其ノ三
「……はぁ、フラグレント院長との協力、その子飼いの
気付いた時には既に『
そしてそこで、フラグレント院長の部下である『
《勇者》には世権会議から色々ルールやら制約やらに縛られているからこそ、自由に活動出来るんだ。
それをここまで違反しちゃったら……サシャへの説教だけで事が収まるかどうか。この前ウーラチカの件でも色々やらかしたばかりだというのに。
「我が主、ギーヴ・フラグレントの言葉によりますと――『ばれなければ違反ではない』と」
「つまり、あのおっさんが提案して、サシャが乗っかったと。もっとも、〝アレ〟を使うって事は、サシャもノリノリだったんだろうが……」
『七節擬』の一人であり、話に聞くと姫様の影武者を務めていた女の話を聞いて、なんとなくすっきりしない状況に頭を掻く。
別に怒っているわけでも何でもない。単純にすっきりしない。
フラグレント院長との密約、これは別に良い。
『七節擬』に力を借りるのだって悪い事じゃない。オレやウーラチカが動けない以上。
〝あの秘密〟に関して言えば、正直どうでも良い。所詮、秘密ってのはばれるもんだし。
だが……自分が無事に敵の手を抜け出す事が出来ない。そういう結論をサシャが出した事に、少しの悔しさがあるだけだった。
向こうはオレや姫様の詳細な情報があった訳でもないし、実際オレは結構ピンチだったから、出してしまったその答えは正解だったと言わざるを得ない。
……だからこそ、自分の力量不足に、改めて腹が立つ。
いくら唐突だったとはいえ、もう少しやりようがあったのではないかと。結果論だが、その結果が重要だ。姫が捕まり、人質にされる可能性だって、頭の中で考えているべきだった。
(護り屋やってたとはいえ、人質に取られるような事はなかったもんな……ああ、こりゃあ言い訳か)
頭の中に自嘲する声に、思わず苦笑いを浮かべる。
子供の頃、まだまだ傭兵としては甘かった自分は、この《眷属》という仕事に就くまで、相当の修羅場を潜り抜け、成長してきた。そう思っていた。
しかし、案外まだまだ、甘い部分が多いらしい。
「……ちょっと、何を暗い顔をしているの?」
隣に立っていたエリザベスがそう言いながら、不意にオレの手を握る。
さっきまで夜の牢屋にいたにしては随分と温かい手に、一瞬体がビクッと跳ねるが、手を振り払う事だけはギリギリしなかった。
「貴方、ここまで私を護ってくれたじゃない……それとも、こうなったのは自分の所為だ、なんて言うつもりじゃないでしょうね?」
表情はいつも通り生意気で、いつも通りのじゃじゃ馬姫のもの。少し違うのは、その目と言葉にほんの少しだけ、気遣うような優しさが込められているところだった。
……護衛対象に慰められるなんて、それこそ傭兵どころか《眷属》失格だな。
「いいや、んな事言わないさ。なんだ、まさか姫さん、慰めてくれてんのか?」
「そ、そんな訳ないでしょう! まったく、貴方の言っている〝サシャ〟って人には、随分な部下をお連れですねと文句を言いたいんだから!」
逆に向こうから振り払われた手を撫でながら、「いやいや《勇者》に説教とはやるねぇ」と言おうとして、口をつぐむ。最後のネタ晴らしにとっとかなきゃな。
ゆっくりと目を瞑り、考えを整理する。
言い訳も後悔も、今してもしょうがない話。
それより、大事なのは――これからだ。
「サシャはどうするつもりだったか、話していたか?」
オレの言葉に元姫の影武者が答える。
「このまま〝アレ〟を使って、王都まで二人を送り届ける。そうすれば、一晩姫がいない事は誤魔化せるはず、と」
……なるほど。
つまりもう影武者を影武者から外し、本物の姫を取り戻す、という計画。
……まぁ、それも難しいだろう。
姫を誘拐する際に警備を緩くしたりと、相手は王城の中を理解し尽くしている節がある。『七節擬』は優秀な連中だが、それでも情報なんてどこから漏れるか分かったもんじゃない。
もし、敵にそれを知られれば、式典までに、いや式典が終わって彼女が王になった所で、暗殺者の雨あられ。おちおち寝る事すらも出来ない状況なんて、笑えない。
現在の状況を解決、主犯もあぶりだして、後顧の憂いを絶つ。
そういう事をしないときっと駄目だろう。
「〝アレ〟はどの町にあった?」
「ここから馬なら四刻掛かる集落で、《
「つう事は、そう距離があるわけじゃない。駄馬で行ったとしても半日もかかんねぇだろうな」
そもそも〝アレ〟を使うならば、時間はそれほど問題じゃない。
――さて、材料は八つ。
本物の姫。
影武者。
〝あの秘密〟。
それ以外の『七節擬』
フラグレント院長の手腕。
オレ。
ウーラチカ。
サシャ。
これを上手く組み合わせて、最良の作戦を作るならば。
即興で頭の中で計算を始める。正直自分の知っている材料だけで作戦を立てる事はしたくはない。
それでも、今知っている情報だけで作戦を構築していく。
……もっとも、出来上がるのは、我ながら随分危なっかしい計画だが。
主に――オレの命が。
「……おい、誰か一人、サシャに手紙を持って行ってくれる奴はいないか? 最速、出来れば今日中にだ」
「〝アレ〟を使わせていただけるならば」
オレの言葉に、周囲を警戒していた一人の暗殺者が手を挙げるのを見てから、すぐに適当な紙とペンを頼む。
「それから、オレ達は疾走竜じゃなくて適当な乗り物で行く。何か用意出来ているものはないか?」
「ええ、ございます――あちらに」
そう言われて顔を上げると、上手く暗闇に隠れているものの、大きな荷台の付いた――
……ああ、うん。
つまり、そういう事か。クソ。
「……あの荷台の持ち主に今すぐ文句言いたいんだが?」
「御心配なく。どうやらこちらに気付いたようです」
向こうは暗闇の中に潜っている所為で見えないが、こっちは光が当たっているので様子を知る事は簡単だったんだろう。だんだん人影がこちらに近づき、とうとう光の中に入ってきた。
人の良さそうな顔を浮かべている初老の男性――そう、あの商人のおっさんだ。
「人が悪いな。まさかアンタが暗殺者だったとは思わなかったぜ」
少し挑発するような事を言ってみても、おっさんの顔つきは変わらない。
「いいえ、暗殺者ではございません。ですが商売の関係で、ちょいと人脈がありましてね。旦那方を見守るようにと、頼まれたんでございます。
まさかこんなお偉い方だとは知りませんでしたが」
その言葉が、嘘とは思えなかった。どうどうとした態度に思わず笑みが浮かぶ。
「まぁ、正直あんたの正体ってのは、この際
「そうですね……余裕を見るなら、一日あれば大丈夫でしょう」
一日……それなら、サシャの方の準備も終えられるはずだ。こっちも二日早く王都に行けるんだから、充分作戦遂行に問題はないはずだ。
「ちょっと! なんなの!?」
置いてきぼりにされていた姫が大きな声を上げる。
「全然説明がないってのはどういう事!? なんで暗殺者が味方なの!? なんで私達を運んだ商人まで暗殺者の仲間なの!? しかもさっきから「アレ」とか「あの秘密」とかってなに!?
全部とは言いませんけどねトウヤ! 一つくらい教えてくれたっていいじゃないの!?」
流石に隠し事が増えすぎたのだろう。混乱しているのが目に見えている姫様に、これ以上黙っておくのは酷なのかもしれない。
「……そうだな。全部説明する。
ただだいぶ長い話だから、一つだけ教えてやる」
自分でも鏡を見ないでも分かる。
オレは相当、得意げな顔をしているはずだ。
「オレ達は〝小道〟を抜けて、明日中に王都に行くのさ」
――『勇者の小道』。
道と言ってはいるが本当に道を歩く訳じゃない。これは名称であり、まぁ行ってしまえば抜け道のようなものだ。
まず、とある村に《隠遁者》がいる。《勇者》やその《眷属》のアシストをする事だけが彼らの役目ではない。その家々に隠されているある物を管理・隠蔽する為にいるといっても良い。
魔方陣。しかも、数百キロの距離を一瞬で移動する事が出来る〝転移魔術〟の魔方陣だ。
《勇者》最大の秘密。自由に国境を越え、普通の人間ではありえない速度で状況に対応する為に存在する裏技。
大昔、
流石に王都や各国の主要都市の中に出入り口を配置する事はしなかったが(国家防衛上都合が悪いし)、それでもかなり近い位置に配置されているそれを使えば、一瞬で決められた地点にまで移動する事が出来る。
本当は姫を目的地に案内する時もソレを使えれば良かったが、オレは身分を隠さなければいけなかったし、何よりあれば《勇者》と世権会議の主要国代表だけが知っている重大な秘密ってやつだ。
緊急時でない限り教える事は許されず……まぁ、今回はこれが緊急時に当たるだろうと判断した。
――これで敵の監視網をすり抜ける事が出来る上に、作戦を実行するまでの時間稼ぎをする事が出来る。
その時間が、命運を分ける事になるだろう。
ここで、一勝負だ。
◇
「――で? つまりリチャードは拘束され、姫と例の同行者にも逃げられた、と。全く、暗殺者とは、聞いて呆れるな」
薄暗い執務室の中でそう言った男の言葉に、『群体蟻』のまとめ役を務めている男は深く頭を下げる。
「面目次第もございません」
「……まぁ、過ぎてしまった事をとやかく言うつもりはない。しかし、問題は今どこに奴らがいるかだ。追跡は……いや、そうやって報告に来るという事は、出来ていないのだろうね」
「はい。まるで煙のようにどこかへ消えうせました。現在、主要な街道に人員を配しておりますので、いずれ見つかるかと」
王位継承の式典までもう既に三日とない。
そんな状況で姫をそのまま逃がすなんて事を、男の敵がするはずもない。だとするならば、主要街道を探していれば、必ず奴らを見つける事が出来るはずだ。
……普通ならばそう考えるだろう。
しかしリチャードを操り姫を亡きものにしようとした男――リチャードに〝同志〟と名乗った男は、そのさらに先を考えていた。
姫と同行していた傭兵はそれなりに手練れだ。だが姫を連れて一人で『群体蟻』の群れの中から逃げ出す事は、きっと難しかっただろう。
まだ、協力者がいる。
それがいるとするならば、街道を見張っているだけでは捕まえる事は出来ないだろう。妨害しようにも、『群体蟻』は必ずしも腕の立つ暗殺者集団とは呼べない。
げんに何人も囲んでいたのに、あっけなく捕まってしまったのだから。
だとすればもっと確実に捕らえ、殺す事が出来る状況を考えなければいけない。確実性を考えるならば――、
「少々賭けになるだろうが……全構成員を王都に戻せ」
「よろしいのですか? 王都に入れても」
暗殺者の声は、信じられないと言いたげだった。
暗殺者のくせに凡庸な考えしか持っていないその男に苛立ちながら、〝同志〟は平静を保つ。
「ああ、一番大事なのは『姫を王座に就かせない』事だ。あの姫が王座に就けば、メリットはなくデメリットが増えるばかりだからな。
それさえ果たせるのならば、街道で殺そうが王都で殺そうがあまり関係はない。むしろ確実に、静かに殺すという意味では、式典の騒ぎに乗じるのは悪くない策だ」
勿論、そのまま殺せず式典の場に現れてしまう可能性もある。
その時は――まぁ、やりようなどいくらでもある。
〝同志〟の言葉に少し考えるような素振りをしながらも、まとめ役の暗殺者は、かしこまりました、とだけ言って、音もなく部屋を出て行った。
「さて、本番は式典の日。
この国が変わるのは――もうすぐだ」
〝同志〟の言葉は部屋の中で、誰にも聞かれる事なく、空中に消えていった。
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