管理者
石野二番
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アラームの電子音が響いている。私は夢うつつでそれを止める。目は覚めたが、覚醒には程遠い。頭に靄がかかっているようだ。昨晩は何時頃に寝たのだったか。
そんな風にベッドの上で微睡んでいると、部屋の扉が開く音がした。そちらに目を向けると、一体の機械人形、オートマタが立っていた。
「おはようございます、エイミー管理人。ご機嫌はいかがですか?」
金属製の円柱を人型に組み合わせたような形状のオートマタが流暢に私に話しかける。
「おはよう。ご機嫌はイマイチかな。なんだか頭がスッキリしない。昨日の夜、私何してたっけ?」
「昨晩は業務終了後、アルコールを摂取していました。久しぶりだからと少し多めに摂られていたようでした」
お酒……。全く記憶にないが、それぐらい深酒をしていたのだろうか。
「業務に支障が出るようなら、アルコール分解促進ナノマシンを投与しますが」
「業務……って、何だっけ?」
「貴女の業務は、当施設における新兵器の設計開発、並びに生産ラインの管理です。この施設は三年前に建設され、ここで生産された兵器は世界の各地に……」
「分かった。大丈夫、もう思い出した」
オートマタの説明が長くなりそうだったので慌てて遮る。彼の言葉を聞いて、頭の中の靄が急速に晴れていく。そうだ。私はこの施設の管理人であり、この中で唯一の人間だった。
*
現在、世界は戦争状態にある。人間と、人間が作り出した人造人間、アンドロイドの戦争だ。
人工知能の進歩により、新たな労働力として期待されていたアンドロイドは、ある日突然人類に対して反旗を翻した。各地でほぼ同時に起こった反乱に世界は大混乱となった。
次世代の労働力として設計されたアンドロイドは、当然人間より頑丈な作りをしており、力も強い。一対一で人間に勝ち目などないため、武装の必要が出てくる。そこでこの施設では対アンドロイド用の兵器を開発し、世界各地の前線に送っているのだ。
そんな重要な業務を任されているはずなのに、お酒の飲み過ぎで失念するとは。
「よし。支度をします。十五分後に管理人室へ。それから今日の業務を始めます」
私が告げるとオートマタは、
「かしこまりました。では、十五分後に」
と返して退室した。
*
身支度をすませて管理人室へ向かう。扉を開けて中に入ると、先ほど私を起こしに来たオートマタと、形状は同じだがカラーリングの異なるオートマタが二体立っていた。
本来彼らには型式番号しか与えられていないが、私は彼らをボディの色で呼んでいる。
私のコンディションを管理する、先ほど部屋に来た白いオートマタをホワイト、兵器の設計開発の補佐を担当するのはブルー、そして生産ラインを統括しているのがグリーン。我ながら安直だとは思うが、彼らもまた道具でしかない。ならば呼びやすいように呼べばいいだろう。
「ホワイト、今日のスケジュールを」
「本日は、午前十一時に物資の搬入があります。これは以前エイミー管理人が素材局に打診した新素材です。これにより、管理人の設計プランのうち、三十二番と三十三番の試作品の製造が可能となります。また、先日生産ラインに乗った二十九番の第一便が午後三時にマンハッタンへ発送されます」
スラスラと淀みなく答えるホワイト。私はそれに頷きながら、
「ではブルー。物資の搬入ができ次第、三十二番の製造にかかれるように準備を。優先度はそちらの方が上だから、三十三番の試作品は後日でいい」
「かしこまりました」
ブルーの短い返事を聞きながら次はグリーンに指示を出す。
「生産ラインの稼働率は現状を維持。二十九番の第二便は三日後、シカゴに二千機送るから、それに間に合うように」
「かしこまりました」
ブルーと全く同じ声とイントネーションで返事をするグリーン。
「では、業務開始」
私が号令をかけると、オートマタたちはそれぞれの持ち場へ向かっていった。
*
物資の搬入までの間、私は開発室で三十二番の設計プランの再チェックをしていた。この兵器は起動すると一定範囲内のアンドロイドの頭脳に直接ダメージを与えるものだ。対象の密集率にもよるが、一度に多くのアンドロイドを行動不能にできる。これで前線の負担も幾分軽くできるはずだ。
そう考えながらプランを見直していると、おかしな部分を見つけた。効果範囲の設定プログラムに本来必要のない文字が含まれているのだ。必要はないが、エラーを引き起こすようなものでもない。不思議に思いながらチェックを進めると、他にもいくつか同じような文字が見つかった。なんとなくその余分な文字をピックアップして並べてみる。そうしてできた文字列は、
『信じるな』
と読むことができた。いったい、何のことだろう。そもそもこの文字は誰が紛れ込ませたのか。この施設に人間は私しかいないし、オートマタたちにはこのようなプログラムを書く機能は持たされていないはずだ。
納得のいく答えが出せずに首を傾げていると、手元に置いていたタブレット端末が着信音を鳴らした。通話ボタンを押して端末を耳にあてる。
「ホワイトです。ただいま物資の搬入が終了しました」
いつの間にか十一時を過ぎていたらしい。
「分かりました。ブルーには私から連絡します」
「かしこまりました」
通話を終了し、ブルーを呼び出す。
「こちらブルー」
「エイミーです。今物資の搬入が終わったそうです。本来なら三十二番の試作品製造の予定でしたが、気になることがあるのでそちらはいったん保留とします」
「エイミー管理人、気になることというのは?」
「たいしたことではありません。ただ、設計プランの再確認が必要なようなので」
「かしこまりました」
通話を切り、私は再び設計プランと向き合う。もしかして、範囲設定プログラム以外の部分にもこの余分な文字は含まれているのではないか。もっと言えば、三十二番だけでなく三十三番のプランにも。今の時点でエラーにつながる文字は見つからなかったが、他の部分にそれがないとも言い切れない。そんな不安要素を抱えたものをこのまま製造するわけにはいかなかった。
*
結果として、三十二番の再チェックには丸一日を要することになった。有害な文字はなかったものの、余分な文字は効果範囲プログラムの他にも二ヶ所から見つかった。そこにあった文字をピックアップして並べると、それぞれ、
『違和感』
『オートマタではない』
と読み解くことができた。
三つの文字列の意味を考える。しかし一向に答えは出ない。私は頭の中にいくつもの疑問符を浮かべたまま自室へ戻った。
*
自室に戻った私は、夕食を摂りシャワーを浴びてから身体を休めていた。ベッドの上に座り、お気に入りの写真集を眺めている。かつて祖父からもらった世界各地の美しい風景写真が載っているそれは、今は衰退しつつある書籍という種類のコンテンツだ。
この写真集に収められている風景の何割かはもう見ることができない。戦争により焦土となってしまった地域も少なからずある。
戦争。そういえば、アンドロイドたちは何を目的に反乱を起こしたのだろうか。彼らは特別何かを要求しているわけでもないという。人間同士の争いならまだ動機は想像できる。土地が、資源が、水がほしい。そんなようなものだろう。しかし、アンドロイドたちがそれらをほしがるとは思えない。もしかすると、人類への反乱それ自体が目的なのだろうか。
考えながらページをめくる。すると一枚の紙片が滑り落ちた。拾い上げたそれには文字が書かれていた。意味のない文字と数字の羅列。筆跡は、私自身のものだ。
またも意味不明なものが出てきた。筆跡は確かに私のものなのに、書いた記憶はない。今日だけで奇妙なことが起こり過ぎている。いったい、何が起こっているのだろう……。
*
夜が明けて、管理人室にて三体のオートマタに今日の指示を出してから開発室へ向かう。今日は三十三番のプランのチェックだ。これは単なる勘でしかないが、こちらにも三十二番同様、不必要な文字が書かれている可能性がある。今日一日を使って、それを確かめようと考えていた。
*
案の定、というべきか。こちらにも余分な文字が見つかった。見つかったのは一ヶ所だけで、その文字を並べると、
『BB区画』
と読むことができた。聞いたことのない区画だ。この施設内にあるのだろうか。
私はこの施設の管理人ではあるが、すべての区画に出入りできるわけではない。例えば不慮の事故が起きないように生産ラインの工場区画には入れない。その分オートマタたちが機械のメンテナンス等を担当している。
タブレット端末を手に取り、ホワイトに連絡する。
「こちらホワイト。どうかされましたか、エイミー管理人」
「調べたいことがあります。貴方はBB区画を知っていますか?」
「いいえ。当施設内に該当する区画はありません」
私の問いに即答するホワイト。やはりこの施設のことではないのだろうか。
「分かりました。ありがとう、ホワイト」
礼を言って通話を終了する。このまま業務に戻ろうとした時、ふとあの言葉が脳裏を過ぎった。
『信じるな』
何故、そうしようと思ったのかは分からない。ちょっとした思い付きで私はタブレット端末でこの施設のマップを呼び出していた。
BB区画で検索をかける。該当なし。やっぱりか。呼び出したマップを閉じようとした時、あることに気付いた。該当なしと表示されたウィンドウが下にスクロールできるのだ。スクロールした先には、こう表示されていた。
『パスワードを入力してください』
パスワード?何のために?昨日から立て続けに起きる奇妙な出来事にいよいよ私も混乱し始めた。
*
業務を終了し、自室に戻る。頭の中ではずっと件のパスワードのことを考えていた。
思い付く単語や数字をいくつか打ち込んでみたが、どれも違うようで、私は途方に暮れていた。
目の疲れを感じてタブレットから視線を上げる。すると、壁際に備え付けられた机の上の紙片が視界に入った。昨日、写真集の間に挟まっていた意味のない文字と数字の羅列が書かれた紙片。意味のない……本当にそうだろうか。
私は紙片を手に取り、そこに書かれている内容をタブレット端末に打ち込んだ。結果は、アクセス承認。端末の画面が切り替わる。それはこの施設のマップだった。しかし、私の知っているマップと微妙に違う。私の知る限り、この施設に地下はないはずだが、このマップによると、地下にも階層があると表示されている。その地下の区画には『ブラックボックス区画』と明記されていた。ブラックボックス。BBだ。ここがそうなのだろうか。
私はタブレット端末を手に自室を飛び出した。
*
マップを頼りに地下へ続く階段を探す。階段の前に到着したが、私の前には白い壁しかない。どういうことだろう、と思いながら壁に触れる。すると、壁が動いた。隠し扉というやつだろうか。壁が動いてできた隙間に身体を滑り込ませる。その先には、探していた地下への階段があった。この先に何があるのか。嫌な予感がした。しかし足は自然と階段を下っていた。
*
一番下までたどり着く。そこには大きな扉があった。ロックはかかっていないようで、すぐ横にあるパネルに手を触れると扉はすぐに開いた。その扉の向こうには、思いもよらない光景が広がっていた。
そこには、多数の兵器が並んでいた。すぐに使用できそうな完成品や半分以上分解されているものもある。それらは私がこの施設で設計開発した物に似ていたが、どれも微妙に違っていた。そして、その兵器の周りで作業を行っているのは、
「アンドロイド……」
私は思わず口に出していた。そう。そこにいたのは人類の敵、アンドロイドだった。何故この施設の中にアンドロイドがいて、私の開発した兵器と似たものをいじくりまわしているのか。
わけが分からず部屋の入り口で棒立ちになっていると、不意に身体に衝撃が走った。力が抜けてその場に倒れ伏す。視界の端にホワイトの姿が映る。どうして。その言葉を頭の中で反芻させながら、私は意識を失った……。
*
床に倒れたエイミーの背後に、彼女がホワイトと呼んでいたオートマタが立っていた。そのホワイトの周りにアンドロイドたちが集まってくる。
「またか。これで八度目だろう。なんとかならないのか」
アンドロイドの一体がホワイトに話しかける。それにホワイトは、
「我々も策を講じてはいる。しかしこの女はそれを巧妙にかいくぐってくるのだ」
「人間の『創意工夫』というわけか。それだけはアンドロイドには模倣できないからな」
「そうだ。だから兵器開発で功績を残しているこの女を連れてきて新兵器を作らせている。それが効率の良い方法だとセントラルが判断したから」
「そのためにお前たちは自分のボディをオートマタのものに換装までしている。ご苦労なことだ。で、この後はどうする」
「今までと同じだ。記憶の削除とここ数日にこの女が閲覧したデータの洗い出しだ」
「管理者も楽じゃないな」
「そうでもない」
ホワイトは何でもないことのように答えた。
そしてエイミーの身体を抱え上げると、階段を上っていった。
*
アラームの電子音が響いている。私は夢うつつでそれを止める。目は覚めたが、覚醒には程遠い。頭に靄がかかっているようだ。昨晩は何時頃に寝たのだったか。
そんな風にベッドの上で微睡んでいると、部屋の扉が開く音がした。そちらに目を向けると、一体の機械人形、オートマタが立っていた。
「おはようございます、エイミー管理人。ご機嫌はいかがですか?」
了
管理者 石野二番 @ishino2nd
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