時に残酷なこの世界で生きるなら

朱音海良

第1話

村の外れにある小さな家につくしは住んでいた。幼い頃に両親を失ってから村人たちに助けられながら暮らしていた。

そんな彼女が森で木の実を探している時に出会ったのが長い髪に赤い瞳の娘だった。木の下に座り込みどこで負ったのか体中に怪我をして荒く息をつき、自分を見つけたつくしに気付くと目を伏せ諦めたような顔をした後気を失ったのかその場に倒れ込んだ。つくしはその娘をどうにか自宅まで連れ帰り自分のベッドに寝かせ介抱した。

次の日、つくしが朝支度を終えようとする頃に娘は目覚めた。2回ほどゆっくりと瞬きをした後ベッドから跳ね起きた。

「あ、目が覚めたんだね、よかった。こんな物しかないけれど、少しは食べられる?」

怪しむように睨みつける娘につくしは柔らかく話しかけ豆のスープを器に注いだ。

「そんな目してないでこっちに来たら?私はつくし、あなたはなんて名前なの?」

椅子に腰掛け向かいに座るよう促すと娘は戸惑ったような顔をしたがその後ゆっくりとテーブルに近寄りスープとつくしを交互に見つめ、ふぅと短く息を吐き少し笑った。

「あ、えっと…助けてくれたんだよね、ありがとうつくしさん。わたしはかいら。ごめんね、盗賊に襲われて逃げててそいつに捕まったのかと思って怖くて…」

「そうだったんだ…町の方にはたまに盗賊が出るって聞いたことがあるから、そっちの辺りからここまで逃げてきたんだね。もうちょっと怪我が治るまでうちに居て構わないから。」

出されたスープを飲みつつかいらは自分の怪我を見て怪我を負ったときの事を思い出したのか目をそらした。

「悪いけどそうさせてもらおうかな…でもここで何か出来ることがあれば手伝うよ。」

「じゃあお花の世話を手伝ってもらう!」

「お花…?」

かいらが器をキッチンに置くとつくしは扉を開けた。陽の明るさに目が眩む。そのまま2人で外に出ると小さな白い薔薇がいくつか咲いておりつくしは花の前にしゃがみ土の湿り気を確認した。

「お花を売るのがここの村の主な収入なんだ。うちが育ててるのは白薔薇なの。」

「ふぅん…水をあげればいいの?」

玄関先に置いてあったじょうろを見つけ拾い上げたかいらはキョロキョロと水を汲む場所を探した。

「あぁ、井戸は村の真ん中にあるんだよ。一緒に行こう。」

「つくしさんの家は村のどの辺なの?」

「うちはちょっと離れてるんだよね、村のみんなの家は少し先にいくつかあるよ。どうして?」

「周りに家ないなーと思っただけだよ。それより井戸まで案内してよー。」

じゃあ行こうか、とつくしがバケツを手に取り歩き出しかいらはそれに続いた。木の枝から小鳥が飛び去り揺れた木から葉がはらはらと落ちかいらの頭に乗るとそれをつくしが笑いながら払った。

「羽根があったらああやって飛べるんだよね、かいらたんはさ空を飛びたいって思ったことない?」

「何その呼び方…」

「嫌?」

「別に…そういう訳じゃないけど」

長い髪の隙間から赤い頬が見え隠れする。

「ふふふ、ねぇ空を飛びたいって思ったことないの?」

「えー…そうだなぁ…」

木漏れ日を顔に浴びるように空を仰ぎ見てかいらは答えに困っているようだった。考えあぐねているかいらにつくしが切り出す。

「私はあるよ。父さんと母さんが死んだときにね、無性にここに居たくなくてどこかに飛んでいきたいって思ったんだ。」

持っているバケツに視線を落としつくしは足を進める。バケツの金具が擦れる音がする。

「どこかって?」

「わかんない。あの家とこの村じゃないところならどこでもよかったし。」

「ふーん…今は思わないの?」

かいらが尋ねるとつくしは目を合わせて薄く笑い、「どうかなあ」と答えた。と、つくしが目線を外し前を指差すと灰色のレンガに囲まれた丸い井戸が見えた。

「井戸はここだよ、お水汲んで帰ろうね。」

釣瓶を降ろし水を汲んでいるとエプロンをつけた女が話しかけてきた。

「まぁ、つくしちゃんこんにちは。あら?その子は?」

「おばさん、こんにちは。この子はかいら。盗賊に襲われて怪我してるからうちにいるんだ。」

「どうも……」

つくしと仲の良いの村の女を避けるようにかいらはつくしの後ろに隠れた。

「あらっ、人見知りなのね?」

「あはは…そう、なのかな?じゃあおばさん、またね。」

つくしは女にお辞儀をし、来た道を戻る。かいらもその後を足早に追っていく。

「なんでさっき隠れたの?」

「……盗賊の可能性がある」

「ないよ!あの人は普通のおばさんだよ。」

「えへへへ~」

「まったくもう…」

2人が冗談を交え家路を辿る姿を見送り水を汲んでいた女は近所の女に話しかけられていた。

「奥さん、聞いた?町に悪魔が居たらしいわよ。」

「えぇ、悪魔って…あの?」

「そうなのよ!神父様が追い詰めたらしいんだけど、取り逃したみたい。」

「まぁ!嫌ねぇ、怖いわぁ…」

上げられた釣瓶がカタカタと風に揺れる。その風は家に向かうかいらとつくしにも吹く。ふわりと揺れるスカートが重なりあう距離で2人は眩しい日差しの中を歩いて行く。

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