第5話 従兄弟の死にまつわる話


 いきなり重いテーマで書く俺ってなんなの、と思ったんですが、軽く書きたいと思います。重いテーマを軽くなんて、不謹慎と思わないでください。


 正直、俺は、すごく努力したと思います。

もう一度同じ場所に戻れるとしても、救えなかった気がします。


 わかんないな。どうしていれば良かったのか。


 凶暴になった野生動物をどう保護しますか?檻に入れるわけにいかないですよね。人間の場合は。


 俺、どういう未来がベストかな?教えて欲しい、と聞きました。本人に直接。

サシで。


 普通に結婚して、子供産んで、仕事して……しあわせになりたい。


 やつはそう答えた。でも、うまくいかない、どうしたらいいのかわからない、と言いました。頑張ろうとして、全てダメになる、と。


 イライラして、みんなが俺を馬鹿にするような気がする、と。


 何をしてもうまくいかない。仕事も続かない。真面目に生きようとしても、それができない、と。理由がわからない、と。


……この話はキツイな。やはりやめます。


 もし俺が死ぬんなら、どこかに書いておこうと思ったけど、答えがないこと、キツイことを書くのは、難しい。小学校の時点で、多分、真面目に学校に行っていないようなネグレクト状態で育っているやつ。まともに働けないのはほぼ当たり前と思います。


 父さんも、結局やつを救えなかったこと、俺と同じように、もっと責任を感じたに違いないです。


 あいつ、うちの会社の社屋内で、首つったから。


 俺は、会社を休んでいて、ある意味、衝撃の第一波を免れました。普通の自殺じゃない、事故かもしれない。警察が現場検証して言うには、本人は、思いがけなく死んでしまった可能性もある、ということでした。


 その部分、改装しないといけないようなダメージで。スプレー缶を使った、壁一面の大きな落書きが遺体と共にあったそうです。自分以外のものに対する恨みつらみの念。


 俺はその場にいなかったことで、ダメージが少なくて済んだ。発見したその場にいた人たちは、一体、大丈夫だったのか。兄貴もそこにいた。俺、自分が精神的にヤワな人間だと、いつも思う。


 兄貴は俺に、いつも「いつか俺のことも書いてくれ」と言った。

 祖母は「あなたは書きなさい。書いて遺しなさい」と。


 実は兄貴の方が壮絶な体験をもっとしている。特に会社のことに関しては。俺は守られてきた。俺が弱いからだ。


 会社に嫌がらせ電話、夜間の侵入、突然の暴力。事務所を仕切っている俺でしたが、何度も警察に相談しても、親族だからどうすることもできない。本当に手に追えなくなって。俺は突然、何が起こってくるかわからないような恐怖に精神をやられて、休んでました。俺は窓口だから、全ての変なことは俺が処理します。


 会社の人間宛にかかってきたサラ金からの電話を取り、取り次ぐのも俺。別に向こうは「サラ金の返済催促です」なんて言わない。でも俺にはわかる。そうやって会社にかけてくることで、プレッシャーをかけている、と。別に会社にやっては来ない段階で、何とかなってても、俺が晒されている場所というのは、常に何があるかわからないような場所。


 放火はないかもしれないけど、あったらアウト。ないかもしれないと書いたけど、希望的観測です。実は不審火くらい平気でありそう。死に直結するから、火で焼かれるのはごめんです。実は何があるかわからない。今思うと、それに比べれば、今はずっとマシだ。


 他人じゃないから、殴り返すわけにもいかない。社屋に不法侵入を繰り返し、盗みを働く。家の親の財布からお金をちょろまかす感覚で、夜間、昼間、あらゆる場所から侵入してくる。建物内でばったり出会う恐怖。向こうは泥棒猫のようなコソ泥だけど、見つかると牙を向くかもしれない。


 細かい説明は抜きますが、俺はその事件から結局、ショックで会社に行けなくなり、転職しました。その後、叔父の会社へ。


 ああ、やはりこの話は無理な話です。心臓がバクバクしてくる。俺、もうなんともないと思ってたけど、決してそんなことはなかった。今わかります。俺の中では、何も風化しちゃいなかった。努力することで、なんとかできると思ったことも、俺自身、全く砂漠から出られてない。全ては蜃気楼みたいに、辿り着いたと思ったら、立ち消えて消えた。俺、小心すぎるのかな。


 俺にはどうすることもできなかった。やつと俺は、正常なコミュニケーションを取って、普通に話してたはずです。やつは、そうでいて、会社に侵入したり、盗みなど繰り返す。お金がなくなると戻ってくる。会社から持ち出したものを、売り飛ばす。もちろん親族なので、不問です。


 俺たちは、仕事がないなら、雇うという方向で、いつもサポートしようとしましたが、まともじゃない世界に生きている人間なので、助けようがない。


 もう専門家に任せるしかないと、車でやつを連れていく時、俺もそこにいました。大人しくしていたやつは、信号待ちで俺の隣のシートから脱走し、車を蹴って、死に物狂いで逃げ出しました。高笑いで逃げて、その後の自殺なので、俺的にかなり厳しいです。


 その場にいた全員、とにかくショックでしょう。救いようがない。


 まともでない理由というのは、坂道を転がるように、転落を誰も止められない。結局、今から思えば、俺なんて本当にまともです。やつの場合、早い段階で、もっとサポートが必要だった。子供の段階で、ちゃんとした大人が側に必要だった。


 俺が8歳の時、あいつ大丈夫かな、と思ったことがあります。学力。生活の乱れ。ネグレクトの形跡。着ている服の季節がおかしい。知能の発達の遅れ。その時点で、もうほぼ遅かったのかもしれない。あの時点で、父さんも母さんもこれではまずいのでは、ともっと動くべきだったんじゃないか、と思います。いや、具体的にそれは無理だったと思う。やつは孤児ではないから。父親は蒸発していましたが、母親とその両親はいた。


 祖父母はやつを甘やかしてしまったから、それもあったかもしれない。父親のいないかわいそうな子どもとして、甘やかされたと思う。お小遣いをふんだんに与えられて、金に困ったことは多分、当時はなかった。祖父がいた頃は。世話をする人がいなかっただけで。その状態はやはり正常じゃない。


 学区も良くなかったし、やはり、自分に誇りを持つように育てられた親にちゃんと育ててもらってないと、ダメだということがよくわかります。成績が優秀な女性でも、ダメな男を掴んでしまう女性というのは、います。優秀さというのを、生活には反映させられない。それは根が深く、やはり、愛についてずっと渇望した状態で大きくなると、次世代の負の連鎖を生み出す結果になると俺は思いました。


 母親は成績優秀な他の兄弟と比べられ、お前は出来が悪い、女はダメだ、どうせ嫁に行く、とおざなりに育てられました。一般的に見たら、優秀な人なのに、女は嫁でどうせ外に出ていく人間だからダメだ、と。常に自分の存在を否定され、愛される実感なく育ったのだろう、と思います。結婚も反対され、両親が反対するのは当然な、住所不定、無職のダメ男と食堂で知り合い、駆け落ち結婚。自分は元銀行員のくせに、愛情の欠乏がそこまでの大きな負を先に生み出すとは。たとえ頭が良くとも、その選択は一体どういうことなのか、未だに俺も理解できずに今日に至ります。


 全て親に反発した結果なのかもしれませんが、そこまで反発する必要があるのかどうか。親が反対するような人でなく、ごく普通の人を愛せなかった理由も不明です。


 昔、俺、なぜなんだろうね、と父さんに聞いたら「あいつは馬鹿だから仕方ない」と答えました。成績でなく「馬鹿だ」という概念がうまく掴めない。宗教にハマり、あらゆる宗教に次々と金を貢ぎ、転々として。


 どういうロジックで、頭が良いのに、破滅的な人生を選ぶのか。


 俺の目から見たら、そんな女性がしあわせになれるケースというのは、少ない。愛というのは連鎖で、自分がかけられた愛情と同じ愛を子供に与えるように、連綿と続くものだから。なぜそんなことになってしまったのか、俺には理解不能です。


 祖父母に男尊女卑的な考え方が根底にあったのか。だとすると、原因があり、この結果がある。


 なんというか、俺、俺だって、普通の人生生きたい、俺でさえもそれが困難に感じるのに、やつにとっては、「とてつもない難しさ」だったと思います。


 普通にしあわせになりたい。


 そう言ったやつに、わかった、じゃ、そうなるように、まず生活を、仕事をなんとかしていこうや、と俺は言いました。やつは、ちょっとしたことでカッときてしまい、仕事が続かない、と言います。その回路というのは、根が深い。俺は、野生動物を上手に飼うことができないかのように、まあ、人を動物に例えるのは不遜ですが、本当にそういう例えしかできない。今から、一つ一つを、どうにかしていくしかありません。俺たちにできるんだろうか。


 大人になってしまった野生動物を、どんなふうに社会に順応させていくのか。もしかして手遅れなのでは、と。俺は、自分のことで精一杯なのに、正直、自信がなかった。父さんが何とかするだろう。俺は、更生施設というアイデアは、もうそれしかないから、その選択はごく普通の解決法と思いました。例え、何度も何度も脱走を繰り返してはいても、それしか方法がない。


 正直、どうしていいかわからなかった。俺はこんなことを思うのはどうかと思うんですが、亡くなったと聞いた時、ちょっとホッとした自分がいました。どうすることもできなくて、誰もどうしようもできない時、専門家に任せるにも、野生動物のように、保護しようとする人たちの手をすり抜け、暴力を振るい、逃亡するような人をどう助けますか?社会的逸脱行為を繰り返す人を助ける方法というのは、未だに俺の中で答えが出ない。幼児期、幼少期のまともな教育と家族の愛情の不足。


 それを周りがどうやって、今になって、与えることができるのか。


 母親は当時、生きていました。何を考えていたのか、よくわからないです。すっかりお手上げだったと思います。俺たちに投げてきました。よく考えたら、俺が結婚や恋愛、家庭を持つことにある意味、希望を持っていないのって、根が深いですね。それでも俺は、別に否定していません。結婚も家庭を持つことも。俺自身、とてもしあわせな家庭に育ちました。幸運だったと思ってます。


 俺がまともな人生を行くから、参考にしろよ、とやつに言えない気がして、今があります。俺、そう思って頑張ったけど、俺でさえ全く大したことはできなかった。普通にしあわせだ、そう感じることも、もちろんあります。でも、多くのそういう「無念」な魂を癒すほどには、俺は光り輝いた精神性を持ってない。そんな「できた人間」なら、こんなところで、こんなこと書いてない。


 俺自身、闇が深い。闇を照らす光になる、と思い、頑張りましたが、こんなに不安定な世界に生きている。なんとかしてやる、といつも思いながら生きても、結局、俺は同じ穴の狢のように、闇を抱えたままです。


 隅々を照らすために、俺は身を粉にしなければいけないに違いない。そんな立派な生き方ができず、結局、もう干からびた魚のように横たわり、ジリジリ乾燥していくのを待っています。立ち上がれなくなった。なぜだろう。俺も最期なのかな。何の役にも立たないままに、こうやって死んでいく。


 大したことできなくて、ごめん。ここまでが俺の限界かもしれない。


 俺自身が、まともな家庭に育ち、必死に勉強し、そこそこの大学に行き、働き、しあわせになろうと努力しても、こんな壁にぶつかるというのに、もっと環境が悪い状態のやつは、本当に先に希望を見出せなかったということ。手に取るように俺には、理解ができる。


 俺はこんなに恵まれているのに、ここまでしか来れなかった。


 そのことに満足すればいいけれど、俺の周りの闇は深すぎて、真っ暗な中で、どうしても目が見えない。これでいいんだ、と思えない。


 俺はお手本を見せてやる、俺を見てろ、俺が。以後、必死に頑張った。狭い世界を出る、海外に出てやる、成功してやる。でも、結局、結果が出せない。出ない。大したことはできなかった。むしろ、逆に、今やお荷物になってしまった。


 もしも、8歳に戻ったとしても、すでにやつの場合、その時点で難しかった。ただ、環境的に、同じ環境に育ったはずの妹は頑張った。だから、人に寄る。


 俺がもし、死んであの世でやつに会ったとしたら、まあ実のところ、生きるのは難しいな、と言う。


 その上で、まあ、いろんなことの折り合いをつけるやり方を、子供の頃からまともに一つ一つ、積み上げるしかないな、と。


 俺たちは体というものについて、理解が浅いのかもしれない。俺も、兄貴も、父さんも、生活の上で無茶をしすぎる。


 父さんの兄弟も、皆同じで早死にしている。無理をごり押ししすぎて、病気で早く死ぬ。全員同じだ。


 生まれた境遇が不運ではあった。でも、その不運でもなおかつ、なんとか乗り越える人もいる。


 俺はまだ死んでないから、なんとか起死回生して、お前、こんなふうに何とかなるっていうのもあるんだよ、人生、生きてればな、と。


 そう言いたい。最後まで、諦めないでなんとかするしかないんだ、と。


 生きてさえいれば、明日、生まれ変われるかもしれない。何か一つを変えれば、そのうち全てが変わるかもしれない。


 明日と自分を信じるしかない。奇跡を起こせるのは自分だけだ。奇跡が起こせるのは自分だけなんだよ、神は助けてくれない、自分だけだ。


 何か一つでもいい、変えるんだ。そうすることによって、いつか全てが変わるかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る