第12話、無力な少年


「……………え?」




その名前を聞いた途端、聞き間違えたのかと思った。



その名前は、今日編入してきたばかりの柳の下の名前と一致したから。


いや、だがしかし、ソウという名前はさして珍しいものじゃないし、違う生徒の名前なのかも。



だがそこでふと思い出す。


出会い頭のあの光景を。



人間にはかからないはずの術にかかったありえない光景を。







「心当たりがあるの?」



俺の微妙な表情の変化を読み取ったのか、雰囲気をガラリと変えて問いかけられる。


さっきの優しさのある瞳が、獲物を捉えるための目付きになってビクリとした。


笑顔はそのままなのに、目付きが鋭くなっていく。



「……どうしたの?心当たりがあるなら教えて?」



冷ややかな視線を俺に向けつつ再度問いかけてきた。一瞬ひるんだが、妖怪に情報を与えるつもりは毛頭ない。


こいつらの探してるやつが柳であってもそうでなくても、妖怪側に利益のありそうな話だと判断した以上、情報をもたらすのは駄目だ。



「……知らないな。よくある名前だから誰のことを言っているのやら」



よって俺の答えはこれだ。


俺のこの返答にどう行動するか。



「…………坊や、嘘ついちゃあダメよ?」


「ぐっ……あぁぁっ!!」



ダァン!!と、勢いよく真後ろの木に叩きつけられた。首をギリギリと締め付ける彼女の顔は笑みなどなく、男同様冷徹な瞳でこちらを見据える。


「なっ……んで、嘘だと……っ」


「主人が言ってたの。有象無象の中にずば抜けて強い力を持つ人間がいるって。間違いなくソウだわ」


ずば抜けて力が強いやつ……まさか。


「知ってるわね?その顔は」


俺の首に爪を食い込ませる。かなり痛い。


「……知ってる。が、名前と一致しない」


「一致しない?」


「俺の知ってるやつで力の強いやつは南雲 清流という名前だ。ソウという名前ではない」


きっぱり言い切った。


妖怪相手に正直に言うのはなんか癪だったが、このままでは自分の命が危うくなるために白状してしまった。


誰だって、自分の命が危険になったら、白状するものだ。



自分も例外なくその人間の一人だと理解した瞬間、ひどくもどかしくなった。




「ふぅん……今度は嘘じゃないみたいね」



ほんの少しだけ手の力を緩めてくれたおかげで息がしやすくなった。少しむせたが問題ない。



「でも、そうなの……違ったの。残念ね。やっと再会できると思ったのに……」



首から手を離し、少し時間が経ったときにポツリとあからさまに残念そうに言葉を紡ぐ女。


と、そこで、今まで空気と化していた男が口を開き、またもや謎発言をした。



「……特別力が強い訳ではないが、不思議な力を感じる」


「え?あなた、どういうこと?」


「……まさか、な」


「ちょっとぉ!置いてきぼりにしないでぇ~!」


頬を膨らまして男についていく女。



……ちょっと待て。そっちは……



俺は首をおさえたまま走りだし、二人の前に立ちはだかる。


「ここから先には行かせない」


この先には学園がある。


一般の生徒もいる学園に、危険因子である妖怪を行かせることなどできない。


何よりイオリが危険になる事態にはなってほしくない。




しかし俺は迂闊にも忘れていた。


この男が先程ここS地区を焼け焦げにしたほどの凄腕の妖怪だということを。


妖怪二人は俺をじっと見つめ、男は冷酷な鋭い瞳を向けたまま微笑を浮かべる。女はまるで逃さないとばかりににんまりと口角を上げる。




「――――――――っっ!!!」


その後すぐに学園側に念話で応援要請をだすなんて思ってなかった。


それほど圧倒的な差があったんだ。



俺と、目の前にいる化け物二人は。



――――――


――――――――――




〈爽side〉



「なあ、南雲……本当にこれで行くの?」


「何度も言ってるだろ、手っ取り早くS地区に向かうにはこれが一番効率が良いと」


「でもさぁ、これって紙だよね?破れない?」


「それも何度も言った。術を組み込んだ紙は強度が高いから大丈夫だと」


「……まじで行くんだね」


俺と南雲は今、どこぞのおとぎ話にでてくるでっかい絨毯みたいな紙の上に立っていた。


これ南雲が急遽作ってくれた移動用の術ね。真ん中に術の模様みたいなのが描かれてるアレね。一瞬魔法かよって思ったけどちゃんと霊能力で作られてるからね。


難しい説明はサッパリ分からないから簡単に言うと空飛ぶ術だ。厳密には違うらしいけど簡単に言うならばその言葉がぴったりだ。


というか学園の正門前にいた教師と生徒数人置いてきちゃったけど良いんかな。多分あの人達だよね、S地区に向かう霊能科のメンバーって。


先生方が怒ったり呆れたりした顔だったけど……やっぱり皆と一緒に行った方が良かったんじゃないかなぁ?あ、でもそれじゃあ俺が行けなくなるか。だからか。南雲が一足先に行こうとか言い出したのは。



とかゆってる間に飛んじゃってんよお!!!


風ビュウビュウいってるよ!?俺今南雲の腰にガッチリ掴まって顔面蒼白で口パクパク状態だよ!?何が悲しくて野郎の腰に腕まわさなきゃいけないんだよキモいな!!


どうせなら可愛い女の子の腰に掴まってた方が良かったのにとか心の中で呟いてるうちに現場に到着したらしく車みたく急ブレーキ。


あっぶね、落ちるとこだったわ。南雲さん、安全運転してくださいよ。


真下を眺める南雲。何故だか硬直しているように見えたため、風が靡いて髪で隠れて様子を伺えなかった顔を盗み見る。


ガチで硬直してたため俺も下に顔を向けると、南雲が硬直していた理由が嫌でも分かった。



「本当にここがS地区なのか……?」


呆然と呟く南雲。俺でさえ驚愕した。



辺りは焼け焦げた黒1色。上から見るとよく分かる。


楕円形に黒に塗り潰され、それ以外は鮮やかな緑色の森。


黒くなった場所はそれなりに幅があり、見ただけで何かがあったと思わせるには充分だった。



「……いや、こんなところで呆気にとられてる場合じゃないな。まずは要請をだした張本人を探さないと」


こんな異常事態にも関わらずすぐに平静になる南雲。陰陽師はこういった事態に慣れているのか?だから、すぐに気持ちを切り替えれるのか?


だがそんなことを力のない俺が知るよしもなく、かといってどうしても聞きたいものではないため触れず、上空から探すお手伝いをする。


少し見渡しただけですぐにそれは見つけられたのだが、目線の先に倒れている人物に驚愕の色が濃くなる。


「……っ、奥ヶ咲!!」


全身火傷と切り傷がひどい状態の奥ヶ咲が横たわっていた。


俺は南雲に降りるように言って光の速さで奥ヶ咲のもとに駆けていく。


「奥ヶ咲っ!しっかりしろ奥ヶ咲!!おいっ!!」


声をかけて身体をゆすっても気を失っているらしく反応がない。しばらく声をかけ続けたが目を覚ますことはなかった。


「……例の討伐不可能妖怪にやられた可能性が高いな。この有り様だと、かなりの実力者か……」


こちらに近付きながらぶつぶつ言う南雲の声が耳に届いた。そしてあわてふためいている俺の横に立ち、驚く一言を放つ。


「それなりの実力を持つ優秀なやつがここまでやられるなんて……これじゃあ、霊能科の生徒でも太刀打ちできるかどうか……」


「えっ!?そんなに強い妖怪なの?」


奥ヶ咲が優秀な陰陽師だという事実以上に驚いたのが、今ぶつけた質問だ。横たわる奥ヶ咲を一瞥し、すぐに視線を俺へと戻して話を続けた。


「S地区の妖怪と言えどここまでのことをしでかす妖怪はいないはずだ。少なくとも、学園が所有してるこの森では見たことない。森の一部が全焼しているなんて事例はないしな」


「そんな……でも、その妖怪はもういないし、大丈夫じゃない?」


辺りを見回してから言うと、南雲はため息混じりに言い放った。


「学園を狙う妖怪もいるということを知らされてないのか?」


あっ!すっかり忘れてた。そいや、寮の受付のとこで妖怪が人間に化けて学園内部に紛れ込まないように学生証を見せてくれって言われたんだ。


成る程、こういうときに妖怪が学園を狙ってくる訳か。


「ここにいないということは学園に向かったのだろう。奥ヶ咲を連れて僕らも急いで学園に戻るぞ」


「お、おう!」


二人がかりで気を失っている奥ヶ咲を運ぼうとしたのだが、奥ヶ咲の左側に手を動かした南雲がふと動きを止めた。


「どうした南雲?」


「…………」


何も言わない南雲に不信感を抱きつつも奥ヶ咲を運ぼうと一足早く奥ヶ咲の肩に手をまわす。が、俺は忘れてないぜ。自分が意外にも情けないことに非力だってことをな!


「南雲、早く助けて」


なので南雲にSOSを出す。


すると南雲はハッとして我に返り、何故か奥ヶ咲に伸ばしかけた右手を降ろした。


「奥ヶ咲を術の中に運んでくれ」


「はあ!?」


俺が非力なの知ってるよね!?知っててそれ言っちゃう!?



「じゃあ任せた。僕は近くに例の妖怪がいないかチェックしに見回りに行く」


「えぇぇっ!?ちょ、待って待って!」


「見える範囲内にいるから安心しろ」


「そうじゃなくて!!」


「ではよろしく」


すたすたと巡回する南雲。

いやだから、俺が非力なの知ってるよねぇぇ!?意識のない人がどんだけ重いか知ってるよねぇぇ!?運べと?食材の入った袋一つすら十分と持てない俺に数メートル離れた場所にある術の上に意識のない奥ヶ咲を運べと!?


「むちゃくちゃだなぁ……」



なんで急に奥ヶ咲運ぶの止めたのかな。


何か理由があるのかな?


つーか誰かがいる気配はないしチェックなんて別に良くないか?


心の中でぶつぶつ言ってる間にも奥ヶ咲を運ぶ……がしかし。力のない俺がどんだけ努力をしても数ミリ移動する程度で、それ以上動くことはなかった。


「ふんぬぬぬ……っ!!」


女の子みたいに非力なのも考えものだなぁとか思っていると、奥ヶ咲の地肌に触れた。火傷の部分だったため少しザラザラした感触だ。


……そうだった。奥ヶ咲は今怪我してるんだ。


「ごめん、奥ヶ咲……」


全身に火傷と切り傷が所々あり、見てて痛々しい。意識を失ってても身体に痛みはあるのだろう、少し動かしただけで顔を歪ませている。



俺に傷を治せる力があれば、すぐにでも奥ヶ咲を助けることができたかもしれないのに。


俺に妖怪を退ける力があれば、少しは奥ヶ咲や南雲の手助けになれたかもしれないのに。



嵐武様が争い事で怪我したときや親しい神様達が戦争するときはいつもそう思ってた。


まさか、学園に来てからも思う日がくるなんて……しかも初日だし。


治癒の神様がいれば、頼めば治してくれる。けどそういうことじゃなくて……


俺は、自分が力を欲してるんだ。



「守れる力が欲しい……」


拳に力を入れて、柄にもなく呟いてしまった。


何度も何度も繰り返し思っていたことを力強く呟いたからか、自然と表情が歪む。


守る力が欲しい。


治せる力が欲しい。


なんでもいいから力が欲しいと思ったのも事実だ。昔からずっと。


俺は何かできるだろうか?


特別な力がなくても、例えば今なら奥ヶ咲を運ぶことなどの雑用ならできる。でも非力なためそれも叶わない。



ならば、俺にできることは何がある?


特別な力も、筋力すらない非力な俺にできることなんて……



「守る力より壊す力の方がずっと強いわよ?」



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