終焉の幕

―最終地点まで残り10分を切りました―



 無限に続く黒煙と炎の嵐。けれど神のように見下ろす僕達には叫び声など聞こえるはずもなく、ただ静寂に包まれ唯一あるのはこの人工的なアナウンスのみだった。



 隣の例外は除いて。



「ホシが見えてきたぜ。あの群を抜いて高いビルが今回の標的だ」



 爆煙と塵が入り交じるせいで地上の状況がよく掴めない。街の外形は全体的に見れば破綻しているように見えても大まかにはどんな街かは予想できた。


 整地された畑と工場の区画。家畜小屋のように連なる箱はどうやら彼等のホームらしい。


 僕らは右手のすぐ傍にある小さな突起を押すだけ。


 この些細な動作で全てが終わってしまう、命の灯火さえも消しさってしまうのだから。



 僕は不思議と自分の行いを悔いたりはしない。それこそ非人道だと思うかもしれないが、そんなことを言っていたら僕は生きていけないんだ。


 彼等が生き抜くために必死になって己の領地を守ろうとするように、僕も僕のために守る自己防衛本能に駆られる。



「木っ端微塵だな。これなら任務成功間違いなしだぜ」


 グレネードを無数に含蓄した小型爆弾は半径10kmの地域に渡って拡散していった。


無惨にも跡形もなく大地が焼け焦げたのは、まばたきをした直後だった。



 沈黙が続くコックピッド。自分が全く知らない他者を葬るのは幾度となくやってきた、けど今は話が違う。僕は口を開くことで何らかの労いの言葉を望んでいたのかもしれない。



「彼等は幸せだったのかな」


「さあ。俺が見たところ幸せそうには見えなかったけどな」


「まっ、今となっちゃ関係無いがな」



 上空まで音が届かなくても映像で戦況は把握できてしまう。それはつまり彼等の死に際、断末魔を想像してしまうことと同様だった。



「けど、僕は僕のやったことを後悔はしてない」



 これがいつもの僕の決まり文句だった。職業で人を殺める死神のような僕は、何らかの方法で自己肯定しなければ体がもたなかった。



 正確に言えば体ではない気もする。



「そりゃそうだ。いちいち他人のことなんて気にしていたら、その分働けって言いたくなるぜ」


「まるでブラック企業みたいだね」


「あーー、俺達の国の典型的だったアレか。他人のことまで気にする余地が貰えないってやつの」


「俺はそんなの御免だな」


「でも、君が言っていたのはそういうことなんじゃないか?」


「そうじゃない。俺は自分の命は自分で守れって言いたいだけだ」


「じゃなきゃ俺がここにいる意味が無いだろ?」



 僕は彼がここで生まれたという事実を忘れていたようだ。それほどこの光景が印象的なのかもしれない。


 彼は自らの故郷を自らの手と足で抜け出し、この過保護で紛い物の幸福に浸ることを選んだのだ。



「君はここに来ることを決めたのに、なぜ他の人達は故郷に住み続けることを選んだんだい?」



 ただ僕は情けないことに単純に感じてしまうその問いに罪悪感を覚えた。



「幸福のせいさ」



 呟く彼の言葉は重く、何かを思い詰めている気がした。



「俺達は奴隷のように働かせられた。鞭しかないとは言ったが、それだと人は働く意思というものが欠損する。簡単に言えば希望が無くなるとの表現が適当かもな」


「だから、ごく稀に自由に使える賃金が渡される。俺達はその金を貰うため、そんなちっぽけな目的のために働かせられんだよ」



 人をモノや人形のように扱う。僕はこの立場にいながらも許せない気がしてならなかった。


 だけど、彼はそれを察したのか続けた。



「人をコキ使って許せねえってか。だがそれも一理あるが俺達はもう後戻りが出来ない問題だ。こっちの人間にはそんなこと言う資格なんてもう存在しないのさ」


「それと言っておくぜ」



彼が何を言わんとしているのか、嫌でも分かってしまう気がした。なぜなら彼はその当事者で僕はその関係者でもあったから。



「俺達は目の前の幸福に浸りたいと願う。それはあいつらが自由に繋がる金のために働くのと同じだ」


「脆弱で非道で辛辣な人間でも希望や幸せを望まなくなったら、もう終わりだ」



「まるでカフカのようだね」


「あの絶望にまみれた男か?」


「そうだよ。彼も彼なりに生きる意志がなくちゃこの世界を生き抜けないって分かっていたのだろうね」



 僕らは個々に自前の希望を抱きながら、幸福を願っている。それは一つに集結なんてするはずがなく分散しているもの。



「よーーし、マイホームに帰るとしようか」



 彼は彼なりに己の人生の用途を決めているようだ。


 僕は無言で彼の合図に応え、暗闇に埋まった地獄をあとにした。


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