新たなる力
チューリップのように三又にわかれた先端。反対の手で柄をにぎって取り出すと――いったいどうやって収まっていたのやら、全長二メートルはありそうな
『
「あたしじゃあなくて、元ネタのでしょ!」
反転。飛来するビスの群れ。まっすぐに突っ込む。二郎刀を風車のように回転させる。弾かれたビスが、雪原に無数の穴をあけた。
いける。そう確信し、シュガーはさらに前進――追跡するミルシュとの距離を一瞬で詰める。
次なるビスの弾雨。刀を回す。弾く。指呼の間。とった!
威力を増すために刀身を白熱化させ、横薙ぎの一閃。だが、空を切った。わずかに早く、ミルシュは上へ逃れている。
右肩。両腕。左足の甲。まず衝撃があり、それから血がしぶいた。
「ああっ!」
痛みに耐えかね、思わず膝をつく。傷を押さえたてのひらが熱い。どくどくと、鼓動に合わせて次から次へと溢れてくる。
傍らに、ミルシュが降り立つのが見えた。追撃はなく、彼女は視線を上に向けた。
「ドクター。まだ続けますか?」
『そ、そうだね……シュガー』
駄々をこねるように、シュガーは首を横に振った。
「大丈夫。急所は、外れてるから」
『で、でも……』
「この人に、弱いと思われたままじゃあ悔しいし」
無理やりにくちびるを笑みのかたちに曲げ、シュガーはミルシュを見あげた。
「いい度胸です」
ミルシュが左右に翼を広げた。新たに数十個のビスが空中に現れる。
(来る!)
シュガーは二郎刀を回転させた――が、発射されたビスは、すべてシュガーの脇を通りすぎていった。
「えっ!?」
叫んだときには、すでにミルシュが背後に回り込んでいる。
強烈な蹴りを背中に食らい、シュガーは海老反り状態で吹っ飛んだ。
(なんて意地悪……!)
わざわざビスを羽根から出すところを見せたのは、シュガーに防御姿勢を取らせ、動きを止めるため。
圧倒的優位にいるにも関わらず、こちらのなけなしの戦意まで挫こうとするかのような容赦のなさだ。
だが、負けるものか――雪の中から顔をあげ、シュガーはひとりごちた。
こんなところで、立ち止まっていられない。
『シュガー』
耳許でボガードの声がした。さっきまでとは響きかたがちがう。
『別回線でキミにだけ話してる。いいかい、キミの武器は他にもある。再生手術を施したあと、新機能を追加したんだ』
「ええっ」
『キミの言う元ネタにより近づけようと思ってね。それは――』
シュガーの頭上を黒い影が覆った。
ほとんど垂直に降り注ぐ金属の雨――避けようとするも、脚が重い。ただでさえ体力が落ちているうえに、傷と疲労で相当に動きが鈍っている。
ふくらはぎに一発もらった。歯を食いしばる。前へ。なんとか斜面に身を投げ出す。滑落しながら距離を稼いだ。
「お終いにしませんか?」
坂の上から、うんざりしたようにミルシュが訊ねた。
「まだまだ……」
「呆れますね。なんでそこまで」
「だって……
ミルシュが表情をこわばらせた。それから、矢のような勢いで坂を駆け降りてくる。
声を発する間もなく、みぞおちに膝が入った。浮いた身体を下に叩きつけられ、さらに腹を踏みつけられた。
『ミルシュううううう! か、加減をっ!』
「うるさい!」
はっきりと、怒りを込めてミルシュは叫んだ。
苦痛に呻きながら、シュガーは困惑していた。なんだ。いったいなにが、彼女の逆鱗にふれた?
見おろしたミルシュの両目は、元の色も相まって、さながら燃える炎のようだった。
眉間には深くしわが刻まれ、ぎりぎりと歯を噛みしめている。
「一度死んだ身のくせに」
蘇った仲間に対し、
食堂で会った皆の顔が浮かぶ。
彼らの抱く感情はもっと複雑で、戦いから脱落しかけた者への憐れみと、若干の軽侮さえ混じっている。
それでも、明日は我が身とわかっているから、表に出さないだけなのだ。
「大人しく引退すればいいものを」
しかし――それだけだろうか。
ミルシュの敵意は、それだけでは説明がつかない気がする。
「なんと言われようと……あたしはやめない」
「なんで、そこまで――」
「もう二度と殺されないためよ!」
ミルシュが息を呑むのがわかった。
怒りとも憎悪とも違う、なんとも言い難い色がその顔に浮かぶ。
「こ、答えになっていません。そうする理由を、私は問うているのです」
「行かなくちゃいけないんだ。ヘルラのいた、戦場に」
「納得がいきませんね。そうまでして仇が討ちたいと言うのですか?」
「どうなんだろね」
へへっ、とシュガーは笑った。
「あなた、真面目に――って、武器はどうしたんですか?」
「さあ? どっかに落としちゃったみたい」
ミルシュは空になっていたシュガーの右手をつかみ、力任せにひっぱりあげた。
その目が驚愕に見ひらかれる。
シュガーの右腕は肘のところで枝分かれし、分岐したもう一方が、まるでミミズが地面にもぐるように雪の下へとのびていた。
「これは!?」
ミルシュが気づいたときには、すべてが終わっていた。
「なんてことを、あなたは――!!」
ミルシュはとっさに空へ飛んで逃げようとしたが、なにが起こるかわかっていた分、シュガーのほうが早かった。
身体のあちこちから触手状に肉をのばし、絡みつく。
柔軟性と伸縮性を十全に発揮し、ちょっとやそっとでは振りほどけないようにしてある。
これこそが、シュガーに追加された新機能だった。
すべての
生物、無生物を問わず、あらゆる形態を模倣。さらには、思い通りに全身や肉体の一部を変形させることも可能だという。
この能力を使って、増やした腕に斜面の下まで雪を掘り進めさせ、地表に到達したところで二郎刀の白熱機能をオンにした。
周囲の雪が溶ければ、その上に積もっている大量の雪は支えを失う――
視界が白く染まった。
「――――!」
ミルシュはなにか叫んだようだったが、密着しているシュガーにさえ、その声を聞き取ることはできなかった。
圧倒的な質量が怒濤のように覆いかぶさり、なにもかもを押し流してゆく。
ミルシュを触手で包んだまま、シュガーは雪に身を任せた。
「だ、大丈夫かい、ふたりとも!」
静穏を取り戻した雪原に、汗だくになったボガートが現れた。
雪崩の跡の上を、ふぅふぅ言いながら進み、ふたりが消えた辺りを捜しまわる。
ボガードが何度かふたりの名前を呼んだところで、その足許に、ひょこっとなにかが顔を出した。
管状になっているのか、その先端には穴があいており、何度かひらいたりとじたりを繰り返した。
「シュガーかい?」
ボガートの声に反応したように、管が天に向かって身体をのばした。まるで、海底に住むチンアナゴが巣穴から出てきたような動きだった。
アナゴで言えば胴体にあたる部分がふくらんだかと思うと、一瞬にしてシュガーの姿へと変わる。
「もうそこまで使いこなしているのかい?」
「博士が、あたしならできるって言ったんじゃない」
「そうなんだけど……ミルシュは?」
「無事」
いまだ雪に突っ込んだままだった右腕を引きあげると、気を失ったミルシュの頭が現れた。
ただでさえ白い顔が、低温のためか、いっそう白く見えた。
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