ハンザイ・マツリ ― ExtraEdition Ver.427

水嶋 穂太郎

第Z話 殺☆人☆言

「おい、速報、観たか!?」

「ああ! 観たし、聞いたぞ!」


「暁国も物騒になったものねえ……」

「昼間の電気街でテロですって? こわいわねえ……」


 ざわざわ。

 がやがや。


 野次馬はうるさいし、こわいこわい言っても所詮は他人事だろ?

 伝わってくんだよ。


 ふざけんなよ、こっちは当事者だぞ?


 冷静になって現状を見回してみようか。


 場所は我が国、暁国の娯楽文化が集う、有名な街だ。

 電気街と言えば、この国で通じない人のほうが少ないだろう。


 大きな交差点があり、そこに一台のトラックが猛烈なスピードで突っ込んだ。

 5人を跳ね飛ばし……残念ながら即死も出ただろう。


 だが、問題はその後だった。


 のそり、のそり……。

 体型は痩せ型で、身長もそうないというのに、まるで野生の大熊が檻から出てきたように、おれには見えたよ。


 手には太陽光を鈍く反射しつつ、銀鉄の存在感を放つ刀身が見て取れる。

 武器について詳しくはないのだが、ダガーというやつだろう。

 ずっしりと確かな重みと、不気味な存在感から、偽物ではなく本物の雰囲気が立ち上っていやがる。これはやべえだろ、と思ったさ。


 野太い爪をどこへ振り下ろすべきかと迷っている大熊のごとき男が、目を限界まで見開く。しんっと静まりかえった交差点の中央まで歩いた……そして止まった。


 だらりと両手を下げているが、鈍銀の凶器は男の意思を反映しているように、謎の力場で吸着されていた。


「逃げろ!」


 どこぞの馬鹿が叫んだ。


 はあっ!?

 おれは素っ頓狂な声をあげちまったね。

 悲鳴でかき消されちまったんだけどさ。


 どどどどどグサグサグサ、

 どどどどどグサグサグサ、

 どどどどどグサグサグサ、

 どどどどどグサグサグサ……


 ひとしきりに刀身を人間に挿入した凶器は、恍惚の紅を灰色の地面にしたたらせていたよ。


 血まみれの人々。

 赤い池がぽつぽつと出来上がった交差点。

 飛び交う絶叫。


 そのなかで、おれは……


 

 はかねえなあ、命を落としたのでした。

 ああ、ついてねえ……。もうつきもつかねえも関係ねえ……。

 ぶっ倒れながら、意識が途絶える瞬間に見えた青空は、まあ悪くはなかった。


 あれだ。

 死ぬには悪くない日ってやつだ。


 *  *  *


 そんなおれに声をかけてきた馬鹿がいた。


「やあ! とっても納得のいっていない様子だね!☆」

「当たり前だろ! おれは死ぬはずのないところで死んだ……いや、殺されたんだぞ! どこに怒りをぶちまけりゃいいんだ!?」


 ピエロのような服装をした少年だった。

 上着から下着まで色とりどり。帽子は王冠を思わせるデザイン。


「つーか、おれってまさか生きてる!?」

「安心して、ぼくが見えているってことは死んでるよ☆」

「だよなあ!」

「そうだよお☆」


 だはは!

 笑えねえけど笑うっきゃねえ。

 享年20歳か。まあ生きたほうじゃねえかな。


「ところで、殺されたって言ったけど、だれに殺されたんだと思うの?」

「逃げろとか叫んだクソ野郎に決まってんだろ」


 あほか、あの馬鹿が。

 いまのおれは幽霊ってやつなのか?

 おいおい、突っ立ってんじゃねえよ、おめえのせいでおれは死んだんだよ。

 わかってんのか? おいこら。


 理性もへったくれもねえ狂気でイカレた野生の獣を前に、

「逃げろ!」

 なんて叫んだら、どうなるかわかってんだろ?


 おめえがいらねえことを言わなきゃ、もしかしたら被害は最初の5人で済んだかもしれねえんだ。

 それがなんだ? やったことわかってんの?

 くだらねえ正義感が口から出たのかもしれねえが、結果がこれだ。

 ダガーを人間に『ぶっ刺させた』のは、間違いなくてめえだ。


「なあ、これ。おれってしゃべれねえの? 意思伝送とかもできねえかな?」

「残念だけど、いまの君じゃあ無理だねえ」

「ってことは、将来的に可能になる道も残ってんだな?」

「さっすが☆」


 ピエロの容姿をした少年は、くるりとその場で一回転しながら、ぴんっと指を器用に弾いて小気味よい音を鳴らした。


「ねえ、君さ、この『事件』がどう裁かれるか興味ない?☆」

「ある」

「どうなると思う?」

「知ってんのか?」

「当たり前☆ なんたってぼくはすべての犯罪の上に立つ存在……そう、ぼくを知る者は罪亜帝(ざいあてい)と呼ぶのさ!☆」

「あっそ」

「ありゃ? 興味ない?」

「事件がどう裁かれるのかは興味がある。が、おまえがどこの誰で、どんなやつなのかは正直どうでもいいわ」


 くるくるりん☆

 少年はぴょんっと空中で一回転すると、ぱぱぁーん☆みてえなファンファーレが似合いそうに、両手と両足を広げてアピールした。


 罪亜帝。

 字面から察するに、『罪』と『その亜種』のすべてに通じる『帝王』ってところだろう。

 人の姿をしているが、もう言動やら事件やらおれに対するリアクションが普通とは思えないので、人外なのは間違いない。


 それよりもさっきの話だ。


「で、トラックで突っ込んで、5人をやったのは無期懲役くらいだろ」

「そだねー☆」

「おれを含めてダガーでぶっ刺させた野郎は死刑で確定だ」

「それはないねー☆」


 ……おいいまなんつった?

 ん、おれの聞き違いかな?


「被害結果から先に言うとねー。トラックの被害は死者が3名で負傷者が2名の合計5名だよ」

「合ってんじゃねえか。まあ、おれも死んじまってるからかもしれんが……その……運がなかった、な」


 考えれば考えるほど後味の悪いものである。

 ドラマでもよくある。

 あの時にあの場所にいなければ。電車を一本遅らせていれば、飛行機を次の便にしていれば。たらればを挙げればきりがないので、割り切るしかない。


「次に、えっと……ダガー? 要するに短剣だね。どうでもいいんだけど、刺されて死んだ人が4名、負傷者が8名で、なんと12名だ!」

「それを仕組んだ野郎がどうして死刑にならん!?」


 おかしいだろ!

 トラックで突っ込んできたやつよりひでえぞ!


『逃げろ!』

 って言葉ひとつで12人をずたぼろにした、悪鬼羅刹だぞ、ごら!


 少年はへらへらと笑いつつ、片足のつま先をトントンっとリズミカルな動作で地面に刻みながら続けた。


「だぁってさあ……刺したのは刺した人だよぉ?」

「刺させたのは叫んだ馬鹿野郎だろうが!」

「決まりは決まりぃ。ぼくの決めた判断がすべてー」

「決めるのはてめえじゃねえ! 裁判官とかいう偉ぶったクソどもだろうが!」

「あっはっはー。その人たちねえ……」

「?」

「み、ん、な。ぼーくの下僕なんだよぉ? 本人たちは気づいてないだろうけどね☆ きゃっはっは!」

「……は?」

「ほらほら、逆さまに考えていってごらんよ。裁判官になるためには、専門の試験を通って資格を得て、さらにさらにずぅーっと知識やら事例を更新していかなきゃいけないよね?」

「……あらためて考えっとそうなのかもしれねえな」

「でしょ? はい、次。事例がなければ知識は更新されない。知識が更新されなければ試験は変わらない。そもそも裁判官なんて人たちが必要になったのは、人間たちが自分で自分を制御することが元々できなかったから。ほら、見えてきたでしょ☆」


 おいおい、まさかまさか、冗談じゃねえ……。

 もう血は通ってねえが、血の気が引くぞ。


「人間は……人の犯す罪と罰は……、おまえに管理されてたってのか?」

「ぼくひとりじゃとても回せないけど、ほぼ正解だね☆ さてさて、そんな君に最初の質問だ……君には権利があったし、機会もめぐってきた……」

「なんとなく察するが」

「ぼくと契約して、本当の世界にきてみないかい? 人間の本質がうずまく、影と闇と、深淵の世界にさ☆」


 ちょっとだけおれは間を置いてから考えた。

 おれの目的はただひとつだ。


「聞いてもいいか?」

「どうぞ☆」

「おれをぶっ殺しやがった野郎を『罪』にするにはどうすりゃいい?」

「手っ取り早いのは、ぼくを説得すること☆」

「他には?」

「うーん……この場合は、『殺人罪』系と『傷害罪』系の仲間に納得してもらうことでもいいよ。つまりは、ぼくらと仲良くなろう☆」

「はっ」


『罪』と仲良くなるってのは、字面的にも言葉的にもやべえな。

 そう思いつつも。


「いいぜ。てめえらの世界にいってやるよ」

「はい、新規一名さまご案なーい☆」


 おれは納得のいかねえ事例をひっくり返すために、あらたな世界に旅立ったのだった。


 *  *  *


「あらぼっちゃん、お帰りなさい」

「ぼっちゃんはやめてよ☆」

「そちらの殿方は?」

「めんどくさい事案で『向こう』に行ったら拾った逸材」


 どこぞの城の、どこぞの執務室だろうか。

 ファンタジー系のRPGやアニメなんかでよく見かける部屋だった。

 四角くやたら広い部屋で、壁にはびっしり書架が張り付いている。

 窓の近くに、大きくて頑丈そうな木製の机と、白羽のペン立てが見えた。


 ピエロの少年はいいとして、彼をぼっちゃんと呼んだ女性。

 まあ見事に童顔系のお姉さんだった。ひらひらのメイド服だった。

 電気街をうろつくDT男のおれとしては、純白のなにかに捕われそうになった。

 きゃわゆい……。

 いかん、いかん。鋼の自制心をもって目的のために邁進せねば……。

 むっちりとした胸とか尻とか太腿とか、垂れぎみの目とかてかってる唇なんて見ていないんだからな。むふん。むふん。これは鼻息ではない。ただの呼吸だ。


 ところで、『拾った』『逸材』というのは褒めているのだろうか。

 それともけなされているのだろうか。

 どうでもいいね、うん。


「帰ってきて早速で悪いんだけどさあ、彼に『窃盗罪』を仕込んであげてよ」

「なに言ってんのおまえ」


 ピエロ少年のアレすぎる発言に速攻で突っ込んだおれです。

 メイドさんのことをいいなー、とか思ってた気分が一瞬で吹っ飛んじまったぜ。


「かしこまりました」

「かしこまられても!?」


 ちょっとちょっとメイドさん、なにをするつもりなんでしょう!?

 DTを盗んでいただけるという頓知なら、ちょっとだけ歓迎……いや、なにを考えているおれ! この世界にやってきた目的を忘れるな!


 ごにょごにょ。

 おい、なにふたりで内緒話してんだよ……こっちチラチラ見んなよ。

 気になんだろうが。


「ってことがあってさ☆」

「なるほど」

「彼の目的がちょっと特殊だから、ぼくとしては関わりたくないんだよね☆」

「同意致します」


 連れてきたのおまえだ、おまえ!


 ごにょごにょ。

 だからなに話してんだ……こっちチラチラ見んな。


 ん、やっと終わったか?

 メイドのお姉さんがおれの隣まできた。ええ匂いや……。


「おおむね理解いたしましたので。…………ではこちらをご覧ください」


 …………しゃれにならん。

 なんてもんを手にしてやがる。


「『それ』、どうした?」

「盗みました」

「おれの日記帳じゃねえか! 正式名称は黒歴史伝だ!」

「わたくしにかかれば一瞬でございますわ」


 妖艶に微笑みかける、『窃盗罪』のメイドさん。


 現世に残してきた、おれの遺産。

 なぜここにある!


「ふざけんな! 窃盗だ! 窃盗! ギルティだ!」

「あらおかしなことをおっしゃいますね」

「な、なに?」

「これがもし仮に現世で盗まれていたとしたら……はたして罪になるでしょうか?」

「…………」

「あなた様のやろうとしていることは、こういうことなのですよ」


 おれにとっては、価値のある代物を盗まれた。窃盗に違いない。

 が、赤の他人にとってはどうだろうか。これを窃盗と言うだろうか。

 ……言わねえだろうなあ。


 公道まではみ出ている私有地の雑草を清掃のためにむしり取っていたら、

『私の草を無断で採取するのはやめてもらおうか!』

 とか言われるようなもんだ。

 むしろ世間一般ではボランティア活動だ。

 でも、そいつにとっては、草ってのは奪われたと思えるほど価値のあったものに違いねえんだ。


「このように、罪とは常にあやふやなもの……とても人間たちの手に負えるものではございません。ゆえにわたくしたちがおもむき、裁定するのですよ。古来より存在し、観察と検討と更新を繰り返してきたわたくしたちにとって、むしろ罪とは己自身を映す鏡。人間が罪を犯すとき、わたくしたちは己を見つめ直しているのです……何千年も何万年も」


 すっきりしない理屈だが、じゃあ何か?


「まあわからんでもない。でもなんだ……人間ってのは罪を犯しているんじゃなく、『犯させられている』のか?」


『窃盗罪』は手を唇にかぶせて、くすくすと微笑した。


「なるほど、確かに逸材でございますね、ぼっちゃん」

「呑み込みが早いでしょ☆」


 褒められてんのに嬉しくねえ。

 どうしてだろうな。顔だよ顔。そろいもそろって小馬鹿にしたような表情しやがってよお!


「わたくしたちは単に後押しをして差し上げているだけですわ。そうですね、実例を挙げたほうがよいでしょう」


 そう言われた瞬間、おれは浮遊感に襲われた。


 *  *  *


 浮遊感から意識が解放され、おれは周囲を見回した。

 とりあえず、後ろ斜めに『窃盗罪』のメイドがいるのはわかった。

 ……この白と赤を基調とした雑多で小汚い店内は。


「ここ現世か?」

「そうでございます」

「大手コンビニチェーンのハイアンドローベン?」

「正解でございます」

「ここでなにを……って、あの小僧……」

「おいしそうな子どもでございますね」


 週刊少年誌を読んでいるふりをしつつ、顔をひょこんっと上げて、店内をちらちら見てやがる。

 やるの、やるのか、やっちゃうのか?

 人生おわるかもしれんぞ!

 間に合わなくなってもしらんぞ!! いまなら間に合うから引き返すんだ!!!


 おれの思考を察したように、肩にふれるやわらかなものがあった。


「ご安心くださいませ。彼はやりません」

「そ、そうか。なら安心したぜ。防犯カメラがあれば一発だからな」

「ええ、その通りでございます。なので、彼はやろうとしてもやらないように、身構えているのでございます。そう、言うなれば敵は、防犯カメラという一個の要員なのでございます。ですから……」


 いきなり暗くなった。

 店内を明るく見せるための、特別な配置にこだわった電灯が消えてしまうと、お化け屋敷の入り口かな、などと思わせる不気味な空間になった。


「て、停電!?」「うお、なんも見えねえ!」「ばか、落ち着け」「商品にぶつかりそう……」「速報、わい大手コンビニチェーンにて停電中」


 などなどの声が飛び交うなか……


「やりやがった……」

「さすがでございますね。見込んだ通り、おいしゅう子どもでございました」

「あほかてめえ! 沼を覗き込んでる子どもを突き落とすような真似してんじゃねえよ!」

「わたくしはあの子どものなかに入り、ささやいてあげただけでございます。きみならやれる。やったらすごい。やれば満たされる。やれば愛してあげる……と」


 最後が決め手になったんじゃねえのか?

 おれの想像に過ぎねえんだが、頭が沸騰しそうなヘヴンで、妖艶なお姉さんから耳許でささやかれたら、免疫のねえ男子なんぞ一発なんじゃねえの。

 もう店内から逃げたあとだが、見た感じだと中学2年から高校1年ってくらいの歳っぽかったからな。


 中学生のやったことなら怒られるだけで済みそうだが、高校生がやってしまうと、暗色の紺に身を染めて、ごてごてとした装備を服にしまいこんで、通信機を片手に街をうろつく税金泥棒が、学校までかつ丼を届けにやってきそうで困る。

 高校生は子どもであって、子どもではない。

 うーん、あやふやですね。理不尽ですね。不条理ですねえ。

 実に、実に、実に。


 税金泥棒は窃盗罪でギルティしたい。

 なぜ中学生は許されて、高校生は許されないのか、いままでは知らなかった本当の世界で仕組みを調べたい。きっとこれにも罪亜帝が絡んでいるのかもしれない。あいつ、見た目ほんっと子どもだし。


 うーむ、おっと、お姉さんすまんすまん。

 やはり犯罪をすぐ前で目撃しちまうと、なんつーか衝撃が走って固まっちまうよ。自分には関係がなくてもな。ぞろぞろと連鎖的にあれこれ考えが浮かんじまう。


 そんなおれを気になどしていないのか、お姉さんは肩に置いていた手をおれの胸元まで回し、両腕を使って背中から抱きしめる形に変わった……って。

 近い、近い、近いって!

 やわらかい! 匂いがいい! 耳許にふぅっと息なんて吹きかけないで!

 死んじゃう! もう死んでるけど死んじゃうから!?


「うふふ……このように、『後押し』をしているだけであり、決してわたくしどもから犯罪に手を染めるよう推奨するような真似はしないのでございます」

「ちなみにさっきの子どもが女の子だったらどうなってたんだ?」

「さすがでございます。その際にはわたくしではなく、世界でも屈指の美丈夫が担当となって、お迎えにあがるのです」

「色仕掛け込みかよ!」


 この世界からしょーもない犯罪がなくならねえわけだ。

 しょーもない後押しで堕ちるやつが多いってことは、人間の大半がしょーもないって気がしてくるぜ……。


「この手のものは選ぶ間もなく五万といるのですが、まだ見ますか?」

「いや、いい……おおよそわかったからよ……」


 まったく見ているこっちがドキドキしちまうぜ。

 もう動いていないどころか存在していない心臓の上に手を当てて、おれは罪たちの世界に帰った。


 *  *  *


 そこからは、てんやわんやの日々だった。


 小学三年生くらいかな?

 と思った『道路交通法違反』の女の子がきたと思ったら、横断歩道を渡るだけだった。

 なお、信号が赤だった。


 ああ、この世界いいなあ、なんてつぶやいていたら同じく『道路交通法違反』の筋肉むっきむき厳つい顔をしたでかいやつがやってきて、時速150kmで高速道路を爆走する人間を真横で観察させられた。

 ちなみに運転していた人間は、単独どころか巻き込みで盛大に事故って、『過失運転致死傷罪』になったらしく、元々あった殺人罪から派生した亜種であると、筋肉男は自慢げに語った。


 同じ名前の犯罪なのに、結果からさらに違う犯罪へと派生してゆくのは、なるほど……ピエロ少年が言ってた罪亜帝ってのも間違っちゃいねえな。

 こんなん、ひとつの罪で確定できるわけねえじゃん。比較しながら照らし合わせていくか、新しい罪をでっちあげねえとやっていけん。道路交通法にしても、馬がぱっかぱっか走っていた時代にはなかっただろうし。


 ってなことを相談している時だった。


「そろそろ本格的にやってみましょうか?」

「なにを?」

「殺人を」

「は?」


 窃盗メイド(と呼ぶようになった)が、極めて物騒なことを口走った。


 *  *  *


「道路交通法で学んだように、時として別の犯罪が殺人罪に相当してしまうこともあるのでございます」

「恐ろしいよな」

「しかしそれもこれもすべてわたくしどもで決めているのでございます」

「恐ろしいよな!」


 窃盗メイドさんみたいなのが、何人……という数え方でいいのだろうか、当たり前のようにうろついてるんだから、人間界がどれだけ妙ちくりんでどれだけ罪に囲まれて存在しているのか、よーっくわかるってもんだ。


 人の形をした罪というものに寄り添われている人間の世界。

 知らぬがなんとやら。

 もしも自分たちが何か得体の知れないものによって操られているかもしれない、なんて気づいたら世界崩壊の危機だろうな! 人間は自分たちこそ頂点、自分たちこそ正義、敵は常に同じ人間ってなもんで生きてやがるし。


 ちなみにこの世界。

 罪の数や種類に応じて、新規の罪、つまり住人も加速度的に増えているらしい。

 でも、世界も比例して加速度的に広がって、移動手段もあるので問題ないとのことだ。

 知っている場所なら、ささっと瞬間移動できちゃうし、知らない場所でも知っている人に連れ添ってもらえれば、すぐにいけるようになる。

 傷害罪の箱みてえな通勤時間帯の満員電車しか知らない人間には、想像もつかない生活だろう。この世界に来てから、価値観の更新が止まらなくておれは楽しいよ。きてよかったぜ、こんちくしょー♪


 でもなあ……。

 自分にあてがわれていた、お城の客室で、ふかふかの布団に腰を沈める。


「殺すの? おれが? 人間を?」

「左様でございます。資格、経験、罪勘ともに問題はございません」


 罪勘とやらはよく耳にしてきたので、意味を聞いてきた。

 最近になってようやくわかってきたのだが、要するに人間にとっての倫理観と同等で大丈夫っぽい。どれが罪になるとか、罪がどんなふうに派生していくのか、ぴんっとくる能力らしい。


「ええーマジで?」

「マジでございます」

「なんで?」

「理由はこれでございます」


 窃盗メイドは、生前のおれが記した日記帳もとい黒歴史伝を手に取った。

 いいかげん返せよ……。

 なんども試みているのだが、さすがは本職。おれに『窃盗』は向いていないらしく、彼女から奪えないでいた。


「わたくしは語らせていただきます。あるところに冴えない少年がおりました。年齢は中学2から3年生まで。クラスメイトからひどいいじめを受けていたにもかかわらず、『まあ相手は餓鬼だし』、と割り切るどころか『自分が騒ぎ立てていじめから逃げれば次の被害者が生まれるだけだ』、などと考えておりました」


 人の黒歴史をぶちまけてくれてどうも!


「しかし少年はある一点だけ許せないことがありました。それはいじめの主導が教師によって行われていたということです。子どもたちを教え、育むはずの存在がこのような暴挙を行っていただけでも絶望していたところに、あらたな絶望が加わったのです」


 ああ、あったね。


「いじめを主導していた教師の教え子だったという大人が、教育実習という名目でやってきて、さらにいじめに加わったのです。少年は誓いました。教育者を育てる教育者が腐っている。そんな教育者であふれかえっている。社会を変えようなどと大事ほどではないにせよ、必ず『自分は罪に問われない手段で』こいつらは殺してやろう」


 高校は地元の連中がいないところに進んだから、ぶっ殺す対象を絞れただけなんだけどね。あいつらと同じ高校生活を3年間も送るようなことがあれば、内申書で地獄を見て大学への進学が致命的になるような、社会的抹殺を考えていただろうさ。


 窃盗メイドは、おれの日記帳をぱたりと閉じた。


「いまこそ、その時です! 『いじめ罪』によって裁きを下しましょう!」

「そんな罪あったか? 初耳だぞ?」

「当然です。あなた様が初となる罪なのですから!」

「晴れておれも、本当の意味でこの世界の住人ってわけか?」

「仮免許はもういいでしょう」

「だな。ぶっちゃけ飽きてきてた」


 うーむ。

 おれはちょっと唸ってしまう。


「でもよ、『いじめ罪』っつっても、おれがそんな簡単に決めていいのか? さっき言ってたが、殺しまでOKの範囲でやろうって話なのか?」

「ずばりです! はじめにぼっちゃんから言われましたでしょう。逸材だ、と」

「そこよぉ……なんでおれが逸材なの?」

「お気づきになりませんか?」

「まったく」

「こころあたりも?」


 おれは首をふった。

 瞬間に、ぼんっ☆、っと薄い黄色の煙が部屋に立ちこめた。


「やれやれ、ここはぼくの出番かな☆」

「!?」

「あっはっは、驚いてやんの!☆」

「いや、マジでおまえどっから出てきた?」

「最初から。盗撮に盗聴。住居不法侵入。プライバシーの侵害などなど。犯罪ってたのしいよね☆ いっしょに楽しもうよ☆」

「あぶねえことを喜色満面で口走ってんじゃねえよ?」


 すべての罪を網羅してるってのは本当なんだろうな。

 組み合わせ次第じゃ、なんでもできちゃうじゃん。

 罪亜帝やべえ。

 この世界が平和でよかった。人間みたく欲にまみれて潰し合う世界じゃなくてよかった。


「ぼくはこれでも顔が広くてね☆」

「だろうな」

「びっくり仰天! わずか五歳で殺人を犯した幼児がいたらしいんだよ!」

「へえ」

「目撃者はひとりだけだったけど、そいつ以外には知られず殺人も完遂!」

「ふーん」

「実はその時、その幼児は死んだんだけど、あの世から蘇った!」

「迷惑な話だな」


 死んでおけばいいのに。


「殺人後は、どうすれば人間を効率よく動かせるようになるかを調べはじめた」

「変わったやつだな」

「そんな折に、なんと目の前で自殺をされて、この世のすべてを憎む念を受けて」

「狂ったの?」

「どころか平伏させて己のちからとして取り込んじゃったんだ☆」

「化け物じゃねえか」


 なんだそれ。

 世界に終焉をもたらす邪神かよ。


「しかし! その後、なんともあっけなく死んでしまったんだ☆」

「そいつはご愁傷様」

「でもなんと運のいいことに、ハイパーミラクルスペクタクル少年によって隠していた才覚と能力を見抜かれて☆」

「…………」

「あれよあれよと事が進んで☆」

「…………」


 ぴんっ。

 このピエロ少年。世界の主のくせに、いつも言動がハイテンションである。

 平和な証だね。いいことだ。


「ぼくの目の前のいちゃうんだなあ!☆」

「そうだな。どっからどう聞いてもおれの話だ。でも誰にも話してねえぞ」


 なんなら教えてもいねえし、日記に書いたりもしてねえ。

 さすがに内容がやばすぎたからな。


「聞いたからね☆」

「は?」

「ぼくは顔が広い☆」

「さいで」


 本人かよ。

 まあこの辺りは深く突っ込まないでおこう。墓穴になりそうだ。


「さあ、あたらしく作った『いじめ罪』でさくっとぶっ殺してみようよ☆」

「やるのおれなんだけど、もうちょっと言い方ねえの?」


 オブラートに包むとかさあ。


「いっぱいいるけど、どうする?☆」

「そうだなあ、やっぱ最初は模範的に最低のクズをぶっ殺してみっか」

「というと?」

「おれをいじめた教師」

「うん、やってるね☆ さっすがまだなーんにも整備されてなかった部分だ☆」

「やっぱまだいたんだな」


 いいやつほど早くいなくなり、わるいやつほど長くいる。

 まあ人間の世界ってやつは大抵がそんなところだ。

 どんな場所でどんな業界だろうと。


「なあ」

「ん?☆」

「徹底的にやっていいか? 徹底的に、だ」

「お好きに☆」


 *  *  *


「ええー、ここで変死事件ニュースの速報です」

「あらやだ、まだこの事件って続いてるのかしら……」


「昨夜未明、二十台女性が遺体で発見されました。死因は溺死による自殺とされておりますが、他殺の線も考慮しているとのことです」

「こわいわねえ……でも、『また』なんでしょう?」


「警察は総力を挙げて捜査に乗り出しているものの、依然として進展はない様子です。職業・教師、年齢48歳男性、XX XX氏の血縁者が犠牲になっていること以外に共通点は見つかっておりません」

「この教師って生徒の子どもにひどい体罰を加えていたって話じゃない……」


「恨みによる犯行であると警察は断定しておりますが、有力な情報は一切なく」

「しかも自殺においやられた生徒だって何人もいるらしいわよ……」


「警察は元生徒や保護者に情報提供を呼びかけております。ご協力のほどをお願いするとともに、世間のみなさまに不安を与えることになってしまった事態を重く受け止め、遺憾の意を表明しております」

「なによなによ、偉そうに……。警察がその殺人教師を捕まえていれば生徒だって自殺することなんてなかったんじゃないの」


「ニュースを終わります」

「ほんとよね。どの面を下げて言っているのかしら……このまま」


「このまま?」

「このまま本人を残して血族なんて全員が死んでしまえばいいんだわ!」

「そうね! そうしたら、殺人教師はたとえ罪の意識がなかったとしても、独りで死ぬまで孤独になるんですものね! いい気味だわ!

「そうよ。そうよそうよ! 『いじめ』で殺した本人なんだもの! 『いじめ』られて、死にたい思いをして、死にたければもう勝手に死んでしまえばいいんだわ!」

「ほんっと最低な教師よね」

「ええ、あんなのがうろうろしているかと思うと、わたしたちの子どもが平気かどうか不安にさせられてしまうわ……」


「まったく今回の騒動を起こしてくれた犯人さんには感謝しないとね」

「しっ、声が大きいわよ。本心でもそんなこと言っちゃだめ!」

「そうね……部外者のふりをして事のなりゆきだけ見ていましょ……」

「それが賢い生き方よ……」


 *  *  *


 あーあーだっる……。

 発案しといたのはおれだけど、これ思った以上に疲れるわ。


「お疲れさまでございますわ。『いじめ罪』」

「あ、おう。『窃盗罪』」


 正式な名前で呼ばれたので、おれも『窃盗メイド』ではなく正式名で返した。


 客間のテーブル席で、凝ったように感じる肩をごきごき鳴らしていると、茶葉のいい香りにおれの鼻が反応した。


「わたくしたちも、人間たちも、話題にしておりますわよ」

「どんな?」

「『ここまでえげつない罪にまでいきなり引き上げたのは初めて見た』といった具合ですわ」

「そりゃどうも」


 相変わらず褒められてんのか、けなされてんのかわかりゃしねえ。


「やはりぼくの目に狂いはなかった!☆」

「おめえはおめえで普通に入ってくることはできねえのか!」


 ばかーん。壁がぶち破られたかと思えば、見慣れたピエロが土煙の向こうにどどんっと仁王立ちしていた。どすどすどす。テーブル席にまで近寄ると、空いていたカップにお茶を注いで一杯。ぷっはあーっと飲み干した。

 どう見ても器物損壊で居直り強盗の立ち振る舞いです。本当にこの世界は色んな意味で面白おかしい。


「どうして殺人教師を直接殺さないのございますか?」

「あっ、それぼくも気になるな☆」

「それじゃあ、足りねえからかな。あいつは地獄に落とすだけでも生ぬるい。生き続けさせて、とことん殺してくれと願わずにはいられない状況に追いやっておくくらいでちょうどいい」

「えぐ素敵でございますわ」

「えぐかっちょいいね☆」

「そうか?」

「本格的には初仕事だというのに、もう裁量までご判断してらっしゃいます。並の者には真似の出来ない芸当でございますよ」

「まあぼくよりは甘いけどね☆」

「そりゃ世界の主人には負けんだろ」


 これよりひどい罰則を思いつくというのか。

 罪亜帝おそるべし。


「それで? 本人以外のとばっちりで犠牲になっちゃった人たちは?☆」

「気の毒でございますね」

「どこがだ? そいつの血縁にいてしまったのが悪い。運がなかった。『いじめ』にふさわしいだろ。関係のないところにいれば、生まれれば、止めていれば、いっそ殺していれば、自分は被害に遭わずに済んだんだ。はいこれ、『いじめ罪』の一例でよろしくな」

「君がやろうとしている本来の目的にも近いね☆」

「確かに……さすがはぼっちゃん。言われてみればそうですわね」

「んんんー、あー。まあそうかもしれんな」


 気づかんかったけど確かにそうかもな。

 こうしておれは『いじめ罪』という新しい罪を任され、罪になりつつ、人間の世界に関わっていった。


 まあ、極端なのはこれと、こいつの教え子で教育実習にきたクズのみ。

 あとは、自殺を考えているいじめられっ子を見つけては中に入って、後押しをして……事故にみせかけてあげたよ。他殺? ならないね。いじめっ子が勝手に自滅していくんだよ……。


 そうして10年ほどの修練を積んだ。


 *  *  *


「言葉にはちからがある」

「言葉とは凶器になりうる」

「たとえ本人にそのつもりがなくとも」

「聞いた本人が言葉に従って行動したのならば」

「言葉を発した者にも当然ながら責任は生じる」


 裁判官、といっても中身はおれたちなのだが。

『いじめ罪』から開始して、既存の罪たち、たとえば『殺人教唆』などと仲良くなって、おれはおれの復讐にようやくこぎ着けた。


「2008年、電気街通り魔殺傷事件、被告人は『逃げろ!』と叫んだことを認めますか?」

「いいえ、わたしはそのようなことを口にした事実などいっさいございません」


 裁判官の問いに対して、あの時たしかに「逃げろ!」と叫んだ人物は、否定した。


 傍聴席から魂の咆哮が飛ぶ。

「嘘つき! あの時、あんたが下手なこと言わなければお兄ちゃんは死なずに済んだんだ!」

「息子を返しなさいよ、この殺人鬼!」

「口で人を殺した悪魔め!」


 カンカンカン!

 木槌が打ち鳴らされる音が、絶叫よりもわずかに小さく空間を揺らした。


「静粛に。静粛に!」


 おれたちによって罪の解釈が変えられる前。

 暴走トラックで人をはねた犯人は、すでに死刑判決を受け、数年前に執行されて死んでいる。

 5人と12人を殺傷した罰として。


 しかし今はまた異なる。

 5人を殺した犯人とは別に、12人を『殺傷させたかどうか』を問う裁判を新たに執り行っているのだ。


 果たして結果は……。

 おれたちはすでに知っている。


「被告人を死刑とする」


 検察の主張が全面的に受け入れられ、弁護団の主張は完全に否定された。

 被告側は控訴し、最高裁判まで持ち込んだが、判決が覆ることはなく……。


 その後の彼がどうなったのかは。


『おれたち』だけが知っているのだった。


 ひょっとしたらまた変わるのかもしれない。あれは正しいのか、間違っているのか、迷うことなどしなくてもいい……。すべては、おれたちに委ねられているのだから。


 *  *  *


 人間たちは常に思う。

 自分こそが正義だと。相手こそが悪だと。

 それでいい。

 ずっとそうしていることが、おれたちの平和につながるのだから。


 今日も罪たちは人間のなかに入ってゆく。

 どこまでも深く、深く、深く。

 刺さったら最後。

 それは抜けない棘なのだ。


 おれたちはいつでも人間のそばにいる。

 おれたちはいつでも人間のなかにいる。



 ― おわり ―

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ハンザイ・マツリ ― ExtraEdition Ver.427 水嶋 穂太郎 @MizushimaHotaro

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