達者で
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その日俺は早々にノルマを上げ、最後のセメント袋を担ぎ小部屋に向かった。
そして鉱山から出る時間を小部屋で調整した後外に出る。
ヤル達二人には、『捌き』と最近教えた『崩し』を二人組み手で鍛えるよう言っておいた。
サボリがちのヤルもゼリスの前では格好つけたいようで、そこそこは頑張っている。
(こんな時間に出るのは久しぶりだな。)
いつも出るのは寝る為の僅かな時間であり、
まだ日が残っているこの時間に出ることは殆ど無い。
「今日は順調に終わったようだな。良かったな」
出口横の番所にいる番人が声をかけてきた。
「ああ。なんとか」
と頷く。
「あと30年ほど俺みたいに頑張れば解放されることもある。頑張れよ。」
そう彼は続けた。
「ああ。」
と頷く。
(30年もこんなところにいろって言うのか……)
「なんだ、張り合いねぇ」
急に興味がなくなったのか番所へとビッコを引きながら彼は戻って行った。
ヨボヨボの老人に見えるがまだ50代と聞く。
「早く脱出しないとな。」
そう呟いた。
実は今回、早めに切り上げ外に出たのには訳があった。
前日食べた食事に元の世界で見慣れた『草』が入っていたのである。
嵩(かさ)を増やす為に入れられていたと思われるが口に含んだ途端その香りに涙が出た。
「あまりに腹が空きすぎて、涙でもでたのか?」
そうヤルが揶揄してきた。
「この草を…故郷で良く食べた。
食べ方は違うけどな。
子供のころ春になると母がこれを摘んできて、餅に混ぜ込んで食べさせてくれたんだ。それが懐かしくてな……」
「ふーんこの草がね。そこの河原にちょうど『さらし』達の作業壌より下流に沢山生えていたのを見たが。」
ヤルはそう言うと、それ以上興味を失ったのか自分の椀(ボール)から抜き出し地面に捨てていった……
(河原に群生しているのか……)
良いことを聞いた……
そしてその草『ヨモギ』を摘むため、
俺はまだ日のあるうちに鉱道を出たのである。
実はヨモギは一般にあまり知られていないが
立派な『薬草』でもある。
そして、その用途は多岐に渡る。
止血、服用することによる腹痛薬、蒸気を吸気することによる風邪の治療などなど。
これ以外に、多少種類は違うがヨーロッパでは『虫下し』といったことにも利用されていた。
抽出した成分を飲み、麻痺した寄生虫を下剤で排出することによって寄生虫を除去するのに使ったそうだ。
(これらの知識を教えてくれた師匠は今どうしているだろうか。もうそこそこ高齢だったからな……。生きている間にせめて会いたいものだ。
問題はヨモギによる『虫下し』が体内に巣くっている蛭に効くか…だな。)
考えながら歩いていると、ヤルに聞いた通りヨモギが群生している場所に辿り着くことができた。
(川に来たことだしついでに体を洗うか……)
春になったとは言え、山中の川である。浸かると凍えそうになる位寒い。
(雪どけの水で増水しているな。すぐに上がろう)
服を脱ぎかけた時である。
「誰かあの子を助けて」
と女性の悲鳴が聞こえた。
声の方をみると子供らしき姿が上流から流されてくる。
迷わず川に飛び込むが
水を吸った服が重い……
それでもなんとか子供の襟を掴むことができた。一緒に暫く流された後、運良く川の中ほどにある岩にしがみつくことができた。
暫くすると掴んだ左手の指の感覚が徐々になくなっていくのが分かった。
打開する方法はないか?
(考えろ、考えろ)
その時、運が良いことに川岸から先程の女性が追いついてきた。
「大丈夫ですか?」
子供を見る。
かろうじて息はしているが、意識はないようだ。
「急いでロープを頼む。早く体を温めないとまずい。」
と伝える。
彼女はどうしたら良いのか分からず、岸から俺たちの方を見てただオロオロしている。
「早く……」
必死さが伝わったのか、彼女は駆けて戻っていった。
10分、体感的には一時間ぐらいたったころ
ロープを持って数人の奴隷がやってきた。
ただ何故か大人の男がいない……
(どうしたんだ?まあとにかく間に合った。)
何度か投げられたロープを必死に掴む…
握力が殆どなくなっている。
子供へロープをぐるぐるに巻き付け
、そして合図を送る。
皆で一生懸命引き始めた。
子供は無事に着岸し、先程の女性が抱き上げ連れていくのが見えた。
(次は俺の番…)
そう思った矢先、金髪のソバカス顔のガキが
お手上げのジェスチャーをし、バイバイと手を振った。
(えっ?)
そして残りやつらは戻っていった。
何人かは申し訳なさそうにチラチラ俺の方を振り返ってはいたが……それでも元来た道を戻っていった。
(俺は仲間じゃねえってことか。くそっ。
ここにいてもじり貧だな。体力が完全になくらないうちに行くか。
ヨシッ。)
意を決して飛び込んだ。
(やはりダメか……。いや諦めてなるものか。)
流されている中ジリジリ川岸に向かう。
もう少し……
ゴゴゴゴ
そして聞こえて来たのは絶望だった。
□◼️□◼️□◼️□◼️
パチパチパチ
何かがハゼル音がする。
うっすら目を開ける。
気配を感じたのか知らない少女が覗きこんできた。
(戻ってこれたのか……良かった。)
そして俺はまた気を失った……
□◼️□◼️□◼️□◼️
遠くで言い争う声がする。
「どこであんなもの拾いこんできたんだい。」
(あんなもの?ああ、俺のことか……)
「川の上流から流れて来たんです。死にそうだったので……」
「どんな厄介事を持ち込んだか分かってるんだろうね。良く考えな。川の上流からっていったら鉱山奴隷だろ……。
役に立たなくなって廃棄されたか、
悪くしたら逃亡奴隷かもしれない。
さっさと村の役人に引き渡すよ。
ただでさえ、あんたみたいなのを置いておくってだけでもリスクがあるっていうのに。」
「せめて2~3日待ってもらえませんか?
この人が立つことが出来るくらいまで。
ここ、村の人もめったにきませんし、それに……」
「それに?」
「メサの神様もきっとこの行いをみておられると思います。罪人にすらも慈悲を垂れられるマレさまのお姿を……」
「そうか。そうだね…。罪人と言えども見捨てちゃバチが当たるかね。分かった。1日だけそれを置いといてやる。私だって鬼じゃあない。
メサ様本当に私の善行見てくれているかね?」
「はい。それはきっと……」
「そうだね。そうか…… 明日までだよ。」
遠ざかっていく気配がして静かになった。
◼️□◼️□◼️□◼️□
「目が覚めていらっしゃいますか?」
俺は心臓が止まりそうになった。
何故なら聞こえて来たのは
日本語だったから……
「日本の方ですか?」
間違いない……
願うように俺の顔を見てるのがわかる。
「ああ、佐藤 隼人日本人だ。」
期待半分、諦め半分だったのであろう。
俺が返事をすると彼女はポロポロポロポロ泣きだした。
「飯嶋 舞です。」
初めて会った同郷人であった。
それから俺たちは暫くお互いの身の上を話しあった。
俺はこの世界に落ちてきてすぐ、役人に嵌められ、鉱山奴隷として売りさばれたこと。
鉱山の仕事は過酷ではあるものの、最近できた仲間のおかげで張り合いと目標ができたことなどを話した。
「良かった。犯罪者じゃなかったんですね。」
彼女はほっとした顔を浮かべた。
「????」
「怒らないで聞いて下さい。鉱山奴隷と聞いたものですから、何か悪いことをして鉱山に送られたのかと思ってました。」
ぺこりと頭を下げられた。
「そんな不審者に見えるのか……」
「不審者では無いにせよ、少なくとも浮浪者みたいに見えますよ。
ひげはぼうぼうですし、髪の毛も凄いことになってます。体臭もすごいです。」
彼女の言葉はまるでボディーブローのように俺の心にヒットしてゆく。
(そこまで酷くないとは思うんだけれど……。まあ、小綺麗とは言えないかな。)
「飯嶋さんはこの世界でどうやって生きてきたの?」
「あっマイで良いです。」
「なら俺は隼人で。」
「でも、隼人さん、私より先輩ですよね。呼び捨てだと失礼じゃないですか?」
「先輩っていってもマイと大して変わらないと思うけどな。
まあ、浮浪者状態じゃ分からないか。
落ちてきた時が19だったから、今21?ぐらいだ。」
「落ちてきた時私は15だったので今は19です。」
「なんか俺と時間の経過が違うようだなぁ。でも当時15才だとすると中学生だったんじゃないか?色々大変だったな。」
「そりゃあもう、毎日泣いてましたよ。呆れる位にね。」
と笑って言った。
「でも幸いに、ここのお婆さんに拾われて
生きてこられました。
足が悪いので足代わりにこき使われているだけなんですけど。」
と舌をだして笑う。
「『お前みたいに器量が悪い蛮人(黄色人種)なんて敬虔なメサ教徒のあたし以外に誰も構っちゃくれないよ』
なんて憎まれ口叩きながらも、今も今後一人でも生きていけるように薬草の種類や扱い、薬の作り方を教えてくれるんです。」
と楽しそうに話す。
(まあ、恐らくそれほど単純なものでもないんだろうけどな……。『迷い人』と分かれば普通国が保護するとヤルが言っていたし。単に労働力として見てたのかも知れない。ただ本人が感謝しているみたいだし、敢えてその事に触れる必要もないか。)
俺が考えこんでいると
彼女は顔を覗きこんできた。
「どうしましたか?」
「えっと……俺は……そのマイの器量が悪いなんて思わない。可愛いと思うよ。」
何か話さないといけないと思って
口についた言葉がそれであった。
マイは顔を真っ赤になる。
「隼人さん、もしかして初対面の人皆に言ってるんじゃないですか?私、いつも不細工だって村人に言われるんですよ。」
慌ててまじまじと彼女を見る。
長い黒髪は後ろに束ねられ、顔も化粧っけがない。ただ素のままの美しさがある。清楚って言葉がピタリとくる。
(自己評価の低い娘だな。何だっけ彼女を表すのに良い言葉があったはずなんだが……)
「確か……」
(あっ!)
「大和撫子」
「?」
「『大和撫子』って言葉がぴったりくる娘だなと思って……清楚で可憐、品のある美人」
マイはますます真っ赤になった。
そして……
「もう、知りません」
そう言ってそっぽをむかれた。
(『清楚で凛とした美人』日本人が好む美徳を白人種が分かるわけないよな。
こっちの美人の基準だとどうせ金髪碧眼ボンキュッボン安産型が評価高いんだろう。)
◼️□◼️□◼️□◼️□
照れがとれたのであろう
「これからどうするんですか?」
とマイに聞かれた。
「どうもこうも鉱山に戻るしかない。」
「このままここには?私何か方法を探します。」
「気持ちは有難いが無理だ。」
「どうして?」
「ここに居たいのは山々だが、鉱山奴隷は体に虫を寄生させられている。3日毎にその虫を抑える液を貰って摂取しなければ発作が起こり、死に至るんだ。」
「…………」
「なんて、なんて非人道的な……」
「それがこの世界のルールさ。」
「あっ、でも……」
「でも?」
「その寄生虫って蛭みたいなものですか?このくらいの大きさの。色は赤黒で……」
そう言って彼女は手で大きさを指し示した。
ちょっと大きい気がするが確かそんなもんだった気がした。
「マイ、なんでそれを?見たことあるのか?
もしかして治療法を知っているとか?」
「残念ですが、治療法は知らないです。」
そう彼女は答えた。
(そんな上手くいく訳はないよな。)
俺の落胆が伝わったのか、申し訳なさそうにしている。
「大丈夫だ。治療法がもし分かればと思っただけだ。そんな都合よく分かる訳なんてないよな。ハハハハ。」
俺は空元気を振り絞った。
「話を最後まで聞いてください。」
横からマイが口を挟む。
「うん。」
「多分隼人さんにはその寄生虫(ヒル)はいません。」
「えっ……だって治療法が……」
「はい、私は知りません。」
「なら?」
「川瀬の流木に引っかかっていた隼人さんを
河原へ引き上げた時、首筋からボテッと蛭が落ちたんです。
ヤマビルだって思ったんで思いっきり踏み潰してやりました。」
とマイは得意気に言った。
「えっ……マジか…」
(あんなに頭を悩ましていた問題が、こんなに呆気なく解決していたなんて……
そういや、まだマイに助けて貰った礼も言ってなかったな。)
と今さらながらに思い出した。
居ずまいを正し、頭を下げる。
「そう言えば助けてもらったお礼もまだちゃんと言ってなかったね。ありがとう」
「同郷の仲間じゃないですか。助け合うのは当然ですよ。」
照れたように彼女は笑った。そして話しを続けた。
「でも本当助かって良かったですね。一瞬心肺停止状態になったんで本当焦りました。低体温症からの心肺停止は危険なんですよ。」
「蘇生してくれたのか?」
「これでも母に勧められて救命講習を消防署で受けたことがあるんですよ。
母が看護師だったんです。
何が役に立つか本当分からないもんですね。」
母親のことを思いだしたのか
今度は寂しげに笑った。
(出来ることならこの娘を元の世界に戻してやりたい。いや、一緒に戻ろう。)
「いつか一緒に戻ろう。」
そう言うとびっくりした顔をして、
そして……
「はいっ」と言ってマイは笑った。
◼️□◼️□◼️□◼️□
ふと気付くと
何故か外が騒がしい。
「いつもこんなに騒がしいのか?ここは。」
「いえ、ここは村外れですし」
とマイが言う。
だとすると嫌な予感しかしない。
「お役人さま、こっちです。」
マレと先程呼ばれていた女の声がする。
「黒髪の蛮人で恐らく鉱山からの逃亡奴隷です。」
そんな声が聞こえる。
「そんな……。」
どかどかと男達が入ってきた。素朴な感じの若者数人と鎖帷子をつけた偉そうなやつだ。
「話にあった男だけじゃなく、女の蛮人もいるじゃないか。こいつも逃亡奴隷か?」
と『偉そうな奴』が口を開く。
(黒髪イコール野蛮人かい。短絡的で呆れるよりほかないな。)
「代官さま、女の方は違う。私が小さい時から拾って育てた弟子だ。だから違う……
メサの神に誓って違うんだよ。」
とマレが慌て言う。
「残念だな。俺はメサの神など信仰しておらん。両方とも縛って連れていけ。」
と代官はにべもなく言う。
「代官さま、この女はマレが言う通り、村に昔から住んでいる薬草師です……。奴隷とは違い村の共有の財産なので、見逃しちゃあくれませんか。」
同行の村役人がフォローをいれる。
(こいつもマイを物扱いか。酷いな。)
「なぜ、俺がお前らに配慮しなければならないんだ? 二人も逃亡奴隷を捕まえたなら、上へも覚えが良くなる。上手くいけばこんなちんけな場所からもおさらばできるんだぞ。」
(まずい。俺か鉱山へ連れ戻されるのはしょうがないとして、マイは巻き込みたくない。何か方法がないか?
考えろ、考えろ、考えろ……
ん?
そうだ!)
良い考えが浮かんだ。
「代官さま。このちんけな場所からおさらばしたいって言ってたろう?良い話しがあるんだが」
と俺は代官に話しかけた。
「ん?何か良い話しがあるのか?
聞くだけ聞いてやる。つまらないことだったら罪はもっと重くなるから覚悟して話せよ。」
代官と呼ばれた男は振りかえって、初めて俺の顔を見た。
マイが何を喋る気かと言う顔で俺を見てる。
「こいつ」
と言ってマイを顎で指す。
「俺の前で奇妙な言葉で何度も何度も話しかけやがった。気味が悪くてたまんねぇ。挙げ句、『あなたは迷い人ではないのですか?』など聞いてきやがった。代官さまならこの意味が分かるだろう?」
と言って悪そうに笑ってやった。
「な、隼人何を言っているんですか?」
とマイが語りかけてきた。
「ほらよ。なんか分からない言葉だろ?俺が同じ黒髪だからってきっとお仲間だと勘違いしてるんだぜきっと。まったく気持ち悪いったらありゃしない。」
そう嘯いた。
「あんたら、『迷い人』を保護してんだろ。見つけたって言や、きっと上に評価して貰えるのは間違い無しだ。」
「うむ、それが本当なら……」
そう代官は言ってマレを睨む。
「この男を見つけ報告したのは評価するが、『迷い人』を見つけながら勝手に奴隷として使っていたのは問題だな。」
「その娘の持ち物、どうしたのかなあ?
どっかに隠されていたりして。
異世界の品だからきっと貴重なものも……意外とメサの神さんの祭壇辺りにあったりしてな。」
と俺はだめ押しを入れた。
マレの顔が真っ青になる。
(図星か。)
「お前ら、徹底的に調べろ。特に祭壇周りをな。」
思惑通り代官はそう言って部下に指示した。
『パチン』
「やり過ぎです。」
とマイに俺は顔を張られた。
(怒らしてしまったな。でもこれで俺とマイが同郷とはやつらも思うまい。結果として良かったか。俺は鉱山に戻らないといけないしな。)
暫く後
「代官さま、これを……」
そう言って代官の部下が代官にスマホを渡す。興奮し喜色満面になった代官が言う。
「『迷い人』で間違いないな。」
(よし、これでマイは安全だ……
多分嫌われてしまったが。)
マイはあれからそっぽを向いて目を合わしてくれない。
「代官さま、俺はずいぶん貢献したはずだよな。鉱山の監督(赤チョッキ)への口利き頼んだぜ。」
そう言って嘯(うそぶ)いた。
「ふん、ゲスめ。まあ、役に立ったから一言ぐらいは口利きしてやる。」
吐き捨てるように代官は言った。
そして、俺は
引き立てられ鉱山へ戻る事となった……
(マイ達者で。少しはこれで借りを返せた……かな。)
そう、心の中で呟きながら。
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