GPの風になりたい

秋峰

第1話

おれはTNK(たなか)GP。

風のように駆けることを夢見ている。

俺の敵は、日本勢だけでもホソダ、ススキ、ヤマダなどがいる。

俺は田中 太郎という道楽社長のバカによって造られたバイクだ。

この馬鹿は、バイクの空力に最も大事なカウル部分を、この方がかっこいいという理由で、前方に二つ角をチームの人間に生やさせた。

チームTNKの連中はもちろん反対してくれたが、意見は通らなかった。

どんな美的センスしてんだアホが。

不幸だ。

チームTNKにも、メカニックは一応いる。

馬鹿社長の知り合いの、中古バイク専門販売店のおやじや、近くの自動車修理工場のおっさんばかりだ。

俺のエンジンはそれなりだと思う。

これが俺の唯一自慢できるところだ。

だから、エンジンはもっと責めた設定にしてほしい。

これじゃ、市販のバイク並だ。

おっさんたちよ、自分はGPバイクのメカニックだというなら、もっと勉強してこいっつうんだ。


あしたは、地元のもてぎサーキットで走る。

少しはいいところを日本のファンに見せてやりたい。

俺のファンは、判官贔屓のファンばかりだが。

なんか競馬にも似たような馬がいた気がする。

敵のメカニックたちは、休むことなくエンジンの微妙な調整などをしている。


「そろそろ、調整始めるか」


おっさんたちが来たようだ。


「俺よう、メカニックになれて幸せだぜ。田中の社長に感謝だな」


俺は不幸だ!

おっ、ブレーキの調整をするのか?

、さっそk

「おい、ブレーキはこんなものかなぁ」


それはいくらなんでも、効き過ぎだろ、おっさん。

そのとき、チームのライダー知念 智也(ちねん ともや)がやってきた。

おい智也、こんなのブレーキ効き過ぎだ。下手くそが、と言ってやれ。


「うん、もうちょっとかたい感じがいいかな」


あほか!

お前勝つ気があんのか!


「お~い、アクセルはどうだ~」

ブォンブォンブォン

「うん、いい感じ」


あほ~!

お前の腕じゃ、そんな微調整できんだろが!


「回転数はどうだ?」

「こんなもんじゃね」

「よし、調整終わり。おつかれさ~ん」


おい、もうおわりかよ。

他のチームを見習え!


「ふふ、俺たちの仕事は早いな」

「そうだな。ガハハハハハ」


おっさんは馬鹿か。

いい加減すぎるぞ!

そんなことは勝ってから言え。

いつもビリッケツのおっさんたちが言うな!!


こうしていつものように、おっさんたちのTNK GP(俺)の調整は終わった。


予選レース当日


今日はレース日和の晴天だ。

智也の腕はともかく、今日は地元のレースだ。

こいつらの手助けがなくとも頑張ってやる。

まずは予選だ。


「ふふ、今日こそはいいところを見せてやるぜ」


おっ、今日はやる気なのか?


「あいつにも、いいところを見せてやらねえとな」


そうか、彼女が見に来てんだな。

そりゃいいところを見せないとな。

おっ、さっそく1回目いくのか。

まだ、道は温まってないけどな。

やる気があるなら、がんばれ智也。

1週目はタイヤを温めろよ。

お、おい、直線だからって、アクセル開けすぎじゃないのか。

お、おお~カーブの手前でスピードを落とすのか。

しかし、差があり過ぎるんじゃないのか。

このままじゃ、予選用タイヤがもたんぞ。

まあいい、2週目だがんばれよ。

しかし案の定、2つ目のカーブでタイヤはボロボロになった。

そして、智也はピットインした。


「このタイヤは、相変わらずだめだな」


あほ、お前がダメなだけだ。

ピットの前を他のバイクたちが通る。

「いつもたいへんだな。お互い頑張ろうな」

ヤマダはいいやつだ。

俺の数少ない友達と言っていい。

「お前んとこのメカニックダメダメだな」

これはほんとうのことだ。

ススキの奴に言い返す言葉が見つからない。

1番嫌な奴のエンジン音が聞こえてきた。

「おいのろま。今日は何周遅れになるか楽しみだな。は~っはははは」

これも本当のことだが、嫌みなホソダは大嫌いだ。

それから、外国勢も何か言ってくるが、何を言ってるのかさっぱりだ。

そんなときは、俺は言い返す。

ば~かば~かお前なんか早いだけの能無しだ、と。

予選が終わると、やはり俺は定位置になった一番後方からのスタートだ。


明日の本線ではクラッシュに巻き込まれないようにしなければ。


本戦当日


お、おい。

おまえ、なんか変だぞ。

鼻息が荒いぞ。

そして、スタートランプがともった。

こ、こら、アクセル開き過ぎだ。

ぐるんっ!

智也がアクセルを一気に開けすぎたため、その場で1回転してしまった。

完全に独り相撲だ。

この馬鹿が。

だが、俺に異常はない。

アホみたいに重く堅いカウルのおかげで。

他の奴らはもうとっくに見えないが、智也はあきらめない。

俺を起こし乗ると、アクセルを開く。

恐々と。

走り出すと智也は目いっぱいアクセルを開く。

いけいけ~、いいぞ智也~

あ、あれ?

まだ第一コーナーは先だぞ。

智也は、俺を寝かせることなくカーブを周って行く。

そして直線に入ると、またアクセルを思い切り開ける。

カーブに入ると俺をほとんど寝かせずに回って行く。

1周する頃には、先頭が見えてきた。

先頭はいけ好かないホソダだった。

おい、そこどけ、邪魔すんな!

す、すまん。こいつが。

うるせえ!ライダーのせいにすんな!

ホソダの奴は、カーブにもかかわらず、俺をあっという間に抜き去った。

ライダーのせいにするなって、俺にはどうにもできないんだよ。

こんな俺が何故走っていられるかというと、前にも言ったが判官贔屓のコアなファンが多くいるからだ。

レースが膠着したときなんかに、俺をみんなが抜き去ってゆくことで、バイクがバイクを抜き去る瞬間が多くみられるのが、コアなファンには面白いらしい。

俺はちっとも面白くはないんだが。

後半になり、雨がぽつぽつ降ってきた。

ライダーたちは、ピットに入る者、入らない者に分けられた。

智也は入るほうだった。

コイツにレイン用タイヤを履かせても何も変わらないと思うのだが。

そんなこんなで、レースが終わるとホソダの奴が優勝していた。

俺が何周遅れの完走だったのかは、誰も数えてなかった。

こうして俺の凱旋レースは、幕を閉じた。


チームTNKには、財力だけはある。

そこで今回のレースを見て、田中の馬鹿社長は智也のレーサーとしての腕を磨かせることにした。

俺としては、メカニックの方も何とかしてほしかったが。

レース場は貸し切りだ。


「もっとアクセルを開け!」

「もっとバイクを寝かせろ」


その通りだ。

だが、今の智也にそこまで求めるのは、気の毒だ。

二つほど疑問がある。

なぜそんなにコイツにこだわるのか。

それはすぐに解決した。


「やあ、太郎君。智也はどうかね」

「は、はい会長。いま、ライダーとしての腕を上げるため、特訓しています」

「君の甥っ子でもあるのだ。よろしくたのむ」

「はい、かいちょう」


ああ、そういうことか。

馬鹿社長の甥っ子だからか。

ちょっと待て、もしかしたらこの爺、智也の


「あ、おじいさん。来てたんですか」

「久しぶりだな智也。お前はわしの自慢の孫じゃ。レーサーの孫を持つやつは、わしの周りには一人もおらん」


やっぱりか~

智也をレーサーにしようと思ったのはお前か爺さん!

向き不向きを考えやがれ!

それともう一つの疑問は、あまり遅い奴が走れないようにするために、107%ルールというのがあった。

それがなぜ、智也に適用されないのか。

こいつらを見てわかった。

金で何とかしたのだろう。

まあ、それはそれでコアなファンが増えたので、主催者なんかもこのことには目を瞑っているのだろう。

汚い大人の世界だ。

汚ねえことを知らない智也は、それなりに頑張り普通のツーリングライダーと呼べるくらいにはなった。

次のレースには間に合ったことにはなった。

次は、最古のサーキットともいわれる、イギリスのシルバーストーンサーキットである。

今までのサーキットでも場違い感が半端じゃないのに、もう考えただけで恥ずかし死にしそうだ。


1日目はフリー走行。

予選に向けての、問題点を見つけて調整を行う。


やはりおっさんたちはいい加減だ。


「ブレーキはこんなもんでどうだ、智也」


スカスカ過ぎるんじゃないか。

だが、智也はうんいい感じって、いつもの答えだろ。


「えっと、もう少し固くして」


どうした智也、初めて注文なんかして。

少しうまくなって、ライダー気分に目覚めたのか。


「アクセルはどうだ?」

「硬すぎかな」

「わかった」


おお~っ。的外れだが、智也の奴が注文を出している。


「これでどうだ」

「うん。アクセルもブレーキもばっちり」


ばっちりではないけどな。


「よし、調整終わり。ホント俺たちは仕事が早いな」

「ほんとだぜ。他のチームの奴らはなにやってんだか」


だから、そういうことは、勝ってからぬかしやがれ。


2日目。


予選か。

おっ、もういくのか。

よし、いけ!


ブォンブォンブォンブ~ン


ピットを出ると、ブレーキを掛けたりスピードを上げたりしてタイヤを温める。

以前は温めすぎてすぐにボロボロになったタイヤも、一応普通に走れる程度にはなった。

タイムもそれなりに伸びた。

コアなファンからは、どよめきが起こった。

ヤマダがピットの前を通っていく。

「お前のライダー少しましになったみたいだな。どんなにいいマシンでもライダーがダメなら、俺たちはどうしようもないからな」

「まったくだ」

「お互い頑張ろうな~」

ススキの奴が来た。

「少しだけ早くなったな。まあ、ライダーがあれじゃだめだろうがな」


うぐっ、言い返せない。


「うっさい。はやくいけ!」


ススキは口は悪いが、俺のことは悪く言わない。

だがあいつは、


「おい、あれで早く走ったつもりか。まあ、のろまなお前によく似合ったご主人じゃないか。ガハハハハハ」


こ、この、ほんと憎たらしい奴だな。

予選が終わると、やはり定位置だった。

明日の本戦、少しはましに走れそうだ。

他のチームは作戦や、バイクの最終調整をしている。

だが俺はしてもらえない。

エンジンは掛るか。

おっけ~だいじょうぶ。

それで終わりだ。


そして本戦、俺と智也はスタートラインに着く。

ブォンブォンブォン

ランプが青になる。

智也も何とか食らいついた。

よし、いいぞ。

このままついていけ。

先頭から次々とカーブに差し掛かる。

クラッシュしそうになるくらいの接近戦だ。

智也は接近戦を避けたのか、カーブが怖かったのか、大分手前からスピードを落とした。

多分怖かったのだろう。

ライダーたちは、バイクを自分の手足のように操り、バイクを寝かせて走る。

智也も俺を寝かせるが、ツーリングをしているようだ。

しかし、ここからの智也はいつもと違った。

直線に入ると思い切りアクセルを開けた。

カーブに入ると、以前は必要以上にスピードを落としたが、まあ、それなりのスピードで回って行く。

そのたびにビジョンに智也が映り、歓声が上がった。

しかし、遅いことには変わりない。

直ぐに先頭集団が追い付いてきた。

先頭はホソダ、それをススキヤマダが後を追う。

少し離れたところで、外国勢は様子を見ている。

そんな集団は、いつものように俺を抜き去って行く。

中盤になっても、先頭集団から脱落者は出ない。

順位が毎週のように入れ替わっているが。

後半に入ると薄暗くなり、すぐに暗雲が立ち込め雨が降り出した。

以前の智也なら、すぐにピットに入っただろうが、今日は入らない。

このまま完走するつもりらしい。

それから数週もしないうちに、フラッグが振られていた。


「も、もしかして、俺が優勝?ほかにバイクは見当たらないし。ひっくひっく。

や、やっと優勝できた。ひっく」


泣くほどうれしいのか・・・

何も言えない。

可愛そすぎる。

ほかのライダーたちはピットに入っているし、あのフラッグはレース中止のフラッグなんて。

雨はこのまま降り続け、智也の涙の勘違い優勝は幕を閉じた。

レースは順延し、本命のホソダが優勝したのだった。

あんなに泣いて、あいつは優勝出来るほどの腕があると思っているのだろうか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る