火曜繁華街

祭 仁

第1話 火曜日の紅茶店

京都の外れも外れに火曜繁華街と言う、今にも廃れそうな繁華街がある。

その名の通りに繁華街が、賑わう訳ではない。つまり、一世代前に流行りそうな服バーゲンや果物の叩き売りなども火曜日にはない。

火曜日だけはない。

普段、高校生たちが買い食いや理由もなくダラダラと下校する。

その集団を買い物終わりの主婦たちが、強引に自転車で突っ切る。

そんな光景も火曜日には見る影もなく、店はシャッターで完全に締め切り、人の声や自転車のベルの音などは聞こえない。野良猫は堂々と道を横切っている。

まるで、夜の深い海に沈んだ古代都市のようだ。

そんな異常な都市に、彼は独りでいる。

彼は、ゆっくりだが確かな足取りで一軒一軒凝視する。

「パン屋、果物屋ら、唐揚げ屋、たこ焼き、・・・」

有川は、立ち止まる。瞳孔を思いっきり開き自分の見た光景を事実か確認する。

『open』の文字看板がキラリと光る。

「Dream tea、夢のお茶?」

有川は、意味が分からない店をゆっくりと訳す。

この世には意味の分からないことの方が多いのだから、名前はただの印でしかないのかもしれない。だが、有川は本来どうでもいいことが気になってしまう。意味や真実を追求せずにはいられない。

カランというドアについている鈴の音とともに有川は店に引き込まれるように入る。

店の中を見回すと、やけにこじんまりとしている。缶に入った何種類もの茶葉、海外から取り寄せられたと思われる木製の椅子、ぽつりぽつりと少し途切れながら演奏をする蓄音機。その全てが、この喫茶店を異様な空気へと変貌させているように感じられる。

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」

タキシードを着て白髪な男は、まるで裁縫の針に糸を通すかのような真剣な眼差しで銀食器を一本一本丁寧に磨いている。男は誰が見てもここの店のオーナーに相応しいと言っていい。

私は、その男に促されるままカウンターの一番奥の席に座る。

男は、手帳ほどのお品書きと水をそっと置き銀食器を拭く作業に戻る。

男は何も言わない。

より深く何とも言えない空気だけが店内に漂った。

「こんにちは。」

私は驚いた、驚くしかなかったのだ。そこに先程までいなかった少女が私の隣に当然の如く座っているのだから。



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