【書籍版発売記念SS】侍女ハンナの日常

 私はハンナと申します。シュタルク公爵家に仕え、エミーリアお嬢様の侍女として働いております。

 父は料理長を務め、母も同じく公爵家で働かせていただいておりますので、当然私も幼い頃から公爵家の離れにある使用人部屋で過ごしておりましたし、お嬢様のことは小さな頃から存じ上げております。

 ええ、それはもう、本当に小さな頃から! 語り始めると止まらなくなりますので、そのあたりは割愛させていただきますが!

 そのお嬢様がついに婚約、来春には結婚するというのです。嬉しいのやら、切ないのやら……。いえいえ、お相手はこのアイゼンシュタット王国の国王陛下ですもの。喜ぶべきなのでしょう。


「ねぇハンナ……! どこかおかしなところはない?」


 陛下にお会いする日のお嬢様は、いつも朝から大慌てです。昨晩のうちにドレスも決めているのですが、当日になってもまだ悩んでいらっしゃいます。

 髪飾りはどれがいいか。靴はどの靴が似合うか。お化粧は? 香水は? 恋する乙女は悩み始めるとキリがありませんね。

「大変可愛らしいですよ」

「本当に? 嘘はついていない?」

 じぃっとこちらを見つめてくるお嬢様。私がお嬢様に嘘をついたことがありますか? ……ありましたね。小さな頃に夜更かしするとおばけがやってくるんですよ、とか言って脅かしましたものね……。

「お嬢様はいつだって大変可愛らしいです」

 しかしこればかりは嘘ではありません。うちのお嬢様は誰よりも可愛らしいのです。

「嬉しいけれど、それじゃああまり参考にならないわ……」

 むぅ、と頬を膨らませるお嬢様は噂されるような完璧な令嬢とは程遠いかもしれませんが、そんなお姿がとても可愛いんですよ。こんな顔が見られるのは使用人特権ですね。

「陛下もきっと、お嬢様がどんなドレスを着ていようと可愛らしいと思ってくださいますよ」

 先日、お嬢様はついに、ようやく、陛下との恋を成就されたらしいのです。まったく、お嬢様の魅力に気づくのにそれだけ時間がかかるなんて、陛下もなかなか鈍感ですね。お会いしたことはありませんが。

「そ、そうかも、しれないけど……」


 おや。

 おやおや?


 以前のお嬢様なら「陛下がそんなことを思うはずがないわ」というような類の言葉で私の発言を否定するはずなのですが。

 頬を赤らめ、恥ずかしそうにしながらも認めるなんて……!?

 ……陛下もなかなか攻めていらっしゃるんでしょうか。近頃はこまめに陛下から手紙が届きますが、いつも花が添えられたそれはそれはうつくしい手紙なのです。そりゃもう、その手紙からすら愛情がダダ漏れという感じの。

 だって最初は、おそらく季節の花をただ添えていただけだったのだと思います。しかしどうでしょう。近頃はどうにも意図を感じてならないのです。

 最初に気づいたブルースターは『幸福な愛』という花言葉。まぁ偶然かしら、と思いました。公爵家の侍女たるもの、花言葉くらいは頭に入っております。恋の駆け引きにはつきものですからね!

 でもそのあと、予定が合わずに陛下とお嬢様がお会い出来なかった週に届いた手紙に添えられていたのはブーゲンビリア。花言葉は確か『あなたしか見えない』というもので――びっくりするほど情熱度があがっていました。会えない日々が愛を育てるといいますものね。

 そして、よく添えられている赤い薔薇なら『あなたを愛しています』ですもの。陛下が手紙に添えていらっしゃる小さな愛に、お嬢様が気づいているかはわかりませんが……聡明なお嬢様ですから、もうお気づきなんじゃないかしら。

「お嬢様、そのドレスなら髪にはこのリボンにしましょう! 口紅はこちらの淡いピンクがたいへんお似合いです。暑いから帽子も必要ですね、髪を下の方でまとめて邪魔にならないようにしましょうね」

「え、ええ……ハンナに任せてもいいかしら」

「もちろんです! すぐに終わりますからね」

 最高に可愛いお嬢様にしますからね!

 髪飾りはクチナシの花を模したものを選ばせていただきました。さてさて、陛下はクチナシの花言葉をご存知かしら?


 ――私はとてもしあわせです。


 きっと、今のお嬢様ならそう告げるでしょうから。


「終わりましたよお嬢様」

 ミルクティー色の髪に、造花のクチナシ。淡いグリーンのドレスに、白い帽子。夏らしく爽やかで愛らしい、お嬢様の魅力を最高に引き出せる装いで。

「ありがとう、ハンナ」

 ふわりと微笑むお嬢様に、私は誇らしげに微笑み返す。この笑顔が、私にとっては何よりのご褒美なのです。


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