焦雨
緋悠
父性
一児のシングルファザーになって3年。
原因は些細な事からだった。妻は何かと世間と比べたがる性分だった。妻と娘の三人家族の我が家は決して豊かな家庭とは言えなかった。それでもこつこつ貯めた貯金で旅行をしたり、美味しいものを食べる程度には稼ぎはあった。然し、妻はそれでは満足しなかった。
不幸な事と言えば、娘を私立中学校に入れてしまった事である。それは夫婦の望みでもあった。妻は娘の進学に人生を懸けていた。自分の学歴にコンプレックスを持っているのか、よく自分の過去の栄光や教育理論を語っていた。クイズ番組を見ていると口から最初に出るのはいつも大学名と蔑むような言葉ばかりだった。
将来、何不自由無く暮らせるような学力と地位を手に入れさせる為に小学生から進学塾に通わせ、遊戯を制限する生活を課した。
妻はあまり容姿の優れない娘を横目に周りからの目を気にしていた。妻は娘に周りから羨まれる子になりなさい、と事ある事に言っていた。娘は妻の期待に応えようと、一所懸命自分なりに努力していた。
結果は第二志望合格だった。正直学力は申し分無い学校だと思う。自分はよく頑張ってくれたと改めて娘の成長ぶりを身に染みて感じた。流石の妻も、おめでとう、今までよく頑張った、今日はお祝いとして美味しいものを食べよう、と笑顔だった。
昼は娘がラーメンが食べたいと言ったのもあって中華料理屋でとることになった。
食べながらぼそっと、第一志望に受かっていればもっと美味しく感じただろうと引きつった愛想笑いと共に捨て吐いた台詞は脳内に酷くこびり付いた。
入学して一年、受験が終わり徐々に落ち着き始めた中学生活に以前のような生活を比べ消失感を覚えた娘は、妻の期待に応える事をいつしか止めてしまっていた。妻は怒った。あらゆる手段で娯楽を制限し、奪い上げ、思うがままの独裁ぶりを見せた。自分は恐かった。明らかに妻は変わってしまっていた。優しくどこか物静かで、子の成長を誰よりも喜んでいたあの頃の面影は既に無くなってしまっていた。
昔のような生活を傍らに、妻の自暴自棄な態度を止めることが出来ない自分の無力さを痛感し酷く失望した。
それからというものの喧嘩の耐えない日々を送ることとなった。あなたがちゃんとしていれば、あなたがちゃんと言わないから、あなたがちゃんと私の言うことを聞かないから。
妻は完全に壊れていた。
自分の話も聞く耳を持たなかった。
何度話し合いを試みても話が噛み合うことなどなかった。
あなたは甘やかし過ぎ。
娘は甘えているのだろうか。
あの子はまだまだ伸びる。
これ以上伸ばす必要があるのか。
「私のやり方に口を出すな。」
自分は一体どうすれば良かったのか。
次の日、紙とペンを置き娘を連れて家を出た。今の感情を表すなら後悔や不安ではなかった。
ただただ安堵し、自然と涙が零れるばかりだった。それでも妻を愛している自分に泣く資格はないのに。
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