第7話、やべぇのがいる
言葉も表情も全て計算だと分かりきってるのに、ついつい乗せられそうになる。乗せられそうになったとき、ぐっと堪えて振り絞った言葉。
「……っでは俺はこれで!もう行きますんで!男子寮の場所教えてくれてありがとう!んじゃ!!」
シャアァァァッッと走り去っていく俺。去り際に「チッ」と舌打ちが聞こえたが聞かなかったフリ。
来たとき同様南雲の張った強力な結界を難なくすり抜けた瞬間、俺はバッと振り向いて言い忘れてたことを言った。
「あ、そうだ!この結界、かなり分厚いから霊力の消耗激しいだろ?もっと薄くして霊力を凝縮させれば霊力の消耗は軽減されるぞ!」
結界の膜は薄く、尚且つ強力に作らなきゃ術者の霊力の消耗が激しく、妖怪との戦闘に支障が出る……と、昔嵐武様が下級の神様に教えてたのを思い出したため咄嗟にアドバイスしていた。
再び前を向いて走りだした俺の背後で南雲が目を見開いて口を半開きにしていたのは知るよしもなかった。
場所は変わり碧を貴重とした建物……男子寮の前。俺は口をあんぐりさせて呆けていた。
「……これまたデカいな」
それしか言いようがない。
だって校舎より大きいんだよ!?でかけりゃ良いってもんじゃねぇだろ!
まあそれはさておき、ちゃっちゃと自分の部屋に行こう。どんな部屋か気になるし。
……ていうのは建前で、自分の部屋に入ったらゴロゴロしたい。
え?学園長に言われたこと?
探検なんかしたくないよ。こんなだだっ広いとこで訳も分からず探検したら迷子になっちゃう。
さっきのはただの善意と好奇心であそこに行ったのであって、場所がすぐに判明したから行っただけ。
そのせいでどっと疲れたけど…精神的に。
常に見張られてる訳じゃないし、良いよね!
よし決まり。さあ行こう。
光に反射されるとエメラルドグリーンに変色してさらに綺麗に見える碧い建物の中に入る。
内装も隅々まで碧一色だった。
天井にはシャンデリアが飾られ、呪符が胸元に張り付けられている金色の猫がカウンターの両端に設置されている。
俺はカウンターにいる女性に声をかけた。
「あの、今日編入してきた柳 爽です。自分の部屋に行きたいんですけど……」
カウンターのある学園の寮って確かカウンターにいる人にこうして聞いたほうが良いんだっけか。
学園モノのマンガにそんな感じで描いてあったはず。
……またマンガですね。資料としては抜群な才能を発揮するけど、よくよく考えたらこれって人が聞いたら箱入りな人間がどこにも行けなかったが故に2次元を頼りに外に出たとかそんな感じの発言に聴こえなくもないのでは……?と思考が巡ったとき、カウンターの女性が口を開いた。
「今は授業中のはずですが?まさか、サボりではないですよね?」
そいや今授業中だった。すっかり忘れてたわ。
苦笑いしながら言われてそのことに気付き、事情を説明した。
「成る程、遅刻したために授業は明日からとなって仕方なくこちらに赴いた、ということですね。解りました」
「はい。なので今日はもう寮で休もうかと思いまして」
「では、身分証明となるものをお持ちですか?」
なんすかそれ!?
「編入生の中には学園周辺の森から侵入して人に化けてこの学園を陥れようとする妖怪もいますから、身分証明がないとお通しすることができません」
うっそぉぉん…………
俺そんなん持ってないよ!?身分証明って何!?
「身分証明って、どういったものを見せれば良いのでしょうか……?」
震える声でたずねる俺にカウンターの女性はにっこり微笑んで
「主に学生証を見せて頂ければお通しできます」
と言った。
俺は鞄のチャックをシャァッと開け放ち、内ポケットに手を突っ込んであるものを取り出した。
「これで良いんですか?」
「はい、確かに。では中へどうぞ。案内致します」
カウンターから出てエレベーターへと促す女性。
……ありがとう、学園長。
ゲームの前に学生証渡してくれて。
エレベーターに乗り3階まで上がる。
降りてすぐ右に俺の部屋があり、女性から自室の鍵を手渡され、「では私は失礼します」と言って女性はカウンターへと戻っていった。
男子寮も女子寮も二人部屋。つまり、俺が突っ立っている扉の向こうにはもう1人の住人がいるのだ。今は授業中でいないけど、仲良くなれれば良いな。
鍵穴に鍵を挿し込みカチャリと音が鳴るまで回し、ドアノブに手をかける。
扉の先には廊下があり、何部屋かあるみたいで個室のドアがいくつか見える。
玄関で靴を脱ごうと屈んだとき、揃えられた靴が横にあった。
今は授業中だから誰もいないはず。
誰がいるんだ?
廊下をゆっくり歩き耳を澄ませばすぐ隣にある部屋からシャァリ、シャァリ……と、まるで包丁を磨ぐような不快な音が聞こえてきた。
………………ん? は?
包丁を磨ぐ音??
扉が半開きになっており、部屋の中が見渡せることに気付きチラリと見やる。
そこには、薄暗がりの中刀を磨ぐ金色の髪の男がいた。
「~~~~っっ!!?」
声にならない悲鳴をあげる俺。顔面蒼白だよ。
その間にも部屋だけに留まらず廊下にまで轟く刀の磨ぐ不快音。
どどどどうしよう!!!??
授業中なのになんでいるのかな、と思ったけどそんなことよりガチで危ない人が同じ部屋なん!?一生懸命刀磨いでるよあの金髪!!
……あれ?あの金髪男子、見覚えのあるシルエットだな。どこで見たっけか……
思考が頭の中をぐるぐる掻きまわした。そしてそこで浮かぶ1人の男。
出会い頭に術を放ち、俺を妖怪だと勘違いした見た目ヤクザだけど優しい少年。
「奥ヶ咲!?なんでここにいんのぉ!?」
まさかの奥ヶ咲だった。
俺が思わぬ人物に出くわしたために思わず叫んでしまったことで、奥ヶ咲が俺の存在に気付き振り向く。
「柳!?なんでここに……」
奥ヶ咲が慌てて刀を磨いでいた手を止める。それと同時に納得したように頷いた。
「ああ、今日同室になるって言ってたのは柳のことだったのか」
「奥ヶ咲は霊能科だよね?なんで普通科の俺と同室なの?」
「この学園では普通科と霊能科の生徒を二人一組で同室にする仕組みなんだ。ただ、何故かちらほらと一人部屋なとこもあるが」
「俺知らなかったよ。学園長なんも言ってくれないし……」
「ああ、あの人はそういう人だから仕方ない。あ、そうだ。罰則かなりヤバイやつなんじゃないか?」
「あー、確かにヤバかったわ。学園内を探検してこいって言われてびっくりした。学園着いたばっかで右も左も分からん生徒に普通言うかねぇ」
あれ、なんか目ぇ見開いて硬直してる。
「探検……だけ?」
あ、それだけじゃなかった。南雲のこともあったんだ。
「いんや、探検ついでに入学以来ずっと授業を放棄する問題児の説得も頼まれた。奥ヶ咲と同じ霊能科のやつなんだけど、知ってる?」
ちょっと見開いた、ってレベルじゃなくこれでもか、ってくらい奥ヶ咲の目が見開かれる。
え?俺なんか変なこと言ったか?
マズイこと言っちゃったのか?
「その問題児って、南雲 清流か?」
「え、うん、そうだけど」
一発でわかるくらい有名なんだなぁ、あいつ。そりゃそうか、入学以来ずっと授業サボってるやつなんてわんさかいないよな。しかもあいつちょっと頭おかしいし。ぼっちだし。目立たないことのほうが珍しいわ。
奥ヶ咲は俺をじっと見つめて硬直したまま。声をかけようか迷ったが、ようやく我にかえった奥ヶ咲は両手を合わせて「ご愁傷さま」と一言放った。
「ちょおぉぉ!?何今の!?」
憐れむ目で言われると無性に心配になってくるじゃんか!なんなの!?何に対して憐れむ必要があるの!?俺に対してか!?
「いや、何でもない」
「何でもないって顔じゃないよね?」
「何でもないったら何でもない。まあ、あれだ。南雲は変わったやつだし、お前とは馬が合いそうにないし、縁のない出会いだったな」
「親睦を深めようって言われたんけど」
「………」
「…………」
「……………」
可哀想なものを見る目で見るな。
「お前、ある意味すごいぞ。誰ともつるまない南雲に気に入られるなんて……いったい何したんだ?」
誰ともつるまない?
『友がいないからか、こうして話すだけでも嬉しいんだ』
ああ、ぼっち宣言してたなそいや。
でも話すだけでも嬉しいって言ってたし、自ら進んでぼっちになってる訳じゃないのか。じゃあなんで誰も友達になろうとしないんだろう?
原因のひとつは研究気質なあの性格だと思うけど、それだけでぼっちになるんかなぁ?
「別に何もしてないよ。ただ………」
南雲の作った強固な結界をすんなり通り抜けたのは不思議だったな、と口走りそうになったのを寸前で止めた。
これ以上霊能科のやつにやれ特異体質だのやれ謎なやつだの言われてまとわりつく宣言されんのは御免だ。
「何もしないでなつかれる訳ないだろうが。霊能科で最強を誇る南雲 清流なら尚更」
「最強?」
「ああ、編入したてで知らないんだったな。南雲 清流は、学生で使える者はまずいないってくらい上のレベルの術をいくつも使いこなす、学園きっての最強陰陽師なんだよ」
俺は目が点になった。
……え、あいつが最強?
「南雲 清流は結界にしても妖怪討伐にしても右に出る者はいない。陰陽師の名家・南雲流陰陽師を名乗る者だからな、敵う訳がない。おまけに代々近寄りがたい性格をしてるもんだから、仲良くなりたいって思うやつはいない。逆に南雲も俺達他人には心を開いてない」
淡々と紡がれるありえない言葉の数々。
てか、え?まじ?
確かに近寄りがたい性格だとは思うけどそこまでかな?いやそれよりも。
…………南雲が心開いてないってのが一番信じがたい。
だって、さっきのアレ、うざいくらい気さくに話しかけてきたんだよ?
心開いてるかどうかは置いておいて、一生仲良くできないって類の人種ではない気がするけどなぁ……ただの勘だけど。
まあ俺は仲良くしないけどな。白狐の言い付け守んなきゃだし。
「とにかく、南雲がどんだけすごいやつかは知らないけど、俺は何もしてないから!」
俺のその一言で無理矢理会話を終わらせた。
奥ヶ咲もそれ以上は何も言って来なくて安心したが、ずっと気になってたことを質問してみた。
「ところで奥ヶ咲、俺が入ってきたときなんで刀磨いでたのかな?」
いつの間にやらもうすでに刀と刀磨いでたやつは仕舞ってあるみたいだが気になって仕方ないんだよね。
俺の目をじっと見つめてた奥ヶ咲の瞳はそっと逸らされ、終いにゃこの一言。
「知らぬが仏」
まじで気になるんだけど!ボソッと言われると余計気になるんだけど!
しかも何さアレ!本気で聞かないでってオーラ半端ねぇじゃん!!俺の同室者やっぱり危ない人なの!?
「よ、妖怪討伐用の刀磨いでただけだよな?」
恐る恐る聞いてみたのだが。
「……さあな。」
目が!目が明後日の方向に向いてる!!
「さあなって何!?妖怪討伐用じゃないの!?」
「もうその話はいいだろ。そんなことより、授業は明日からなんだろ?また遅刻しないように今日は早めに寝ろよ」
あからさまに話題剃らした。
早めに寝ろよって、今昼なんだけど……まあ良いや、聞かれたくないことなのかも知れないし。確実に対人用ではないだろうからな、その点は安心。
逆に対人用だったらヤバイわ。警察沙汰だわ。
「明日からかぁ……」
ぽつりと呟くと、奥ヶ咲が「なんだ?」と言ってきたため「何でもない」と返した。
明日から本当に学園生活が始まるんだなぁ。
初っぱながら出遅れた気がするけど、楽しい日々になるかな。楽しい毎日に、なってほしいなぁ。
しみじみとそう思ったとき、奥ヶ咲が部屋を出て行こうとしてるのに気付き呼び止めた。
「編入したてのお前とは違って俺は普通に授業がある。もうすぐ昼休みも終わるからそろそろ行かないと五時間目に間に合わない」
机のうえに置いてある時計を見ると確かにかなり話しこんでいたようで、かれこれ15分は経っている。
常に授業を放棄してる誰かさんと違ってちゃんと授業出てるんだな、外見に似合わず真面目だな。
玄関先で奥ヶ咲を見送り、使われてない空き部屋のベッドに突っ伏す。
「眠い………」
今日は本当にいろんな事があって疲れたからな。
やべ、1人になったとたんにどっと眠気が………
睡魔に抗う力はなく、静かに閉じていく瞼。
それから見たものは、夢だったのかもしれない。
けど、妙にリアルに耳に残った。
『あと、8ヶ月と4日……』
脳裏に響くその言葉は、次に目が覚めたときには俺の中から跡形もなく消えていた。
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