顔が可愛ければそれで勝ちっ!! バカとメイドの勇者制度攻略法
斎藤 ニコ/角川スニーカー文庫
【試し読み】プロローグ
某日、某夜。場所、
〈男子寮生〉総勢十三名(待機者一名)にて、同学園〈女子寮〉に潜入――。
「――あのメイド集団、いつまで追っかけてくるんだ!?」
終わりの見えない廊下を三人で逃走中。
俺達〈オンボロ男子寮生〉は女子寮潜入を計画・実行し、それから数分後にあっけなく警報装置に引っ掛かった。それぞれ広大な建物内を逃げ回っているはずなのだが、すでにサバゲー命の
「ちくしょう! なんで俺たちが悪いみたいになってんだよ!」
女子寮は
背後から追手(メイド)の声がした。
『侵入者はまだこの辺りに居るはずよ! 怪しい場所は全て調べて!』
『仰せのままに! お姉さま!』
お姉さま!? どういう関係!? ものすごく気になるが、確認しているヒマはない。
男子寮生Aチーム(三名)のうちの一人――筋肉ゴリラの〈
「
「名前を大声で叫ぶな、お馬鹿さんめ!」
正体がバレちゃうだろ!?
「了解!
「そうそう、人を呼ぶときは名前じゃなくて
数千人の生徒を擁する姫八学園で〈国立大理〉なんて名は俺一人。加えて元・天才科学者および現・天才保健医の姉のせいで、聞かれたら一発アウトの苗字となっている。
『あ! あそこに隠れてるわ! 捕獲! 捕獲!』
男子寮生がまた一名捕縛されたらしい。あとで助け出してやるから今は耐えてくれ……。
『受け隊とM隊はあちらへ! 攻め隊とS隊はこちらへ!』
チーム名おかしくない!? あと部下の気持ちも考えてあげて!?
Aチーム最後の一人――自称・一般人の〈
「国立大理、熊飼金太。我ら三人、一緒に逃げているのが問題でござ――るだ」
「今『ござる』って言いかけたよね。というか
「そんなことは一切知らぬ」
写模の格好は黒装束である。走り方がなんだか低姿勢で、シュタタタみたいな感じである。昨日は『
「写模って絶対に忍者だよね」
「忍者など知らん。なんだそれは。どんな格好の者だ」
あとで鏡を見せよう。
そんなやり取りをしている最中にも、どこからか増員の声が聞こえてくる。
『次にこの階を精査する! みな、気を抜くなよ!』
『イエス! マイ・シスター!!』
メイドへの価値観がどんどん崩れていく……。
俺は〈女子寮MAP(ファイル名:明日への扉)〉を携帯端末型の生徒手帳で立体展開し、一部分にマーキングを置いた。
このデータは先日〈男子寮生限定サーバー〉で偶然見つけたものだ。様々なデータから
「とにかく写模の言う通りに、この地点で三手に分かれよう」
「よしきた! 誰が捕まっても恨みっこなしだぜ!」
「金太こそ保護されて動物園に送られても恨むなよ?」
「拙者も同意でござ――ある」
「やっぱり忍者――て、うおおおおっ!?」
突然、足が何かに引っ掛かった。次の一歩が踏み出せずに、顔から廊下へ突っ込む。
『あ! お姉さま!〈身長170センチ・足のサイズ27センチ・角度によってはイケメンに見える男子生徒感知器(保健医より贈呈)〉に反応がありました! あちらです!』
そんなピンポイントな罠があるの!?
「ちくしょう、俺はダメだ! 金太、写模! いいから構わず先に――」
――すでに誰も居なかった。曲がり角からそれぞれ声が聞こえた。
「さすがオレたちのリーダー!
「これもまた大将の務め。悲運ではあるが、それも運命の一つ」
「あ、あいつら……」
身勝手な捨て
だが二人が進んでいった先から『こっちだ! バカそうなゴリラがいる!』とか『みつけた!――きゃっ! 忍者みたいなのがスカートの中を撮影してくる! デ、データ消して!』などと聞こえてきた。
脱走したゴリラは放っておくとして、写模には絶対に生き延びてもらわねばならない。
「しかし……これは俺に追い風か?」
静かに立ち上がると、俺は単身、声のしない方へ歩みを進めた。
*
依然として女子寮内に潜伏中。しかし取り巻く環境は変わり、現在は〈女子風呂脱衣場・ロッカー内〉に逃げ込み、脱出の機会を
『なんか外が騒がしい気がしない?』
『そうですか……? 防音ですから外の音は聞こえてこないはずですが……それよりはやく着替えましょう。湯冷めしちゃいますよ』
『そだね――って、あれ、それ新しい下着? いいなあ、かわいー』
『は、はい。この前一目ぼれをしてしまって、思わず買ってしまいました。でも、ちょっと過激すぎるでしょうか……?』
どうしてこうなったのか。逃げるために階段を上がり、逃げるために角を曲がり、逃げるために直進し、迫りくる声に挟まれた結果、眼前に残された安全地帯が〈女湯〉だった。
攻めているのか守っているのか全く分からない。
『うーん、たしかに過激かも? ココなんて全部見えてるし……あれ、ココも見えるね?』
『そ、そこは見えません!』
『えー? でも、ココは見えるよねぇ?』
『あ! ちょっと触らないでください! くすぐったいです!』
決して
もちろん下心だって無かったはずだ。多分。
『おお? 案外いけるくちですかな、お嬢さん。ならコッチはどうかなー?』
『ちょ、ちょっと、やめてくだ……んっ』
そもそも平等が叫ばれる現代において、あまりにも格差のある寮設備が悪いのだ。
『おおー? 良い反応だねえ』
その是正のための潜入調査なのだから、もちろん俺にも正義はあるわけで――、
『あ、あ……ソ、ソコはダメです、お姉さまぁ……んっ……!』
――ソコってどこなのお姉さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
ちくしょう! 下心しか生まれてこないわ!!
『なーんちゃって! 早く着替えよーか』『わ、悪ふざけが過ぎます……』
カチャカチャウィーン、と音がしたのは、先ほどの意味深な女子ペアが自動ドアを開いて外へ出たからだろう。続く音が無いことを確認し、俺は意を決した。
「よし。チャンス到来」
早く逃げよう。これ以上は出血多量で死ぬ。慎重にロッカーの扉を開き、あたりの様子を窺う。行けそうだと判断し、足を出した――その時。ウィーンガラガラと音が聞こえた。
「……っ!?」
どうやらまだ女子生徒がいたらしい。音は出口ではなく、風呂場のほうからした。
逆再生するかのようにロッカーに戻った俺は、再度耳を澄ませる。
一人だろうか、それともペアだろうか。どちらにせよ先ほどの
おっぱい、おしり……、
――バタン!!
……耳たぶ、鎖骨……ん? 今の音はなんだ? 振動も伝わってきたような。
〈おしり〉の後に音と振動――ということは、まさかおしりの神様が降臨されたのだろうか。いや、落ち着け。そんな神様は聞いたことがない。
そう。今の音はまるで――人が地面に倒れたときのような鈍い音。
「まさか、な」
話によれば風呂場の脱衣所は防音らしい。すると先ほどの音も外には響かないのだろう。
十秒が
「おいおい……」
本当に人が倒れていたらどうしよう。助けが来るようには思えない。となると頼りは俺だけか? でも、その場合の俺の保身はどうなるのだろうか。見つかったらどうすれば?
「……そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
そうだ。何を言っているのだ。人命を前にして保身とはなんて情けない。
「……よし」
俺はロッカーの扉を静かに押した。
状況を把握するため、そして必要であれば人命救助のため、意を決して辺りを窺った。
――一糸まとわぬ〈おしり〉が見えた。
「おしりの神様が降臨されてる……」
本当にいたんだ、おしりの神様……。
「――って、違うだろ! 本当に倒れてるぞ!?」
湯あたりだろうか。床でぐったりとしている女の子の
「おい! 聞こえるか!」
肩を
「っく。これは目に毒だ!」
うつぶせに倒れている為、背中から
「不可抗力!」
どんな罪も許されるという魔法の呪文を唱えながら女の子を休憩用のベンチへ運ぶと、そばにあった冷蔵庫からペットボトルの水を取り出す。いまだに髪の毛から水がしたたっている女の子の
「おい、聞こえるか! とりあえず口の中で転がせ! 飲み込まずに口をゆすぐように!」
聞こえたのかは定かでないが、ゆっくりと口が動いている。
それにしても女の子って、すごい良い匂いがする!――じゃないんだよ!
天使! 聞こえますか! 私に人道への地図をください! 心の中に巣くう悪魔に聖水をかけながら、女子の顔色を確認する。
「ものすごく
聖水! 聖水! バケツで持ってきて!
ドタバタにも程があるが、正直、焦らない方がおかしい。
しばらく給水を繰り返すと状態が落ち着いてきたように見えた。
「呼吸は落ち着いてるし、脈も下がってきてる。あとは
いや、落ち着け。タバ姉の保健体育は夜の知識重視だ。意味が全くない。
「――い」
「……なんだ?」
どこからか声がした。誰の声だ?
「まさか、この子?」
女の子の口元を見ると確かに小さく動いている。不明瞭な言葉と共に中空に半開きの手をよろよろと伸ばした。
「――……さ、い」
まるで何かにおびえているようだ。まさか泣き出したりしないよな――などと考えていたら、ツツと少女の目から涙がこぼれてきた。
「だ――」
俺は思わず手を握ってしまった。彼女を落ち着かせたくてたまらなかった。
「――大丈夫。大丈夫だから」
すると、どうしたことだろう。少女の目が一瞬だけ開かれたような気がした。
「ちょ、待て、待って! そういう展開はいらないぞ!?」
だが。
「――……zzz 」
視線がぶつかることはないまま、少女は直に穏やかな呼吸を繰り返しはじめた。
「ふう……」
よかった。とはいえ放置するわけにもいかない。どうにかしようと辺りを見渡すと、壁の『緊急時に押してください』というヘルプボタンが目に入った。
さらに辺りを探ってみるが、今の状況を匿名で伝える手段は見当たらない。
「直接、説明しに行くか……?」
しかし説明するまえに捕縛されてしまったら元も子もないし、どんなに説明しようとしても逃げる口実と思われて聞く耳もたれず、結果的に女の子の救出が遅れたら逆効果だ。
「押すしかないか……いや、迷ってる場合じゃないよな」
少女の髪は
「よし、決めた。日本には恩返しの昔話がたくさんあるしな。良いこともあるだろう」
ヘルプボタンまで近づき、人差し指をボタンの上にそっと置く。そして
「……これが俺にとっての正解だ」
スイッチに触れる指先に力を入れようとした――その時。
『ザザッ――
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著者:斎藤 ニコ イラスト:もきゅ
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