其ノ三






 若き頃、というよりも『幼い頃』という形容詞の方が似合っていた時代のギーヴ・フラグレント侯爵から見れば、この国は誰も彼もが〝落第点〟だった。


 理不尽な刑罰を恐れて不平不満を溜め込むしかない、平民。

 私腹を肥やす事と次の日の美食にしか興味がない、貴族。

 そしてその貴族に媚びる事しか出来ない、王族。


 どれもが、ギーヴ少年からしてみれば奇妙な踊りを披露する道化の数倍は滑稽で、愚昧で、見るに堪えないものだった。

 もっとも、周りの大人の愚かさを見抜ける程の智慧をもってしても、結局子供は子供。その社会に抗う術も、そもそも抗う事が出来る事すら知らず、この国の典型的貴族(とどのつまり〝豚〟)である父からの英才教育を受けていた。

 何事もなければ、きっと何事も起こらない。そういう世界クニ


 ――そんな中に、〝嵐〟が吹き荒れる。

 第二十三代勇者・アンクロと、その《眷属》達。


 彼らは正しく国の中を引っ掻き回す嵐そのものだった。何せ間接的と言って良い程度でしか関わっていなかったこの国の中を、それはもう、しっちゃかめっちゃかに引っ掻き回して、事後処理なしで去っていったのだから。

 人に落第点をつけていく事がもはや日課のようだったギーヴ少年にとって初めて〝自分の物差しでは測りきれない〟存在だった。

 その衝撃は、きっと万の言葉を使ったところで表現しきれないだろうし、理解して貰えるとも思っていなかった。

 この国を去っていく直前、ギーヴ少年は本当に数分だけ、《勇者》アンクロと話せる機会を得る事が出来た。

 ギーヴ少年は言った。


『《勇者》アンクロはこの国がお嫌いですか?』


 アンクロは答えた。


『ええ、大っ嫌い。もし理由が出来ていれば叩き壊してたわ』


 さらに、ギーヴ少年は言った。


『もし僕が、貴女が言うように、この国を壊すとしたら――貴女は賛成してくださいますか?』


 その問いに少し考えてから、アンクロは答えた。


『まぁ内容次第ね――でも、貴方が何かする時私は多分引退してるから、私の弟子に訊いてみなさい。




 ――もし貴方のやり方が世界クニを良くする物ならば、絶対に手を貸すでしょうから』




 アンクロにそう言われてまずギーヴ少年が行ったのは、一番邪魔な存在である父を表舞台から消す事だった。強引なやり方を反対する親戚などを交渉などで味方につけ、意外とあっさり追い落せた。

 まずは公爵という地位を手に入れた。


 即座に行動に出る前に、まずは侯爵家の財政をより豊かにする事から始めた。地位だけでひれ伏してくれる人間ばかりではないのもあったが、それ以上に周囲に『自分は皆と同じだ』と言外に示したかったからだ。

 幸い、商売は上手くいき、政治的に利用する利益ばかりではなく、侯爵家そのものを潤す事に成功した。

 財力というもう一つの力を手に入れた。


 その豊富な資金力と地位で周囲の貴族を抱きこむと、ギーヴはそのまま国の中枢に食い込んでいく。

 コネと賄賂、そして時には先々代から契約をしている『七節擬スティック』という暗殺者アサシン集団を使った暗殺や脅迫、そんな薄暗い力を使いながらも、瞬く間に出世した。

 その過程でこの国を本当の意味で憂い、力をもてあました優秀な人材をかき集めた。

 実質的な権力と、使える駒を手に入れた。


 さて。ここまで話してみると、国を乗っ取ろうとする悪徳貴族にでも見えるだろう。

 否定はしない。自分はとても品行方正とは言えない手段を使っている。

 ――だが、国を乗っ取ろうなどという事は考えていなかった。

 国を破壊する事は考えていたが、それはあくまでこの国の根底に規制し続けている貴族の悪しき風習を叩き壊し、平民にやる気を生み出し、王を崇高な存在に押し上げようとしただけ。

 嫌いなこの国を何とかする為に、内側から破壊しようと考えた結果だった。

 だから枢密院院長に最年少で辿り着いた、もう少年とは呼べない年齢のギーヴ・フラグレント侯爵が次にした事は、次期王への英才教育だった。

 貴族の道化に甘んじる事無く、この国の政治を動かしていける人材に育て上げる。

 実際それは上手くいった。少々真っ直ぐ過ぎる性格ではあったが、ギーヴが育て上げた王子――後にヘンリー・三世と呼ばれる王は、『賢君』と呼ばれるに相応しい人物だった。

 平民の言葉をより多く取り入れられるように設立した民政議会も、かなり有効に作用していた。多少貴族に憎悪を向け過ぎている節はあったが、その対抗意識が良い方向に動いていた。

 ヘンリー・三世が正式に王位を継いだ後、変革は加速していく。


 力を持っていなかった民政議会の活性化。

 逆に、力を持ち過ぎていた貴族の弱体化。

 そしてそれが一過性で終わらないように、法の整備を徹底する。


 自分一人ではとてもなしえない。出世する過程で集めた優秀な部下達と、ヘンリー・三世という優秀な君主がいるからこそ成立する、緩やかな、しかし確かな変革。

 国は水面下ながらも、明らかに良い方向に向かい始めていた。

 ――しかしどんなに良い方向に持っていこうとしても、悪の芽は勝手に生えてくる。

 しかも見えない所から、予期せぬ所から。

 その一報はあまりにも唐突だった。民政議員の中に、大規模な不正と、貴族に代わってこの国の実質的権力を握ろうとする者達がいるというのだ。

 フラグレント侯爵も、予期はしていた。

 人間は実利を得られるようになれば、さらにその先を欲する。生きている者であれば当然の欲求であり、必然だ。だがあまりにも速すぎるその展開までは予想出来ていなかった。

 予想出来ていなかった事は他にもある。


 自分の教え子であり君主であるヘンリー・三世の暴走。


 自分に相談もなく勝手に勅令を製作し、フラグレント侯爵のみならず民政議会議長であるオーレンにも、権限を与えてしまった事だ。

 これは下手をすれば、無謀ともいえる行動だった。

 オーレン議長が駄目だというわけではないが、優秀とも言い切れない。この情報を外部に漏らせば、犯人は地下に潜ってしまうだろう。そうすれば、その流れを完全に絶つ事は難しくなる。


『無茶な勅命を今すぐ取り下げてください』


 フラグレント侯爵はヘンリー・三世の私室に押し入ってまでそう進言し続けていたが、とうとう彼の口から取り消しの言葉は生まれなかった。

 彼は王としては非常に優秀だったが、熱意が行き過ぎている時があると気付いていた。しかしまさかこんな所で出てくるとは、思ってもいなかったのだ。

 それが祟ったのか、なにか別の要因があったのか。それは分からないが、そのすぐ後に彼は亡くなってしまった。

 尊敬すべき自分の主であると同時に教え子。そして今では、自分の義弟。

 あまりにも唐突な死に疑問を抱いたし、もし看過出来ないような理由で亡くなったのであれば、真実を追究するべきだ、とも思う。しかし、フラグレント侯爵にはもっと重要な事があった。

 混迷するこの国を何とかしなければいけない。

 王妃との子供がいなかったのだから、すぐに後継者問題に発展する。それを何とかするのが、何よりも最初にしなければいけない事だと考えたのだ。

 ――だが、そんな事よりももっと大きな問題が舞い込んできた。

 義弟であるヘンリー・三世の隠し子発覚。

 暗殺者を情報源に持ち、様々なコネを持っているフラグレント侯爵にとっては、二度目の青天の霹靂と言えただろう。

 庶出女子とは言え、今はただ一人の直系王族。

 どんな問題があろうと、彼女を王として擁立しなければならない。それが臣下の一人であるフラグレント侯爵の仕事だった。

 誰よりも先に彼女を保護し、王宮に連れ帰り、あの日――エリザベス・ショコラディエ・シルヴァリアが王宮を抜け出すあの日まで、政治的にもそして肉体的にも守り抜いていたのだ。





「――後は、《勇者》殿が影武者から聞いた通りでしょう。

 私は『七節擬』を姫の護衛と監視に当たらせ、今日に至ります。私の知っている限りでは、これで以上です」


 様々な書類、書簡が乱雑に置かれている。もし、彼に連れて来られなければ、これがこの国で今最も権力を持っている人間の執務室とは思えなかっただろう。

 贅沢な部分と言えば、精々部屋が普通の部屋よりも広い事。華美な調度品は何一つ置かれていない、文字通り『執務をするだけ』の部屋。

 それが不思議にも、彼の性格を良く表しているように思えた。外見からは想像出来ない程真っ直ぐな〝質実剛健〟さを。

 そんな自身の執務室で、ギーヴはそう言葉を締めくくった。

 数秒間、サシャは考え込むように目の前に置かれたカップを見つめ、彼に返事も返さなかった。

 まだ、謎が残っていたからだ。


「……三つ、質問があります」


 サシャの言葉に、ギーヴは言葉なく手を差し出し、先を促す。


「まず一つ。貴方は、今回の犯人について心当たりはお有りですか?」

「はい、ございます」


 一つの淀みも、怯みもない即答だった。


「ですがこれは、あくまで推測の域を出ません。もっと直接的な言い方をするならば「一番可能性が高いのは彼だが証拠がない」というところです」

「……なるほど」


 ――ここにトウヤがいたならば、きっと『つまり状況証拠だけなんだな』と言っただろう。

 状況としては、明らかに怪しい人物は確かにいる。いるが、明らかな証拠を見つけない限り、知らぬ存ぜぬを押し通されるだろう。

 そうすれば、確実に捕まえる事は難しくなる。これは、とてもギーヴを責める事は出来ない。


「では、二つ目……貴方は、何故そのまま姫を行かせたんですか?」


 『七節擬』を使えば、姫を連れ帰る事だけは可能だったはずだ。トウヤを倒す事は出来ないだろうが、押し留め、その間に連れ帰る事は難しくはない。

 わざわざ、危険な旅をさせる必要性を、サシャは感じなかった。


「……あの姫君は、文字通りの箱入り。この国を本当の意味で理解した事は、一度もないでしょう。子供の頃から培われたその感性は、強烈な一撃を加えなければ破壊出来ません。

 そしてその強固なプライドを破壊しなければ、王としては勤まりますまい」


 ギーヴの言葉は常に冷静で、穏やかだ。

 反面彼の言葉に、サシャは少し眉を上げ、さも不満ですと言わんばかりに大きく嘆息した。


「そうですか、――利用したんですね、私の《眷属》を」


 姫の傍に《勇者》の《眷属》がいる。

 それはこの世界で最も強い戦力が護衛についているという事に他ならない。これほど安心出来るものはないだろう。

 しかも安全というだけではない。この国の現状を隠しもせず見せる、公平で傅かない男だから、相当使い勝手は良いだろう。

 さらに《眷属》の目の前で犯人が凶行に及べば、決定的な『証拠』になり得る。

 一石二鳥だ。

 もしそこまで目の前にいる彼が冷徹ではなかったとしても、『七節擬』を差し向けるリスクを考えれば、こちらの方がずっと良いと思ったに違いない。

 彼はまんまと、この世界で最も平等で、事件解決の力を持った存在を利用した﹅﹅﹅﹅


「信用出来ないと言っていたくせに、こちらを利用する……言葉を選ばなくても良いなら、貴方は酷い人ですね」

「あるものは使う。勿論何かあれば、こちらの明かし、贖罪をしようと思っていましたよ」


 もしサシャが少しでも彼を糾弾する構えを見せれば、彼が相手にするのは《世権会議》という、この世界の大半を支配している組織そのものだ。一人の人間では立ち向かえない存在だ。

 それでもギーヴの表情は変わらない。

 このような場での慣れと、絶対の自信を感じる。

 それを見たら、怒る気にもなれなくなり、サシャはもう一度、今度は呆れの溜息を零す。


「まぁ、そこはもう、何を言ってもしょうがない事でしょうから。




 最後に――何故、姫を擁立したんですか?」




 ……ギーヴは答えず、ただただ先を促す。

 サシャは言葉を続ける。


「最初に言った通りです。王妃を仮の国王にすれば、貴方の権力は絶大なものになったはずです。いいえ、例え王家の血を引く貴族の子弟にしても、今より力が増したはずです。

 むしろ、姫は邪魔な存在だったはずです。

 ――何故、姫なのですか? 自分の血すら入っていない、赤の他人であるはずなのに」


 ……その言葉にも、ギーヴはしばらく答えなかった。だが、表情だけは変化していた。

 先ほどまでの余裕の笑みではない。心から真剣さを出しているような鋭い、確かな信念を感じる表情になっていた。


「……《勇者》殿、貴族とは何で継承されていくものだと、貴女はお考えでしょうか?」


 その表情を崩さず口に出された質問は、サシャにとっては奇妙なものだった。


「何、と言われましても……血、血脈によって継承されていくもの、だと思っていましたけど、違うのですか?」




「違います。貴族とは――この紋章が全てです」




 腰に提げていた短剣を掲げる。

 果実を護りし蛇の紋章。

 狡猾であっても大事なものを守り抜こうという信念を示す紋章。


「血にさしたる意味はありません。重要なのは家。その家の家人であるというだけで、その家に関わる者として生きる。

 傭兵や兵士でもそうでしょう、『同じ食卓で食い、同じ隊列に並べば家族』と。つまりはそういう事です」


「……では、血が繋がっていなくても、家族だから姫を守る﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅、と?」


「ええ。彼女は血が繋がっていなかったとしても妹の〝娘〟であり、私の〝姪〟です。フラグレント侯爵家とシルヴァリア王家との繋がりがある限り、我らは〝家族〟だ。

 家族はどうあっても護らなければいけない。それは国を護る以上に重要な事だ」


 その言葉に、返す言葉がない。

 先ほどまで目の前にいた、《勇者》の《眷属》を利用していた事を白状する狡猾な貴族と、同一人物とは思えない。

 しかし、傭兵や兵士とは違う気高さを持った、強い意志を持つ瞳。


(――ああ、そっか、)


 唐突に理解する。

 彼は、良くも悪くも〝貴族〟なのだ。

 ただ領主としての貴族ではない。真っ直ぐで強い、一昔前、この地方を馬で駆けていた戦士としての貴族の気風を受け継いでいる。


 血ではなく家を護る。


 家族を、民を、国を護る為ならばどんな事でもする。そういう狡猾で、豪傑な、高潔で冷徹な〝貴族〟。彼はそれを忠実に守ろうとしている。

 だから、こちらの常識で行動する事はなく、誰よりも強く、同時に真っ直ぐ過ぎる。


「他人から見れば、随分愚かに思えることでしょう。

 しかし《勇者》殿。貴族とは、そのような気風こそ全てなのです。それを失えば、貴族は貴族足り得ない存在になる。ただ権力と財力を蓄える、肥えた豚に成り下がる。

 それを私は何よりも許せない。嫌悪し、憎悪する」


「……貴方は、随分不器用な方だったんですね、フラグレント侯爵。正直、人間とは思えないような人だと思っていました」


 貴族としては余りにも器用過ぎる男だったはずなのに、それが個人という事を考えれば、あまりにも不器用過ぎた。

 だってそうだろう。

 家族としての情も、家を護ろうという心も、国を大切に思う気持ちも、全てが『貴族の気風』で纏め上げられ、人からは違った異形に見えてしまうのだから。

 しかも彼は、




「ええ、それで結構。そう言われてこそ、貴族ですので」




 それを一つも後悔していないのだから。




 コンコンと。

 控えめではあるが、それでもしっかりと自己主張する音が部屋に響く。


「入りなさい」


 ギーヴの言葉で、ノックをした人物は「失礼します」という言葉と共に扉を開けた。

 この城のお仕着せを見事に着ている彼女。服だけを見ればどこにでもいる給仕の類だが、顔を見れば誰なのか、サシャにはすぐに思い至った。

 この城に滞在する間、自分の専属として就いてくれている侍従メイド。この会談のセッティングを頼んだ女性だった。


「お話中失礼いたします、旦那様﹅﹅﹅。緊急のお知らせをお持ちしました」


 ――普通、城の侍従は誰に対しても苗字に様をつけて呼ぶ。

 何せ彼らの直接的な主人は王族であり、他の人間は客。だから旦那様と呼ぶ人間も、王一人に限られてくる。そんな人間が、他の人間を旦那様と呼ぶ事は決してない。

 ……それが侍従に化けた『七節擬』であるならば、話は別だが。


「……私にまで監視をつけていたんですね」


 サシャの鋭い視線にも、ギーヴは涼しい顔で答える。


「個人的な情報は何も頂いていません。貴女の御予定を察するのには、これが一番都合が良かっただけの事でございます。

 何せあのアンクロ様のお弟子様。どのような突発的行動を取られるか分かりませんでしたから」


 ああ言えばこう言うを、絵にかいたような男だ。

 そのまま恨みがましい視線を侍従にも向けてみるが、流石本職の暗殺者。こちらに笑顔で軽く会釈するだけで、足も止めずにギーヴの元に向かった。

 既にネタばらしは済んでいる。

 しかしその侍従はそれを知らないのか、ギーヴにだけ聞こえるように、静かに耳元で用件を話し始めた。

 何を話しているのか、教えられるまでサシャには分からない。耳は良い方だが、聞き耳を立ててもそれほどハッキリ聞こえる距離ではなかったし、ギーヴの表情が一切変わらない所為で、どんな内容なのか想像するのも難しい。

 本当に、蛇みたいな男だ。

 真面目な性格をしているとはいえ、どこかアンクロの気風を受け継いでいるサシャは、早速目の前にいる貴族然とした男を苦手になり始めていた。


「――ふむ。《勇者》殿。これは貴女にもお話した方が宜しい事かと思ったのですが、」

「ええ、なんでしょう」

「姫と《眷属》殿が、犯人の一味に拘束されたようです」

「――――――」


 一瞬、目の前のグラスに伸ばそうとしていた手が止まる。

 トウヤとは、ギーヴと合うほんの少し前に使い魔ファミリアを通して会話したばかりだった。話を聞く限りでは、すぐにそんな状況になるような報告ではなかったと思う。

 そう考えると、あの後すぐに何か起きたに違いない。


(ただ敵を倒すだけ﹅﹅なら、トウヤの実力で切り抜けられるはず……でもそれが出来ない、あるいはしないって事は、そう出来ない理由があるから)


 例えば、姫が人質にされている状況ならば。

 トウヤの実力がいくら高かろうと、《勇者》から与えられる大我マナの供給がない限り普通の人間と変わらない。

 万が一を考えて捕まる道を選んだのであれば、道理だ。

 ……だが問題はそこからだ。

 どうやって彼を救い出すか。

 今トウヤがいる町は片道三日は掛かるであろう場所にある。移動魔術などを習得していないサシャが移動出来る距離ではない。

 助ける事が出来るとすれば、その場にいる人間だけ。


「……フラグレント侯爵。現場にいる『七節擬』は何人ほどですか?」


 サシャの冷静な言葉に、ギーヴは静かに答える。


「偵察係や、正式な一員ではない情報協力者も含めれば、だいたい十人ほどでしょうか。少なくとも、姫と《眷属》殿を助け出すだけならば、充分な人数かと」


 既に、ギーヴはこれからサシャが何を言うのか、察しているようだった。

 ……本当に信用して良いのか、まだ分からない。

 もし彼の口から出た言葉が全て嘘であったならば、自分とトウヤ、トウヤと一緒にいる姫や、別室で待機しているウーラチカにも被害が及ぶだろう。

 この国は揺らぎ、大混乱になってしまう可能性だってある。

 ……それでも、




「すぐに、救援をお願いできますか」




 ギーヴ・フラグレントから見えた、貴族の矜持に掛けてみたかった。






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