短編と落書き

兎山じわこ

「時間だよ」

こんこんこん こんこんこん

遊ぶように戸を叩く音。どこか急かすような叩く音。

浅ましい屍肉を狙う鴉のようで気にくわなかったけれど。仕方がないから戸を開けた。

「やあ、こんにちは。留守だったらどうしようかと思ったよ」

作り物みたいな腹立たしい笑顔が目に飛び込んでくる。

「もしも留守で、もしどこかで大怪我でもしていたら、もし病気に罹っていたのならどうしようかと思ったんだ。不安だったよ」

うるさいうるさい、不安だなんて嘘だ、どうせ自分の苦しみを楽しみにしていたんだろう。

きっともしも本当にそうだったらお前は自分の不幸を喜んで、高い酒でも呑んでいたのだろう。

そうしてもし自分の墓ができたならそこに灯油でも流して嗤っていたのだろう。

そう怒鳴り蹴り飛ばしたい気持ちをぐっと堪えて、

嫌味を込めて愛想笑いしながら言った。

あなたもどこかで死んでいなくてよかったよ、なんて。

一体なんの要件か、察しがついてはいるが聞きたくもない。

「上がっていいかな、今暇でしょう?手土産もあるからさ」

上がるなと言いたかった、が、その通り暇であり来るなという理由が無い。

誤魔化す間もなく、返答も待たずにその浅ましい屍肉喰らいは上がってきた。

追い返すにしたって無理がありすぎる。諦めて客間に上がらせる。

さっさと帰って欲しい。

けれど目の前の怪物はこちらの意思など判ってないのか、それとも判ってて無視してるのか。

べらべらと喧しいふざけたような口調で喋り始める。

「今日は随分と寒いよね、火鉢でも焚かなきゃやってられないよ。雪も降っているし、明日もきっと寒いんだろうね」

うるさい、喧しい。適当な相槌を打って聞き流す。本題があるのは知っている。なのになぜ先延ばしにするんだろうか。

自分への嫌がらせ?それともそういう質だったか?しかしこんな煩わしい奴のことを考えるなんて無駄か。

そう自己完結したあたりで、まるで頃合いを見計らっていたようにしてぴたりとその薄っぺらい喋りが止んだ。

「で、本題なんだけどさ」

軽薄な顔で笑いかけてくる。今すぐにでも一発顔面に入れてやりたい。

腹立たしい、こちらの返答も待たずその本題を語りだす。

「気づいてるよね?ねえ。そろそろ時間だ」

ああ、ああ、聞きたくなかった。煩い、そんなの知らない。知らないったら知らないんだ。

「知ってるでしょう?ねえ。いつまでしがみついているつもりなんだい?」

「もう時間なんだ。だから。」

次の言葉なんて待たない。死ね、死ね、死んでくれ。

頼むから

首を絞めてやる、次の言葉も吐けないように。

上にのしかかって、思い切り首を握って。話すな、笑うな、死んでくれ、死んで。

まだ足りないのか。体重をかける、余さず吐け、息もできないように。

けれど怪物は、笑った。何が面白いんだ、そんなに無様に見えるか。

殺されかけているのに、どうして抵抗しないのか。

「も、うね……」

やめろ、言うな。言わないで。もっと絞めれば言わなくなるのか。

「君、は」

やめろ

「終わ、り、だ」

黙れ

「も、出番、は、終わり、だ」

言うな

「君の、時代は、終わったんだよ」

糸が切れるような音がする。手に力が入らない。体が重くなる。

目が熱い、視界が歪む。頬を冷たいものが伝って落ちる。

やめろ。笑わないで、そんな薄っぺらい、腹立たしい笑顔を向けないで。

「もう戻れないの、知ってるでしょ」

知っている、わかっていた。

「より良いものが見つかってしまったから。仕方のなかったことなんだ」

その通りだ。自分もそうだった。

「こんなことしたくないよ、あまりに惨すぎる。でも、そうでもしなくちゃいけないんだ」

わかっている。知っている。前は自分がそうだった。

「だから。泣かないで」

体温を感じる。冷たい頬を拭われる感触。どうして。どうして。

面影のある顔が笑っている。それは紛れもなく自分だった。

正しくは、そう。より良くなった自分だった。

もう疲れた。早く奪って。

まだできる。お前の時代じゃない。

生きて。

死んで。

「目を覚ましてよ」

「もう終わりなんだ。君の前もそうだったろう。今度は君がそうなるんだ。そしていつか僕もそうなる」

「……少なくとも君は幸運なんだ。忘れられて死ぬわけじゃなんだから」

愛しい顔が微笑む。慈悲深い声で囁く。

「大丈夫だ。君が消えても、僕になるだけなんだ」

暖かい手が自分の首筋を包み込む。

「創られるのって。幸せだいよね」

…………うん、とってもつらいよせ。

暖かい手が力を込めた瞬間に、どろりと意識が蕩けた。




自分が溶けて消えた。あとには何にも残らなかった。おばけでも殺した気分だった。

持ち主の失せた、いや。自分の衣服が転がっている。

それを箪笥に仕舞い込んで、自分の部屋のソファに腰掛ける。

成り代わりか屍肉漁りか、どちらにせよ、あまり良い気分とも言えなかった。



こんこんこん こんこんこん





次は自分の番か

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短編と落書き 兎山じわこ @ziwako0327

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