またな
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ゼイザック帝国歴624年、ドワーフ新歴3284年に起こった地方のミスリル鉱山における崩落事故は正史において歴史の片隅に埋もれてしまっているのが現状だ。
が、しかし歴史の分岐点があるとすれば、この時であったとする歴史学者は今だ多いのもまた事実である。
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『ドーン』
『ドーン』
『ドーン』
ヤルが出ていった後一時間も立たず、その音と振動はオーガ集落に響いた。
正確には元オーガ集落と言った方が
正しいか。
あの後奮起した我々は少しずつ盛り返し、制圧から殲滅へと行動を移していた。
(ヤルのやつ戻ってこないな……)
そう思った矢先に先程の音が響いた。
(崩落作戦に作戦フェーズを移したのか?
まあ、作戦が終盤なら間もなくヤル達もここに戻ってくるだろう。たかがスライムに後れをとる奴でもなかろうし。)
丁度応急手当てを終えたボロス達が戻って来るのが見えた。
(ミュルガも一緒か?小脇に抱えているのはゼリスか?)
「ボロス遅いじゃないか。お前の仕事はもう無いぜ。あまり遅いんで敵さん全て皆で平らげててしまったぜ。」
俺がおどけて言うと、周りにいる一緒に闘った者達はゲラゲラと笑った。
何故か、ボロスはにこりともしない。
「??」
「何があったんだ?」
「予定通り鉱山入口にしかけた魔石を暴発させることにより崩落は起こった。
誘い込みをかけた赤チョッキとその取り巻き、監察官はそれに巻き込まれ死んだと思われる。まあ、死んでいなくとも生き残ることは出来まい。」
「ほう。しかし奴等を良く巻き込むことが出来たな?」
「『ミスリル鉱の鉱床から突如スライムが溢れ出てきた。
どうも護衛のよごれだけでは対処できなさそうに見える。我々ドワーフの命も危険に脅かされそうなので赤チョッキ(ザナル)様応援をおよこし下さい』そう使いを送った。」
「なるほど、それで急遽応援部隊が編成され、鉱道に入ったと……。」
「監察官に良いところを見せようと、赤チョッキは率先して鉱道に入ってきたらしい。監察官もまあ、スライムならと言っていたそうだから、物見遊山で入って来たんだろう。」
「随分都合が良いこともあったもんだな。」
「……我らが爆発隊はある程度奴等が入ったタイミングで入口側の鉱道を崩した。」
「爆発隊の皆は?」
「義務を果たし、ヘパイオの御元へ旅立った。それだけた。」
その言葉が全てを語っていた。
「赤チョッキの部隊全てが崩落に巻き込まれたって言うのは間違いないのか?」
「先頭付近の者は一部難を逃れたと聞く。でもだとしても…先には……スライムがいる。」
「スライムか?スライムなら簡単に討伐出来るだろうに?」
「普通のスライムならな。」
「?」
「規模が違う。押し寄せる波のようだった。」
実際見たのであろう、真っ青な顔をしたドワーフが言った。
「…………ボロス、お前……ヤル達を含めみな嵌めたな。」
「…………」
一言も発しはしないが、無言であることが全てを語っていた。
「どうなんだよ。黙ってないで何か話してみろと言うんだ。」
「…………」
「隼人どの、何か誤解されているようですな。」
ボロスが口を開きかけたその時、
突然後ろから声がかかった。
「ベロウニャ、どこが違うと言うんだ?」
「今回はシーフ達が魔石の代価(ミスリル)を得るべく壁を掘っていたら、壁の反対側がたまたまスライムの巣窟であったと言うだけだ。
分厚い壁の向こう側が現在どういう状態なのかなんて我らが知るすべも無いじゃろうが。
それに、手の者からの報告では
シーフの子供……名前は確か……ダッケとか言ったか……
掘るのは効率悪いと言って、魔石を爆発させミスリル壁を崩しにかかったそうだ。
大方その爆音に驚いたスライムが暴走を始めたんじゃないかとワシは思うがの?」
「そう都合良く、魔石が転がっているとでも?」
「現にシーフ達の手伝いもあって崩落用の魔石を集めることが出来たんじゃろ。」
(絶対こいつらドワーフはこの件については黒の筈……。何か糸口はないか?
そう言えばボロスは前に、あまり欲張り過ぎるなとヤルに忠告を放っていたよな。
ミスリル壁の裏がどういう状態であったからそれで……
でもその一言じゃ根拠としては薄すぎる……
『そんなこと言っていない』と言われたらおしまいだ……)
「その話は置くとして、ヤル達が生き残っていて助けを待っている可能性は?」
「生き残っていたとしても、スライムに溶かされ吸収されている最中だろうな。
スライムが通った後には、草木一本も残らないと良く言われる。」
(痕跡何一つ残さない完全犯罪ってやつか。こいつらもトコトン外道だな。)
「それでも、可能性かあるなら俺はいかなくっちゃならない。」
「我らも盟友であるシーフ連中を何とか助けることを考えたんだが……」
「『考えたんだが?』
何故過去形なんだ?」
「さっきの者も言っていた通り、川の流れのように押し寄せてきておったんでな。
ドアを土魔法で塞いだ後、小部屋は魔石で爆破せざる得なかった。非常に心苦しくはあったんじゃが、氏族長として皆を守る義務があるのでな。」
(皆って言ったって、所詮あくまで守るのはドワーフだけだろうが。)
「そう言えばゼリスは?ゼリスはどうしたんだ?無事か?」
「そこのお嬢ちゃんは無事だ。ただ一時部屋から出ると言って狂乱状態になったんで、ミュルガに頼んで気絶して貰ったんだが。もう間もなく起きるじゃろ。」
その言葉に呼応するように
うめき声が聞こえる。
「ゼリス大丈夫か?」
「この裏切り者、
ヤル兄を見捨てやがって……。
どのつら下げて俺の前に立ってやがるんだ……。
そうか、そうかお前ドワーフとつるんでやがったんだな。
この惨事もお前が計画したものなんだろ
どこまで屑なんだ……。
あんなに、あんなにヤル兄に目をかけて貰っておきながら……」
唾を吐きかけられた。
「違う……」
「うるさい黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ
黙れ~~~~~~~
お前のこと絶対許さない。
殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……ひっひっひっひっ
ゼリス·メロウの名にかけて、地の底まで追いかけてでも殺してやる。絶対だ、絶対だ、絶対だ……」
ボロスがトンとゼリスの首筋を叩き、意識を落とした。
「隼人、こういっちゃなんだがゼリスはもう駄目だ。後顧の憂いを断つことも考えた方が……」
「待て、それ以上言うな。俺のことを考えて言ってくれているのは分かるが、もしそんなことしてみろ、俺はお前らドワーフを一生許さないからな。」
「悪い無神経だった。」
「ああ……」
(……………………………………ちくしょう。どいつもこいつも……)
「…………………………」
「…………………………」
(早くこいつらと別れたい)
周りのドワーフ達は戦勝に沸いてお祭り騒ぎだった。
ゼリスと言えば、あれから時どき目をふっと覚ますと俺を睨みつけ、呪詛を発することを繰り返した。
俺がいない時にはそんな素振りも出ないそうだ。
「残念ながら、お前がいなくなるのが彼女の精神の為に一番良いと思うぜ」
その様子を見て見かねたのかミュルガがそう言った。
(本当は俺が面倒見たいのだが、無理だろう……。そろそろ潮時かもな。)
俺は一人先に行くとベロウニャに告げ
ゼリスのことはボロス達に頼むことにした。
「意識の飛んでいる時にでも死に戻りをやってやってくれ。下手に意識がある時だと誰かに消されるかもしれないからな……」
(俺もまだまだガキだな。)
俺は重苦しい雰囲気の中、無言のままオーガ部落を後にした。
(また一人になっちまった……)
考えるのが嫌でひたすら足を動かす。
暫く歩くと分岐点についた。
上に続く道と下に続く道が見える。
(さてと上か下か?)
良く見ると、上に続く道の側溝に花ビラが流れ落ちてくるのが見てとれた。
(桜の花? いや……桃の花びらか?
ああ、あの近くへと続いているのかな?
よしならば上に行くとしよう。)
足取り重く踏み出すと
「隼人様」
と不意に声が響いた。
「ボック?」
「はい。」
「悪い。最後に挨拶一つ出来なかった。」
「経緯はお兄様に聞きました。
多分伏せた話もあるでしょうが……。」
「ボロスはなんと?」
「隼人様に我々はひどいことをしてしまったと言ってました。我らの恩人である筈の方なのに……
でも、こんなことを言えた義理ではないのですが…………。
そして図々しいことと分かっているのですが、お爺様を……ドワーフを……恨まないであげて下さい。」
「分かっているよ。ただ整理する時間が欲しいだけだ。」
「良かった。私、隼人様に嫌われてしまったかと……」
「そんなことある訳ないじゃないか。ドワーフ全体の安全を考えて、苦渋の決断をベロウニャが取ったんだろう。そう理性では分かっているんだ。でも感情がね……。まだ整理できていないだけだ。
落ち着いたら、ボックに会いにいくよ。」
「絶対ですよ。それと……これを……」
カバンらしきものを渡される。
ズシリと重かった。
「ミスリルならいらないよ」
「そんなもんじゃありません。食べ物と水を少しばかり入れて置きました。暖かくなってきたとは言え、まだ食料調達には厳しい時期です。くれぐれも準備を怠らないよう……」
「ありがとう。元気でな。」
「また。」
そう言って互いに別れた。
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彼女が見送っているのが分かったが、敢えて振り返らず俺は歩みを進める。
(振り向くと決意が鈍る……から)
10分ほど経っても、後ろに人の気配を感じる。
「ボックいい加減に見送りは……」
そう言って振り向いて驚いた。
「ふん。残念ながらボックの嬢ちゃんじゃねぇぜ。
お前優秀な冒険者を一人雇う気ないか?
この世界じゃお前まだいろいろ素人だろ?」
ニヤニヤ笑っているミュルガがいた。
俺は黙って頷くと、彼は歩調を合わせついて来たのであった。
一章完………… 次回帝都編につづく
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