其ノ二








 オレの出自とこれまでの経緯を、歩きながらサシャに語って聞かせた。

 最初は不審者を見るような目になっていたサシャも、オレが渡世者でギフトが二つあって、おまけに婆さんに拾われて傭兵に紹介され、そのまま傭兵として生きてきたという事を知って、警戒よりも興味が優先されたらしい。オレの話を熱心に聞いていた。

 案の定というか、この世界ではそういうものなのだろう。トリッパーである渡世者エグザイルという事実 ギフトに関しては、あんまり驚かれなかったが。


「そうですか……つまり貴方は、その《看破眼》と、えっと、」


「《全刃未刀サウザンド・エッジ》な」


 言い澱むサシャにオレがもう一度名称を口にする。

 ギフトにはそれぞれ名前をつけるものだ。

 何と無くでもカッコいいからでも、名前を付ければ力が増す訳ではない。

 単純にこの世界の国連的存在である《世権会議》にギフト持ちは一応届出をしなければならず、そこに名前が必要だったから爺さんにつけて貰っただけだ。

 おかげさまで、ギフトの話をすると毎回この小っ恥ずかしい名前を言わなければいけないから、苦痛だがな。


「その二つのギフトを持っているんですね」

「ああ……もっとも、オレはあんまり詳しくないし、爺さんもそこら辺は適当だったから、二つともどういう原理でそうなっているのかは分からないんだけどな。だから、その辺を教えて欲しいんだ」


 魔術師って生き物は、基本頭の良い人間がなるものだ。総じて優秀な人間が多いから、自然と国に士官する場合が多い。

 そうなると、下賤の傭兵と親しくなろうという人間は少なくなってくるし、傭兵そのものになろうなんて人間は殆どいない。だから原理を知ろうにも知れなかった。

 しかもオレも爺さんも周りの人間も、このギフトを「剣研ぎいらずで便利だな」とか「騙されなくて済むじゃん」程度にしか思っていなかったから、それ以上深く突っ込む事もしなかった。


そんなオレに対して、サシャは随分と呆れた顔をしていた。


「これだから傭兵という生き物は……まぁ、良いでしょう。

 まず《看破眼》の方は、恐らく魔導師が日常的に使っている大我を感じ取る力の応用といったところでしょう。

 個人資質に捉われず、その隠されている存在、あるいは誤魔化されている何かを大我を通して見る事によって知覚する。

 これで大我を操る才能を備えていれば魔導師になれますが、そうだった場合早々に魔導師の弟子になっているでしょうし、ないでしょう。

 彼らは、資質や本質を見抜く天才ですから。近くにいれば直ぐに同じ人種だと分かるはずですし」


「…………?」

「……ようは大我が見えるってだけです。意識としてはそれで十分でしょう」


 ちょっと何を言っているか分からないので小首を傾げると、サシャは呆れの表情をさらに濃くして面倒臭そうに言う。

 なんだろう、何か失礼な事を考えている気がする。


「では二つ目。その《全刃未刀》の方ですが、ざっくり言えばそのギフトは魔術とそう変わりはありません。最初から使える魔術、程度に思っていただければ結構です。

 恐らく、概念系魔力物質を生み出せる能力でしょうね」

「……すまん、その魔力物質が分からない。あの光だろう? オレはてっきりただの小我だと思っていたんだが……それに概念系って、他にもあるのか?」


「……ハァ、分かりました、一から説明します。本当に学がないんですね。まぁ一般の方だと魔術や魔導に触れる機会そのものが少ないですから、しょうがない所はありますが」


 少し申し訳なく思いながら手を上げたオレに、等々サシャは多分ずっと頭の中で考え続けた事を言葉に出した。

もっと砕いて言えば「馬鹿」と言われたんだが、勉強不足なオレがどんなに言い募ってもしょうがない。


「小我、大我については分かりますよね、流石に」

「流石に、は余計だ。

 えっと、小我が、人類や生き物が個別に持つ生命力みたいなもんで、大我が自然の力、だったよな」


「まぁ、その認識で間違いはありません。

 厳密にいえば、最初に大我が生まれ、次に小我が生まれたとされています。

 小我は使い過ぎれば死ぬ可能性もありますが、ある程度使っても問題なく、個人差や種族差が激しい。しかし、使い勝手が良いのは確かです。

 大我は世界そのものの力。基本的に消失する事はなく、常にこの世界に流転し、様々な場所に存在します。力は小我より大きいですが、反面扱いは非常に難しく、使えるのはほんの一握りです。

 この二つをそれぞれ操り、魔力物質に変換して現象を起こすのが、魔術師、魔導師です」


 足を止めず、サシャは説明を続ける。


「魔力物質には、性質別に三つの種類があります。《現象》《進退》《概念》です。

 《現象》とは火、水、土、風の四元素を基準とした物体的現象、あるいは物体そのものを擬似的に生み出せる性質。唐突に現象を引き起こせるこれは、魔術師が使う魔術のタネです。

 《進退》はこの世界に確固として存在しているものの成長や力を高める、あるいは滞らせる性質です。植物を急成長させたり枯らせたり、金属をより強固にしたり逆に柔らかくしたり、魔導師が使っている性質です。

 そして《概念》とは、魔術師と魔導師両方が使用しますが、これはかなり扱いが難しい。言わば、事柄や意味を象徴する力です」


「事柄や、意味……」


 オレの顔には、きっと「何が何やら」と言いたげな顔をしているんだろう。自覚はある。

 その表情を横目で見て、小さく溜息をまた吐いて(本当に失礼な奴だ)、少し考える素振りをする。


「何と言ったら貴方に伝わるでしょうね……そうですね、例えば目の前に火があるとします。薪に火が付きメラメラと燃えている。それを魔術や魔導で消そうとするならどうするか。

 《現象》を使うのであれば、魔術で水を生み出し、あるいは真空で火を消します。当然、燃えていた薪や、熱、煙といったものを同時に消せはしない。自然に無くなる可能性はありますが。

 《進退》であれば、火そのものの力を弱らせる事で火を消します。自然鎮火させるのに近い。こちらも、薪や熱、煙ごと無くなる事はない。

 《概念》は、そうですね。『消失』という概念を使用した場合、火どころか薪も熱も煙も消えます。燃えているという事実そのものが無くなるんです。《現象》《進退》は、魔力物質を変化、あるいは操作した物理現象であり、《概念》はその根幹にある事実を書き換えている、という事です」


「つまり、オレのギフトは刃を生み出す事そのものではなくて、ようはそういう意味や定義がされているって事なのか?」

「はい、恐らく使われている意味は『斬る』事でしょう。切断なのか割断なのか、それとも単純に斬るという結果だけを作り出しているのかは、実験や検証をしないと断言は出来ませんけど」


 なるほど、だから鈍らな剣だろうと鋭い剣だろうと、大概のものがスパスパ斬れてしまっていたのだ。

 斬る事を初めから能力として断言されているならば、基本的に斬れない物なんかない。


「これもまた恐らく、ですが。貴方が斬れないものは、基本的に魔術や魔導、あるいはそれに近しいギフトや能力を備えている存在で、相手も魔力物質で身を守っていたのでは?

 物理干渉するとはいえ、原則的に魔力物質は魔力物質でしか干渉できない。岩の塊を魔術で生み出して飛ばして、その攻撃を防ぐというのとは違い、概念系魔力物質ならその特性は顕著です。何せ物質であって物質ではありませんから」


「あぁ~、確かにそうかもしれない」


 基本的に魔獣などを相手にしていたが、魔術で作られた防具など斬り辛かったり、下手をすれば斬れなかったりする場合もたまにあった。

 そういう時は苦戦していたので、よく覚えている。

 今まで疑問だったものが次々と解消される。


「……ん? でも待てよ?

 今まで光は見えてもそれがそのまま形になった事はなかったから、「物体じゃない」には納得なんだが、だったらなんで今の剣だとはっきり形になっているんだ?」

「ああ、それはきっと新しく作ってもらった武器のおかげでは?」


 そう言われて、腰に下げていたのを見る。

 斬鋭剣

 鉄槌剣竜尾

 前者は鋭さに念頭を置き、オレの小我を術式で風の魔力物質に変換し、切れ味を上昇させ、後者はスイッチを切り替えれば衝撃と重圧の魔力物質に変換し、相手を押しつぶす。

と、作った技師からは説明を受けた。


「違う性質を使っているとはいえ、同じ魔力物質。

 今まで纏うだけだったものを、収束させ刃そのものとするように作られていれば、当然その姿を現す。しかし実体ではないから、物理的に刃こぼれしたりはしない。そういう風に出来ているのでしょう」


 ……それ、かなりチートなんじゃないか?

 刃毀れしない、しかも《勇者》からの援護を受ければ当然その攻撃が途切れる事はない。何せ大我を供給してくれるんだ、燃料切れで刃が使えない、という残念な結果は発生しないだろう。。

 今まではどんなものだったか厳密には理解出来ていなかったが、その特性を知ればそれこそ色んな使い道も生まれてくる。


「何を考えているか知りませんが、無敵ではありませんよ?

 逆に魔術や魔導の才を持つ人間に負ける可能性もありますし、無尽蔵なのは刃だけで、体は有限。まぁそれも《眷属》としての特権を応用すれば出来なくはないですけど」


オレの雰囲気や表情から何か察したのか、相変わらずの呆れ顔だ。


「別に、無敵になったつもりはねぇよ。こっちは生き残る事に終始する傭兵家業だったんだぞ。

 傭兵は、『無茶をしない、無理をしない、無駄を省く』ってのが鉄則だ」

「それもどうかと思いますけど。

 さて、私の魔術・魔導講義はここまで。次は傭兵のお話をしてください。報酬として」


 ……そう言われると弱いんだよなぁ。


「良いが、何を聞きたい?」

「そうですね……人を殺すのに、躊躇はしないんですか?」




「しない」




 即答した。


「オレ達傭兵が人を殺す時は、『殺せば利益がある時』か『自分が殺されそうになった時』の二択だ。

 前者は人にも寄るが、後者は悩んでいると自分が死ぬ。そんなもん、躊躇っている余裕はない」


 傭兵が戦う時、それは依頼された時のみだ。

 暗殺者とは違い、傭兵の代表的な舞台は戦場。何人殺せば幾ら入ってくるって計算だ。殺せば殺すだけ自分が生きて行く上でのパンと温かいベッドを多く確保出来る。

 人を殺してまで生きたくはないなんて結構なご高説だが、そんなご高説で腹は膨れず、寝ている地面は柔らかくならない。


「まぁ、だからって好き好んで人を殺す奴らは、傭兵の中でもよっぽどの変人だ。

 一生戦場って場所とは縁がない傭兵もいるくらいだし」

「傭兵なのに、ですか?」


 サシャはオレの言葉に目を丸くする。

 傭兵なのだから、ずっと戦場にいるのだろうというのが、まぁ、普通の人間が考えている傭兵像だ。しかしこの世界は、そう単純に回っている訳ではない。


「傭兵にも三種類いる。

 まず戦場、人間同士の争いをメインに戦う『腕貸し』。此奴らはよく人を殺すし、戦場っていう無法地帯にいるから、山賊や盗賊地味てる。普通の奴が考える傭兵ってのは、多分これだ。

 次に、隊商や行商人、お偉い商人の護衛をする『護り屋』。盗賊や山賊、あとたまに出没する魔獣を相手にする。基本的に護衛対象を守る事を前提にしているし、盗賊や山賊は生きて連れてけば報酬が得られるって場合が多いから、人殺しは未熟者か、必要に迫られた時だけ。

 最後に、魔獣退治を生業にしている『狩猟者』。魔獣を倒して、困っている市民から報酬を貰い、さらに魔獣の売れる部位を売って金にする。人が絡んでくる事は全然無いから、当然人殺しはしない」


「前の二つはさておき、最後のはそもそも兵士の役目でしょう? 何故傭兵がそんな事を?」

「あぁ〜、何処の国も基本そうだが、首都近くだったり被害がめちゃくちゃ大きいものじゃ無い限り、兵士が派遣されるのは遅い。その間に被害が大きくなる前に、傭兵に頼んじまう村は多いんだよ」


 国によって様々な統治の仕方をしているが、この世界の国はだいたい立憲君主制を取っている。

 王様がいて、配下がいる。王が、あるいは国の担当部署が領主を派遣したり、元々いる豪族に貴族の位を与えて箔付けしてやったりして、一年に一回くらいの割合でその領地から租税を貰う。

 しかし国の軍は人間同士の戦争をメインにして構築されるし、領主が独自に保有している軍もまた同様。

 しかも田舎で暴れる魔獣は、その大半が畑や家畜を荒らす言わば害獣とそう違いはない。勿論それを放っておけば人死が出る可能性がある。国も領主も可能性の段階では兵は出せない。

 そこで、お金で解決出来て後腐れがない傭兵を村や里で雇い入れるというのは、割りかしメジャーだ。


「……つまり、国や領主の怠慢がそのような風習を生み出しているんですね。

 人を守る事は悪い事ではありませんが、それでもやはり許せません。一度国そのものでそういう事を迅速に解決出来る制度を考える必要性がありますね」


 オレの言葉に何を思ったか、歩きながら顎に手を添えて考え事をするなんていう器用な事をし始めていた。

 それを見て、オレは少し驚いた。

 別にその姿勢がどうのと言うわけではなく、単純に傭兵に文句を言わない所がだ。てっきり『村人の弱みに付け込んで商売するなんて』とでも言うのかと思えば、批判対象は国だ。

 規格が大きいのもそうだが、本当に真面目だ。


「やめてやれよ、人様の仕事を取ろうとするんじゃない。それでパンと寝床を手に入れるしかない連中だっていっぱいいるんだぞ」

「でしたら、その狩猟者をメインに活動している人間を国が雇用すれば良いのです。一から魔獣専門の兵士を作る必要性はありませんし、その日暮らしではなく安定した収入と身分を手に入れる事が出来れば、喜ぶ人もいるでしょう」


 サシャの口から漏れた言葉は、正しい。

 短い時間で考える辺り、やはり頭は良いんだろう。なんだか、こんな道端の小さな話で世界の常識を変化させてしまったような気がする。


「それで? 貴方はどれだったんですか?」

「そろそろ名前を呼んでほしいもんだが……オレの場合、護り屋と狩猟者が半々ってとこだな。戦場に出た事は二回しかない」


 一度目は爺さんから一度は経験するべきだと言われて参加した、どこかの国同士の戦争だった。

 今現在この世界の戦争は、《世権会議》に加盟している国としていない国、もしくはしていない国同士の戦争が主流だ。オレの初めての戦場も、非加盟国同士が資源を求めて争うものだった。

 二度目はふらりと立ち寄った街に西の非加盟国の代表アルサーヌ帝国が宣戦布告もなしに攻めて来た時。もっとも戦争というよりも、流れに巻き込まれた撤退戦という方が正しいし、どちらかと言えば護り屋の領分だったが。


「人殺しの経験はあるけど、腕貸しの連中よりもない。

 そもそも、人斬るの、オレは好きじゃないからな」


 人を斬ってしまえば、そいつの死がオレの中に溜まっていく。

 死に顔、末期の言葉、怨みや憎悪。そういうのが腹の奥底に溜まっていって、目を閉じるとそいつらが責め立ててくる。

 それは、当然だ。自分を殺した人間を怨むのは当然だ。

 だから、出来るだけ人は殺したくはない。


「でも、必要に迫られればやるし、雇い主……つまり今はアンタな訳だが、アンタに命令されれば躊躇はしないし、後悔も後腐れも持ち込まない。そこは保証する」


 それでも仕事ならやりきるのが、オレの流儀だ。

 オレの言葉に、サシャは眉を顰め、


「そんな事を命令するつもりはありません。そもそも貴方は試練が終われば元の傭兵に戻るんです、好きにしたら良いんです」


 冷たい言葉を投げて来やがった。

 ……本当に愛想の良い女だよ。





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