急造の連携プレー


 男達は分厚い防弾チョッキでも着込んでいるらしい。自動小銃の威力では彼等をむせさせることしかできない。そう判断した真信と静音は早々に銃を捨て近接戦へともつれこんでいた。


「思ったより訓練されてるな、こいつら」


 静音の背後に迫った男を牽制けんせいして、真信は呟いた。同意の代わりに一閃が頭の横を通り過ぎ、鼻の頭を潰された男の小さな悲鳴を作る。


 呼吸を合わせて互いの死角を補い合う。一寸の狂いもなく閃く刃の動きは、平賀での生活で培った二人の連携れんけいそのものだった。


 真信は男達の間を遠く人影が走り抜けていくのを視認する。つい一瞬そちらに気を取られてできた隙を、静音が素早く身体を滑り込ませ埋めた。


「気になりますか」


 小さな問いに、真信は頷いた。


 運動公園の端の方で、奈緒が綾華りょうかとやりあっている。


 二人の少女は互いに罵倒し合いながらしのぎを削っているようだ。怒鳴り声がここまで響いて来る。


 氷向綾華の実力は平賀の戦闘員と遜色そんしょくない。遠目でも分かる。奈緒が圧されている。


「……静音、こっちは任せていいか」


「はい。お望みとあらば。私一人でも殲滅せんめつしてみせましょう」


 二人にしか聞こえない指向性を持った会話の後、大きく弾かれた男の脇をすり抜け、真信は包囲から離脱した。





「どうして裏切った」


 金属の擦れ合う嫌な音と共に、そんな冷ややかな言葉が耳に潜り込んでくる。坊主憎けりゃ袈裟けさまで憎いとは言うが、どうして嫌いな人間の声というのはこれほど嫌悪感を湧き立たせるのか、奈緒は不思議でならない。


「どうしてよりにもよって平賀の人間と。あんな悪党たちとなんて気が知れないわ」


 ありありとした侮蔑と共に、綾華がまた一歩踏み出す。ナイフにも似た片刃の山人刀さんじんとうを受け止める奈緒のナイフが根元からきしみを上げる。奈緒は歯を食いしばって、どうにか前傾姿勢を取り続けた。


 後ろに倒れれば終わる。たとえ山人刀の刃が目前まで迫り額を裂こうと、下がるわけにはいかない。


「アイツらさえいなければ、私は幸せに生きられたのに!」


「親が横領で手に入れた人様のお金で、でしょうが!」


 ナイフからパッと手を離し身体を屈ませ、前のめりになった綾華の腹を別の隠しナイフでぎ払う。奈緒の動きに気づいた綾華は飛び込みの要領で奈緒の背を超え、芝生の上を転がった。


 奈緒は舌打ちを漏らした。さっきからこうだ。どれだけ奇をてらっても、布一枚切り裂いて逃げられる。今一つ決め手が足りない。


 起き上がった綾華は怒りを隠すことなく怒鳴り散らしてくる。


「それの何が悪いのよ! サラリーマンの給料だって元は他人の金なのよ!? 働いてんだからちょっとくらい欲を張ってもいいじゃない。幸せを追求することの何がいけないってのよ!」


「このバカ。論理の飛躍ひやくって言葉調べてこい!」


 じりじりと距離を測りながら奈緒は自分の状態を確認した。


 拳銃は空になり、仕込んできた暗器も九割使ってしまった。体調も怪しい。息が上がり膝は笑っている。このままでは一生勝てない。そう冷静に分析できてしまう自分が嫌になる。


「木蓮奈緒。似た境遇きょうぐうのアンタは信用してたのにっ。キサマも結局悪人なんだ!」


「はっ、自分に都合の悪い人間は全部悪人ですか。そりゃご立派な正義様ですねぇ!」


 額から流れ落ちてきた血を手首で拭い、奈緒はもう一度構える。かなわないと知りながら、引くわけにはいかない意地があった。


(にしても強すぎる。なに食べたらこんなすばしっこいゴリラになるかなぁ!?)


 飛び道具は向こうも使い切ったようだ。闘牛もかくやという勢いで殴りかかって来る。大振りのストレートを躱した奈緒は拳の風圧に体勢を崩した。


「やばっ――――」


 綾華は手に持った大きめの山人刀さんじんとう躊躇ちゅうちょなく振り下ろしてくる。


 真っすぐ奈緒の腹に喰いつかんとした刃は、しかし横から跳んできた堅い靴底に弾かれ軌道を変えた。


「まっ――」

「キサマ!」


 真信が二人の間に飛び込んできたのだ。


 着地した真信が銃弾を放ち綾華が飛び退すさる。人数が増えたことで警戒しているのだろう。すぐには突撃してこない。


 体勢を立て直した奈緒は、自分を庇うように立つ真信の背中に怒鳴った。


「なんでこっち来てんですか! どうせなら深月先輩のほうに行くべきでしょアホですか!? あっちはこっちの倍は敵がいるはずなのにっ」


 これだけ派手に暴れてなぜ綾華達に救援が来ないのか。それは運動公園の周囲に待機している増援部隊を、深月や竜登りゅうとたちが足止めしているからだ。


 事前に綾華から打ち合わせと称して情報を引き出しているので、潜伏場所は分かっている。警戒されないように控えは最低限の人数でと指示したが、実際に綾華がどれだけ連れてきたかは分からない。


 不確定要素の数から考えても、心配すべきはそっちのはずだ。


 しかし真信は奈緒を安心させるかのように微笑み、ナイフを構えた。


「深月には千沙ちさがついてるから平気だよ。それより見てたけどあの子、尋常じゃなく強いね」


「ふんっ、コイツはゴリラなだけです。そしてあたしは森の人との戦いは経験ないんでちょっと手こずってるだけです」


 また助けられたことと気を使われたことが悔しくて、奈緒は強がりを口にした。


 軽口を叩くことで心にゆとりが生まれる。奈緒は投擲とうてきナイフを握り直して浅く深呼吸した。


 腰を落とし、真信と同時に走り出す。


 最初の一撃は真信だった。真上から大きく振りかぶったナイフを突き立てるように落とす。綾華が後ろに下がってそれを避けた所で、回り込んでいた奈緒が足払いを仕掛ける。


 綾華はそれをバク転で避けて、ついで真信の二撃目を蹴り上げた。


 奈緒が真信の腹に体当たりするようにして押す。少年の目の前を山人刀の切っ先が通り抜け、前髪を数本かっさらって行った。


 一瞬の攻防。だからこそ、力量が明白であった。


「ごほっ。ごめっ、ありがと」


「いえいえどういたしまして~。どうします? これ二人でもきつくないですか~?」


 綾華はそこで始めて真信の顔をちゃんと見たらしい。顔を強張こわばらせ、不躾ぶしつけにも刃で少年の顔を指し示す。


「お前は平賀真信! 知っているぞっ。平賀の関係者だな」


「そうですけど」


 当主の息子とまでは伝わっていないようだ。


「お前、お前らさえいなければ私はっ。こうなったら殺す。お前に取り入って平賀の本拠地吐かせるつもりだったけど、関係ないわ。ここで殺す。絶対殺す。あたしの幸せを奪った罪を償っていけ悪党!!」


 それこそ悪党のような凄みのある顔で、綾華がその場で刃を振るう。あんなに刃渡りの小さな山人刀が盛大に空気を切り裂く爆音が鳴る。


 真信が後ずさりしているのを見て、奈緒は口の端でニヤリと笑った。


「おっ、こんなに熱烈な殺意アプローチは始めてですか~先輩」


「うん、実を言うとちょっと怖い」


 真信も思わず苦笑を零し、並んで呼吸を整える。すると二人の様子を見ていた綾華が何かに気づいたように肩眉をつり上げ、奈緒を睨んだ。


「わかったわ。アンタ、その男にほだされたのね? 恋慕ってやつでしょう」


「は……」


 突然の言葉に、奈緒は一瞬正気を失いかけた。しかし意識とは関係なく血が頭に上る。頬を染めた奈緒の中で、羞恥とも怒りとも取れぬ感情が爆発した。


「っはぁー!? 誰がこんなゲロ男! ふざけんな冒涜ぼうとくですよ! てか、あたしはむしろ深月先輩にほだされたんですぅ~!」


「どっちにしろ自慢になってないわよ!」


 珍しく正当な指摘をしてから綾華は唾を吐き捨てた。


「アンタみたいに生き残ったことに罪悪感を抱くような弱い人間は、結局そうやって楽なほうに逃げるのよね」


 蔑むような視線に、奈緒はどきりして胸に手を当てた。

 逃げているつもりはない。しかし罪悪感を捨てきれず、自分の行動を縛っているのは確かだ。


 幸せを知るたびに、家族からそれを奪った世界が許せない。自分だけ生き残ってその幸せを享受きょうじゅしているのが怖くなる。たとえその幸福が演技であろうと、関係ない。


 今も自分の影から這い出た家族の怨念が、奈緒の足に絡んで引きずり込もうとしているような――。


「違う。逃げてるのはお前のほうだ」


 腹の底からの低く熱い声に、奈緒ははっと顔を上げた。溢れる怒気を隠しもせず、真信はぎらつく瞳で綾華を射抜くように睨む。


「背負うべきもの全部無視して自分のことしか見てないようなお前の価値基準で、奈緒を語るな」


 鳥肌が立った。普段の少年からは想像できないほど荒々しい口調に変わっている。その身から発せられる覇気は、見る者を凍り付かせるのに十分だった。


「奈緒は弱くない。お前なんかよりずっと強い!」


 言い切って、真信は綾華の頭を狙って拳銃を構えた。綾華は少年に睨みつけられ動くことができないでいる。


 勝負はここに、命の終わりで幕を閉じる。誰もがそう思った刹那、甲高い笛の音が鳴り響いた。


 奈緒も真信も何事かと気を逸らしてしまう。


 それは何かの合図だったらしい。我に返った綾華は、苦悶を浮かべながらも戦闘態勢を解いた。


「くっ――。変更……順番変更よ! 呪術者と平賀を掃討そうとうする前に、私を馬鹿にしたお前らから必ず、正義である私の手で断罪してやる。覚悟しておけっ!」


 綾華が袖から取り出した円筒の紐を引っ張る。すると筒から白い煙が噴き出した。


 煙幕だった。自分の姿すら見えないほど煙が濃い。真信と奈緒は咳き込みながら綾華の姿を探す。


「逃げられた……」


 真信が呟く声がする。

 煙が晴れるころ、そこにはもう誰の姿も無かった。


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