到着

 ……着いた……。


 日もとっぷりくれて月明かりしかない闇のなか、俺等は「東雲神社」と銘打たれた門の前におった。

 思いの外険しかった山道で利伽りかもヘトヘトなんやろう、表情に余裕なんか見られへん。

 ビャクとよもぎは流石にケロッとしてるけど、普通の人……高校生に、あの山道はキツすぎんで……。

 

 んで俺はっちゅーと、自分の荷物プラス利伽のキャリーバックを背負って、疲労困憊やった。

 流石にアップダウンの激しい山道で、歩きにくそうにしてる利伽をほったらかしにも出来へん。

 しかし重いな、このバッグ……。

 何が入っとんのや……。

 

「ごめん、ありがとうな……タツ。重かったやろ?」

 

「はぁ? こんなん、楽勝やで」

 

 こんな処が男の悲しい性ってやつやな……。

 でも疲れたんは、なんも山道やとか荷物のせいだけやない。

 

 結果だけ言えば……熊は出た。

 いや、熊だけやのーて猪とか鹿とか、兎に角野性動物に遭遇しまくった。

 熊は、ビャクと蓬を前にして戦わずして撤退しおった。

 まぁ、野生の本能に助けられたなって感じや。

 猪とか鹿は、俺等の前に飛び出してきたけどなんもせんと逃げていった。

 向こうの方がビックリしたって感じやな。

 

 兎に角、とても同じ関西圏……兵庫県内やとは思えん、自然味溢れる道中やった。

 でも、よー考えたらこんだけ山に囲まれてるんや。

 寧ろ都市部って呼べる場所の方が少ないんやないか?

 

「遠いとこ、よー来なはったな―」

 

 そんなしょーもない事を考えとったら、門の奥から一人の男性がにこやかに近づいてきた。

 一目その格好を見て、その人がここの神主「神宮じんぐう 良庵りょうあん」やって分かった。

 

「お邪魔します。神宮良庵さんですか?」

 

 分かったっちゅーても、相手を確認せん訳にはいかん。

 利伽は、礼儀正しく挨拶をして尋ねた。

 

「そうや。私がここを預かってる神宮良庵です」

 

 ニコニコと笑顔で答える良庵さんからは、とても体調を崩してる様には見えん。

 

「私は八代やつしろ利伽と言います。そして彼が……」

 

不知火しらぬい龍彦たつひこです、宜しくお願いします。この二人は、化身のビャクと蓬です」

 

 俺が挨拶し終えてビャクと蓬を紹介すると、ビャクはビックリしたように慌てて、蓬はいつも通り落ち着いた雰囲気でそれぞれ頭を下げた。

 

「ほぅ……こない強力な化身を従えてるやなんて……こう言ったら失礼かもしれんけど、君達は見かけによらずの実力者なんやな―」

 

 まじまじと二人を見つめる良庵さんが、心底感心したように洩らした。

 俺としては「従えてる」ゆー部分には大いに反論があったけど、まさかここで事細かに説明する訳にもいかん。

 二人が気にした様子もないし、ここはとりあえずスルーしといた。

 

「いえ……まだまだ修行中の身です。良庵さんはお身体の調子、如何なんですか? 私達が聞いた話ですと、随分とお加減が優れないゆー事ですが」

 

 おお……流石は利伽やな。流暢な敬語や。

 それはさておき、確かに俺等がばあちゃんから聞いた話やと、良庵さんは地脈の霊気にやられて随分と衰弱してるって聞いてた。

 

 ―――もう、封印出来へんほどに……。

 

「ああ……そうやな。確かにもう、私は封印師としての力は殆ど残ってない。麓の神社にいてはる神主さん方と、大して変わらん力しかないんや」

 

 そう話す良庵さんやけど、やっぱり弱ってる様には見えへん。

 ゆーたら悪いけど、俺から見たら健康そのものや。

 

「おや? 龍彦君は不思議そうやな。元気そうに見えるからかな?」

 

 俺の視線に気付いた良庵さんが、ニコニコと指摘した。

 

「んっ……!」

 

「いった―――っ!」

 

 そんな俺に、利伽が思いっきり足を踏んできた。

 確かに、今のは俺の方が不躾やったやろな―……反省。

 

「はははっ! 気にせんでえーよ。まぁ、病気やなくて霊障やからな―。普段の生活には、なんの差し障りもないんや」

 

「……霊障……?」

 

 なんや聞いたことあるような無いような……あんまり聞き慣れん言葉に、俺と利伽は互いの顔を見合って確認したけど、どっちも知らんかった見たいや。

 

「ふむ……その辺りは、まだ禊」みそぎさんに説明受けてないんやな。詳しい話は、中に入ってしよか」

 

 よー考えたら、俺等はまだ門のとこにおったんやった。立ち話もえーとこや。

 良庵さんの勧めを受けて、俺等は母屋の方へと案内された。

 

 

 

 母屋にある、俺等に割り当てられた部屋へと通された。

 結構広い。

 これやったら、確かに4人おっても狭く感じんやろう。

 

 けど……何でか相部屋みたいになってる。

 

「あの―……良庵さん? 俺の部屋は……?」

 

 俺は恐る恐る良庵さんに聞いた。

 まさか、ベタな展開はない……それだけはないと確信してたんや。

 

「ああ、ごめんな―。他の部屋は用意できんでな―。4人一部屋で我慢してくれんか―?」

 

 ……ベタやった。

 俺は激しく動揺したけど、そろ―っと除き見た利伽は、別段気にした様子が無かった。

 それどころか、さっさと部屋に入って荷物を置いてる。

 

「ほら、タツ。何やってんの? 早く入らんと、良庵さんがいつまでも戻られへんやろ?」

 

「お前……気にならんのか?」

 

「何がよ?」

 

「いや……俺と相部屋やねんで?」

 

 全くいつもと変わらん利伽に、俺は思いきって質問してみた。

 しれっと平常心で答えてる利伽やったけど、俺の最後の言葉には一瞬で顔を赤くした。

 ……やっぱり気にしてるんやないか。

 

「しょ……しょうがないやん。良庵さんもこうゆーてはるし。こっちはお邪魔する身―なんやから、我が儘言えんやろ」

 

 プイッとそっぽを向いた利伽は、まだ照れてるみたいや。

 なんや……踏まんでええ地雷を踏んでもーたな―……。

 

「大丈夫ニャ、タッちゃん」

 

「ええ……私達が……同室でいる限り……ラブコメのようにはなりません……させません……」

 

 奇妙な間が出来た俺等に、ビャクと蓬がフォローを入れてきた。

 まー確かに、こいつらも同室なんやから何や変な事にはならんやろ。

 ……まぁ、それはそれで残念やけどな。

 

「部屋で話する―ゆーたけど、丁度えー時間や。娘も夜のお務めが終わる頃やから、晩御飯の時に紹介も兼ねて話しようか」

 

 俺等の話が一段落着いたと見てとった良庵さんが、そう提案をしてきた。

 

「はい、御馳走になります」

 

 気づけば時刻は、もう20時をまわっとった。

 今から事に当たるっちゅー訳にもいかんし、慌ててもしゃーない。

 それに、今現在封印師を代行してる良庵さんの娘さんにも会っときたいしな。

 俺等は快く良庵さんの申し出を受けた。

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