第4話 カキとカセン

 それからというもの、カセンのカキに対するマークは厳しくなった。カキの待機場所にわざわざ出向いて悪口を言いに来るという徹底ぶりだ。といっても、もはやカキはカセンの相手など、まともにしていなかった。カセンのどんなに気の利いた悪口も「あっそ」、「フーン」などの言葉で聞き流し、たまに正論で言い返す、というスタイルを貫き通していた。正論を突き付けられ、言葉に窮したカセンが「カキのばーか!」、「カキのアホー!」と小学生並みの悪口を言って去っていくというのが、定形になっていた。傍から見るとその様子はわがままな妹が、姉に軽くあしらわれているように見え、もはやあの二人は仲が悪いを通り越して仲が良いんじゃないか? と周りから言われるようになっていた。


「カキのばーか!」


 いつも通り、カセンが捨て台詞を吐いて去っていく。その様子をリンが見ていた。


「あんな、楽しそうなカセンは久しぶりに見るな……」


 リンがカキに話しかける。


「楽しそうに見えます!?」

「ああ、かつてのショウとカセンを見ているようだったよ。カキ、あいつは今、お前にだけは心を開こうとしている気がする……」

「私に心を開いている!? あいつが!?」

「ああ、本人も気づいていないだろうが……。カキ、あいつの心を溶かしてやってくれないか」

「…………子供のお守は面倒です…………」


 カキの言葉を聞いたリンは苦笑していた……。


 次の日、いつも通り、カセンはカキの元に来ていた。カキは昨日のリンの言葉が頭に残っていた。カセンがカキに「心を開こうとしている」という言葉だ。カキはカセンの顔を観察した。よくよく見てみると、カセンはカキが思っていた以上に子供っぽい顔をしていた。普段、嫌みな言葉を使うせいで、大人びた印象を持っていたが、改めてみるとただのやんちゃな子供にしか見えない。そして……カセンは無邪気にカキに微笑みかけていた。おそらく無意識に笑っているのだろう。これから悪口を言おうとしている顔にはとても見えなかった。何を言ってもカキなら受け止めてくれる……。カセンの表情はそんな風にも見えた。カキは決心した。今日、カセンと決着を付ける、と。


 いつも通り、カセンはこれでもか、と悪口をカキに浴びせる。カキもいつも通り聞き流す。カセンの悪口が止まり、しばしの沈黙が流れる。ここだ、とカキは言葉を切り出した。


「アンタ、まだ私達、エクスティンギッシャ―の考えを間違っていると思ってる?」


 カセンはカキの突然の質問にビクっとする。普段正論をぶつけられることはあっても質問されることはなかったからだ。


「な、何よ、急に。珍しいわね。あんたから質問するなんて……」

「良いから答えなさいよ」


 カキは語気を強める。


「間違ってる、と思ってるわよ。どんな状況に置かれたか知らないけど……自分から死を選ぶなんて間違ってる!」

「それが大切な者を守るためでも?」

「そうよ! この前、『アツ』が死んだときも言ったでしょ! あんたたち、エクスティンギッシャーは残された人間のことを考えてない。勇敢なことは素晴らしいかもしれない。でも、それで命を失って、残された人間の悲しみやつらさや怒りはどうするのよ!」

「でも、それを間違いだとするなら、アンタを守ろうとしたショウさんも間違っていることになるわよ。それでもいいの?」

「ショウ先輩も…………間違ってたんだよ…………臆病な私なんて置いて逃げてくれればよかったんだよ!」


 カセンは涙を流していた。カキはやはり、と思った。この子は自分が代わりに死ねばよかったんだ、と思っている。のうのうと生き残ってしまった、臆病だった自分を責めているのだ。

 その反動で、勇敢に命をかけるエクスティンギッシャ―にある種の嫉妬を抱いたのではないか、それが言動に表れ、嫌みや意地悪を言うようになってしまったのだろう、とカキは思った。だが、そのカセンの「ショウ先輩も間違ってた」という考えは間違っている、とカキは目を鋭くさせた。


「私は……ショウさんは間違っていなかった。誰に言われてもそう言うわ」


 カキは、カセンに自分の意見を述べた。正直にそう思っていた。


「なによ!? 私が間違ってるって言うの!?」

「少なくとも、エクスティンギッシャーに意地悪してやる気を削ぐなんてやり方はね……」


 カセンは黙り込んだ。カキは、カセンが間違ったやり方をしていることを自覚している様子を見て安心した。そう、カセンが間違っているのはやり方だけなのだ、とカキは感じていた。なにが正しいのか、それはカセン自身でたどり着いてほしい。カキはそう思い、沈黙した。その時だった。


『第4警戒区域にて禍災出現、繰り返す禍災出現、実働部隊はただちに出動せよ!』


 ベルの大きな声が響いた……。

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