彼女の事情
「ふぁ―……。おはよう、
「おはよう、タツ。珍しく、起こされる前に起きれてんな―」
「ま―な―……。ビャクと
「タッちゃん、おはようニャ」
「……おはよう……ございます」
―――翌朝。
俺等は布団から体を起こして、お互いに朝の挨拶を掛け合った。
昨晩はよー眠れた……。
よー考えたら、あんだけの山道を歩いたんや。
体が疲れきってたっておかしい話やない。
「おはようございます―。もう起きてるかな―? 朝御飯の用意出来てるから、用意ができたら食べーや―」
部屋の外から、
結構朝早いけど、もう準備が出来てるなんてなんや申し訳ないな。
「おはようございます! すぐに伺います―」
障子の向こうに返事する利伽を見て、俺はとんでもない事に気付いたんや!
―――利伽の……パジャマ姿見るのって……すげー久しぶりかもしれん……。
昨日は俺が風呂入ってる間に、利伽は着替えてとっとと布団に入ってたから見れんかった。
それで特段、思うことなんか何も無かったけど、改めて近くで見ると……何や照れるな……。
「タツ―……? 聞いてたんやろ? 着替えるんやから、とっとと部屋から出てくれへんかな?」
俺がモジモジとしだしたんに気付いたんか、体を隠す様に心持ち布団を持ち上げた利伽が至って平然とした声で俺にそうゆーた。
もっとも、顔は真っ赤でとても平静とは思えんかったけどな。
「お……おう」
平静やないんはこっちも同じ。
俺は利伽の声と視線で急き立てられるように部屋を出たんや。
「ウチは別に見られても平気やけどニャ―」
「もうっ! ビャクッ!」
トイレに向かう俺の背後で、利伽とビャクのやり取りが聞こえてきたんやった。
……って、ビャクに着替えのシーンなんか無いやろ―……。
着替えを終えた俺等は、昨日夕食を採った部屋へ来た。
そこには純和風ながら、朝から豪勢と言える朝食が用意されとった。
部屋には加奈子さんと、すでに
「……あれ?
伊織の姿を探して、部屋をぐるっと見回した利伽が席に着きながら良庵さんに聞いた。
「ああ……伊織は……朝の“お務め”や」
困った表情で良庵さんが答えた。
それは昨日、伊織を交えて話した時と同じような、どっか困った様な顔をしてる。
「……学校……行ってへんのですか?」
顔に陰を落として、利伽が良庵さんに質問した。
ここは人里離れた、山深い場所にある神社や。
ここから通学するなんて考えたくもないけど、もし学校に行くんやったらそろそろ家出る準備を済ませてんとおかしい。
未だに“お務め”やっちゅー事は……つまりそう言うこっちゃな。
しかし世の中はおかしいもんで、家の事は気にせんでえーっちゅわれても気にする奴がおれば、家を継がせるために嫌がる子供を縛り付ける者もおる。
何とも上手くいかん話や……俺は場違いで偉そうにも、そんな事を考えとった。
「ああ……以前から良く私の手伝いをしてくれとったけど、私の力が弱まってからは私に代わって封印を続けとる」
溜め息でも付きそうなほどの良庵さん。
そんな良庵さんを、加奈子さんも気遣わしそうに伺ってはる。
「親の心、子知らず」っちゅー言葉もあるけど、正にこの事をゆーんやろ。
孝行娘過ぎて、良庵さん達も強くゆえんのやろな―……。
「竜洞会の方からも、ここの霊穴を放棄してえーってお達しをもろとる。私としてはこれを機会に山を降りて、普通の神社として暮らせればー思とるんやけどな―……」
「えっ!? そうなんですか!?」
利伽が驚くんも無理はない。俺だってそんなん、初耳や。
ここの問題を解決せーって言われてきたけど、実はここの霊穴を破棄することまで視野に入ってるやなんて聞かされてなかったからな。
「ここのは古くからある、霊験あらたかな霊穴やけど、こんだけ山の中にあるからな―……。化身が寄ってきても、人の世に害はないって判断やろ。それに、ここから伸びる霊脈も短いもんや。ここの霊穴が起因となって、麓の町に何かしらの影響が出るって事も考えにくいからな―……。強固な封印を施して、この社を放棄しては……てゆわれとるんや」
確かに、この周辺しか影響がないんやったら化身の悪事も、地脈の影響も考える必要ないかもしれんな―。
「……けど……ここは代々私達の祖先が守ってきた霊穴や。その事に伊織は胸を痛めとってな―……。あの娘は、すぐにでも後を継ぎたいって考えてるんやろ……」
なるほど……こりゃー、面倒な案件や。
事情が事情なだけに、現場の判断に委ねるっちゅーたばあちゃんの言葉も分かるわ。
―――霊穴を手放すんもやむ無しって考える良庵さん達と……。
―――それに納得がいってない伊織か……。
「でも伊織ちゃんて中学生なんですよね? その……能力的にはどないなんですか?」
利伽が続けて質問した。
確かに、なりたい、やりたい、継ぎたいっちゅー気持ちだけで務まらんのがこの仕事やろ―。
それにばあちゃんの話では、伊織はまだ未熟やっちゅー話やったけど……。
「……高い」
より深刻になった良庵さんが、短く簡潔に答えた。
そしてそれが、事態を複雑にしてるんやって事も分かった。
「あの娘は一種の……先祖返りなんやろな―……。代々弱くなってた私達の能力を、あの娘は一足飛で追い越してもーたんや。本格的な修行を始める前やっちゅーのに、あの娘にはもう封印師としての力と、結界師としての才能が目覚めてきとるんや」
こりゃ―……参ったな。
良庵さんが認めるほどの力があるんやったら、そらー説得する力も弱まるやろ。
だいたい親ってのは、子供に才能があることを喜ぶもんや。
もっとも、今の良庵さん達はその気持ちも半々なんやろうけどな。
「そう……ですか」
流石の利伽も、それ以上はこの事について話せんみたいや。
大体、親になったこともない俺等に、親子の感情やら関係について何やゆー事なんか出来へん。
「んじゃま―……一回俺等で話ししてみるか―」
俺はこの言葉で、この場の話を締めくくる様に促した。
伊織本人がおらん。
俺等も伊織の気持ちがわからん。
良庵さん達からも、どうして欲しいって言われへん。
こんなん、答えなんか出るわけないやん。
それに……や……。
もう待ちきれん!
ご馳走前にしてお預けなんて、どんなプレイやねん!
俺の獲物を狙う目を見た利伽は、ため息混じりに両手を合わせた。
それを皮切りに俺も、んで皆も手を合わせて……。
「いただきます」
綺麗に唱和されたんやった。
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