第14話、そうして記憶に刻まれた
「なっ……南雲ぉ!!」
一拍遅れて叫ぶ。
南雲が吹っ飛ばされた方向に血が滴り落ちた形跡がみられたから。
「とっさに張った結界が役に立たないとはな……妖術を使わずしてこれだけの戦闘力……かなりの腕だな」
南雲の身体によって薙ぎ倒された木々の間からやや分厚い結界に覆われた南雲が顔をだした。木々にぶつかったときに受けた傷なのか、右腕から生暖かい血がだらだらと流れている。
「あらあら、この程度で戦闘の枠に入るの?お遊びにもなりゃしないのに」
「……嘘ではないようだな。だが、相手が格上のやつなら尚更学園に近付けさせる訳にはいかない」
「そこに倒れてる金髪の子も同じようなこと言ってたわね。余程そのガクエンとやらが大事なのかしら?」
「まさか。学園長が暴れると手がつけられないからだ。あいつがどう思っているかは知らないがな」
一瞬だけ奥ヶ咲を見る南雲。
て、学園長暴れると手がつけられないって……
「別に、ガクエンとやらを崩壊させる訳じゃないから警戒しなくても良いのに。私達はただソウを見つけて郷に連れ帰ればそれで良いの。ただそれだけ」
また瞬間的に南雲の目前まで来る女は南雲の首を掴もうと手を伸ばす。
「だから、そこを退いて」
低く澄み渡る声を発する。
殺気が露になり、空気が震えた。
「そういう訳にはいかない」
南雲も首を掴まれる前に俺のいる場所まで飛び退く。そして俺を守るように仁王立ちし、呪符を両手に構えた。
女は南雲に急接近して右腕を突き出した。南雲は身体を仰け反らせそれを回避。そして瞬時に手刀の構えで南雲の隙をついて首を狙うも仰け反らせた勢いで放たれた南雲の回し蹴りによって手刀と回し蹴りが重なり相討ちとなった。
力が互角だったのか、手を下ろした女と足を着地させた南雲が距離をとって数秒睨み会う。
だがそれはほんの僅かな時だけで、二人とも直ぐ様次の攻撃体勢になる。
南雲は手中にある呪符を前に構え、詠唱した。
「彼の者よ集え。天を裂く刃が如く轟け。招来、陣雷奏(ジンライソウ)!」
女を中心に数多の細長い電気が発生し、やがてそれらが一体化して大きな雷へと変貌した。
バチバチッという自然が奏でる音とも捉えれる大きな雷は中心に佇む女を一瞬でのみ込んだ。
だが女は余裕たっぷりに右腕を振りかぶり、一言も発することなくいとも簡単に南雲の雷の術をパァンッ!という何かが弾けた音とともに散らした。
「氷銀華(ヒョウギンカ)」
次は自分の番とでも言うように右手を口元に添えてふうっと息を吹き掛けると、そこから氷の礫(つぶて)が空中に舞い踊り、交錯しながら南雲へと突進していった。
「速いっ………!!」
思いのほか目にもとまらぬ速さで急接近し、南雲の顔には焦りが見られた。そのせいで隙を生んでしまい、南雲は懐への侵入を許してしまう。
まるで花びらが舞うように氷の礫は南雲を囲み、小さな結晶だった氷の礫がやがて咲き誇る氷の華となって南雲に牙を向く。花びら1枚1枚が鋭い刃となり南雲の身体を刻もうと四方八方から狙い打ちされる。
呪符を片手に防御の結界を張り巡らせようとする南雲だが、まずいな。このままじゃ間に合わない。
「南雲っ!!避けろ!!」
俺がでしゃばっても何にもならない。だからこうして危機を知らせることしか南雲の役に立てない。
それが凄く悔しい。
南雲は一瞬だけこちらに視線を送り、俺の指示通りに結界は張らずにひたすら花びらの攻撃を避けた。
避けられた花びらは避けた南雲の黒髪を掠め、全て直線上にあった木に衝突した。
衝突した木々はまるで砂が音もなくサラサラと霧散するような光景だった。
その一部始終を目の当たりにした南雲は乾いた笑みを溢す。
「……本気で消す気か…」
南雲の額には冷や汗が酷く、呪符を握りしめる手が震えていた。
嘘だろ……漫画みたいに始めは威嚇するだけの軽い攻撃とかそんな生温いもんじゃなく、本気の本気で消すつもりのヤバイ攻撃を放ったとか……じゃあもしあの攻撃が南雲に当たっていたら……
考えるだけでゾッとする。
南雲に次の攻撃が繰り出されようとしたその時、すっかり存在感をなくしていた木にもたれかかる威圧感が半端ない男がその場を制した。
「………止めろ」
たった一言。
その一言を聞いただけで俺も南雲も萎縮してしまった。重く、低く、どこか冷酷で威圧のあるその声をもろに聞いたせいでそうなったのだろうか。
「あなた!何で止めるのよぉ~!」
ただ一人、そんな萎縮した空気の中平然と話す女。氷の花びらを消し、頬を膨らまして可愛く怒るその姿は普通の少女と変わりないものだった。
漆黒の長い髪を靡かせ、南雲から遠ざかり男のもとに向かって不満をこぼす女。……あの男への態度と南雲への態度がかなり違うな。やっぱり夫婦だからか?
「ここに、特別な力を持つソウはいない。だから帰る」
「えっ!?ソウの力を感知したって言ったのはあなたじゃない!」
「……感知したのは今朝の一瞬だけだった」
「何よ~もう!無駄足だったじゃなぁい!」
「すまない。まだここらにいるかと思ったんだが……期待が外れたな」
どうやら夫婦喧嘩をしている……らしい。会話の内容はばっちり耳に届いていたが、イマイチ理解できそうにない。
力を感知したってことだと思うけど、そうまでしてそのソウって妖怪に会いたいのかな。
「むぅ……じゃあ帰りましょ。ソウがいないのなら私達がいる意味ないもの」
「そうしよう。きっとまた会える」
あ、よかった。あの二人は帰るみたい。南雲は釈然としないみたいな顔してるけど、実力を見せつけられたんだ。無理に戦うことはしないだろう。
「命拾いしたわね坊や達。それじゃあね♪」
二人の周りには竜巻が発生し、中心の二人を導くように空中に散ってゆく。
俺と南雲はただただ見てるしかできなかった。
「なんだったんだろ……あの二人」
「……ただの妖怪という訳じゃなさそうだな」
呆然と言葉を発する俺達。
……手も足もでなかった、半端なく強い妖怪。
それはしっかりと俺達の記憶に刻まれた。
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