なれる!SE

夏海公司/電撃文庫

 システムエンジニアは最高の仕事だ。この世に存在するSE以外のあらゆる仕事を除けば


   ──とあるプロジェクトマネージャーの言葉









 平凡な人生を送るのはむずかしい。

 そんな台詞せりふさくらざかこうへいは生まれてこの方、いやというほど聞かされてきた。

 分かってる。分かってるのだ。

 ロックスターを目指さなくても、F1レーサーにならなくても、トップアスリートへの道を突き進まなくても。

 普通の人生は非情なまでにつらきびしい。

 高校じゆけんは悪夢だった。

 大学受験はごくだった。

 学校の人間関係は複雑怪奇で、なんな立ち位置をするのにとてつもない努力が必要だった。

 運良く第一志望の大学に合格したあとも同じだ。東京で一人ひとり暮らしを始めた工兵に社会の荒波はようしやなく押し寄せてきた。

 コンビニのバイトで金銭の重さを知り、サークルの上下関係に社会の階層をかいすいの失敗で母親の偉大さを思い知らされた。家賃もこうねつも水道代も、生きていくには何もかもコストがかかるのだと気づかされた。

 平凡な人生を送るのは難しい──

 工兵はその事実を骨身に染みて理解している。

 だが。

 だがしかし。


 をするのが、これほど難しいとは思ってもみなかった。


 大学三年生の二月、初めての採用面接が不合格に終わった時、工兵の感想は「バイトの面接とずいぶん雰囲気が違うもんだなぁ」というのんなものだった。

 三月になり不合格の数が十を超えると、初めて「これは何か対策を立てた方がよいのかも」と思い始めた。

 四月になり一次採用がしゆうばんを迎えると、けいたいけんがいが怖くなり始めた。電波の届かないところに移動したしゆんかん、採用担当から電話があったら。電話が通じないことで面接予定者のリストからはずされたら。──そう思うと携帯を数分おきにかくにんしないと安心できなくなった。

 五月。

 大手企業の採用が一段落した時。

 工兵の内定数は相変わらずゼロのままだった。

 不況、採用よくせいよう調ちようせい。まぁ、そうは言っても自分の大学はそこそこ名も通ったところだし、最終的にはなんとかなるだろうという油断、まんしん。サークル活動やら何やらで、同期よりほんのわずかに遅れたしゆうしよく活動の取りかかり。

 いろいろ理由はあったのだろう。一つ一つはぶん落ち着いて取り組めば対処可能な問題。──だが最初のつまずきはこうへいの心に小さなあせりを生み出し、次第次第に彼の就職活動を迷走させていった。

 大してしきのない業界におうし、都市伝説のような面接の必勝法にすがりつき、ほとんどざまなまでに面接官の望む答えを見つけ出そうとした。

 しかしそんな付け焼き刃の対応がうまくいくはずもなく、六月になっても工兵の内定はゼロのままだった。

 サラリーマンになれないことがこれほど絶望的な気分だとは思ってもみなかった。まるで自分の人間性を否定されたような、自分という存在を丸ごと拒絶された気分だった。

 大学の仲間は一足先に内定をかくとくし、残り少ない学生生活を楽しんでいた。一体自分と彼らで何が違うのか、冷静さを失った工兵にはさっぱり理解できなかった。分からないまま、彼はほとんど生けるしかばねのようにけいたいの着信をかくにんし続けた。

 七月──

 があけ、夏の暑さがそろそろ本番となるころ

 実家の両親から連絡があった。

 就職が決まらないなら──東京で働き口がないのなら実家に戻ってこいと。

 工兵の実家は老舗しにせの商店で、彼一人ひとりなら働けるだけの余裕はあった。げんかくな父親にしてみれば息子が定職にも就かず留年するなんて許せなかったのだろう。

 就職先を決めるか、実家に戻り家業を継ぐか。

 がけっぷちのしやたくいつをつきつけられた工兵は、最後の望みを託し就職サイトの秋採用特集にアクセスした。

 そして、七月も終わりかけのある日。

 彼はその求人を見つけた。

 株式会社スルガシステム。

 聞いたこともない企業だった。業種はシステム開発、情報処理。募集職種はシステムエンジニア。社員数は三十数名、創立まだ数年の小さな会社だった。

 就職活動をはじめたての彼であれば、おそらくこんな求人に見向きもしなかっただろう。工兵はメールとインターネット、そつろんようのワープロ以外にPCを使ったこともなく、自分がエンジニアとしてかつやくする図など想像もできなかった。何より学生の間でSEはとにかくきつい仕事とうわさされており、大手ならともかく中小の情報処理会社など検討にも値しないはずだった。

 だが募集要項の下に書かれた一文が工兵の目を引きつけた。


『まだ見ぬ君の可能性を求めて──』


 自分の……可能性──

 たびかさなる不採用で自信を失っていたこうへいに、その言葉はズシリと重くひびいた。自分の中に可能性と呼ばれるものがあるならそれを見つけてみたい。求める人達のために役立てたい。そんなねつっぽい感情が工兵の心にき上がってきた。

 スルガシステムの求人広告は独特だった。

 求める人材像やキャリアパスの説明はほとんどなく、Yさんというしんまいエンジニアの日常がたんたんと書きつづられていた。

 Yさんは文系出身でコンピュータに関して素人しろうと同然だった。

 れない業界でとなるしきもない。だがきやくにはスルガシステムのエンジニアとして一人前の働きを期待される。

 せつと再起、挑戦と失敗。

 何度となく「もうやっていけないのでは」と思い、そのせんぱい社員に励まされ立ち上がっていく。そしてついにだいプロジェクトをやりとげ、顧客からかんしやの言葉を勝ち取るのだ。

『ありがとうYさん、あなたのおかげで当社の新システムは無事稼働カツトオーバーしました』

 ───。

 最後まで読み終わったしゆんかん、工兵は不覚にも涙していた。

 逆風にあらがい目的に向かって突き進むYさん、彼の姿が今の自分とだぶって見えた。

 そうだ、どんなに苦しくったって、つらくたって。あきらめなければなんとかなる、道は開ける。──

 気づけばスルガシステムのしゆうにエントリーしていた。

 返事はすぐに来た。

 説明会の候補日と場所、採用プロセスのかんたんな説明。工兵はすべての予定をキャンセルし説明会を予約した。

 そこから先はうそのようにじゆん調ちようだった。

 説明会に書類選考、筆記けん。人事面接に役員面接。

 面接対策をたてるまでもなかった。

 Yさんのようになりたい、そう思っただけでマニュアルと違う自分の言葉が出てきた。熱っぽく意気込みを語る工兵に面接官は力強くうなずいてくれた。

さくらざかさんは本当にゆうしゆうな方ですね』

 人事の担当者はニコニコしながら言った。

へいしや以外にも、最終選考まで残っているところがあるんじゃないですか?』

 とんでもない! と工兵は首を振った。

 自分はおんしやを第一志望に考えています。他社に応募するつもりはありません。

『なるほど』

 採用担当者はな顔でうなずいた。うなずきながらずいと身を乗り出す。

 であれば、内定しようだくしよにサインをいただきたい。実を言うとほかにも内定候補者がいまして、手続きが遅れると採用わくが埋まってしまうかもしれないんです。いや、これはさくらざかさんだから話すんですがね。──

 こうへいは二つ返事でうなずき承諾書にサインした。

 こうして──工兵のしゆうしよく活動はあつなく終わりを迎えた。

 彼は実家に連絡し、卒業後の進路が決まったと告げた。

 両親はれぬ社名に首をひねったものの、約束通り実家へのかんあきらめてくれた。

 サークルやゼミの知り合いも、工兵の内定を知るや祝福の言葉をかけてくれた。

 当たり前の日常──だれもが送る平凡な人生を彼は取り戻したのだ。


 それからしばらくしてテレビで商法の特集を見た。

『詐欺の手口で、よくあるのはですね』

 消費者問題の専門家という男性が、のんびりした調ちようで言った。

『まず成功たいけんを伝えます。このお守りを買ったら商売が上向いたとか、じゆけんに成功したとか、そういうのをですね。実例として話すわけです。で、次にかんあおる。今買わないと在庫がなくなる。最後のチャンスだとか言ってね』

 なるほどー、と司会のアイドルがおおぎように相づちを打った。

 男性はうなずきながら話を続ける。

『あなたは特別だ──とも言いますね。あなたのように特別な人だからこの話を教えたんだって。まぁよく考えればさんくさいわけですが。だってよく売れる商品なら、わざわざ一人ひとり一人ひとりいて回る必要ないでしょ(笑)効率の悪い』

『あははー、たしかにー』

『まぁ詐欺師はだましやすい人をねらいますからね。気の弱い人とか悩み事のある人とか、あと何かせつまってる人とか。つまり冷静な判断力をなくしてる人ですね』

 私はだんから冷静じゃないし、すぐ騙されちゃうかもー。アイドルの天然な発言に会場がどっと沸く。

 上がりのコーラでのどうるおしながら工兵はこくりと首をかしげた。


 はて……なんだか最近似たような話を聞いた気がするけど、なんだっけ?


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