ずっといっしょ

M2A

第1話 新人

「また新しいの増やしちゃった。そろそろ置き場もないのに」


 若草を乗せた初夏の匂いが漂う昼下がり。私はリビングを通り、自室のドアを開けつつ呟いていた。ドアを開け、まず目に入るのは大きな本棚である。雑誌、小説、少女マンガ、昔使っていた教科書……雑多なジャンルの本が乱雑に放り込まれている。平仮名のでこぼこ文字で、"1ねん 2くみ あかがわ ゆきこ"なんて書いてあるノートを見ると、いい加減昔のものは捨てないとと思い立つが、結局いつまで経っても整理が進まない。とはいえ、年頃の女子らしく周りと話を合わせる為には、テレビから得られる情報だけでは足りないのは事実である。雑誌や話題の本は一通り押さえておかないと駄目なのだと、いつも通り自分に言い訳をすることにした。


 続いて目線を左にそらすと、西向きの窓から少しむっとする陽気が差し込んでいた。世間はゴールデンウィークも終わり、いよいよ新社会人、新入生も新しい環境に馴染んできたことだろう。かくいう私は高校を卒業して以来、いわゆる新年度と言ったものとは無縁の生活を送っている。一応、世間のカテゴリー的にはフリーターに属するのだろうが、働いている職場も期間もまちまちで、そもそも対価であるお金にもあまり関心がない。幸いなことに家がそこそこ裕福なおかげで、無理してお金を稼ぐ必要がないのだ。そのため、アルバイトは私にとって一種の社会経験と呼べるものであり、学校に通っていない私と社会とを繋ぎとめる手段となっていた。


 光の差し込む先、右の壁を向くと、この部屋には少し似つかない重量感のあるベッドが鎮座していた。普段目にするものなのであまり気にならなくなっているが、少なくとも私の体格と比べると不釣合いに大きいことは確かだろう。


 そんなベッドの上には大小さまざまなが私の帰りを待ちわびていた。我ながら年齢を考えるといい加減少女趣味は良くないと思うのだが、いつまで経ってもこのぬいぐるみ達が卒業出来ない。ただし、決してメルヘン趣味を持っている訳ではなく、このぬいぐるみも節操なく増えている訳ではない。ベッドに所狭しと大小様々なぬいぐるみ達が置かれているというメルヘンな情景は、私の年齢を考えると相当痛々しいものだろう。そうではなく、辛く悲しいことがあったときだけこのベッドサイドの住人達は増えていき、その度に私の心の傷を癒していくのだ。ある意味ではこのぬいぐるみ達は私の半生の系譜とも言えるだろう。それだけ一つ一つのぬいぐるみに思い入れがあるし、今でもそれぞれのぬいぐるみを見るたびに、彼らを新しく迎えたときのエピソードを思い出すことが出来る。そして今日は悲しいかな、彼らに新しい仲間が加わってしまった日なのである。


「仲良くしてくれるかなあ、皆と」

 自然とまた声が漏れる。新しい仲間は仲良しの2人組だ。

「今回は2人同時。元から仲良しの2人だと思うけど皆とも仲良く出来るといいね」

 年に似合わないメルヘンチックな台詞が口から漏れる。誰かに聞かれるとまずいと思うが、幸いにも今は家に私しか居ない。悲しい出来事があったときくらい、多少年齢が逆行しても良いじゃないか。またも自分に言い訳しつつ、新しい住人達をベッドサイドに加え、彼らを円形状に並べなおす。


「新しいお友達に、私たちのこと紹介しなきゃね」

 新しい住人が早く溶け込めるよう、新人歓迎会を急遽開催することにする。主賓である新人は最後ということに決まり、ぬいぐるみ達は年長のものから順番に、私と彼らの出会いの日々を静かに語り始めた――

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