ヤル

一度「能無し」に割り当てられると

生き残ること自体が難しく、ほとんどの者が数年と経たずに消えていった。


仕事内容が過酷であり、1日辺りのノルマも厳しく割り当てられているからだ。


ミスリル屑を一杯に詰めたセメント袋を背負い5kmの道を片道8回歩くことを想像して欲しい。

行きは勿論空ではなく、ドワーフ達の水や食糧を袋に入れて運ぶことを強いられる。

鉱道内は平坦では無く、時に迷宮に湧いて出てくる魔物の対処もしなければならない。


多少武術の経験があり、体力に自信があると自負していた俺にとってさえもこの環境は過酷と言えた。


同じころに奴隷として連れて来られた者が、もう数えるほどしか残っていないことが如実に物語っていた。


□◼️□◼️□◼️□◼️


「隼人わりぃ、戻り一緒させてくれ」


こう言ってきたのは、同じ「能無し」のヤルだった。黒い肌、燃えるような赤い髪、身長は160cmほどか。本人いわく『義賊』をやっていたと嘯くが、どこまで本当の事か疑わしいと俺は思っていた。


「おいよ。ただ荷物は半々だぞ」


「よし、やった。」


ヤルは手際よく、鉱道の奥へ持っていくよう用意された荷物を取り分けていく。


(手先は流石に器用だな。容量は兎も角、重量的には俺に手渡された方が明らかに重そうだが。)


要領が良いというより、セコいと言った方がピッタリくる奴だが何故か憎めない。



「さあ、いくぞ用心棒さんよ。」



「だれが用心棒だ。」



「お前さん以外に誰がいるんだ?」



「魔物が現れたらお前もちゃんと戦うんだぞ?」



「俺は頭脳と索敵が本職だからな。バトルは脳筋のお前に任せるわ。」



「索敵と言ったところで、この鉱道にはトラップもなけりゃ、隠し通路もないだろうが。それに『よごれ』のガチ筋のやつらと俺を一緒にするんじゃねぇ」


ヤルに軽く蹴りをいれるが、流石に本職シーフと言うだけあって避けられる。



「まあ、仲良くいこうや。旅は道連れ、世は情けっていうだろう。そのうち取っておきの場所を案内してやらあ」

そう言ってうそぶいた。


(よくもまあ、こんなにポンポンとでまかせを言えるもんだ。ほんと調子がいいやっちゃな。しっかし、こっちの世界でも似たようなことわざもあるもんだな。)

呆れるより彼の軽口を楽しんでる自分がいた。


◼️□◼️□◼️□◼️□


「ほらほら、次の角を曲がったらご一行さんがやってくるよ。サクサクっとな」

と能天気な声が飛ぶ。

「相手は人型か?」


「ん~多分な。」


この一言を聞いて俺はホッとした。


この鉱山では『よごれ』以外の奴隷に武器が渡されることがない。

従って魔物に遭遇した場合の対処は、物影に隠れ息を潜め敵が過ぎるのを待つか、荷をどこかに一旦隠した後走って逃げるかの二択となる。


だが俺は幸か不幸か、武術を嗜んだ過去があった。素手を基本とする合気に似た武術で、剣道の様に武具を必要としない分、魔物相手でもある程度立ち回ることは可能だった。

もちろん武器によらない分、対人特化が基本ではあるが……。


そして今回近づいて来たのはこの鉱道で良く見かけるゴブリンと呼ばれる『人型』の魔物だった。


さっと目を走らせる。

(全部で3匹か……この程度ならまあ殺れるか……。)


やつらは単純な上に、直線的な動きしかせず、知能が低い為連携を取ることもない。

と言うことは……

多対一では無く、上手く立ち回れば一対一の状態を作り出すことが可能と言うことだ。


ただ今回のゴブリンどもは少し厄介な事に

3匹とも黒光りするナイフのようなもので武装していた。

(まあ、成るようになるさ……)

ゆるりと半身に構えた。

やつらは作戦も無く無防備に突っ込んできた。


先ずは最初に突っ込んで来た一体を身体を横にすることで捌く。敵の後ろに回り、左手を敵の肩に当て、右手首を決めると共に後ろに引く。そして自分の重心を落としこんだ。


『ポキリ』という感触と同時に相手の利き腕が折れ、無力化されたのが分かった。

そいつを盾にして、二匹目のナイフを避ける。

『ズサッ』と何か肉に食い込む感触と共に

『ギャア』という断末魔の声が響く。

(まず一匹)


味方に刺さったナイフを、慌てて引き抜こうとしているゴブリンの延髄を蹴り抜く。

勢い良く壁までふっとんでいった。

(これで二匹)


そして……


慌て逃げようとしている最後の一匹の首に後ろから腕を絡め重心を落とす。

『ゴキリ』

体重を乗せ首間接を折った。


(これで最後だ。)

結局汗すらかく間もなく事は済んだ。


パチパチパチ


「ご苦労。ご苦労。相変わらず、息一つ乱れていないな。」



「偉そうに。何様だ?」

と言うと



「俺様だ。」

と返ってきた……。



(ったく口が減らない奴だな。こいつ。)


ヤルは悪びれもせず、早速倒れたゴブリンの持ち物を漁りはじめた。


「ナイフは黒曜石か。これじゃああまり役にたたんわ。せめて銅剣あたりだったらまだ良かっなのにな。」



「?」


俺がキョトンとしていると


「こいつら捌く為に決まっているだろうが。捌いて魔石を取り出すんだよ。常識だろう?」

そう言って呆れた顔をした。


(この世界の常識だけどな。)


「まあ、このなまくらナイフで捌くとすると時間がかかる。今回は時間があまり無いし諦めるしかないか。」

そう呟き、本当に残念そうな顔をした。


その後魔石に未練を残すヤルを急(せ)かし、鉱道の先端(野営地)へと向かった。


(あと一回セメント袋に鉱石屑を詰め、戻れば今日は解放される。


硬いパンと、肉が一欠けでも入っていれば御の字のクズ野菜スープが待っている。


ただそれだけでしかないのだが、

腹がすいた身にとっては、ご馳走に他ならない。



それらを掻きこみ、明日に備え寝よう。)

ぼんやり考え、先を急いだ。


「おい、置いて行くんじゃねぇ」

気がつくとヤルとの距離は10メートルほど離れていた。


「悪い。考え事をしてた。」


「どうせ、今夜食う残飯のことでも考えてたんだろうよ。あんなの人が食う飯じゃあねぇ。ブタのエサだブタのエサ! 

飼い慣らされんじゃねぇぞ。まったくよぉ。人間様の食事ってものはよ……」


(無駄に勘が良い上に、うざすぎる。こいつ)

雑言(ざれごと)を聞きたくないので足を早めた。


「おい、待てよ。怒ったのか?待てってばよ。」

遅れまいとしつこく付いてくる。


「はあはあ」


(息が上がっているな。)


俺はじっとヤルの顔を見つめ


「うぜえ」


一言言ってやった。



◼️□◼️□◼️□◼️□


しばらく後、野営地に無事ついた。


荷物とリストを『よごれ』の担当に渡す。

担当は良く見知った小太りの男で、まさに『ヨレヨレ』って感じがしっくりくるような奴だった。



「これで二人分だ。」



「二人?」



顎でヤルを指す。



「あいつの分か。」

ヤルは勝手に持ち場を離れ、顔見知りの一人と思われる『よごれ』の一人と何か話し込んでいる。


(雑務を俺に押し付けて何やってんだあいつ……


気にしたら負けか。やることやってさっさと戻ろう。)


番小屋にいる検品担当の『よごれ』と

リストと中身を一つ一つチェックしていく。


「途中でくすねていないだろうな?」



「……ああ」



「相変わらず愛想ねえ奴だ。

まあ、いい。ちゃんとあるようだ。

さっさとそこのクズを集めて帰れ。

死ぬんじゃねぇぞ。」


(立場は違うが同じ奴隷同士

明日どちらかがいつ死んでもおかしくない……。)


「あんたもな。」

そう言って手を上げる。


ちょっとびっくりしたようだったが、ニッと笑った後、サムズアップしてきた。


「ちゃんと話せるじゃねえか」

その後彼はそう言い相方と一緒に荷物を背負い野営地の中へと消えていった。


(屑を集めて帰るとするか。)

スコップを用い袋詰めを開始した。


横目で見るとやつはまだ話し込んでいた。

(仕方ない。奴の分も詰めてやるか。

俺もいい加減お人好しだな)


思いつつヤルの分も合わせ袋詰めを終えた。


詰め終わった頃、奴は戻ってきた。

「おっ、終わったみたいだな。上々上々」

と惚けたことを言っている。


軽く蹴りを入れる。


楽に避けられるはず……


だったのだが……


何故か「パシッ」と乾いた音と共にヤルへ足先が当たった。



「アイテテ、冗談だろうが。本気出すなよ。」



「さっきと同じ位だ。疲れて鈍ったんじゃないか?」



「ひでぇ奴だな。相方にそんなことする奴があるか。」



「相方?」

(いつの間に俺はこいつの相方になったんた?)



「冷たいやつだ。折角奴と話を纏めてきてやったのに。」



「なんの話か、見えん。」



「それもそうだ。おい『ミュルガ』紹介するからこっちこい。」

手を上げると先ほどヤルと話してた『よごれ』がこっちにきた。


「こいつがもう一人のビジネスパートナーの『ミュルガ』だ。」

お互い目礼を交わす


ヤルに先を話すよう、顎でしゃくった。


「簡単にいやあ、こいつが今から折れた剣を用立ててくる」



「折れた剣?」

(何が言いたいんだこいつ?)



「ああ、折れた剣だ。ちゃんとした剣はしっかり管理されているから入手はまず無理だな」



「何故折れた剣が必要なんだ?お前も戦うのか?」



「俺は頭脳と策敵専門って言ってるだろうが。戦うのはお前だお前。」



「なら何故折れた剣が必要なんだ?俺は別にいらないぞ」



「詳しい話は後でする。俺達がこのミュルガの奴に魔石100個の借りが出来たことだけ覚えておけよ。」



(取り敢えず、詳細は後で聞くとするか。説明に全然納得はいかないが、ここであまり時間を取りたくない。)


「こいつ、そんなに腕が立つのか?多少腕に筋肉はあるが隆々ってほどでもねぇ。

それに信頼できんのかよ?身内じゃあないんだぜ?」


黙っていた『ミュルガ』と呼ばれる奴が急に口を開いた。

(俺もこいつらのこと今一信用出来ないんだが。)


「うるせえミュルガ。お前はこれからノーリスクで魔石を手に入れることができるん黙っていろ。今まで俺が算段つけたヤマで失敗したことないだろうが。」


「最後の最後にこんな所(鉱山)に入る嵌めにはなったがな。」


ヤルが険しい目をしてミュルガを睨む。

「ああ、それについてはここを出られた後にぜってえ落とし前をつける。『マチス』の名にかけてな。それより、とっとと用意して来やがれ。」


「20分ほど時間をくれ。」

ミュルガがボソッと呟き野営地に引っ込んでいった。


(良い加減帰りたい……)



30分後、周りをキョロキョロしながらミュルガが戻ってきた。


「確かに渡したからな。30日後に100個だ。忘れるんじゃねえぞ」


「ああ。もう少しなんとかならんのか?」


「俺だって危ない橋を渡ってんだ。それに……」



「それに?」



「多少ばら蒔かないといかん。」



「ああ。そこらへんは任せる。逆に足りるのか?」



「なんとかする。」



「無理するんじゃねえぞ。相棒っ」



「ああ。」

手を上げミュルガは野営地に向かって去っていった。



「さて、戻るか。」




「ああ」

セメント袋を担ぎ俺達は歩きだした。



◼️□◼️□◼️□◼️□


「ここいらで良いか。」

ちょうど中間点ぐらいの開けた場所でヤルは

荷物を置いた。袋を縛っている紐を緩め拳程のクズを取り出す。


「これ以上取ったら感づかれるからな。隼人お前のやつも貸せ。」

そう言って同じくらいの量を取り出す。


「これぐらい抜いたって、誰も気付きゃあしねぇよ」

沈黙を不安と取ったのかそう話かけてきた。


「さてと。」


そう言うと懐から折れた剣を取り出す。

左手に剣を持ち、右手を刃の部分に添え何かつぶやく。

暫くすると僅かばかり剣が発光しはじめた。

「付与は僅かな時間しかもたねぇ。今のうちに磨ぐぞ」



「それは魔法か?」



「……に決まってんだろ。」

馬鹿にしてるのかと言う顔で俺を見る。



「俺だって盗賊(シーフ)を名のる以上『マチスの加護』くらい持ってらーな。確かに強い加護じゃあないが。」



「悪い。馬鹿にしてるつもりはない。単に加護を知らないから聞いているんだ。」



「まさかお前、持っていないのか……?」

ヤルは怪訝な顔をする。



「加護って個人で生まれ持った才能(ギフト)の事か?」

元の世界では才能とは神から贈られたギフト(プレゼント)だと比喩されていたのを思い出し聞いた。


「自分の守護神から与えられる恩恵のことに決まっているだろうが。」

ヤルはへんなものを見るような目で俺を見た。


「例え辺境の土地の生まれだったとしても、神降ろしの神殿ぐらいはあるだろうに。」

と続けた。


「俺はこっちの世界で言う所の『迷い人』ってやつらしい。なのでこの世界についてよう分からん。」


「『迷い人』だと……。なら何故こんな所にいるんだ?」


「おかしいか?」


「ああ。普通見つけたら国が真っ先に保護する筈だぜ……

疑ってる訳じゃあないんだが」


「まあ、疑われてもおかしくはないか。。証明できるもの(スマホ)は取り上げられてしまったし。他の術(すべ)は残念ながら無いしな。」


「お前、何か「迷い人」と証明できる物を持ってたのか?」


「ああ、「スマホ」っていう機械を持っていたんだ。それをこっちの世界の役人に見せたら一発で信じてもらえたぞ。」



「一発で信じてもらえるってことはよっぽど凄いものだったんだな。」



(ここの文明程度が大体中世程度だから……)


「今から400年後にこの世界で開発されるかも知れないものだと言えばいいか……

例えば世界中の情報を一瞬で取り出せたり、今目で見ている風景を切り取って残せたり、過去で誰かが歌った歌を呼び起こせたり、世界中の人とリアルタイムに話せたりすることができる。」


「そいつはすげえ。高位の魔道具って感じだな。で、今はそいつはねぇってことなんだな?」


「まあ信じて貰えるかどうかは分からないが……」

そう言って俺は奴隷に落ちるまでの経緯を話した。


聞き終えるなり、

「お前がここに送られた原因は100%間違いなくそのスマホってやつを見せたからだな。」

とヤルは断言した。



「何故だ?」

 


「お前、少し自分で考えろや。」



「……スマホを手に入れる為に嵌めたってことか?」


「頭使えばちゃんと考えられるじゃあないか。」

小馬鹿にしたようにヤルは言う。


「普通そんだけ大層な魔道具だったら、帝都の貴族街で、豪邸が買えるわな。」


「でも、彼らは仮にも役人だったんだぞ?」


「結果お前はどこにいるんだ?

そして、きっと今頃そいつらは、豪遊しまくっている筈だ。お前に感謝してな。」



「…………」



「呆れた馬鹿だぜ。、まあ、運が悪かったと諦めろ。多少同情の余地はあるが、お前が全面的に悪い。」



「……俺が悪いのか?」



「ああ。その分じゃ分かってないな。

仮にだ。仮にここに薄給な小役人がいたとする。目の前にはこの国のルールを知らない後腐れない外人(そとびと)。しかもそいつは無用心にも大金を目の前でぶら下げている。


さあお前ならどうする?」



(所謂(いわゆる)かもネギか。)



「『大金は見せずにしまっておくもの』ってことはガキでも知ってる。少なくともこの世界ではな。

だから騙されるお前が悪い。


嘘を見破れる心読み(ヒュプノス)がいたのなら、慎重に振る舞い、理詰めで折衝すれば別の道もあっただろうしな。リスクを考えず、安易な方法に飛び付いたお前の負けだわな。」



「こうなったのは自業自得ってことか。」



「まあ、あくまでもこの世界の常識……

でだが。

お前の世界のことは知らん。

大金を犯罪の危険がなく持ち歩け、

役人が信頼できる世界ってやつは俺には想像することができねぇ」

そう嘘ぶいた。


「 脱線しちまった。聞きたいことは山ほどあるが時間がねぇ。また今度だ。とりあえず こいつを終わらせてさっさと帰るぞ。」

いつの間にか光が消えた剣へと魔力を通しながらヤルは喋る。


「 良いか?俺の真似をしてやってみろ。出来上がりのナイフをイメージして、こういった角度をつけてだな……」

そう言うと地面に置いた鉱石クズに水を垂らし 剣の刃を滑らす。


(成る程研磨か。この鉱石くずを砥石の代わりにするとは考えたな。)


「そうそう。なかなか筋が良い。」

俺は折れた剣を何度も繰り返し繰り返し無心に滑らした。

気が付けば、いつの間にか付与された光も収っていた。


「もう、そんなもんで良いだろう。それ以上研いだら強度がなくなっちまう。それともお前は針(レイピア)でも作るつもりなのか?」


気が付けば手元にはナイフらしきものが出来ていた。


「初めてにしてはまあまあだな。」

とヤルは言うが俺的にはこれで充分だった。


自然と頬が弛む。


「なにニヤニヤしやがってんだよ。気持ち悪い。さあまだ一仕事残ってるんだ急ぐぞ。」


「一仕事?」


「お前、自分でちょっと考えるくせをつけねえと、この世界じゃ生き残れねぇぞ。

お前今、何持ってるんだ?」



「……ナイフか?」



「ああ、で、そいつを持って鉱道をでようとしたらどうなる?」



「ああ……

 良い結果になりそうにはないな。」


(没収後、体罰か?

最悪見せしめコース……で。

でもなら何故、ヤルの奴はこんなにも落ちついているんだ?)



「どこか隠す当てでもあるのか?」



「ビンゴだ。分かったら黙ってついてこい。」

そう言ってヤルはスタスタ歩き始めた。


歩くこと十分ほど経ったころだろうか?

ヤルは不意に足を止め、辺りを伺うよう見回した後、壁の窪みに手を突っ込む。


暫く後カチッと音がした気がした。


壁下の岩に手を差し込み横へスライドさせると下に向けて人一人通れるかどうかの穴が開いた。

「さあ行け。」

顎でしゃくられた。


体を屈め降りていくと小さな部屋にでた。

スライドさせる音とともに「カチッ」

と言う音が響いた。

不意に完全な闇に包まれる。


「ヤル?」


「まあ、待て。」


カチッカチッと音がして

ふいにランプの灯りがともる。


「鉱道内と違ってここは光らないからな。」


(そういや常識で考えると『薄ぼんやりと光る鉱道』の方が異常だな。)

と今さらながらに思った。



「ようこそ秘密の小部屋へ。案内するって言ってたろう?」

得意そうに胸をそらすヤルがいた。



「ナイフはそこの棚に置くと良い。」



「ここはなんなんだ?」



「この部屋のことか?

ここがなんの為に作られたか俺はしらん。

ただ誰が作ったかは、ホレ」

と顎で指す。


その方向を見ると……

部屋の隅にロックチェアーがあり、

そしてそこには干からびたミイラが座っていた。


「俺はただ使わしてもらっているだけさ」と首をすくめた。



「…………」



「取り敢えず、今日の所は充分だろ。帰るぜ。わかっているが他言は無用だ。もし喋ったら……」

首をチョンするマネをする。


「いくらお前が強くたって寝ている間まで誰も守ってくれまい?それにお前は知らねぇが俺には仲間もいる。」



「ミュルガのことか?」



「ああ、やつもその一人だ。」


これで質問は終わりとばかり、ヤルは手を上げた。


「喋るつもりはこれっぽっちも無いさ。」


「今はそうだろう。でも先はどうかな。」

そうヤルは言って少し寂しそうに笑った。


◼️□◼️□◼️□◼️□


そして……

翌日から俺とヤルの魔石狩りが始まった。

8往復のノルマを可能な限り早く仕上げ、

空いた時間に魔物狩りをする。

俺が倒し、ヤルが捌いていく……


ヤルは次から次へ魔物から魔石を取り分け、残りは捨てていく。澱みの無い流れるような動きだった。


「本来なら、肉とかも取り分けしたいのだが、時間がおしい。」


「良い肉屋になりそうだな。」

俺がちゃかすと、真面目な顔で


「こんな臭いくず肉、誰も食わん。」

と舌打ちされた。


捨てられた魔物の死体は、時間が経つといつの間にかなくなっている。不思議に思いヤルに聞いたが、

「迷宮に吸収されたんだろう」

などとバカなな事を言っていた。


どうせ小動物に食われたんだろうと俺は思っている。


鉱道に湧いて出て来るのは人型のゴブリン、コボルトばかりで直ぐに慣れていった。


相手の攻撃パターンが決まっている上、

最近身体の切れが良くなってきたこともあり、数匹程度はほぼ瞬殺で倒せるようになった。


「もっと働け働け~」

調子に乗ってヤルは騒ぐ。



(こいつ……)


「お前ももっと働け」

ムカついた俺は軽く蹴りをヤルに入れた。




「バン」



(えっ?)




「ぐぼっ」



「お、おい、大丈夫か?」

避けられる事を前提として放った蹴りが

クリーンヒットし、ヤルは壁に叩きつけられた。


「お、お前、俺を殺す気か……」


(マジか……)


「悪い、力の加減間違えてしまったみたいだ。余裕で避けられると思ってたんだが。」


「このスピードを避けろって言ってるのか?しかも余裕で?」


「数日前、軽々避けいただろうが。」


「ちょっと待て。」

そう言って言葉を遮るとヤルは暫しの間考え込んでいた。


「どうした?」


「数日前、お前の蹴りがかすったのを覚えているか?」


「ああ」


「あの時、じゃれあいにしては、シャレにならねぇなと思ったんだ。その時は『加減を間違えたんだろう』位にしか考えてなかったんだが……」 


「だが?」


「お前『階位』上がったんじゃねえか?」


「『階位』?」


「そういやお前『迷い人』だったな。

知らないってこともあり得るか……」

ブツブツ言いながらもヤルは話を続ける。


「簡単に言うとだ。この世界じゃある程度物事に熟練すると、その能力が突き抜けることがあるってことだ。突き抜けた後とその前を比較すると段違いにその能力があがる。その事を階位が上がるって言ってるんだ。」


(レベルが上がるってことか?)


「その『階位』が上がるってことは頻繁に起こるもんなのか?」


「いや?何年も何年も繰り返し一つのことを行って初めて上がるのが普通だ。数日でひょいひょい上がるなんて事があってたまるか……」


「でも上がってるんだよな?しかもおそらく最低でも2回は上がったはず。」



「こんだけ短期に?そりゃすげぇぞ。」



「理由は何だろう?」



「そりゃよう、お前が上がって俺が上がって無いんだとしたら……」



「狩った魔物数?」



「それだ!それしか考えれねぇ」



「でも、その理屈だと『よごれ』の階位はバンバンあがってないとおかしいよな?」



「階位の上がり方が一定ってこともないだろう。それにやつらは基本自ら狩にいくことは無い。あくまで襲ってきた魔物に対処するだけだ。ドワーフを守るのがやつらの仕事だからな。俺らのように積極的に狩っているのとは違う。」


「魔物狩りをすると、階位は上がるのか……

それを検証する為には……


お前も働かなきゃな。」

そう言ってニヤリと俺は笑った。



「なんだお前、俺にもっと働けだと?

十分働いているじゃねーか。

誰が獲物をさばいてると思ってんだ?

前にも言った通り俺は頭脳と索敵が主なんだ。

脳筋のお前みたいに一人で敵に突っ込んでくなんて出来るわけねーだろ。

相手に切られたら、普通人は死ぬんだぞ。 万一怪我で済んだとしても、一生腕がないとかシャレにもなんねぇだろうが……」


「でもそれだと、検証できないよな?」

俺は意地悪くそう言った。


「検証できなくて結構。検証のために死ぬなんて馬鹿がする事だ。この世界じゃあ普通冒険者(シニタガリ)や騎士でもない限り、好んで魔物相手に突っ込んでいくなんてしやしねぇ。シニタガリだってリスクを抑える為に回復職(ヒーラー)などとパーティーを組むのが普通だ。」



「俺だったら突っ込んでいって良いのかよ?」



「ふん、お前にはスキルがあるだろうが。このレベルの層じゃ例え下手打ったって、死にやしねぇ」



(スキル?武術のことか?それより)



「このレベルの層以外の層がここにはあるのか?」



一瞬躊躇した後、目が泳いだ。

「あるわきゃねーだろうが。」

とヤルは嘯いた。

(こりゃ……あるな。しかしこのタイミングで聞いても吐かなそうだ。しらばっくられるのが落ちだな。)

しかたない。話を変えることにした。



「話は変わるが、ヤルが戦うかどうかは別として、ヤルでも安全に獲物を狩る方法があるんじゃないか?」



「俺は戦いのスキルなんてもっちゃいねぇ」



「俺が元いた世界のシーフだと、鍵開け、策敵、罠外し、気配消し、認識阻害、短刀使い辺りがメジャーな能力だったんだが。」

テーブルトークRPGを思い浮かべる。



「お前の世界にもシーフがいたのか。

概ねその通りで間違いねぇ。

鍵開け、策敵、罠外し、短刀使いは技能(スキル)になる。所属(イワユル)ギルドで学んで覚えるもんだ。あと付け加えるとピックポケット(スリ)技能もあるな。

これとは別に、神さんから与えられる加護がある。気配消しや認識阻害、金属加工の為の補助魔法、それに初級の風魔法だな。」



(なかなか凄いじゃないか。)

「例えば、風魔法で注意をそらし、気配消しと認識阻害を使って忍び寄り、ナイフで首をかっ切るなんて出来そうだな。」



「…………お前、よっぽど俺をこき使いたいらしいな。荒事は苦手って言ってるじゃないか。まあ、でも……何か出来そうな気がしてきた。一回試してみるか。」


(思惑通り乗ってきたな。)



「ただ……」



「ん?ただ?」



「一人で突っ込むのはゴメンだぜ。それと最低限、身を守る技を教えろよ。」



「あ、ああ。勿論だ。その代わりにシーフの技をいくつか教えて欲しい。策敵や気配の殺し方とか教えてくれると助かるな。。あと魔物の捌き方も知りたい。二人でやった方が早く終わるだろうからな。」



「シーフの技って言っても、ギルドの技は部外者にはちょっと教えらんねぇ。そいつは先に言っておくぜ。そしてギフトは……神さんから与えられるものだからなあ。多分習得は無理と思うぞ?」


「触りだけでも教えて貰えれば良い。」



「分かった。そんなんで良ければ。」



「よし、決まりだな。」



俺達はガッシリ手を握りあった。



◼️□◼️□◼️□◼️□

翌日早速二人で狩を始めることにした。



二人で段取りを決めた。


まず、ヤルが小石を風魔法で反対方向に飛ばし敵の意識を反らす。

その反れた一瞬に事前に気配を消していたヤルが背後強襲(バックスタブ)をかける。

基本首の頸動脈への一撃必殺を心構え、例え倒せなくとも後退する。

釣られてきた2陣以降は俺が片付ける。念のためヤルには後退時、認識阻害を掛けさせ後ろに待機させる。

こんな感じで次々に狩っていくうちに

ヤルの攻撃スピードと身体の切れが一段ギアアップしたように見える瞬間が合った。


「ヤルも無事階位が上がったみたいだな。」


「まあな。身体が軽くなった感じがする。ただなあ……」


「ん?ただ?」


「このやり方が効率的で、かつ安全マージンが高いベストなものってのは俺でも分かる。

ただ、なんと言うか後から不意討ちだろ?

お前みたいに正面切ってお互いに命をやり取りするなら死んだ魔物も納得はいくだろうが…… 

言っている事がおかしいのは充分良く分かっている。ただな。ただ……

まるで暗殺者(アサシン)みたいだなと……」


「……野生の肉食動物だとしても、風下から草に隠れ不意討ちするのが狩りの常道だろ。例え相手が草食動物だとしても、角や爪を持って反撃してくれば肉食動物でも致命傷を負うものだから。そして俺たちは肉食動物ですらない……」


「だから、理屈が合わねぇ話だって言ってるだろ。まあなんだ、たぶん俺は冒険者には向いてないんだってことなんだろうな。」

そこで終わりとばかりにヤルは話を打ち切った。

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