第2話 マンナズの男

ケルデンは他の地域からすでに忘れ去られた町である。

エルフの人々が数世代前から住み着いておりかつての繁栄の象徴である湖はすっかり凍ってしまい、石で出来たの家々や施設が連なるケルデンの町は活気をすっかり失っていた。外の冷たい空気を恐れて人々は窓から扉越しから自分達の領域に足音を立ち入る一人の男を観察していた。

身に着けている丸い盾と腰からぶら下がっている剣の鞘から傭兵か何処かの兵士である事は分かるがフードとマントを被っており誰にも表情は読み取れない。フードの男もリュベンの彼を見続ける住人達を逆に観察し返しており彼らの目や仕草からつぶさに恐怖と疲れを感じ取っていた。

死にかけているこの町を次の進路に選んだのは間違いかとそろそろ思っていた頃に予想外の方向からそれこそ間違いであると思い知らされた。

「何だこりゃあ!ふざけんな!」

食器がガシャンと割れる様な音がしたと思ったら近くの食堂らしき場所から猫耳の猫耳男が目の前に転がって来た。起き上がった猫耳男の顔にはいくつものあざと口を切ったのか唇に血が流れていた。

「てめぇ、こんな不味い飯を俺達に食わすなんてよ・・・、舐めてんのか?」

食堂から出て来たのは3人の恐らく霜の巨人族ヨートュンと思われる青白い肌の大男達が3名。見た目は洗濯をしていないであろう汚いチュニックに身を包んでおり上げた顔以外は地面にへばりついたままのフルドラ族の男に食べかけの骨付き肉を投げつけたのだ。

「勘弁してください、旦那方。これがウチで出せる精一杯の飯なんです・・・」

「こんな糞見てぇな飯をよくこの俺達に食わせようとしたな、あぁ?」

「糞みたいな飯だって・・・?それは旦那方が私らに碌に飯も作らせないからじゃないか!あんたらがここに来てから」


「だったら冬用に蓄えた飯があるだろ?それでも出すんだな?」

「そんな・・・!あれは家族に食わす為の物なんだ!あれがなけりゃ冬を越せねぇ!お願いだ!それだけは!」

「うるせぇ!とっととまともな食い物出しやがれ!」

「おい、そこのでくの坊共。」

巨人たちがフードの男の方を見る。俺達の事かと言いたげな顔を彼へと向ける。

敵意が丸出しの彼らなど一笑に付すしかない。そう考えたフードの男は口を開く。

「そう、お前達の事さ。いくら飯がまずいからってそんな態度はないだろう。何様のつもりだ、とっととお家にでも帰るんだな。」

三人の中で頭目と思わしき巨人が

「そういうお前こそ何様のつもりだ?よそ者がこの町にのこのこ来やがって。ここが誰の縄張りなのか分かってねぇ様だな?通行税として身に着けてる物全部はぎ取ってやるよ。」

「俺か?確かに名乗らないと不便だな。俺はフロールヴと言う男だ。」

フードの男ことフロールヴは店主の男を見下ろしてこう言った。

「おい、店主。名は?」

「え?エグバルトだが?」

尋ねた名を得たフロールヴは店主のエグバルトに不敵な笑みを見せつけながら目の前の巨人達の方へ指を向けた。

「エグバルト、こいつらは目障りだろう。どうだ?こいつらは俺が処理してやるとしよう。報酬は一人あたり銀貨1枚でいいな?」

店主のエグバルトが提案に驚いたのは目の前の巨人たちを排除できるという男の根拠のなさだけたではなかった。たった銀貨3枚でこの巨人達を倒せるという傲慢さだった。フードの男フロールヴは決して体の小さい男ではなかったが3人の巨人達と比べると明らかに体格差があった。この差はフロールヴが余程の剣客でなければ覆せないだろう。フロールヴの話を聞いた巨人達の顔も最初は驚きを、敵意を向けるリンゴの様に染まりながら震えていた。

「舐めた口ききやがって!その舌ちょん切ってやろうか!」

巨人達が荒々しく鞘から錆かけた鉄の牙を抜くその一瞬でフロールヴの目には彼らの実力が如何様な物かすぐに理解できた。

この程度か、と。

「ぶっ殺してやる!」

一人目の巨人が右手で勢いよく抜いた剣を左へ向けてフロールヴの首目掛けて振ろうとするが勢いだけの一振りなど恐れるに足らず。巨人の一振りは後ろに下がる事で難なく躱してしまった。

「あくびが出そうだ。お前達師匠もいなかったのか?剣術とはとても呼べない位雑だぞ。」

「さて、今度は俺から行かせて貰うとしよう。」

腰のベルトにぶら下げていた柄を素早く、しかし慎重に鞘から出る様に右腕を動かす。

フロールヴの静かな号令の下にその剣は銀色の光沢を帯びてフロールヴの右手に支えられながら巨人達の前にはせ参じたのだ。

言葉も交わさぬまま足を動かし程自分を襲った先頭の巨人の懐に素早く入る。巨人は目の前にまで近づいて来たフロールヴに驚く暇もなく腹を刺された衝撃と激痛に襲われて足のバランスを崩し地面に屈したのだ。

倒した巨人を一瞥すると、突き刺した剣の主は雷にでも打たれたような顔をしていた残りの二人の巨人達に返り血の赤い点々の付いた小さな笑みと空色の澄んだ青い瞳を突き付ける。

「こいつ!」

残った二人の巨人達は急いで間合いを取ろうとしていた。しかし態勢を立て直す前に鉄の先端が二人目の巨人に襲いかかろうとする。

一瞬金属同士が激しくぶつかり合う音だけが当たりに響いた。

二人目の巨人はフロールヴの攻撃を抜いたばかりの剣で素早く防いだのでどうにか鍔迫り合いに持ち込む事が出来た。

隙を見せたなとでも口に出しそうな三人目の巨人がフロールヴの背後に回り、両手で持った剣を勢いよくフロールヴの頭に振り下ろそうとしたまさにその時・・・

「ガフッ・・・!」

三人目の巨人の腹に右足の蹴りが入れられた。左足でバランスをとったままその様な芸当をフロールヴはやってのけた。

隙を見せたと思いこんだ二人目の巨人は剣を相手の頭に突き刺そうとする。

それを読んだフロールヴは僅かな時間を利用し、頭を素早く横に動かして辛うじて躱す事で首の皮をどうにか繋いだままでいられたのだ。さらに横に動かして剣が刺さったままのフードを破かせて逃れられるとそのまま先程の二人目の顔目掛けて投げつける。

「てめぇ!目くらましのつもりか!?」

視界を突然布切れに奪われて激高した二人目は何も知らずに叫んでいた訳では無かった。急いで布切れを顔からはぎ取ろうとするが時すでに遅し。鍛えた胸から伝わる筈の無い冷たい激痛が彼を突如襲う。目を下げると彼の胸から刺さっていた刃が持ち主の命令でゆっくりと空けた穴から出ようとしているのが見える。最後の光景を見終えた巨人は剣による長い眠りにつかされる事となった。


二人目の巨人がそのまま倒れたのを確認すると後ろでうずくまったままの最後の巨人の方へ振り向いて血を帯びたまま醜くぎらついていたままの赤い刃をもったままフロールヴは足を走らずに素早く進めていく。

最後の巨人は迫り来るフロールヴと倒れていた仲間達の冷たくなっていく体を交互に見ていた。

一瞬で叩きのめされ、それまで持っていた自信も失った巨人はあらゆる手を尽くして生き延びるつもりだった。そして生き延びたらこの只者ではない侵入者の事を急いで自分の主に伝えなければならない、主ならこの男を殺してくれるだろうと信じていた。

「まて・・・!降参だ!あの親父ももう襲わん!だから・・・!」

巨人の虚しい嘆願も肉を貫く生々しい音の前にかき消されてった。


かつてケルデンを収めていた町長のクワルシは自身の見た光景をとても信じられなかった。エルフでも倒すのに手間のかかる巨人達をこうも簡単にカラスの獲物へと変えてしまったのだ。

それをやってのけた男は最後の巨人から引き抜いた剣から血をふき取っていた。よく見るとすでにフードなど破れてなくなっており紅色の髪と角ばった所が全くない丸い耳が露わとなっているのが分かった。

このフロールヴと名乗る男、明らかにエルフでなければドワーフでも巨人ヨートュンでも無い。

「旦那・・・、あんたマンナズ人間だったのか・・・?」

エッダの伝承にしか記録されていない伝説上の種族の名を口に出すとフロールヴは面倒臭そうに頭の後ろをぼりぼりとかくと町長に対して、頼む事をするような申し訳なさそうな顔に変化していくとこう言葉を放った。


「町長、金は払う。とりあえず何か食い物を出してくれ、戦をして腹が減ってしまったよ。」

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