五年前 -1-
「座りなよ」
そう言うとようやく、ずっと私のすぐ横で立ち尽くしていたその子は私の横に座った。子供二人が座っても木製の長椅子にはまだまだ余裕があり、楽に座ることができる。だというのにその子は、白い両手を整えられた両膝の上に乗せ、私の方を見ていた。銀の髪に枯葉が舞い落ちる。足元には多くの枯葉が色鮮やかな絨毯のように敷き詰められ、踏めば乾いた音がした。
枯葉で遊ぼう。つい先日、お父さまに連れられてきたその子を、そういって連れ出した。口数が少なく、ひどく丁寧な物腰で、まるでお手伝いさんかのような振る舞いをする、不思議な子だった。お父さまは友達を連れてきたぞ、としか言わなかった。
「……まだ、緊張してるの?」
顔を覗き込むように、その子を見る。私のその質問に応えるために、ゆっくりとした動作で私を見るその眼は、色付いた枯葉のような金色に染まっていた。しかしその子は、何もしゃべらない。緊張しているのだろう、子供心にそう思った。
「硬くならなくていいよ」
首をかしげ、緊張を解いてもらえるように、優しく語りかける。その子は口を開こうとして……けれども何もしゃべらず、やはり黙ったまま私を見ていた。
「……喋ることができない、ってことはないでしょ?」
さすがの私も耐え切れず、口調を強めてしまう。加えてきっと、その子を強い目で見てしまっていたのだろう。その子の表情に、少しの恐怖が見て取れた。
「わ……」
ようやく口を開き、喉を震わせる。辛抱強くその子の次の言葉を待つ。最初の言葉から一呼吸も二呼吸も置いて、我慢できなくなって怒ろうかとした刹那。
「わたしなんかと話されて、いいものかどうか……」
小鳥よりも小さな声で、ようやくその子が言葉を発した。それは決して友達同士が気兼ねなくお喋りをするような内容ではなく、むしろ主従の関係にあるような、そんな言葉だった。
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結局、あの後はギクシャクとした会話を少し続けて、ついに私の方が我慢できず、
その子を放ってさっさと部屋の方へと戻ってしまった。けっきょくあの子は何だったのだろう。お父さまは友達と言っていたのに、その子はまるで友達なんかではなく、目上の人と話すような態度と口調で、率直に言って話していて面白くはない。話下手としても、あの様子では度を超えている。
もう二度と話すもんか。お父さまにも文句を言ってやる。
「入るぞ」
なんて思いながら部屋の中で歩き回っていると、抑揚のないお父さまの声が聞こえた。きっと帰ってきた私の様子がおかしいかなんかで、女中が報告したのだろう。本でも読んで落ち着こうかと考えていたが……お父さまの言葉をないがしろにはできない。
「どうぞ、お父さま」
返事をすると、扉が開く。いつも通り、白い髭を生やしたお父さまのそばには一人の少年が控えていた。お父さまが私よりも大事にしている預言者であり、いずれは私がその少年を傍らに置くことになるらしい。金の髪で、盲目の少年だった。
「ずいぶんと苛立っているそうだな」
怒っているのか、それとも申し訳なく思っているのか。抑揚がなく、感情がないようにさえ思われるお父さまの口調から察することはできない。目線を外すと怒られるから、お父さまの顔をしっかりと見据える。
本当のことを言わなければ、やはり怒られる。預言者がわかってしまうのだ、嘘は。
「……あの子と話していて面白くありません」
恐る恐るそういって、お父さまの次の言葉を待つ。怒られる覚悟をした。
「……黙っていて悪かったな」
予想を反し、お父さまが謝った。お父さまに謝られるのはこれが初めてだったから驚き、目を丸くして口を開き、言葉を失ってしまう。
「あの子は奴隷だ」
奴隷については知らされている。どのようなものかも知っている。
「奴隷の友達なんか嫌がるかと思ってな……すまなかった」
お父さまは奴隷に対して、決してひどい扱いはしない人だった。むしろ奴隷という言葉を使うもののそれは建前上のようなもので、人として扱っている。住処と労働とある程度の自由を提供し、その対価を得ている。真っ当な人だった。
「……失礼ではありませんか?」
嘘を言ってもその隣に侍る預言者の少年が訂正してしまう。だから、その言葉がお父さまに楯突くようなことであっても、言わなければならない。幸いなのは、お父さまの物わかりが良いことだろうか。多少の言葉ならば許してくれる。
「どういった意味だね」
そんなお父さまの語気が強まった。預言者の少年はいつものように、ただ横に侍っている。怒られるだろうか。お父さまに怒られるのは、いつになっても慣れやしない。でも、怒られるような言葉を言うつもりはない。むしろお父さまの言葉を思い出し、まっすぐ言ってやるまでなのだから。
「奴隷であっても人であると諭してくれたのは、お父さまですよ?」
珍しくお父さまが笑みを浮かべた。
「……すまなかったな」
もう一度だけお父さまは謝り、大きくて暖かなその手で頭を撫でてくれた。こうして撫でられるのは好きだった。不思議と落ち着くし、ホッとするから。
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