山間の駅
「タツ―! 準備出来た―? 行くで―!」
金曜日夕方。
学校から戻った俺と
まぁ、準備っちゅーても俺は男やし、替えの下着とシャツがあったら十分やからそれほど大層な荷物にはならん。
これが真冬やったら、ある程度かさ張るんやけどな。
「準備なんかとっくに出来てるっちゅーねん。準備完了なんやったら、早よ行こか」
「……あんた……それだけでえーのん?」
俺が小脇に抱えたバッグを見て、利伽が驚いた様にゆーた。
確かに、“無期限”の遠征としては少ないかも知れんけど、男の準備としてはま―……こんなもんやろ?
「ん……? これで十分やで」
でっかいキャリーバックを持ってる利伽に、俺はそう答えた。
しかし女っちゅーんは、持っていくもんだけでも大変やな―……。
こっちはこっちで、利伽は利伽で互いに呆れながら、俺等は参道を下った。
「ビャクと蓬は手ぶらなんやな―」
俺達の隣を付いてくるビャクと蓬の格好を見て、俺は素直な感想をゆーた。
化身やゆーても、ビャクも蓬も女の子や。
それなりに準備があるって思たんやけど……。
「あんニャ―……タッちゃん。ウチ等は化身やで―? 着替えニャんて、その気になればなんぼでもすぐ出来るニャ―」
そうゆーたビャクは僅かな光に包まれると、俺の見てる前でその衣装を変えおった。
「おお、すげーな! 便利やんけ! それにその格好も似合うやんけ!」
俺は驚きながら、特に考えもなくそーゆーた。
ビャクは、それまで来てた羽織袴から、利伽と同じ格好に衣替えたんや。
いっつも同じ羽織袴やから、たまに違う格好を見るんも新鮮やな。
それに冗談抜きで、ビャクには洋服もよー似合う。
「い……嫌やニャー、タッちゃん。そんなに誉めんでも……。でも……それやったら、普段もこの格好に……」
ビャクは俺の言葉に、しきりに照れながらボソボソとなんかゆーてる。
……と、今度は逆の方から光が灯った。
今度は蓬が、いつもの黒い着物から洋装に変わっとった。
その格好は、昨日
「へー、蓬も出来るんやな―。でも蓬もその格好、めっちゃ似合うやん」
蓬は、実年齢は兎も角として、見た目だけやったら神流と同じくらいの歳に見える。
だからか知らんけど、神流の格好もよー似合ってた。
蓬はビャクと違って、真っ赤な顔をして顔が隠れるくらいに俯いた。
多分照れてるんやろな―……。
「タ―ツ―……? 他の娘は誉めても、私には何もないん―?」
俺は瞬時に体を強ばらせてもーた!
それくらい、利伽から掛けられた声には冷たいもんがあったんや!
俺はゆ―――っくり……ゆ―――くりと、利伽の方に顔を向けて……。
更に背筋が凍りつき、嫌な汗が吹き出すのんを感じた!
だって……。
利伽は満面の笑みやってんから……。
空恐ろしい程の声音と真逆を行く表情……。
世の中に、これ以上怖い笑顔は……無い!
「な……何ゆーてんねん……。その服……り……利伽もその……めっちゃ似合ってるよ」
考えなんか無い!
反射的に俺の口からでた言葉は、疑うことなき本心やろう。
「ふ―ん……。なんか取って付けた見たいやけど……まぁ、ええわ」
次の瞬間には、利伽の雰囲気が和いどった。
どうやら、俺は“失敗”を踏まずに済んだらしい……。
「ほんま、ビャクと蓬もよー似おてるよ―」
「いやいや―……。利伽さんも可愛いですニャん」
「……うん……似合ってる……」
そっからは、何事もなかったかのように女子トーク? が開催された。
キャイキャイと目の前で繰り広げられてる会話に、俺は完全においてけぼり状態や。
結局、目的の駅に着くまで俺は完全に“
降り立った駅は、一言で言えば……寂れてる……やった。
兵庫県神戸駅から乗り換えを繰り返して、最後は1車両しかない電車に揺られてやって来たとある駅……。
「平坂駅……ここで合ってるやんな―――?」
不安そうに利伽が聞いてくるけど、俺に聞かれたってなんも答えられへん。
「周りは……山しかないニャ―……。家も見当たらんし……」
確かに……。
山間に作られた駅は、正しく「誰がここで降りるん?」としか言い様が無かった。
無人駅なんは当たり前。
自販機すらない。
出口は一つしかなくて、その出口を出てちょっと歩いたら、すぐに木々で囲まれた山道になってるみたいやった。
「……兎に角……早く目的地に着かないと……日が暮れる……」
蓬の指摘ももっともや。
ってゆーか、既に周囲は暗くなり始めとった。
「ばあちゃんは何てゆーとったん?」
因みに俺は、行き先の事とか相手の事とか、詳しい話はま―――ったく聞いてない。
俺が聞くより、利伽が聞いといてくれた方が話が早いからな。
「うん……駅を出たら道は一本で、迷うことはないって……」
「ほな、この道しかないやんけ。行こか」
俺は先頭を切って歩き出し、それにビャクと蓬も付いてきた。
「え……でも……合ってるんかな……?」
「んなもん、分かるかいな。けど、ここに居ったって東雲神社には着かんからな―……。行くだけ行って、間違ってたら戻ってきたらえーねん」
地図も案内も無いんやったら、行動あるのみ。
たどり着けんかったらま―――……そん時はばあちゃんのせいやな。
『たどり着けんかったら―――あんたの甲斐性なしっちゅー事やからな―――』
「うおっと!」
「おばあちゃん!?」
いきなりの念話に、俺は思わず驚きの声を上げてもーた。
ま―、念話なんか突然やからしゃーないとして、心の中を読むんだけは勘弁やで……ほんま……。
『安心しーや―――その道で合ってるさかいな―――。けどな―――……そっから、ちょーっとばっかし歩かなあかんで―――……山道をな―――』
俺と利伽は、その言葉だけで大体を察した。
ばあちゃんがゆーんや。ちょっとばっかしな訳あらへん。
更にこの山道……多分大変な道程なんやろな―……。
『心配せんでえーで―――。そこは野性動物の宝庫やけどな―――熊だけはまだ確認されてないっちゅー話やで―――』
『どこが安心出来んねん! まだってなんや、まだって! んで、おらんやなくて、確認されてないだけかい!』
ばあちゃんの脅しとも本音かも分からん言葉に、俺達は一抹の不安を抱いた。
そんな話聞かされたら、暗い山道が不気味にしか見えん。
『まだ襲われたって報告ないからな―――。けど一応―――早めに着くよう頑張りや―――』
そこでばあちゃんの念話は途切れた。
気にした様子の無いビャクと蓬を横目に、俺と利伽は互いに顔を見合わせてため息をつくしかなかった……。
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