第6話、最強陰陽師との邂逅
霊能科への道は意外と短いため、校舎はすぐに見つけることができた。
普通科と同じ純白の校舎に縦横に黒色の線が入り、上に設置されている時計は洋風な感じの数字が並んでいる。
全体的に洋風で、モノクロな感じの校舎だ。
今は授業中なため人はいなくて静かだ。
だが、どんな特徴の人かわからない人物を探すのは骨が折れそうだな。学園長に聞いておけば良かった。
「……なんだ?これ」
ふと足を止めた。
視界がぼやけていたためおかしいと思い、手を伸ばしてみれば目の前に膜みたいなものが張ってあり、これ以上を進ませない。
膜が張ってある場所をじっと見つめ、ひとつの可能性が生まれた。
「結界……か?」
感じとる“気”は嵐武様とは異なるけど、形態も神様達とは全く違うから分かりにくいけど、その可能性が高いな。
なんたってここは霊能科。
チカラを持つ者だけの学舎(まなびや)だ。
おかしいことではない。
でも問題はこの結界らしきものを作った人物が誰なのか、だ。
授業中に教室で作ったとは考えられないから、おそらく授業に出てない人が作ったのだろう。
ということは、この結界を作った人物が学園長の言ってた人か?
神様達に比べたら断然劣るけど、それでもひしひしと伝わる。……強い力だということが。
「なるほどね、かなりの実力者って訳か」
誰にも聞かれないよう小さな声で呟いたのだが、風が吹くこともなく木々が音をたてている訳でもなくただ静かに時が流れるその場には俺の声が異様に大きく感じた。
結界を張って、中で何をしてるんだ?授業をサボるほどの何があるんだ?
……頭の中でぐるぐる考えても時間が経つだけだし、今はこの結界をどうにかする方法を考えたほうが良いな。
しかしどうしよう。俺には霊能力とか皆無だし、結界を解くことはできない。それはすなわち結界内の空間に入れないって訳で、結界を作った人物とはなすことができないということだ。
この結界がどんな効力を持つかはわからんから危険な行為だと思うけど、ちょっと結界に触れてみようか。
昔、嵐武様が言ってた。
他人の結界に触れるのは危険行為だって。
もし結界を作った人物と自分との波長が合わなかったときに、力が弱い者にダメージがくるからなんだとか。
波長ってのは、魂が宿る個体は皆あるものらしい。力の有無は関係なく、波長が微妙に違うんだって。
俺の目の前に張られている結界は間違いなく強い人の結界だ。
それに比べて俺は力のない普通の人間。
波長が合わなかった場合、ダメージがくるのは俺の方だ。
だけど不思議と不安や怖れはない。
波長が合うのを祈るのみだ。
掌をそっと伸ばし、結界に触れる。
結界に触れられたら術者は気づくはずだから、異変を確かめるためにこちらに来る。そのときに、会話を試みよう。
だけどおかしいな。触ってる感触がない。
もう少し強く押してみたほうが良いか、と手に力をこめてぐっと押した。だが、そのとき信じられないことが起きた。
「………え?」
薄く黄色い半透明な結界を俺の手がすり抜けた。
空気を掴むように掌を動かし、何も感じないことを確認してから結界内に入ったが、身体に異常は見られない。暫く結界内をうろうろしたのだが俺の身体は健康そのもの。罠が発生することもなかった。
「え、まじで意味わかんないんだけど。なして?」
思わずぼやいてしまうほどびっくりした。
結界の知識は頭の中にある。触れたのは初めてだが、結界というものが分かりやすく言えぱ主に目には見えない壁の役割を果たすことを知ってたため余計に焦った。
一般的な結界は波長が合う合わない関係なく術者以外の者を拒絶する。特殊な結界も多く作られたが、それが本来の結界だ。
なのに、何故結界は俺を拒絶しなかった?
結界が俺を拒絶しない理由が見当たらない。
だからといってここで右往左往していても術者が顔を出すかわからないから取り敢えず結界内にいる術者が学園長の言ってた人かどうか確かめなくては。
「うし、行くか!」
どんなに強い結界だろうと範囲は限られてる。だだっ広い学園をひたすら走り回るよりはマシだ。歩いてりゃあいつかは会えるだろう。
そう思い足を動かそうとした。
だが。
「あれ………なんで人がいるんだ?」
よく透き通った声。
それに俺の中の何かが反応する。
――――懐かしい、声。
聞いたことない声のはずなのに、懐かしさがこみ上げてくるこの感覚に不信感を抱く俺だが、すぐにそれを取っ払う。
前方から来る人影。その人影の顔は太陽の光に照らされてよく見えない。
次第に人影の容姿が見えてきた。
黒くてやや長い髪を後ろに束ねた整った容姿の男。
吸い寄せられそうな漆黒の瞳に俺が映っている。
「おいお前、どうしてこの結界の中に入れた?」
「……え、あ……ああ………」
漆黒の瞳に俺を捉えたまま話しかけてきたのに気付き、返事(?)をしたはいいが硬直してしまう。
うわぁ、なんか威圧感っていうのかな?ぶっきらぼうな口調だけど優しい声とか聞いただけでビリってしちゃう。声だけは懐かしい感じがしたけど……どこかで似たような声聞いたんかな。
というか、さっきの質問の答え見つかんないんだけど!
『分かりません』じゃ駄目かな。
だぁってぇ!!そんなん俺が聞きたいくらいだってぇのっっ!!!知らないんだもん俺が結界に引っ掛からなかったの!それだけじゃなく奥ヶ咲の対妖怪用の術に引っ掛かったことも謎が解けてないし!!
なんなの!!?俺ぁどこぞの実は俺不思議なチカラ持ってた系主人公でしたーとかなの!?
いやだもうわかんないっ!!
誰か教えてぇぇぇ!!
俺の謎解いてぇぇぇぇ!!!
「おい、聞いてるか?」
「あ、はい。すいません」
思考の中にダイブしてましたスミマセン。
結論から言うとやっぱり『分かりません』だ。
よし、言うぞー、言うぞー……
「分かりません!」
「ふざけてるのか?」
いえいえマジっす。
わぁ睨まれてる睨まれてる!極めて冷ややかな目で静かに睨まれてるよ!!
そりゃ怪しまれるよね!普通結界の内側に入ることなんてないもんね!てか入れないのが当たり前なんだったどうしよう!!
うまい言い訳が思い付かないうちにいつの間にやら俺の目前まで歩いてきて何やら訝しげにじろじろと見てくる黒い長髪に印象的な漆黒の目の彼。
イオリちゃんのときは匂いを嗅がれて今このときは怪しく珍しいものでも見るような目で見られ……って、俺は珍獣扱いかよ。
「……興味深い」
「は?」
「僕が構築した結界は魂宿る個体を全て遮断し、近づかせないというもの。普通の人間も、だ。君の気配は間違いなく人間だ。力のない普通の人間そのもの。それなのに結界の内側に入ってきた。いや、本来は力のある人間でも内側に入るなんて無謀なことはしない。気の波長が合わなければ力の弱い者が怪我を負うし、そうでなくとも結界という名の見えない壁に阻まれて身体を入れることは不可能。なのに君は無傷で結界内に入った。通常、結界の内側に入る=結界そのものを破壊する、なのだがそれをした痕跡はなく結界は僅かな傷もなく健在。実に謎だ。君が特別な人間でもない限りそんなイレギュラーな事態にはならない。真相を追求するために是非君の出生や家族構成やその他諸々を教えてほし………」
「ちょ、待って待って!!」
変なやつに捕まったあぁぁぁ!!!
なんか目ぇギラギラしてるよ!!研究対象を見つけて興奮してる変態化学者並みにギラギラしてるよぉ!!
やだなにこわい!!!!
「ああ、僕の名前は南雲 清流(なぐも せいりゅう)。霊能科1年5組だ。これで知らない人の枠には入らないだろう」
「そういうことを言いたいんじゃない」
他にも言うことあるでしょーが!
「お前はどこのクラスだ?すぐにでも行っていいか?」
「良い訳あるか!なんで来るんだよ!?」
「生活を覗けば何かお前の特異体質につながるヒントを得られるかと思って」
「特異体質じゃない!俺はいたって普通の人間だ!!それに第一、編入してきたばかりで自分のクラスまだ知らないんだよ!」
学園長が教えてくれなかったから分からず終いだったんだよ!
「そうか……わかり次第直ちに僕に知らせてくれ、いつもここで修行してるから」
「なにその異常な執着心……てか、いつも修行してる?授業は?」
「あんな生ぬるい授業、つらつらと聞いてられるか。あんな授業じゃ強くはなれない」
ぴしゃりと言い放たれた言葉に、あのときの学園長の困った顔が浮かぶ。
……こいつだったのか。
いつも授業サボってる問題児って。
生ぬるい授業って何さ。霊能科の授業がどんなもんか知らないけど、そんな理由で学生が授業サボるなんて駄目だろ。
「……なんで修行してんの?」
こみ上げてくる怒りに似たよくわからない感情を抑えつつ聞いた。
生ぬるいと言った授業を放棄してまで、何故強くなろうとするのか。
俺の言葉が南雲の耳に届いたとたん、スゥッと瞳から光が消えた。さっきまであんなに興奮してたのに、急にここまで豹変するとちょっとびっくりするな。
その瞳に光は宿っておらず、でもどこか悲しんでいるように感じたのは俺の気のせいなのかな。
やがて南雲はゆっくり口を開いた。
「強くならなきゃいけないから」
ならなきゃいけない……?
なりたい、じゃなくて?
顔を見上げてまっすぐ見つめれば、固い決意を思わせる熱のこもった漆黒の瞳と視線が合わさった。
その瞳を見て瞬時に悟った。
これ以上は踏み込んではいけない領域だ、と。
「僕には力が足りない。なんとしてでも強くならなくちゃいけないんだ」
少し焦った声。余程切羽詰まってるということか。
焦った末に授業を放棄し、こんな誰も来なさそうな辺鄙な場所で1人術の練習をしていたってところか?
それなら頷けなくもない。
…………が。
「理由がなんであれ、授業を放棄するのは良くないだろ」
今日1日だけでわかったこと。
学園長が常にハイテンションモードだということ。
その学園長が困り顔を見せるなんて、よっぽどのことだろう。いや、まだこの学園のことも学園長のこともよく知らない俺が言える立場ではないのだが。
「……真面目なんだな、君は」
「そんなことない。だけど、さっき学園長がお前が授業に出ないって困った顔してたからほっとけないんだ」
「ふぅん、会ったばかりの人間をほっとけないなんて、お人好しなんだな。ともかく僕は時間を有効活用したいから授業なんかには出ない」
どうやら授業に出る気はサラサラないらしい。何故そこまで………
なおも食い下がる俺を見てふぅ、と一息ついて話し出す。
「そもそも、この学園に入学したのだって僕の意思じゃない。周りの大人達が勝手に決めたこと。僕の生活態度に口出ししないことを条件に入学してやったんだ、自由まで奪われたくない」
その瞳には悲痛な思いが滲んでいて。
俺はそれ以上説得する勇気を持てなかった。
「なんか、ごめん……話したくないならいいよ」
それ以上踏み込めそうになくて、口が勝手に動く。
学園長の困り顔を思い出すたびに胸が痛むけど、南雲が授業を放棄する理由はそう単純なものじゃないのかもしれないから南雲を説得することも叶わない。
結果、俺は何もできない。
「気にしないでくれ。僕は時間を有効活用できればそれでいいんだ」
南雲は気にしてない様子。
……この話題は止めよう。学園長には悪いけど、説得は無理でしたって次会ったときに説明しよう。
「そうだ、男子寮ってどこ?」
「あからさまに話題そらしたな」
察しがついても言葉にするのはNGだぞコラ。
「男子寮は君が今来た道を戻って右に曲がればあるぞ。奥に女子寮がある」
だがきちんと話を合わせてくれた。何気に優しい。
「で、さっきの話の続きだが、君が何故そんな特異体質なのか原因を是非とも解明したい。会ったばかりで僕のことが信用できないというのならこれからじっくり親睦を深めようじゃないか。色々話そう、研究対象」
話戻された。てか、そのあだ名!
「親睦を深めるつもりはない!そしてそのあだ名やめい!!俺には柳 爽っていう立派な名前があるんですう!!」
「ふむ、確かに良い名だ。では柳、友情の証の握手でも…」
「しないから!!」
「何故拒む?君のような人間は友情にあつい者だと認識しているのだが……」
「う、それは……」
白狐が言っていた。
『もう一つの学科の人とは関わるな』って。
イオリちゃんや奥ヶ咲は道案内してもらいたくて致し方なく学園まで一緒に来てもらってただけで、仲良くはなってない。
食堂ではイオリちゃんが話しかけてきたから話を合わせてただけ。奥ヶ咲はいなかった。
親睦を深めるということは友達になるということで、白狐に言われたことを無視してしまう。
白狐が真剣な顔でああ言ったのは何か理由があるはずだから無視することはできない。
その理由がなんなのかはわからないけど、白狐の言うことは聞かないと。白狐も嵐武様同様、親みたいなもんだし。
たじろぐ俺を不思議そうに眺める南雲。
何故仲良くなれないのか、理由を聞いていた南雲にどう言えぱ良いのか。
知り合いに霊能科の人間と関わるなって言われたから仲良くできないんだーって言っても信憑性に欠けるよな。
ああぁぁぁ、どう説明すれば……!!
「言えないなら無理に言う必要はない」
冷や汗だらだらな俺はキョロキョロさせていた目を弾かれるように南雲に向けた。
「理由は気になる。が、さっきの君の分かりやすい気遣いに免じて詮索はしない」
「分かりやすいは余計だ」
助かったぁぁぁ!!優しさのある少年で良かったぁ!!助かったぁぁぁぁぁ!!!
「だがしかし僕は諦めない。君との親睦を深め、必ずや君の特異体質な身体を隅々まで調べあげてその謎を解き明かしてみせる!」
前言撤回。全然良くない。
何ガッツポーズしちゃってんのさ、調べるだけ無駄だって。俺は普通の人間だって。
てゆーか何さ謎を解き明かしてみせるって、どこぞの名探偵気取りかよ。
ん?てか、さっきの口振りだとまるで友達になるのを諦めないって言ってるふうだな。やばい、早くも心に罪悪感が……
いやいや、白狐に言われたことを忘れるな!
仲良くできるのは普通科の人間だけで、できるだけ霊能科の人とは仲良くしちゃいけないってことを!
「とっ、とにかく俺は霊能科の人とは仲良くしちゃいけないから、全力で逃げさせてもらう!」
「なら僕は全力で追いかけよう」
怖い笑みを浮かべる南雲の顔は悪人面をしてました。
「だが今からは無理だな。ノルマを達成していない」
悪人面から一変、残念そうにため息を吐いて放たれた言葉に戸惑いつつも安堵した。
「ノルマって?」
「妖怪討伐の仕事だ。午前は10匹、午後は20匹やると決めてる。午前はまだ8匹しか狩れてないんだ。あと2匹狩るまでは柳のところに向かえない」
「来なくていいから」
「絶対行く」
目が本気だ。こえぇ。
「友がいないからか、こうして話すだけでも嬉しいというのも本音だ。皆僕を避けるから、仲の良い人間が1人もいないんだ」
あ、ぼっちでしたか。
「なので君と仲良くできればぼっちを卒業できるんだが……」
捨てられた子犬の瞳を向ける南雲に罪悪感は募る一方。
そんな目で見るなぁ!!
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