岬くんのカオスな日常

第1話 リアル友人、王子くんと俺。

 

 ここでは、思いついたこと書きます。いろいろあまり本気にしすぎないでください。俺はいつも毎時3秒くらいの頻度でストーカーに遭ってきた人生だったから、絶対に俺が特定されるようなことは書きません。追われる、逃げるをいつも繰り返してきて、俺、地の果てまで逃げたら、誰も追ってこれないと真剣に考えたことがあります。実行しちゃうもんね。


 昨日、話題に出たんで、王子くんの話をします。王子くんとの出会いは、大学のすぐ側で、なんか王子くんはその時バイト中、重いものか何か運んでて、頭にタオルかぶってました。俺は大学の正門から出たとこか何かで、たまたま何かピンときて、王子くんに話しかけたんだと思う。


 俺のリアル友人って、類は友を呼ぶで、自分に似た人が多いです。王子くんは、リアルなあだ名も王子くんで、実際どうみても、小国のプリンスとかにしか見えない。たとえTシャツに頭に白いタオル巻いてても。


 俺も思わず「君って、王子みたいだね?」と言っちゃったくらい。


 はは……そう?よく言われるよ、と王子くんは爽やかに笑いました。なんていうか、女ならころっと、それだけで恋に落ちるような爽やかさで。で、王子くんは、初対面の俺に「今から銭湯行くんだけどさ、君も一緒に行かない?」と。


 王子くんの友人たちは、「何を突然」という顔してたけど、俺も相当変わってるから、それいいね、と言って、王子くんたちに着いてきました。着替えもタオルもないけど、まーいいや。みんなで銭湯行った。それで俺ら、友達になりました。


 王子くんと俺が、一緒に歩くと面白い現象が起きます。俺ら、見た目、双子みたい。童話か何かに出てくる「双子の王子様」みたいになり、周りみんな引くっていうか、すんごい見られます。王子くんはそんなの全く慣れてるので気にしない。


 俺は、王子くんがいると、ある意味、「隠れ蓑」があって、ほっとする。自分だけ見られるんじゃなく、王子くんの方にも視線が分散するから。


 俺は王子くんが大好きで、でも、いつもお互いすごく忙しくしてて、あんまり会えない。それでも、バイト終わった夜とか、よく王子くんの部屋にふらっと寄ったりしました。大学生と言えど、実は俺の家、結構厳しい、うるさい家なんで、どこ行くの?的にすごい嫌がられました。仕方ないじゃねーか、深夜じゃないと王子くんに会えないんだから。


 王子くんはモテる男ですが、俺が行くときはラッキーなことに、彼女とかいない日。別に一緒に住んでるわけじゃないし、と言っても、家の中から、いっぱい女の小物が出てきます。


 「それ、ねーちゃんの忘れ物だから」


 王子くんはそう言うのですが、別に隠す必要ないし。イケメンのサガで、自分がモテてることをあまり人に知らせない王子くん。そう、俺らの世界って、男同士は怖いから、モテない奴から僻まれ、めちゃめちゃに足を引っ張られます。俺もそうだけど、王子くんはもっと酷い目に遭ってそう。(さすがに俺のあだ名は「王子」じゃなかったし)実は男の世界、結構、陰険です。イケメンがイケメンとしかつるまないのは、ブサメンやフツメンは、俺らといると自分が下になるとでも思ってるみたいに、結構、攻撃的。だから、自然と、すごく性格いい普通の奴か、同じレベルのイケメンとしかつるまなくなる。


 足の引っ張り合いはすごく、女の前で、ちょっとでも自分を良く見せたい合戦というのが起こる時に、俺らはまず、総攻撃受ける感じです。もしかしてこんな話題、幼くてレベル低い?実際のところ、俺たち、すごい酷い目に遭わされてきたから、バラしたい気持ちがあります。なんというか、それこそ学校でも会社の中でも、陰湿なことが水面下で平気であります。先生や上司でも同じで、見えないところで思い切り腹を殴られるようなことが起こるんです。俺や王子くんは、まあ特に王子くんはすごい被害にあってると思う。王子くんが多少、攻撃的なのは当たり前です。でないと、何されるかわかんない。俺ら普通にしてたら、黙ってたら、まずあいつを潰せ、という標的になってしまうから、自分を守るためにどうしても、こんなふうに饒舌だったり、俺みたいにすぐ逃げるとか、多少、人とは違うようになってしまいます。


 正面から正々堂々と戦おうにも、束になってブサイクな男に攻撃されたら堪らない。俺は俺よりもイケメンなやつ、もっと酷い目にあってるの見たことあって、俺はこの程度でまだ救われてる、と感じたことがありました。


 まあ、そんな説明はもういいとして、俺が冬にたまたま持ってきてたファーのキーホルダー、ふざけて王子くんが首に巻いたら、ほんとに王子で大爆笑になりました。(俺、長い尻尾見たいなふわふわのファー持ってました。)


 ここからは、最近、阿瀬みちさんと話してて出てきたことで、阿瀬みちさんにだけわかる話。王子くんはあの子とすれ違いで俺と出会ったんです。


 実は、俺が衝撃受けたのは、王子くんの顔は、あの子にそっくりでした。俺、本当にまじまじと、王子くんの部屋で、間近で見たんですが、そっくりで。王子くんの髪はくるっとした天パ、あの子は黒髪ストレートロングの違いはあるけど、顔だけ見るとそっくり。そんなことがあるのか、と。俺は最初気づかなかったから、部屋でよく見て、衝撃受けました。


 王子くんは、そんなに似てるのか?ふーん、と言って、ただただ微笑してました。俺は、何もかもそっくりで、わからないけど、思わず泣いてしまったかもしれない。よく覚えてない。そういう優しい微笑がそっくりなんです。俺の何もかもを受け入れてくれているような微笑。実際は俺がダメなことをしたら、岬くん、それはダメだよ、それは違うよ、と必ず言ってくれる。俺が泣いても、王子くんは驚きもせず、ただただそうやって、ほのかな微笑で俺を見てました。あの子にそっくりすぎて、俺は、あの子が帰ってきた、と何度も思わずそう言っちゃって。


 でも、いくら王子くんがあの子に似ていても、俺にそんな趣味はないし、そもそも、あの子と俺は、そんな関係じゃない、だからこの話はここで終わりです。とてもとても長い夜だった。王子くんの部屋には、大きな細長い鏡があり、三面鏡じゃなかったと思うんだけど、それもなんだか、女性的で、その前に座るあの子をふと思い出しました。あの子の部屋に三面鏡があったわけじゃないけど。


 王子くんは、眉の太すぎるところを綺麗に手入れして、ちょっと細くしてるようなそういうビジュアル系のところがあって、もちろんメイクはしてないけど、女の子が忘れたのかな?というような化粧水とか、部屋にありました。もしかして王子くんのかもしれない。王子くんって、見えない努力する人だから、密かにアイプチとかしてた。あんまり寝てないとまぶたむくんで一重になるからね、と言ってました。でも俺、言われなければ気づかなかったくらいだから、別に整形メイクしてるとか、そんなんじゃないです。


 面白いことに、阿瀬みちさんには言ったけど、俺のファースト・キスを間違って奪ったあの先生、あの先生も化粧水使ってた。なんだよそれ?と言ったら、見てみろよ、とコットンでスーッと顔を撫でて。ほらな。意外と顔って汚くなるんだよ、1日過ごすと。先生は寝る前に必ずそうするらしい。汚れや皮脂なんかが落ちる、と言ってました。先生は男でも、真っ白な綺麗な肌だったので、納得。外国人の俳優とそっくりな顔してるな、と俺は、誰に似てた?と考えてみたんですが、チャーリーとチョコレート工場に出てくるやつをかっこよくしたみたいな先生。めちゃくちゃにモテても、まあ、外国人みたいな顔だから、納得で。


 俺は先生の顔のことについては、別になんとも思ってなくて、というのも、その塾の先生は皆ほぼイケメンで、俺は、もっとイケメン顔の先生の方が、新撰組みたいだな、と思って密かに、あの先生はカッコいいとか思ってました。中学の時。言うことやることもまともで、でも、わかんないもんです。時間が経ってみると、いろいろ俺が当時、思ってたことって外れてた。


 間違って俺にキスしたっていうのは、先生は女の子といつも寝ているから、俺が隣に寝てた時に、俺をその中の一人と勘違いしたんだと思う。


 俺すっごい、しまった、やられた、と思ったけど、これは俺は、誰にも言わずに来たんです。本当に俺、カッコ悪い。あっという間で、驚いて。すぐ部屋を出たんだけど、フラフラしちゃって、夜中だし、誰かに見られたら、何かあったんじゃないかと思われる。俺は誰にも言い訳もしなかったけど、そう思われたかもしれないと、密かに悩んだ。あいつ先生の部屋から出てきたけど、フラついてるって。先生に言ったことないけど、先生自身は覚えてもいないだろうと思います。俺は、ムカつく、とだけ思って、キスってイメージしてたのと、全く違うじゃねーか、と、なんていうか、誰にも言えないことなんだけど、この中に愛はないな、うん、と自分で思った感じで。いくら何でも、あの先生とファースト・キスって俺、終わってる。自分なりになんか、汚された気分で、ずっとある意味、許せないです。


 おそらく先生はすごくキスが上手い。でも当たり前だけど、俺は何も感じなかった。なんだこれ、と思ったのと、しまった、と思ったのと。俺は先生のことが好きでも、そういう好きじゃない。誰とでもすんなや、好きでもないのに、するな、と思っただけで。まあ、俺が今から寝るから出てけよ、と言う先生の部屋の布団の上で勝手に話してて、電気消されたから、俺もつい眠くなってそのまま寝てしまったのだから、俺にも落ち度があった。先生は、お前、俺の睡眠を邪魔するな。睡眠は美肌の敵なんだ、と女みたいなことを言って、電気を消してさっさと寝てしまった。美肌って何だよ、と思いながら、俺もそのまま、つい気がついたらぐっすり寝ちゃってた。起きたのは、先生がキスしたせいだよ。俺は抱き枕じゃねえ。


 今まで塾の友人にも絶対にこの話、言ったことなかった。これからも絶対に言わない。キスってレモンの味とか、そういうロマンティックなものじゃなく、正直マグロの寿司じゃねーか、と。俺、なんだろう、こういうのほんと、意味ない、とすごく思った。俺のファースト・キスを返せよ。


 でも王子くんは、あの子に性格もそっくりで、実は何もかも似てました。本当に似てた。だから俺は、せっせと王子くんに無理して会いに行ったんです。王子くんは、自分で必死に頑張って、自分の世界をきっちり立てるところとか、あの子にとても似ています。で、弱音とか吐かないし、自分の中の問題は自分一人で解決しようとする人です。本当にいつでも似ていると、俺は王子くんを見るたび、あの子に会ってるみたいに感じて、自分も頑張ろうと。そう思って王子くんに近況報告してきました。


 俺は王子くんの顔を手のひらに包んだまま、本当に似ている、と半ば呆然としていたことを、昨日のように思い出します。何もかもそっくりに見えて、もしかして、「帰ってきてくれたんだ、帰ってきてくれたんだね」と、思わず無意識にあの子の名前を呼んでしまったかもしれない。多分、涙で滲んで、余計に王子くんの顔が綺麗に見えた。どう考えてもあの子にしか見えないそっくりな顔。何度も何度も俺は同じ記憶を繰り返して、それで、時間が引き伸ばされたみたいに、ただ立ち尽くす。いつも俺だけが取り残される。俺の時間は、過去にあるんだ。俺が生きてる時間はいつも、今ここじゃないんだ。


 俺がそんなでも、王子くんは何も言わずにされるがまま、ニコニコしてただけでした。俺たちは、カーペットの上に座り込んで、向き合ったまま、本当に長い間、そうやってただ、俺、あの子の名前を呼んでた気がします。王子くんは本当に辛抱強く、俺の両手のひらに顔を預けたまま、俺は夜が更けるのも気づかなかった。


 俺の気がすむまで付き合ってくれた王子くんの優しさを忘れない。俺は結局泊まらずに帰ったけど、本当に今でもあの時のこと、はっきり細部まで思い出せます。母さんはいつでも過保護だから、子供みたいに俺を扱って、王子くんの部屋に兄貴を迎えによこした。兄貴はすごく困惑してました。お前、夜中に何やってんの、と。兄貴は、王子くんに「こいつがいつも迷惑かけちゃってすいません」と挨拶して、王子くんは「そんな、迷惑だなんて全く思ってませんよ」と答えた。俺はいつまでも子供扱いされることについて、実際俺って、本当にダメダメだからなのか、といつまでもこんなじゃダメだろう、と思いながら、うちが過保護すぎるんだ、と。言われて迎えに来るなよ、兄貴。電車なくなったら別に俺、始発で帰れるんだから。


 あの子の家に泊まった時も、よく似た感じだった。あの子の家に泊まった理由って、確か大学の文化祭を見に出かけたとか、そういう理由で、俺、母さんになんて言ったのか、覚えてない。だいたい大学生だぜ。子供じゃないんだからさ、そこまでうるさく言わなくても。うちの母さんは本当に俺を束縛して、俺は、旅行さえ自由に出かけにくい雰囲気で、いい加減にしてくれよ、といつも感じてた。同時に、まあ仕方ないな、となんとなく感じてた。だって俺、まさか、ってことが、俺の人生に起こるんだもの。別に俺は、そこまでしっかりしてないと俺のこと、思ってなかったよ。俺別に、頼りないとかあんまり言われない。むしろ、バイトでもなんでも、責任を任される方だったんだ。俺以外と、売りは「適当」だけど、本当は違うから。本当は結構神経質なんだ。本当は石橋叩いて渡らないくらい。それがこんなことになって、周りも青ざめることになった。俺は、本当に、一瞬で首が吹き飛んだくらいに、もう俺の人生はこの時点で実は終わってる。


 不思議なことに、王子くんの実家は、あの子の下宿のすぐ近所という偶然がありました。だから、もしかしてどこかで、俺の知らない過去に二人がすれ違っててもおかしくない。あの子はフレンチのレストランでバイトしてました。俺は、なんでそんな肉体労働するんだよ、と言葉にしなかったけど、ちょっといぶかしく思いました。あの子は、フレンチのマナーを身につけたかったみたいです。そして、彼氏と一緒に4スターミシュランのフレンチのお店に誕生日に行ってました。俺は、あの子はいつも、一流が似合うと思いました。それって、彼女が、彼女の誕生日、俺とは実は神戸牛のステーキのお店に行ったんです。俺、よく覚えてるんですが、白いパールのイヤリングをしてて、それは自分で買ったんだ、って言ってました。結構な値段したみたいだけど、バイトして買って、そんなふうにアクセサリーでも、すぐに使い捨てになるようなフェイクでなく、いつまでも手元に一生置いておけるアクセサリーを身につけるんだ、と。


 俺は、彼女の誕生日、大人になったお祝いに、その日、赤ワインで乾杯したんですが、18金ゴールドのピンクの石、多分、トルマリンだと思うけど、華奢なリングを用意してました。俺もバイトしてるから、結構な値段、って言っても、俺の時給って、当時6000円くらいだったんで、5時間〜6時間くらい働いたら買えるようなリングなんですが、百貨店で選びました。お店の人が選んでくれた。


 でも、俺、その指輪をあげた時に、これ、阿瀬みちさんには話したかもしれないけど、華奢すぎて、彼女の指には合わないことについて、ちょっとしたショックでした。彼女、小柄なんですが、手の指はまるで白いサカナみたいに、すーっと長くて白い感じで、思ったよりも華奢な指輪は小さすぎて似合いませんでした。彼氏からもらった、と言っていた、大きな石のゴールドのリングの方が派手で、俺は失敗した、って思いました。もっとデザインを考えればよかった、と。


 でもまあ、これから何度もプレゼントの機会があるから、と俺は思いました。でも、それが最期になってしまった。俺が、誰かと一緒にいる時、もしかしてこれで最期かもしれないから、と思う癖がついたのは、この時からかもしれない。


 確かに、人よりも多くの別れを経験しましたが、決定的に、俺は、出会う人全てと、いつか突然に別れるんだと思い、接しています。


 時が流れ、まあ、俺と王子くんはお互い忙しいのもあり、あんまり会ってませんが、ついこの間、会いました。あの悲しい桜の時期がまた巡り……ちょうど同じ時期でした。偶然かもしれない。夜桜を見ながら、俺たちはなんとなく歩きました。王子くんと俺って、いつも歩く時は、なんか酒場っていうか、繁華街が多い。俺たちって夜の男っぽい。それって、俺たちの自由な時間って、どうしてもそういう深夜になるから。二人とも学生、だけど、学生らしくないっていうか、俺たちはなんていうか、他の大学生とは違って、周りから浮き上がってた。懐かしいです。


 はは……俺も大人になったよ?と王子くんは笑ってました。やっと結構稼げるようになり、頑張ってる、と。当時、俺もあんまりお金ないけど、俺の方が奢ってあげることが多くて、王子くんはずっと気を遣っていたんだと思う。王子くんは本当に人に気を遣う人です。仕方ないよ、一人暮らしだし、ないもんはないんだし。俺はそうは言わなかったけど、きっと気にしてたんだな。俺は、飯行こうよ、俺、奢るから、と王子くんを誘う時はいつも言いました。王子くんは、正直に、俺金ないんだよな、と言う方なんですが、なんか俺に気を遣ってると言うか、だからやめとこうぜと言うような感じの、ちょっと控えめなところがあり、俺、なんて言うかすごい、王子くんは見かけと違う、といつも思いました。


 人から奢ってもらったら得するとか、そういう感じじゃなくて、甘えたところがない。王子くんの場合、本当にないから仕方ないのに、人にタカるような、そういう卑しい感じが全くありませんでした。俺のバイトは実入りが良く、そういう意味で意外と要領よかった俺は、絶対に時給が良くて、人に聞こえが良い、体裁が良いバイトしかしませんでした。俺、あのままの自分で行けばよかったのかも。おまけに実家暮らしだった俺はお金に困ったことがなかった。俺は、王子くんって、見かけと違ってすごく良く食べる、ということについて、何から何まであの子と似てるんだよ、と、王子くんが美味しそうにご飯食べるのをいつも見てました。定食屋さんでも、中華屋さんでも、もっと食べていい?というような良い食べっぷりの王子くんは、本当なんというか、見かけとは違う。


 もう大丈夫、今は俺も金あるからさ、稼げるようになったよ?と笑う王子くん。


 俺も大人になったって、王子くんに言われると、なんかすごく感慨深い。なんだか俺だけがあんまり変わってない気がする。俺は時間の流れを感じ、勝手に感慨に浸ってました。俺、あの頃よりむしろ後退してるかも。


 岬だって頑張ってるじゃないか……王子くんはそう言いますが、俺、全然稼げてないし……先が全く見えない…弱音を吐く俺。頑張ってもあんまり成果が出てない。そっちはどう?


 王子くんは、詳しく話してくれて、ま、なんとかなるって、と言います。王子くんの血も滲むような努力を俺は知ってる。俺の選んだ道は失敗だったか、と呟く俺。そんなことないだろう、と言う王子くん。なんかチャンスあったら、そっちに回そうといつも思うんだけど、ろくな話なくてごめん、と謝る。王子くんは才能あるから、いつかもっと飛躍の機会をと、俺なりに何かチャンスがあれば王子くんに振ろうと思うのに、そういうチャンスはぬか喜びの「張りぼての虎」のことが多い。なんか申し訳ない。いつも話が立ち消える形になって。


 王子くんと会うと、俺はいつも元気になります。というのも、おそらく、めちゃめちゃに努力してる王子くんを見ると、自分もそれくらいやれば何とかなるだろうに、と思えるから。実際、王子くんは、その顔形のせいで、めちゃめちゃホスト系のように扱われますが、中身はすごくしっかりした男で、侍で、大好きです。


 王子くんの場合、バーテンダーもやってたから、ホスト系はまあ、ある意味、当たってるかもしれない。何か俺ら二人が一緒だと「夜の街」のドラマのキャストみたいだね、と笑う王子くん。俺は酒はあまりなんだけど、王子くんはかなり飲む方。あの子もお酒は強かった、多分。でも俺たち、酒を飲みに出かけたことはない。俺は酒に酔うのが嫌い。俺は、自分の記憶がなくなるとか、コントロールできないのが大嫌い。ただでさえあまり頭が良くないところに、酒なんか飲んで、酔ったら、覚えてないことが出てくるじゃないか。


 俺は、結構なんでも詳細に覚えている方で、忘れるということについて、昔から恐怖を持ってた。それはどういうことなのか、俺は、結構、一瞬一瞬が過ぎ去ることを、昔から悲しく思ってたせいかもしれない。この一瞬が儚くすぎることについて、いつも抱きしめていたいと思う子供だった。ゆっくりゆっくり過ぎていく子供の時間の中で、俺は昨日何したとか、遡れるまで過去をなぞって、過去をよく覚えている自分自身に安心してました。過ぎ行く時を、忘れてしまった、となくしたくなかったんだろうと思います。


 実は、出会ってすぐの頃、王子くんと遊びに行って、あんまり体型も似ているから、洋服を交換して遊んだことがあります。何と、二人の体型はほぼ同じだった。で、王子くんの方が微妙に大きかったみたいで、俺のその時たまたま履いてた「きっちり」のサイズのジーパンは王子くんの腰回りに合わせ、微妙に大きくなってしまった。そのちょっとぶかっとしたジーパンを履く度に俺は、これが王子くんのサイズなんだなあ、と。俺は自分の洋服が王子くんのサイズになってしまったことについて、いつも、これが王子くんなんだ、と不思議な思いでいました。俺、兄弟とでも洋服シェアしたことってほとんどないのに、おかしいね。


 俺たちは繁華街を、なんか懐かしーね、と歩き、用事でネカフェに。カップルペアシート仕様のような個室に入った。なんか怪しい。プリントアウトの用事が済んで、近況報告して、そこでご飯も食べてしまった。もう出るのが面倒と王子くんが言うから。なんかすごい狭い個室に二人だけでいると、恋人同士みたいな錯覚を起こす。でもまあ、俺と王子くんは、いつもそんな雰囲気だったから。


 王子くんの近況は、個人情報になるから割愛します。王子くんが、突然、俺さ……と言って、はっきり言わないけど、かいつまんで言うと、岬と寝てみたい的なことを言いました。俺は、いくらでもチャンスあったのに、なぜ今頃になって言うんだ?と聞いてみました。お前、俺がお前の部屋に行ってた時、そんな気配なかったのに、と。王子くんは、チャンスがあればいつでも俺とそういうことできたと思う。俺覚えてないくらい、多分泣いていたし。俺、人前で泣いたことって、あの子のお葬式ぐらいしか記憶がない。というか、泣いていたという記憶さえない。俺ちゃんと一人で歩けなかった。男が情けないとか、誰かがそんなこと言ったとしても、そんなの俺、関係なかったと思う。というか、今も関係ない。


 俺、人前で泣いたりしない方だと思うし、そういうの恥ずかしいと思うけど、とにかく、他の誰かが何かいうことは、この件については、黙ってて欲しい。俺の中で、俺の勝手にさせてくれよ、という気持ちがある。情けないだろうし、俺はそんなの嫌だ。でも、俺はもう一回、本当にできることなら同じ時間に戻って、そして俺が代わりに死ねるなら、なんでもする、と何度も神に祈った。俺は神なんてもう信じてない。罵声を浴びせるみたいに、全て嘘っぱちだと思ってる。


 王子くんは今更どうしたんだろう、と俺は思った。


 俺は王子くんのことが好きだけど、もちろん男には興味ありません。でも、王子くんの顔は、実際あの子にそっくりなんで……泣いてしまうくらいそっくりだから、俺的には、まあ、最後まで当たり前ですがやりませんが、できませんが、なんつーか、ちょっとある意味自信ないって言うか、微妙な気分でした。これは正直な気分。だって……女に見える顔なんで。


 王子くんは、答えました。さっきの俺の問いかけに。

「だってさ、もし岬とそんなことになったら、お前、絶対俺の元を去るだろ?いなくなっちゃうだろう?俺とそういうことになったら」


そう言いました。それは当たってると思う。絶対そうなると思う。俺、そういうことになったら、友達でいられないと思う。それはやっぱりそうでしょう。


 で、俺は、せっかくここまで来たんだから、やっぱ、やめとこうぜ、と言いました。せっかくここまで来て、そんなことで終わりになるのは勿体無いぜ。


 王子くんはモテモテの男だから、正直、俺でなくても、いくらでも女が掃いて捨てるほど居ます。女でいいじゃん。わざわざ俺じゃなくたってさ。


 俺と王子くんは絶対に結ばれない運命。俺の中で、男と寝る可能性はゼロだから。王子くんは、仕事のことには本当に意思が固い人なんだけど、こういうことについては、本当に相手のことを考える人。だから、すっと引きました。単に、俺だったら、ある意味、なんでもよく知ってる中だから、普通の浮気よりは罪が軽いと思ったのかもしれない。女と浮気は許せなくとも、相手が男だったら、まあ……どうかな。許してくれるんだろうか。わかんないけど、俺は、王子くんは俺のこと好きで言ってるんじゃなくて、単に本当に、なんか人恋しかったんだと思う。


 で、王子くんに、過去の女について、あの子は結局どうだったの?とか聞く俺。


 王子くんは、実は彼氏持ちとか、二股とか、そういうのが多くて最悪だった、と言ってました。王子くんは自分から行かない男。めちゃめちゃ受け身なのは、今も昔も仕事が忙しく、女どころじゃないからです。俺の目から見ても、「王子くんは忙しいから」と思う。見かけチャラチャラしてる男ほど、中身はちゃんとしている、といつも思います。


 王子くんと結局、真夜中の駅前で、人混みの中、長い間、別れがたくて抱き合ってました。それから、人混みを二人で見てた。手を繋いだまま。もしかして、映画の撮影かな、っていうくらい、目立ってたかもしれないです。いつまでも別れがたくて、多分、どんどん電車がなくなると思いながら、明日早朝なのに、俺、一緒に40分くらいそこにいた。王子くんと俺がそんなのって初めてだった。別れ難いとかいうのって。その理由は書けないけど、王子くんが選んだ道は、やっぱりまだ茨の道だった気がした。ちなみに、王子くんも俺と同じく体調がすごく悪くなってます。職業病かな?


 こんなことが許されるのも、まあ、真夜中の繁華街だから。もうものすごい人、夜なのに昼間みたいな、眠らない街で。


 もし俺が女だったらどうしたかな、と思います。俺は王子くんのことが好きだけど、たとえ俺が女であっても、王子くんとそんなことはしないです。したくない。でも、もし女だったら……まあ、物理的には可能っていうか、ありえそうです。


 俺にはポリシーがあって、友人と一度決めた人とそんなこと絶対しない。


それって不思議なんですが、俺にとっては近親相姦的に感じるくらいに、友人から恋人に昇格するというのはありえない事態です。相手が異性・同性関わらず、です。


 同性の恋人というのは最もありえない。だいたい俺の中で、正直、そういう生物学的にどこに何を入れるんだ???というような、意味不明さがあるからです。


で、俺は王子くんに一応言いました。


今やばそうな感じするけど、女に気をつけた方がいいよ。今のしあわせ壊したくないなら。


 まあ王子くんは、すごい「侍」なので、裏切ったりしないと思うけど、俺に言ってくるくらいだから、王子くんも難しい時期を過ごしてるんだな、と思いました。


 でも多分、王子くんも「男」の経験はきっとないと思う。だから、なんとなく人肌恋しかっただけだろう、と俺は思う。既婚になると、むしろ、人恋しくなるというパラドックス。


 ずっと昔、そんなつもりなかったのに、気がつけば男を好きになり男と寝てた、というウェブのBL日記を読んだことがあり、それがリアルに蘇った。まさか俺にも起こり得ることなのかな、と。ネタとかでなく、本当に恋に落ちるというのはあると、俺は思う。


 でも、俺は王子くんとずっと友達で居たいと思ってるから、そんなことはいくら好きであっても、絶対ありえない気がした。単に魔が差したんだと思う。だって浮気の相手が俺なら、罪にならないと思ったんじゃないかな。俺たちもある意味で、容姿はそっくりで、性格的には正反対な双子みたいなものだから。


(注 書いたのちょっと前です。王子くんの話題がいつ出たのか、忘れた。)




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