第10話、彼の仕事

《奥ヶ咲side》



南雲 清流と柳がそんな話をしているより少し前に遡る。



俺は今日最後の授業を終えてから担任の先生に許可をもらって妖怪討伐をする予定だった。



それというのも、南雲流陰陽師の一族がますます力をつけているとの報告があったから。



俺の実家の流派・奥ヶ咲流と南雲清流の実家の流派・南雲流は、実質敵対している。


両家が近いためにどこからどこまでが自分達の縄張りにするかとか、問題は大昔から永きにわたって続いてる。今も尚現在進行形だ。


静かな争いが続いているからこそ、力では負けまいと両家は独自の陰陽術を磨いて日々鍛練に勤しんでいる。



だが先ほど述べた通り、最近南雲家がますます力をつけたことにより一族に焦りが出てきた。そして数十分前、父親からこなす依頼をもっと増やし、より鍛練を積めと連絡があった。



「はあ……」



先生に妖怪討伐の許可をもらって準備するために一旦寮へと戻っている途中、父親の威圧的な物言いと先ほどの命令を思い出し、思わずため息をもらす。



一族同士がいがみ合ってるだけであって、俺と南雲 清流が個人で争っているわけではない。


だが、現時点で学園最強と謳われる南雲に対抗心がないわけでもない。


……この気持ちをライバル心というのだろうか?



そうこう考えているうちに寮の入り口まで着いていた。


「お帰りなさい、奥ヶ咲さん。これから討伐の依頼消化ですか?」


「ああ」


カウンターの受付にいる女性と目があったとたんに声をかけられたので短く返し、エレベーターに向かう。




部屋の鍵を開け中に入ると、空き部屋のひとつが扉全開になっていたことに気づいた。


中を覗いてみれば、今日同室になったばかりのやつ……柳がベッドに大の字になって爆睡していた。



柳は今日普通科に編入してきたばかりのやつで、出会い頭に対妖怪用の術に引っ掛かった変わり種の人間だ。


普通は対妖怪用の術に人間が引っ掛かるなんてあり得ないのに、何故柳だけが引っ掛かったのか……イオリが匂いを嗅いで人間だと言ったんだから人間なんだろうが、いまだ人間に扮した妖怪なのでは、という考えも捨てきれずにいる。



それはともかくとして、目の前のそれを目の当たりにした瞬間思わず吹き出してしまった。


柳のやつ、大の字で寝てたと思ったら両手両足を動かしてカエルのそれに似た動きするんだから、吹き出して当然だ。


夢の中ではいったい何をしてるんだか。



「……と、こんなもんで良いか」


いつまでも柳の寝ている部屋の前で声を押し殺して笑っているほど時間に余裕もないのでさっさと準備を済ませた。



時間に余裕がない、とは、校則で夜6時以降の妖怪討伐が禁じられているから。


その理由は、暗くなり始める逢魔が時に妖怪が沢山現れるから。その中には、俺達霊能科の生徒じゃ太刀打ちできないようなやつもごく稀にいるらしい。



今の時刻は夕方4時。


急げば数件は依頼をこなせる。


こんなところでのんびりしてる暇なんてない。



俺は若干急ぎ足で部屋を出て鍵を閉め、エレベーターに乗り1階へと向かう。


そこでまた受付の女性に改めて外出する旨を伝えて学園の正門に行く。


森の中に入るには正門から出ないといけない。


誰がどこの区域に外出しているかを学園側が把握するため。正門から出ないと把握するための装置が作動しない。


ちなみにひと括りに森といっても細かく区域分けされている。俺が今から行くのは普通の霊能科生徒じゃ討伐するのは難しい地区、S地区だ。



正門を出て森の中を進むとあちらこちらに木に括られた色とりどりの糸状の結界が見えてくる。


これが、各地区を判別する目印だ。



この結界は不思議な術が組み込まれており、妖怪も人間も通り抜けることができる。


ただし、妖怪は討伐可能なレベルの妖怪のみ。討伐不可能だと結界が判断した場合はその妖怪を学園に近づかせないように強く弾く仕組みだ。しかもそれぞれの地区に見合うレベルの妖怪はなるべく生徒が討伐しやすいように結界の外に行かせない。



いったいどれ程の難しい術を組み込んだのか、同じ陰陽師として気にはなる。




紫色の糸が木に括られているより向こうの地区がS地区。俺の受けた依頼に指定されている場所だ。



「さて……まずはひとつ目」


数枚の依頼書を手に、S地区結界内に入る。



俺の受けた依頼は全部S地区でしかできないもの。


妖怪の血液等を採取し、その筋の研究機関に渡すというもの。


1枚目の依頼書を読み上げる。



「涙狐の討伐、後に血液を採取…か」



涙狐とは、普段は何かに化けて静かに生活しているが、何かしら強い感情を放ったときは涙を流して他者に訴える、という変わった妖怪。いや、変わってない妖怪などいないんだが。



見た目は光に照らされるとシルバーになることもあるほど純白で、肌触りはわたあめみたいにふわふわ。


弱々しそうな愛らしい姿は兎を彷彿とさせるが、生憎弱々しい兎ではない。



主食は生き物の目玉で、食べ方がエグい。一部では人間の目玉が好みらしいとの噂もある。


人型のときは力も相当強いし、一度動いたら目視できないくらい俊敏だ。



……実家から送られた依頼じゃなきゃ引き受けなかったんだがな。



奥ヶ咲では実家から離れていても実家に送られた依頼をそのまま送る、というのが通常だ。


俺の場合、一度に何十件もの依頼書が実家から届いて、それを期限内に達成する……といった流れ。



俺は普段父親には逆らわない。いや、逆らえない。


だから依頼を拒否することも先送りにすることもできない。




頭では理解している。


だが、やはりこの依頼は毎回顔を歪ませる結果になる。


「なんで奥ヶ咲家は非人道的な術を使わなきゃ達成できない依頼しか引き受けないんだ……」


唇を噛みしめる。



非人道的、あるいは残酷な術を主に研究している奥ヶ咲流陰陽師。


その理由は定かではないが、他の陰陽師からしてみれば奥ヶ咲家は異形な陰陽師なんだ。その噂も何度も耳にした。



俺は反論こそできなかったが、心の中では常々奥ヶ咲家のやり方を否定してきた。


結果だけ言えば、もっと簡単で残酷でない術を使ったって依頼達成できたはずのものも、非人道的な術しか使ってはいけないという暗黙のルールがある。


俺はそれが嫌なんだ。




確かに妖怪は討伐するべき異形の者だ。だけど、わざわざ残酷に殺さなくても良いじゃないか。



……そう、思ってしまう自分がいる。



「……ふっ。口では言えないくせにな…」


鼻で笑ってしまう。


意見もろくに言えない自分に対して。




感傷的になっている途中、あちらこちらから強い妖気を感じた。


そうだ、ここはS地区。感傷的になっている暇はない。


改めて気を引き締め、妖気の出所を突き止めるために意識を集中する。




だが、やはりというか……すぐには探知できない。


俺にはイオリのような優れた探知能力はない。



イオリは攻撃力が皆無な代わりに探知能力と防御に秀でている。俺は逆に攻撃一筋なために探知能力が乏しい。


イオリの探知のしかたは特殊だが、その探知能力は一級品だ。



だから、一人で依頼をこなす際はいつもイオリがいてくれたらと思ってしまう。……だけど、一人でこなす依頼にイオリを巻き込む訳にはいかない。


実家から送られた依頼は全て残酷な術を使うはめになるから。


イオリにそんなものを見せたくない。



妖気を感じとろうとさらに集中する。


全神経を研ぎ澄ませてやっと妖気の出所を突き止めた。



「ここだったのか。気づかなかったな」



それは俺のすぐ目の前に立ちはだかる木。


どこか威圧感のある妖艶さ漂う一見普通のどこにでもある木。よーく見ると、風が吹いたら周りの木は木の葉が揺れて葉同士で擦れ合い、ガサガサ、ザァァァ…と自然のメロディを奏でているが、目の前の木は微動だにしない。



俺はすぐさま戦闘体勢にはいる。



風が止み、木々の揺れがしだいに収まった数秒後、それは動きだした。


目の前の木がうねり、膨れ、萎み、やがて大人の狐の形をして着地する。


「童(わっぱ)ごときに見破られるとは、私もまだまだだな」



いつ見ても気味の悪い銀色の瞳はどの涙狐も一緒か。


白い身体に銀色の瞳。それが涙狐の特徴だ。



「とは言え……」


戦闘体勢の俺と瞳が合わさる。



一瞬ピクッとしたがすぐに冷静になり、真っ直ぐ涙狐の瞳を見据える。


「エサがのこのこやって来たのは好都合だ」


瞳をギラつかせ、妖しく微笑む涙狐。



殺気を放ちながら尻尾を振り、そう言った姿はまさに妖怪そのものだった。



涙狐は生き物の目玉が好物。だから、ヤツは俺の目玉目掛けて攻撃をするはず。それを避けながら討伐するだけ。


……そう、それは解ってる。けど……


「あなたの紅い瞳、素敵ね。食べちゃいたいくらいに」


瞬間移動でもしたかのように一瞬で俺の足元に迫る涙狐。目にも留まらぬ速さで来るのは、毎回想定済み。



問題はその後だ。



「私、紅い瞳って大好きなの。人間は情熱の色だとか言ってるけど、そんなものよりずっと残酷で綺麗な言葉がある」


すかさず視線を外すと俺と瞳を合わせようとする涙狐。視線が合わないよう間合いをとる。


だが視線を交錯させまいとする俺の隙をついて、がら空きな足元に蹴りを入れる涙狐。狐とは言え力はバカみたいに強いせいでガクッとなり、両膝を地につけて涙狐と視線が合わさる。



「答えは、鮮血」



聞いてもいないことを口にした瞬間、俺の身体の自由は奪われた。


そして刹那、俺の左頬には小さい切り傷が。


小さい傷のはずだが、左頬をつたう生暖かい血は止まることを知らなかった。



涙狐は左頬をつたう血を味わうように舐めて、静かに涙を流した。



「血の色をした瞳なんて、そうそうないもの。私が美味しく頂いてあげる」


……気持ちの悪い笑みを浮かべて。



その笑みが、涙が、何を意味してるのかなんて、頻繁に同じ内容の依頼をこなしているから手に取るように分かる。



奥ヶ咲の人間は皆何かしら狙われやすい理由がある。


髪を主食としてる妖怪には珍しい髪色の人間が狙われるし、生まれつき身体の一部に霊力が集中しているヤツなんかはその部分を喰らって力をつけようとする下級妖怪に日常的に狙われる。


そして俺も狙われてる要因がある。


今のこの状況でわかるように、カラコン等の偽りではない俺の深紅の瞳がその要因だ。観賞用としてとっておきたいと言う輩がいるくらい、俺の瞳は珍しい。遺伝ではないのが更に珍しいみたいだ。



主に涙狐等に狙われるため、囮の意味も含めて涙狐討伐の依頼書が自然と俺のところに来るんだ。


それ自体は避けられないことだから致し方ない。


だが毎回、涙狐に自由を奪われる事態に陥る。視線を合わせるとそうなるんだが、それは俺があの術を使うためにも必要なこと。



何故視線を合わせると涙狐に自由を奪われるのか。



それは、涙狐が瞳に妖力を宿してるから。


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