ボック

□◼□◼□◼□◼


「随分遅かったじゃないか…。待ったぞ?」

部屋に入るなり、ボロスから声をかけられる。


「アポイントメントは無かった筈だが…」

そう言って俺は笑った。


「まあ、そうツレナイコト言うなって。


俺とお前の仲だろう。」

そう言ってボロスもにっと笑う。


ふいに…下から声が聞こえた。

「あの、アポイントメントなく訪れてすみません…」


「ん?」


見るとドワーフの子供がいた。


「こちらはもしや?」

とボロスに聞く。


「ああ」



「お子さん?」



「……………………」



「………………」




「なわきゃねーだろ。こう見えておれは元服(15才)したばっかりだ。」


(真顔で返されると……、ボケた甲斐がないって言うか……。

そもそもこいつ俺より下だったんだ……)


「妹だ。妹。覚えてないか?会ったことあるだろうが。


『族長(じいさま)に面会だ』と言ってさらし場から連れてきた。」


何か言葉を期待して要るのか、彼女は俺の顔をじっと見ている。



(ただ……覚えていない……)


「すまない。あの時は咄嗟だったんで顔を覚える間も無かったんだ。」

そう言って俺は頭を下げた。


残念そうな表情が彼女に浮かび

「そうなんですか……………………」

小声で呟く声が聞こえる。


俺は何故か非常に悪い事をしたような気持ちになった。

(ただ、覚えて無いものは覚えてないし……。

あの時は必死だったから、そんな余裕も無かった……。)


「まあ、兎に角元気そうで良かった。

ケガとかはなかった?」


「はい。あの後すぐにバルニャが回復魔法をかけてくれたので」


「『バルニャ』?」


「さらし場で、私達の面倒をみてくれるヒューマンの女性です。」

ふと川岸を必死になって走っていた女性の顔が浮かぶ。


「彼女の名前バルニャさんて言うんだな」



「あの………覚えられているんです…か?」



「君を助ける為に必死になっていたのが


凄く印象的だったからね。他意はないよ。」


「そうですか……」


(この年代の子供との距離感、難しい……

そう言えばそもそもこの娘は一体いくつなんだ?


話ぶりからすると幼児ではなさそうだな。


ボロスより下だから15才以下なのは間違いないが。異種族(ドワーフ)は外見から年齢の判断がつきにくくて困る。)


身長が130cmぐらいしかないというのは勿論のこと、ドワーフの娘らしく口元に豊かな口髭をたくわえていることも年齢当てを難しくしている理由の一つだった。


「でも何でまた川に落ちる羽目になったんだ?」


「それは……」

そういって彼女はボロスの方を伺う。


「お兄さんがいたら話辛いこと?」


コクンと頷く。


(何かあるな…。どうにか二人きりで話す場を持てないものか……)



「お兄様、私 隼人様と二人だけでお話ししたいことが……ちょっとこの部屋から出て頂けませんか?」


(うわぁ、ストレートだな。)



「流石にだな、未婚の男女二人きりで残すのはちょっと……」



(おいっ。年齢差考えろよな)



「何考えているんですか……。


想像力過多と言うか、バカと言うか……」

彼女は呆れたように言う。



「でもな……」



ボロスは渋ったが、結局妹が睨むと締めて出て行った。

(極度のシスコン……だな)


ボロスが席を外したのを確認すると、彼女は喋りはじめた。


「お兄ちゃんは、いえ兄は私のこととなると心配性になるんです。なので話せなくて。」


「あの時何があったんだ?」


「同じ『さらし場』のヒューマンの男の子に、川へ落とされたんです。」


「確かにそんなことボロスに話せたもんじゃないな。」


「はい。そんなことを兄が知れば、その子のことをまず許さないと思います。最悪殺しに向かうことも……」


「『命』には『命』を……か。」


「幸い私は死んでいないので、そこまではないと思いますが、簀巻きにして川の中へ放り込むことぐらいするかと思います。」


「勘違いと言う線は?」


「現場をみて頂けたらと思います。そこで隼人様の考えをお聞かせ頂けたらと……。

厚かましい要求とは思います。ただ、兄以外の大人の方で、この様なことを頼める方がいないので……。」


「分かった。俺で良ければすぐ行くよ。」


「すぐ?ですか?」


「ああ、今から行くぞ……。今後もそいつと一緒にさらし場で働くなら、早いにこしたことはない。」


「そうですね。」



俺は外にいたボロスを呼んだ。



入口付近でたむろしていたのかすぐ入ってきた。


「話終わるの早かったな」



「お礼を言うところを兄貴に見せたく無かったんだろ。照れもあるだろうし。」


そう語る。



ボロスはもっと聞きたそうであったが、俺はさらっと流した。


「それより、お前これからどうするんだ?」



「こいつをさらし場まで送った後、野営地に戻ろうかと思ってる。」



「同じ方向だし、彼女をさらし場まで送っていこうか?」


「頼めるのか?」



「もちろんだ。ついでだしな。」

そう言って頷いた。


「助かる。そういや、お前下に籠っている間狩ってたんだろ?その…魔石は?

あれば貰えると助かる…」


「ほらっ」

もっていた魔石を20個渡す。


「結構潜ってた割には、戦果は少なかったんだな。あのあとすぐ潜ったんだろう?」


「兄上あまりに、がめつすぎなのでは?」


「ボック、今の状況は知っているだろう?

集められる時に集めるんだ。鉱山(ここ)をでたら、またいつ魔石を入手出来るか分からないんだぞ。備蓄はあるだけあった方が良い。」


(ボロスの妹の名はボックって言うんだな。そういや、名前を聞くのをすっかり忘れていた……

それと……彼らが魔石を集めている理由が、聞いていたものと違う。

当初確か鉱道を崩落させる為に集めているって言ってた筈だ。他にも違う用途を考えていると言う訳だ。一体何を企んでいるんだ?



鉱山(ここ)にいる奴ら皆、何かしら隠してやがる…。気にいらないな。)

その様なことを考えていると


「で?」

とボロスに促される。


「潜っている間にちょっとあってな。


それに今回は魔石入手が目的で潜った訳ではないぞ。」



「………」



「………………………」



暫くの沈黙の後、何か察したのかボロスは口を開いた。

「まさかとは思うがお前一人で奥に行ったのか?」



「…………」



沈黙が全てを語ってしまったようだ。


「歯は立ったのか?」

そうボロスは聞いてきた。


「何とか一匹は倒せた。」


「そうかやっぱり。残念だったな……。

もっと研鑽を積んでからでないとお前でも無理か。



………… って



………えっ?



お前今、俺の聞き違いでなければ

『倒した』と……」


「一匹だけだけどな…。」


「一匹だけでもだ……。『オーガ』で間違いないよな?」


「ああ。あの『オーガ』っていう魔物だ。

苦戦したが何とか倒すことができた。残念ながら魔石の回収までには至らなかったが。」


「そいつはすげぇ。流石バーバリアンだぜ…」

とボロスは目を輝かした。


「バーバリアン?」

それまで口をつぐんでいたボックが不意に聞いてきた。


(あの、そこは聞かなくていいから…)


「ああ、それはこいつの二つ名だ。

でも、これからはそれだけじゃダメだな。



『オーガ殺しのバーバリアン』



いや『オーガキラー』?



うーん、それだと『バーバリアン』の愛称がなくなっちまうな…」


「兄、『死に戻り』が抜けている」


(それ、もう良いから…)


「なら…『死に戻りの、単独オーガ殺しに成功したバーバリアン』でどうだ?」


「なんだそれ…」

羞恥で悶えそうになる。


「兄い、センス無さすぎ。」

(そうだそうだ。)


「長けりゃいいってもんじゃない…」


(ん?)


「せめて『バーバリアン・ザ・グレート』か『グレートバーバリアン』にすべきだ。」


(なんだそりゃ……)


「でも、妹よ。『オーガキラー』と『死に戻り』の二つ名が消えてしまうぞ?」


(そんなん消えて良いわ。むしろ全部消えてくれ…)


「兄い、隼人様はこれから沢山の偉業を成す方だぞ、オーガ討伐程度が終着電車じゃあないはず。


ならば二つ名に最大特徴の『バーバリアン』を残し、後は『グレート』に思いを込めれば良いと思いませぬか?」


(待て、俺の最大の特徴が『バーバリアン』っていうのはどうよ…?

しかも、オーガ討伐程度?



俺死にかけたんだぜ?

戦うならゴブリンで十分だ。



色々フラグが立つような事、言うの止めて欲しい…)


「流石我が妹だな。隼人、それで良いな?」


「勝手にしろ…」

後でこのセリフを悔やむことになるとは…

この時点で俺は知るよしも無かった。



◼□◼□◼□◼□


「話を戻すが、お前の実力でコンスタントにオーガを狩ることは可能か?」


「十分な物資とサポートがあれば可能だと思う。」


そこで俺は狩りついて要点を話した。


「オーガを効率的に狩る為には、3ステップ必要だと思う。


すなわち、足を切りつけるなどして機動力を奪う1stステップ


次にミスリル粉を振りかけ相手視覚を奪う2ndステップ


そして最後に魔石を口中に放り込み暴発させる最終ステップこの3つだ。


これらのステップを着実に実行することで、比較的安全にオーガを狩ることが出来ると俺は思う。」


「なるほど。だとするとオーガ狩りに必要な物資はミスリル屑と魔石だな。それは比較的簡単に手に入るな。ちなみにオーガ一匹当たり魔石はどれくらい必要か?」


「4~5個だな」


「そんなもんでオーガ魔石が手に入るなら御の字だ。ケチッて怪我する訳にいかないから一匹あたり5個で計算しよう。」


「ただ、水をさして悪いのだが…」


「何か不安点でもあるのか?」


「口に魔石を突っ込むに当たって、足のアキレス腱を切り態勢を崩す必要がある。だが…」


「だが?」


「皮膚が固く刃が中々通らない。全く通らない訳では無いのだが数度切りつける必要があるので、時間を要する。」



「数匹纏まって来られたら、厳しいな。

あっ、それで……か。」


「?」

ボックは小首を傾げた。


「いや、こいつにさっき土魔法を連続でぶっ放せないか聞かれたんでな。『無理』だと答えたんだ。」


「兄いの根性なし。死ぬ気でやれ」

そうボックが言った。

(そりゃ無茶だわな…)


「土魔法の連続行使が難しいのは俺も最近分かった。だから無理することは無いと思う。」

そう俺はフォローした。


「そうすると……現実的な対策としては、武器の切れ味をもっと上げるとか……


技の使用……


例えば剣にマナを通しするとかどうだ?」


「剣と言えば、貰ったシミターも良いんだが、オーガクラスの大型の魔物相手だと取り回しを考えて、やはり小剣類、ダガーや小太刀、ショートソードがあるとありがたい。」


「ならほれっ」

そう言って腰にさしていたショートソードを渡してきた。束にはゴテゴテと宝石類が装飾されており、ガーゴイルの彫刻もされている。


「今手元にあるのはそれだけだ。使ってくれ。」


「良いのか?」


「あくまで繋ぎだ。新しいショートソード作って渡すから。それまで使ってくれ。」


「忝(かたじけ)ない。大切に使う。」


「切れ味も俺が保証する。それと、だ。参考までに聞いてくれ。

俺たちドワーフがミスリル製の道具で鍜冶を行う場合、その道具のパフォーマンスを上げる為にマナを道具に通すことがある。

それによって切れ味を上げられると聞いているからな。」


「それって実は凄く大事な情報じゃないのか?」


「まあ……でも、ちょっと考えればすぐ考えつくような、その程度の知識だ。気にするな。」


(ありがたく聞いておこう。 


剣にマナを通すって言うのはどうやってするんだろう……?)


ふと、昔見たアメリカのSF映画を思い出す。

(普段は束(つか)だけしかなく、本人が意識することにより『ブーン』と言う起動音と共に蛍光色の光剣が出現するんだっけな。


あんな感じをイメージしてみたらどうだろう?)


意識をしてやってみる。


『ブーン』と言う音と共に、身体のマナが剣に纏わりつき水色に発光し始めるイメージを強く持った。


ただ……


殆ど剣に変化が無いように見える。


(失敗か?)


必死になってマナを剣に流し込む。


(失敗?いやっ?)

目を凝らすと、剣がうっすら燐光を放っているのが見えた。


「そうそう、そんな感じだ。

遠慮せず、もう少しマナを流し入れても良いぞ?」

そうボロスが言っていきたが…


俺にこれ以上の余力はなく、

「これが…限界なんだよ」

と呟いた。


「まあ、なんだ。隼人は肉弾戦が主なんだからマナがあまり無くても……」

ボロスが明らかに慰めとわかる言葉をかけてくる。


「ありがとう。残念ながら自分の限界は分かっている。能力の範囲で頑張れるだけ頑張ってみるさ。」

そう俺は答えた。


(例えばこのライトサーベルのエネルギー、オドで代用出来ないものかな?

マナもオドもエネルギーって意味じゃ同じなんだろうし。

念のために聞いてみるか。)


「オドをこの剣に通すとか、出来ないものなのか?」


「そんなことが出来るのか?

まあ仮に出来たとして、剣の寿命を早めるぐらいにしかならないと思うが…」


「何故?」


「基本聖銀(ミスリル)はマナや聖気と相性が良く、魔素と相性は悪い。

だから、ミスリルに魔素を万が一纏わせたとしたら互いに反発し合い崩壊するはずだ。

もっとも……高価なミスリル製品でそんな実験する馬鹿なんぞいやしないと思うが。」


(危ない危ない…

まさにやろうと思ってた……。)


「逆にオドと相性が良い金属ってあるものなのか?」


「魔族が扱う魔鉄がオドと相性と良いと聞くが、実物を見たことがないからわからないな。」


「じゃ全てに相性が良い金属とか…は流石にないよな?」


「ん?アダマンタイトか?

あれはあくまで伝説上の金属だ。


そんな都合の良い金属なんてある筈がねぇ


と思うぞ。」


「ボロス勉強になった。ありがとう。


取り敢えず俺には技の習得が難しそうだから、今までの戦い方頑張ることにする。」


「そっちの方が早道かもな。」

そうボロスも頷いた。


(結構長々と話たな……)

「ついつい質問に時間を取られすぎてしまった。ボック、ゴメン。そろそろ行こうか。」

話ながら装備を脱ぎ、棚に置く。


「じゃあボロスまた明日な」


「ああ、また。」


そう言って後、別れそれぞれの方向へと向かった。



その後一旦ボックとは出口前で別れ、後に落ち合う約束をした。


番所に行き、終了のサインを貰う。


「ああ、お前まだ生きてやがったか…。」

後ろから声をかけられる。

誰かと思えば例の門番だった。

番所の奥からびっこ引きながらやってくる。


「しっかしひでぇ匂いがするな。

吐きやがったな。


今日もなんとかギリギリ終えられたんだろうが、そろそろ限界だな。」

そう言ってじろじろ俺のことを見た。


「死にそうだ……助けてくれ……」

俺は必死に演技する。


それを見て

「ふん、おせえよ。」

そう言った後男は地面に唾を吐いた。


出来るだけ、弱ったようにヨロケながら鉱道から出て行くと、視界の隅であの男が赤チョッキの館の方角に向かっていくのが見えた。


(赤チョッキにご報告か…ご苦労なこって。)


念のため数分間演技を続けそれから小走りで約束の場所へと向かった。


(うっかりした。もう真夜中じゃないか…。)

急いで向かうと約束の場所にすでにボックはいた。


「悪い時間の感覚がなくこんな時間まで引っ張ってしまった。ゴメンな。

夕食も抜く羽目になってしまったし、なんて詫びて良いのやら…」


「何故隼人様が詫びられなければならないのですか?」


「そりゃ俺が長々と君のお兄さんと話したせいで戻るのが遅くなったからだよ。」


「そもそも兄に無理言って、あの時間に訪れたのは私です。

そして隼人様がこれからその現場に行こうと提案された時に、時間的に遅いと分かっていたにも関わらず了解したのも私です。

ならば私が謝る理由はあっても、隼人様が謝られる理由などないと思いますが?」


「俺の方が年上だから、年下の君のことを気遣うのは当たり前だと思うが。」


「始めからそう思っていましたか?


後付けの理由にしか思えませんが…。

兎に角、私が言っていた場所にいくのは明日の朝にしましょう。7時に川原で大丈夫ですか?」


「ああ。」


「ならば、明日の朝楽しみにしておいて下さいね。」


そう言って彼女は女性用の寝床へ戻って行った。


(何を楽しみにしろと言うんだろうな?)

寝床へ帰ることにした。


□◼□◼□◼□◼


ふう、サブい。

明け方近く空腹の為目覚めた俺は、洗濯と水浴びを兼ねて川原へと向かった。


空腹を満たす為に川の水を口に含んだあと、俺は川の中へと入っていった。


服を川原の石に打ち付け水洗いをし、絞ったあと、その布でごしごし身体を擦る。

ポロポロ垢が落ちるのが分かった。


(ああ、風呂にゆっくりつかりたい…。生きているうちにまた入ることはあるんだろうか……)


木を擦り合わせ火をおこし身体を乾かしていると上流からぞろぞろ人が降りてきた。


(こんな時間に誰だ?

ああ、ドワーフの死に戻り軍団か…。)


俺の姿を見ると一瞬彼らは強ばった顔をしたが、俺を見知った者がいたらしく頭を下げるとそのまま洞窟へと向かっていった。


彼らが去って暫く後、ボックがやって来た。


時間よりかなり早い。


「待ちました?」


「いや。少し前に来たばかりだ。それよりボック早いじゃないか…」


「ですね。お互い。」

フフッとボックは笑った。


「隼人様の準備が出来ているのなら行きましょうか」

そう促されたので、出発することにした。


「こちらです。」


彼女について川に沿って歩くこと30分、小さな滝に着いた。滝の前が池のように広がっている。

「ここで、私達ドワーフは死に戻りの儀式を行っているんです。」


「ここが目的地?」


「いえ、まだ少し歩きます。」


滝を迂回するように登っていく。


「あそこです。」

ちょうど滝の真上に当たる場所が、開けている。


川に張り出すように桜のような花をつけた木の枝がせりでている。


「綺麗な場所だな。」

そう言ったのと前後して、

後ろでガサッという音とともに何か動く気配がした。


(獣か?)


咄嗟にその方角へ向け

石を拾って投げる。


「いてえ、いてえよ。何をするんだ。」


出て来たのは、10代の男の子供だった。


「なにもんだ?」


「『メセル』?」

ボックが呼びかける。


「あなた何をしていたの?」


「『ダッケ』に言われて『ザギンの実』の張り番をしていただけだよぉ」


「ここの場所の『ザギンの実』は私が見つけたって皆に宣言したでしょう?

何故『ダッケ』は自分のもののように振る舞っているの?」


「知らねぇよ。でもあいつ、お前はもうここには来ないって言ってたぜ。なら、誰が取っても文句は言われないだろう?」


「私はそんなこと言ってないし、今ここに来ているの。さっさと出て行って。」


「なんだ、能無し一人つれてきたからってデカイ態度しやがって。この男女。

亜人のくせして人間のふりをするんじゃねぇ…。」


「やる気?」

そう言ってボックは凄んだ。


「ふん、相手してやっても良いが、

どうせ俺らが手を下さなくても、

間もなく監察官がやってきて、お前らの悪巧みを暴いた上で罰を下してくれるぜ。

そう『ダッケ』の兄貴が言っていたからな。


お前らドワーフがデカイ顔出来るのはあと僅かだからな」


そう捨て台詞を吐いてメセルは逃げて行った。

「いくつか教えて欲しい。」


「何でも。」


「この世界では、占有権を口頭で宣言すれば誰も手出し出来なくなるものなのか?」


「まさか。そんな訳はありませんよ。宣言した後実効支配をしない限り、すぐ奪われてしまいます。いわゆる『力無き者は去れ』と言うやつです。」


「なら何故敢えて宣言するんだ?黙って独占すれば良い気がするが。」


「血みどろの争いを避ける為、第三者による裁定が入る時があるんですよ。歯止めがなければ泥沼化するので。

さらしの場合、裁定するのは組合ですね。

裁定時に占有を宣言していたかどうか問われるので、まず最初に自分の占有物であるってことを皆に知らしめる必要があるんです。」


(領土紛争みたいな感じか。一応大義は必要って訳だ。


でも結局は……実効支配したもん勝ちになるんだろうな。)

元いた世界の歴史を思い浮かべる。


「……と言うことはボックは何らかの形で、ザギンの実のなる木を支配(おさえて)していたんだね。」


「はい。それをこれから説明します。」


そういって彼女は広場の左隅に向かった。


「ここです。」


彼女が指を指した先には壁があり、一部あきらかに人為的に壊された箇所があった。

壁自体結構高い上に、つるつるした素材で出来ている様に見える。


「土魔法?」


「はいそうです。ここいらは魔素も聖素も含有量が少ないので、この子達に手伝って貰いました。」

そう言って地面の下の方を指した。


「この子達?」


「ああ、そうでしたね。マナを目に集め目を凝らしてみてください。場所はここら辺です。」

そう言ってボックはある一点を指した。


彼女に教わった通りにマナを集めた後、目を凝らしてみる。


(ボンヤリと……黒緑の人形らしきものが複数見える……)


「これは?幽霊?」


「いえ、違います。『ノーム』と言われる精霊種です。」


(土の精霊……?


精霊もいるのか。


この世界はなんでもありだな……)


「私達と同じく『ヘパイオ様』の眷属で、必要に応じ代償を渡すことにより力を貸してくれるんです。


彼らは自然界そのものから力を受けているので、魔素や聖素のない場所でも魔法を簡単に発動出来るのですよ。」


「代償って?」


「今回は、私のマナを少し噛らせることが条件でした。」


「自然界からパワーを受け取れるなら、敢えてボックからマナを受けとる必要なんて無い気もするが……」


「味……味が違うそうです。我々だってパンばかり食べて生きている訳ではないでしょう?


たまには肉だって、魚だって食べたくなると思いません?」

思い浮かべたのかボックの腹が鳴ったのが聞こえた。


「俺が頼んだとしたら彼らは力を貸してくれるかな?」


「隼人様は『ヘパイオ様』の眷属なのですか?ならば可能性はありますが……」


「いや。この世界のどの神にも加護を受けてはいない。」


「ならば厳しいかと。彼ら(ノーム)は気まぐれな種族ですし……」


「聞くだけ聞いてくれないか?」


「はい……」


彼女は目を瞑り静かになった……


「駄目だそうです……」


(そう、上手いこと行くわけないか。)


「理由は、やっぱり眷属じゃないから?」


「いえ……。勿論それもあるとは思いますが……」

ボックは凄く申し訳なさそうな顔をした。


「『僕たちノームを幽霊みたいなボンヤリしたやつらと間違えるような阿保に、力を貸す訳なんか無いだろう。ばーか』と言ってます。」


(そっちかい!!)


「私が最初に彼らの正体を隼人様に伝えておけば……もしかして……」

ボックが落ち込んだのが分かる。


「気にしないでくれ。不用意な言葉を発した俺が悪いんだ。

そもそも眷属以外に力を貸すのは難しいんだろ。それより、彼らに謝ってくれるか?

『幽霊なんぞと間違えて悪かった。』って。」


「分かった。」


ボックは目を再び閉じる。


数分後目を開けボックは口を開いた。


「彼らが『悪いと思うならお詫びにちょっと噛らせろ』と言ってます。」


(まあ、それくらいなら良いか。)



「分かったと言ってくれ……」



「伝えますね。」



その瞬間……

『ズウォォォォォォォォォ』

凄い勢いでマナが吸いとられ始めた。



(ちょっと噛るだあ……

これはちょっと不味い………………………………)



そして俺はこの世界で何度目かの暗闇へと落ちていった。




◼️□◼️□◼️□◼️□



俺の意識は徐々に覚醒えと向かっていく



『あんた達、加減ってものがあるでしょう?これのどこがちょっと噛っただけなのよ?』


頭の上で誰かがでかい声で怒っているのが聞こえた。(多分ボックだ。)


『えー ちょっと噛っただけだよ?

こんな不味いマナそれ以上要らないって』


『そうそう、色んな味が混じっていて食べれたもんじゃないよ』


『そうだそうだ。』


『寧ろこんな不味いマナを喰わせるなと言いたい。』


『でも、またその『えぐみ』が癖になりそうで……

いくらでも喰えるんだな。不思議と』


『…………』


『…………』


『…………』


『こいつだ』


『こいつだ。縛りあげろ。』


騒がしい声が頭に響く。

思い切って目を開けると、ボックと数匹の何かがいた。


(さっきと違いはっきり見えるな。)


「『ボック』こいつらが『ノーム』か?」


『こいつ俺達のこと、はっきり見えているみたいだ。』


『なまいき』


『なまいきだ……』


『おやつ……』


『お前は黙っていろ』

小太りのやつが周りからポカポカ殴られている。



『もうそのくらいにしてやれ』

そう俺は言った。


『えっ?』


『えっ?』


『えっーーーーー』


ノームだけではなく、ボックも目を丸くして驚いている。


『なんで?』


『?』


『なんでお前、俺らと喋れるんだよ……。』


『そんなこと知らんわっ。しかし、噛っておきながらお前ら言いたい放題言ってたな。

不味いってな……。

いくらなんでもそれは失礼だろ?』


一斉にやつらはあさって方向を向いた。


『こいつら、しらばっくれるつもりか?』



『まさか聞かれるとは……ショック』



『ショーック』



『げぇー、人間のくせに~』

何かぶつぶつ騒いでいる。



ここで黙ってやり取りを見ていたボックが間に入ってきた。

『珍しいことに、パスが通じたのですね。』


『パス?』


『はい。絆の事を私達は『パス』と呼びます。』


『そのパスが俺にも通じたと?

何でだろう?』


『パスが通じた訳ですか……?

あくまで憶測ですが

彼らが隼人様のマナを噛ったのが原因ではないでしょうか?』


『そのおかげでお互いの間に絆がつながったと?』


『はいっ。』



『でも、ボックの声も頭に響くぞ?

それはなんでだ?』


『それは……』


『まさか………………お前も

俺のこと噛ったのか?』


ブンブンと彼女は頭を振る。

『そんなこと絶対ありません。

いえ、少しぐらい噛らせてもらっても……良かったかしら』

ぼそぼそ不穏な声が頭に響く。


『冗談で言ったのにこいつ……』


『あっ忘れてください。冗談ですよ冗談』

そうボックは明るく言うが、何となく目が笑ってない気がする。(怖ぇ~) 


『心が読めるって便利なもんで不便だな。』


『だから……冗談…………です。』


『まあ、良い。この状況に何かしら思い当たることがあるのだろう?』


『はい。恐らくこの子達を介して、今だけ私と隼人様にもパスが通っているのではないかと。』


『一時的か。良かった。』


『こいつひどい。女性に無理やりパス通しやがった。』


『ほんとひどい』


『だからそれは……』


『鬼畜の仕業だね。』


『最初見た時からこいつ危ないんじゃないかって思ってたんだ。』


(こいつら……。)

俺は少しぶち切れた。


『いいから人の話しを聞け。

お前らは幽霊に間違えられた事を根にもって、俺に文句を言ったわけだ。

俺も悪いと思ったからお前らの要求を飲んだ。

『少しだけ噛らせる』って要求をな。


違うか? 


それをお前らは、搾り取るだけ搾り取った挙げ句……不味いだの、雑味があるだの、えぐいだの……言いやがって……

人として間違っていないか?』


『まあ、俺ら人じゃないし……』


『そうだもんね~』


『そうきたか。そうくるような気がしていたぜ。じゃあ分かるように言ってやる。良く耳の穴かっぽじって聞けよ』


『落とし前をどうつけるんじゃ、お前ら』

大声でどなりつけた。


はたと音が止む。


『なんか怒っているね?』


『ああ、怒っている。

しかも……さりげなく見返りを要求しているような気がするよこいつ。』


『鬼畜だな~』


『鬼畜、鬼畜』


『でも、僕たちそんなに沢山噛ってないよな~』


『たね~』


『だね~。でも?』


『そうだ…… あいつだ』


『そうだった、そうだった。』


顔を見合わせ、先ほど縛りあげた奴をつれてきた。


『はいっ』

と俺の前に転がす。


『はいーっ?』


『仕方ないから、好きなだけ噛って良い。』

と代表らしいノームが語りかけてきた。


縛られたやつは円らな目を俺に向け、訴えかけている。


『…………』



『隼人様チャンスです。』 



『へっ?』



ここで意外にもボックが口を挟む。

『精霊を食すと、その力を身に宿すといいます。なのでチャンスです。』


もう一度やつに顔を向ける。


ガチガチガチガチ

首を必死に振っているのが分かる。

歯の根が噛み合わないほどやつは震えていた。


『さあ』


『さあ』


『さあー』

ノーム達は輪唱する。


こいつら……仲間だろ?

仲間じゃないんかい?



『喰えるかボケッーーーーーーーーーーーー』



ハアハアハア

(こいつらもうやだ……)

『もう良いからそいつのこと早く解いてやれ。』


『えっ?』


嘘だろといった顔でボックが俺を見つめている。


『隼人様、体調でもお悪いのですか?』


『………………?』


『おじいさまから、隼人様のバーバリアンぶり、伺いました。


こんなことに躊躇されるなんて、らしくありませんわ。』


何か忘れている気がしたのだが……


『しまったあ~~~~。』



『?』



『ボロスに、ベロウニャのじい様に話して良いといったが……。



その後の口止め忘れてた……』



『えっ?……なんで口止めが必要なんですか?


なんか男らしくて良いじゃないですか……』

そうボックは言った。


(そんな大きな声出したら)



『ボックどうした?』


『どうしたどうした?』

懸念した通り、遠巻きにしていたノーム達が興味を引かれやってきた。


『あっ、この展開、駄目なやつだ……』


『隼人様はこう見えて凄いんですよ?

魔物のハラワタを自らの歯で食い破って、

魔石を食べる正真正銘の『バーバリアン』なんです。』


『えっ~』


『えっーーーーー』


『嘘』


『嘘だろ?』


『本当です。』


『えっー本当に?なんかひくわ~』


『引くよね~。まるで野獣』


『でも……ちょっと野生的でカッコいいかも』


『うんうん。』


『そうでしょう』

そう言って何故かボックはどや顔をする。


『もうどうにでもなりやがれ』

そう思って俺はそっぽを向いた。


横では悪のりを始めたボックがノーム達と一緒にシュプレヒコールを挙げはじめていた。



『ではご一緒に』


『バーバリアン』

はいっ


『バーバリアン』

はいっ


『バーバリアン』


一体何の罰ゲームだこれは。

楽しそうで結構だが……

俺はもう……疲れた。



◼️□◼️□◼️□◼️□


結局騒ぎが収束するまで、暫しの時間を有した。


騒ぐだけ騒ぐと

『じゃ、バーバリアンまたね~』

そう言って奴らは去っていった。



『やっと本題に入れる……。

それで、どれがザギンの実だ?』


『この中です。』


壊れた壁の隙間から中に入ると、俺の背丈より少し高いところに黄色い実が鈴なりになっているのが見えた。


『どうぞお食べになって下さい。』

そうボックに言われると同時に

腹がぐうっとなった。


『そういや、昨日も何も食べていなかったんだっけ。』


実に手を伸ばし、もぐ。


『意外と柔らかいな……皮はむく必要があるのかな?』


『そのまま がぶり といって、大丈夫です。』


『なら、言葉に甘えて。』


がぶり……とした。


みずみずしい果肉を口に含むと

口一杯に甘さが広がる。


『うまい……。もうひとつ欲しいな』


『どうぞ召し上がって下さい。』


言葉に甘え、もう1つ口に含む。


……遠き故郷の桃みたいな味がした。


結局俺はそのあと更に2つの実を食べさせてもらった。

ボックも耐え切れなくなったのか途中実を手に取ると黙々と食べ始めた。

お互いに腹がくちくなった後本題に入る。


『取り合いになるのが分かる気がするな……』


『はい。』

ボックは頷いた。


『そう言えば、肝心なことを聞き忘れたが、ボックはどこから川に落ちたんだ?あの滝側からか?』


『いえ。』


『ならどこからなんだ?』


『ここです。ここのから……川に落っこちたんです。』


周りを見回すが、川のかの字も見当たらない


『からかうなよ。ここだと川まで離れているじゃないか……。

少なくともそこの滝上まで歩いて50歩はあるぞ。』


『実を取る為、壁に土魔法で入口を開けたところまでは覚えています。

その後意識を失い、気が付いた時には川に流されてでいたんです。

だから、落ちた場所はここじゃなければならないんです。』


『ボックが言いたいことは何となく分かるけど……。』


『勿論、そんな馬鹿げたことあるはずないので、誰かが入口付近で待ち伏せをし、壁に口が開けたタイミングで私を昏倒させたんだと思います。そして、その後滝上まで引きずって』


『落とした……』


『です。』


『しかし、この広場は……』


『そう、遮るものが無いんです。後ろから来たとしても分かると思います。』


『壁横にある茂みに隠れ襲ったとか?』


『ですね。でも相当警戒していたので……

普通の人間には無理と思います。

まあ、気付かれずに接近できる職業があるかとにはありますが……』


『シーフか。』


『はい。そして、さっき張り番をしていたメセルが口にした『ダッケ』は……』


『『シーフ』って訳だな。』


『ただ、1つ疑問もあります。』


『なんだ?』


『私がこの場所を見つけたのが、川に流された日の前日。組合に占有権を宣言したのは当日です。宣言を終え、地図を記してからすぐにここへ来たはずなのに、何故先回り出来たんでしょうか?』


『まあ、考えられるとしたら誰かがここの情報を教えたんだろうな。宣言前に誰かに喋ったとかないか?』


『兄とドワーフ仲間数人には……』


『『さらし』の仲間には?』


『だからドワーフの友人数人に話したと……』


『ごめん、1つ質問だが、ドワーフ以外の友人には?』


『そもそもいません。いる訳ありません。』

ボックは語調を強めた。


『何故?』


『人間種は、信頼出来ないからです。』


俺の顔が少し強ばったからだろう、彼女は言い直した。


『正確には『この世界の人間種で鉱山にいるもの』はです。

もちろん隼人様のように例外はありますが、ここに送られてくる連中は大概何らかの罪を犯した罪人ばかりです。年が若いからといって信頼できると思いますか?』


『まあ、法律は為政者のさじ加減で決まるから、罪人イコール悪人とは限らないと思うけどね。



破産奴隷とかはいないの?』


『借金の肩に労働を供与する方ですね。いますよ。大概は奴隷の取り纏めをする役についています。』


『なるほど。』


『隼人さんの知っている方だと『バルニャ』さんとかがそうです。』


『ん??? 誰?』


『川で溺れていた私を必死で介抱してくれた方ですよ。亡くなった旦那さんの代わりに借金を返済されていると言ってました。』


『ああ、人の良さそうな可愛い感じの人だったな……。ボックを必死になって助けようとしていたから覚えているよ。』


『はあ、やっぱりそう言う目で見ていたんですね……。まあ同性から見ても魅力的な方ですし。』


『ん?俺は別に彼女を異性として見てはいないぞ?』


『そうなんですか。良かった。』


『そう言えば、さっきから話題に出てくる『ダッケ』ってどういう奴だ?』


『はい?』


『気になることがあってね。もしかして金髪でソバカスが沢山ある、背丈はこれくらいの男の子じゃないか?

ちょっとふてぶてしい感じの……』


『知り合いなのですか?

特徴は……その通りです。

私と折りが悪いのか会うたびに難癖つけてくる嫌なやつです。』

心底嫌そうな顔をした。


『そいつならボックが流された時、川辺にいたぞ、バルニャさんが蘇生の為お前を抱いて去っていった後、俺を救出せず見捨ていったガキどもがいたんだが……

その中に間違いなくいた。

お手上げのポーズをして去っていったのを覚えている。』


『あいつらしいです……。

きっと突き落とした後、私がどうなったか確認しに来たんですね……』


『状況証拠は『ダッケ』が犯人だと示しているな。』



『隼人様もそう思われますか。』



『確認だけどボックは『ダッケ』の姿を現場では見てはいないんだかな?』



『はい。それもあり公には彼を糾弾してはいません。…』



『賢明だな。今のところ状況証拠以外何もないわけだからね。』



『そうです。』



『もし糾弾するのなら、証拠が必要だな…。


若しくは自白でもあれば別なんだが…。

それこそ『心読み』でもいれば簡単に白黒つくんだろう……きっと。


元の世界では誤って罪に問われる『冤罪』ってものがあったけど

心読みが監察官をしているこの世界では、

裁判に間違いが入る余地は無いんだろうな。』


『それは……監察官が、公正であればです。』


『と言うことは……』


『帝都では相手の出自に阿(おもね)ったり、袖の下を受け取ったりして不公平な裁きを行う輩が多いと聞きます。』


『酷いもんだな。真相を知っていてなお、ねじ曲げるのか。』


『そもそも庶民相手の裁判で監察官が出てくることはないんですよ…。帝国にとって重大と見なされる案件か貴族絡みにのみ監察官が出てきます。』


『監察官を監督する立場の者はいないのか?』


『いません。監察官は『神より恩賜を授かりし者』ですから。』

多少皮肉気にボックは呟いた。


『……やりたい放題って訳か。

そう言えば俺が落ちて来たばかりのころ監察官が尋問に立ち会ったな。』


『『迷い人』はその持ち物や知識の有用性から重要事項と見なされる筈ですよ?隼人様が何故ここにおくられたのか不思議です。』


『持ち物を着服するためだろう。』

と俺は苦笑した。


『監察官と言えば……メセルだっけ?今度監察官が来ることを知っていたな…』


『えっ?監察官が鉱山(ここ)へ来るのですか?初耳です。今回は何をしに来るのでしょうか?』


『知らなかったんだ。

その話、俺は君の兄上から聞いたんだけどな……。

何故来るのかは彼も知らないみたいだった。』


『そのような話私のような末端の者が知る機会なんてまず無いですよ。知る必要性も無いですし。』


『でもメセルは知っていたぞ?』



『どこからか漏れ聞いたのでしょうかね。』



『若しくは……彼が、重要な情報を赤チョッキにリークして『監察官』を呼び寄せたとか……』


『…………』


『だいたい『監察官』っていうのは、そう頻繁に地方へ来るものなのか?

ここに来てから間もなく3年になるが、観察管を見た記憶自体無いんだが。』


『鉱山(ここ)まで、上がってくることは稀です。来たとしても現場にわざわざ足を運ぶこと自体まず無いと思いますよ?』


『だよな。それが今回に限りワザワザ鉱山(ここ)までやって来る……


俺とか一般の奴隷相手なら、赤チョッキは監察官など呼び立てることはしないはず。そもそも得意の拷問で吐かせて終わりだからね。


鉱山(ここ)で赤チョッキが最低限気を遣う相手は誰だろうと考えると…

ターゲットは自(おの)ずと絞られるな。』


『ターゲットは我々ドワーフだと、隼人様は言われるのですか??』


『そうだ。ドワーフがこの滝下を死に戻りの場所としていたなら、ザギンの実を取りに来た子供達にその現場を見られた可能性は高い。



彼らがもし『ドワーフが深夜集まって怪しげな動きをしている』とでも赤チョッキへ報告したら彼はどうする?』』



『帝都へ報告すると思います


隼人様は……帝都側が情報を重視して監察官を送ったと考えるのですね。


可能性は……あると思います。

彼らは少なくとも組合に報告している筈ですから。』


『何故?』


『『さらし場』付近で異常があれば、

報告するように皆教育されているからです。

それに……報告内容によってポイントが付与されるので……』


『ポイント?』


『はい。ポイントです。内容の重要度によって貰えるポイントが決まっていて、貯めるとご褒美が貰える仕組みとなっているんですよ……。』


『密告を奨励をしている感じだな。

そんな風だと仲間うちで、ギスギスするだろう?』


『それはもう。民族や種族毎に互いが互いを監視しあっている感じです。』


『よく衝突がおきないな?』


『組合の役員が間を上手く取り持っているからだと思いますよ。くそみたいな人もいますが、人格者もいます。


種族の垣根を越えて公正に接してくれるバルニャさんみたいな方がいるから何とかさらし場は崩壊せず纏まれているんですよ。


もっともバルニャさんの相方のベモあたりは最低ですが……。』


『最低と言うと?』


『子供相手だろうが、女性相手だろうが殴ることは日常茶飯事ですし、亜人や人種が違うものを露骨に差別したりします。亜人や人種的にマイノリティの人からは蛇蝎のごとく嫌われていますよ。逆に白人の子供からは慕われていますが。』



『恫喝役と宥め役か。』


『?』


『ポイント制に密告制度、恫喝役と宥め役…か。まったく苦笑しか浮かばない…な。』


『どういうことですか?』


『ボック、今回の件結論は待ってくれないか?色々裏取りしたい。』


『はい。お手数おかけします。ありがとうございます。』


『礼はいらないよ。こうしてザギンの実をご馳走になったし、精霊を見ることが出来た。

むしろ俺がお礼を言いたいくらいだ。

さて、そろそろ戻ろうか?

ノルマが待っている。』


『はい。ところでそこの精霊どうするのですか?』


『ん?』


『頭の上です。よっぽど気に入られたんですね。まだ噛じられています。』


『俺は食べ物か!!』


頭の上に手を置き、捕まえる。


『おまえか。』

先ほど縄で縛られていたやつだった。


『今回はそんな食べてない。少しかじっただけ…』


『いや、そんなこと聞いてない。仲間と帰らなかったのか?』


『ん?帰る?家はここ。』

そう言って地面を指した。


『そうか……

ところで、俺達はもう帰るぞ?

お前もついて来るか?』


『お前じゃなく『ポロモ』だ。

お前に特別に名前をやる。

お前助けてくれたし、かじらなかった。

だからな。



それでお前はどこに帰るんだ?』


『お前じゃなく『隼人』だ。俺は『隼人』。

帰ると言うか、鉱道へこれから行くんだ。


ポロモも着いてくるか?』


『ポロモ、鉱道嫌い。嫌な感じがする。ならここでお別れ。バイバイ』

それだけ言うと奴は何故か急いで帰ろうとした。


『あっ、待って』

去ろうとするポロモをボックが引き留めた。


『今から私達もここをでるから、この部分塞いで欲しいの。お願い』


ボックが壁の穴を指し修復を頼む。


『オッケー。』

その言葉と共に壁に空いた穴は見る間に塞がっていった。


『こんなもんで良い?お代は隼人から貰ったから良いよ~』


『これで大丈夫。ありがとう。』


『じゃ、バイバイ』


『またな~』


『おー』


こうして奴は去って行った。



「本当、何か気儘で気まぐれな奴らだな」


「精霊ですからね。」


「戻ろうか?」


「はい。」


こうして俺達はそれぞれの日常(ノルマ)へと戻って行った。


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