活してほしかったからでしょ!? なのに、今更怖くなったからって……最低よ! この…っバカ! ヘタレ!」
「あいたっ! あぶな……ちょ、まてまてまてまて‼」
「咲それはダメだからストップスト――ップ!」
ついに手短にあった目覚まし時計を投げようとした瞬間、今まで見ているだけだった硝が咲の腕をつかんだ。咲が空いている手でラジオをつかもうとしたが、それも彼に止められた。
「放してよ!」
「ムリ。気持ちは分かるけどよ、少しは落ち着け。な?」
「いーやっ! 触んないで!」
力いっぱい振りほどこうとしているが、それほど力を込めていないように見える硝の手は、咲の腕を話す気配がなかった。
「ほら、ずっと泣いてると明日ひでぇ顔になるぜ。とりあえず寝ろ。――ほれ自分の部屋に戻って」
硝は咲の腕をつかんだ状態のまま部屋から出そうとする。それでも暴れようとする咲を連れて、硝は廊下に出た。
ほんのしばらくも経たないうちに、硝は戻ってきた。無事に咲を部屋に返すことに成功したようだ。赤い髪がやや乱れている。
「……咲、どうした?」
「ん、一応落ち着いたけど……危うく引っかかれるとこだった」
「………ごめん」
申し訳なくてうつむいたまま謝ると、枕を投げられた。驚いて顔を上げると、硝はもうベッドに入ろうとしていた。
「いやまあ、いいんだけどさ。お前も眠れよ。寝たら少しは元気でるんじゃねえの?」
オレもう寝るから。それだけ言って、彼はこっちに背を向けて横になってしまった。僕ものろのろとした動作で明かりを消して、彼と反対側を向いた。
「あのさ、硝」
「おう」
途端に静まり返ってしまった二人しかいない空間で、僕は率直に彼に尋ねた。
「たとえばの話なんだけど。たとえば、もし咲が咲の気持ちに関係なく、ここを離れなきゃならないとするじゃん?」
「うん」
「それで、咲はそこへ行きたくないけど、僕らはどうすることもできない。それでも硝は、咲を守る?」
「え? うん」
予想通り、むしろ予想以上に簡潔であっさりとした返答が返ってきた。どうしてここまで自分の意志がはっきりしているのか、不思議で仕方がない。
「どうにもできないのに、どうしてそんなにはっきり言えるんだよ」
「だってオレ咲が好きだし」
すると硝はまたもやさらっと告げた。硝の顔は見ていないのに、彼が照れる様子もなくからりとした笑みを浮かべているのが何故かよく分かった。
「それだけだよ」
「……そう」
自分の気持ちと行動がはっきりしている硝が、羨ましくて仕方がない。僕は蒸し暑いのも無視してシーツを頭からかぶった。外で虫が鳴いている音だけが聞こえる。目を閉じてじっとしているうちに、心の中はすっきりしないまま、僕の意識は眠気の中に溶けていった。
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