神様更生~天界追放された駄女神と下界でダンジョン攻略~

日ノ原ちはや

プロローグ

 ピピピ、ピピピ、ピピピピピピピピ——

 うるさい。

 ピピピピピピ……。

 なんだ止まったじゃないか。これでまた眠れる。

 いつもの時計の場所に手を伸ばした。


「起きなさい!新学期でしょ!!」


 飽きるほど聞いた声に合わせて頭を何度もコツコツとノックされる。一回一回は大したことのない攻撃だが,1Hit,2Hit,3Hit…と何回もされるとさすがにうざったい。

 ヒロは渋々と目を開けた。


「夏休みじゃん。もう少し寝かせてくれたっていいだろ」

「聞こえてなかったの? 新学期よ。九月一日!」

「はぁ……嘘だろ」

「真実よ」


 誰に言ったわけでもなかった言葉に母親が答えると、いつも通りに部屋のカーテンを開けて日差しを入れたり、散らかった漫画雑誌を片づけたりし始めた。


「昨日掃除しときなさいって言ったでしょ。もういい年なんだから」

「まだ高校生だぞ」


 布団に転がったまま昨日の服を取って母親に放ってやる。


「 “もう”高校生よ。困ったもんね。朝ごはんできてるからちゃっちゃと食べて行ってきなさい。あ、それとあんたに封筒きてたわよ。」

「貰うような覚えないから捨てといて」

「そのくらい自分で捨てなさい。というか見なさい。とりあえずここ置いとくからね」


 散らかった服を洗濯かごに詰め終わった母親はドア手前の棚の上に封筒を残して部屋を出ていった。


「……そろそろ起きないとな」


 ベッドに預けていた身体をようやっと起こす。

 そのまま立ち上がって近くの飾り気のないハンガーラックから夏服を引っぺがすと、そいつを羽織ってボタンを閉めながら考える。


 始業式か。


 入学式とともに高校一回目の始業式を経験しており、今日は二回目の始業式だった。

 高校に入って環境の変化があればヒロ自身の生活にも何か劇的な変化があるんじゃないかとうっすら期待していた。

 が、入学してから半年、部活や勉強でこれといってやりたいことは見当たらなかった。

 謎の転校生もいなければ。

 学園のアイドルもいなければ。

 おかしな学生寮もない。

 意味の分からない部活もないし。

 それを立ち上げる行動力や正当な理由も無い。


 それらゆえにヒロが通う県立高校は、ただ家に近いだけの普通の学校だった。 

 時間が流れるままに漫然と毎日を過ごしてばかり。とどのつまり、端羽弘という人間は平凡からの脱却を望みながらも何もない現状に甘んじる。そういう奴だった。


何回も何回も履いた学生ズボンをベルトで緩めに締める。


「……そうだ、封筒」


 棚の上に置かれた小さめの封筒を開いてみると、中にあったのは一枚の手紙だった。


 『あなたは私たちのプロジェクトに選ばれました』


「これだけ……?」


 手紙をめくって裏を見ても、それ以外のことは書かれていなかった。


「しょうもな」


 おかしな手紙をくしゃっと丸め、ゴミ箱に投げ入れる。


 そう。入学してからの数ヶ月というもの、ヒロの毎日は変わり映えという概念を知らないように同じ景色ばかりを見せてくる。


 ——ただ、それも今日この日までのことだった。



 制服に着替えたヒロは目玉焼きトーストとサラダを牛乳で流し込み、鞄を提げて徒歩圏内の高校に向かっていた。そして今は信号待ち。


「こんだけ暑いと頭がどうにかなりそうだぞ……」


 駅前の交差点には大勢の人々が行き交っていた。焼けつくような真夏の陽ざしが道路一面に照りつけ、熱されたアスファルトは少し焦げたような匂いを放つ。鳴きしきるツクツクボウシの声に混じって、中高生の聞き取れそうで聞き取れないざわめきが耳をついてくる。


 時間大丈夫か?


 登校時間がギリギリだったため歩道橋を使って道路の反対側へ渡ってしまおうとも思ったが、これだけ暑いと体力的にきつかった。やむなく青空の下で立ち止まり、額から汗を流す。

 ぼーっと視線を上げると、歩道橋の手すりに座った中学生くらいの金髪金眼で白いワンピースの少女がいた。手すりから足を投げ出し、ただただ空を見上げている。

 ヒロは幻のような姿にその場に立ち尽くした。

 その時少女と一瞬だけ目が合った……ような気がする。


 綺麗だな。

 特別どこがいいなんて少し離れていて分からなかったが、彼女が纏う空気、存在そのものがそう思わた。

 すると突然、彼女は糸が切れた操り人形のように後ろに倒れた。


「あ、あれ?」


 歩行者用信号は何事もなかったように青色に変わる。カッコー、カッコー、と鳥の鳴き声を模した音を垂れ流されると、人の波が一気に動き出した。


 これはやばいんじゃないのか。どうにかしなければいけないんじゃないのか?


 少女がどうなろうと、正直ヒロには関係ない。ないはずなのに、周囲と自分の反応の乖離かいりからか動揺しまくっていた。

 ヒロは挙動不審とといった感じでその場で足踏みすることになる。


 限りある青信号の時間を使ってどうしたものかさんざん躊躇った挙げ句、信号が点滅してやっと諦めが尽いた。

 少女の倒れている歩道橋まであたふたと駆け上がると、鬱蒼うっそうとした人波から解き放たれる。

 横断歩道ができてからこの歩道橋の利用者はめっきりいなくり、利用者はゼロと言ってよかった。

 とすれば、今日の利用者は0+2でヒロと少女の二人しかいない。


 仰向けに倒れている意識のない少女に駆け寄った。まだ幼さを残す少女はそれでもなお神秘的で、思わず見惚れてしまうそうだった。ひとまず片膝をつき、覗き込むように話しかけてみる。

「おい、あんた大丈夫か」


 短く纏まった透き通る様な金髪、西洋人形みのある生え揃った睫毛、果実のような唇、しなやかな鎖骨、微かに上下する胸。

 本当ならば興奮してしまってもおかしくないのに、それ以上に一種の神威かむいめいたものを感じていた。現実から足を踏み外してしまったような気がする。

 そう思ったとき——少女の目が見開かれた。


 突如、風景は写りの悪いテレビのようにブロックノイズに浸食されていく。周囲のざわめきは消え果て、青空も、ビルも、足下も、世界が剥げ落ちた。



―――――――――――――――――――


本来はカクヨムに投稿する予定はありませんでしたが、人に見せずに書き溜めをやることがけっこう怖くて試験的にカクヨムに上げています。

至らない部分が多々見受けられるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

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