短編詰め合わせパック

館 八代

雨の日に

 雨の神社は、少し不気味に感じる。

 屋根や地面を叩く雨の音が、辺りを包んでいる。

 空は黒い雲に覆われ、薄暗い。

 雨宿りの為に駆けこんだが、場所を間違えただろうか。

 今朝のニュースでは雨が降るなど言っていなかった。

 まあ、夕立など予報が無くても降るから仕方ないのだが。

 季節は夏、ゆえに半袖のシャツを着ているが、雨に濡れた今はこれだと肌寒い。

 両手を塞いでいた二つの買い物袋を地面に下ろし、ポケットからハンカチを取り出す。しかしハンカチ自体が既に水を吸って濡れており、使えそうにない。

 仕方なくそのままポケットに戻す。

「はぁ……」

 困ったものだと溜息を吐く。

 この土砂降りの中、買い物袋を二つも持って走るのは嫌だ。

 だがいつ止むか分からない雨を、薄暗い神社で待つのも正直怖い。

 時刻はいわゆる逢魔が刻。

 幽霊など信じている訳じゃないが、だとしてもやはりこの雰囲気は耐えがたい。

 そんな環境下で、突然死角から声をかけられたら人はどうなるだろう。

 恐らくは大声で叫ぶ。あるいは恐怖で声すら出ないか。最悪心臓の弱い人なら、ショック死もあり得るかも知れない。

 さて、では俺はどのような反応を示すか、我ながら楽しみに思えてくるだろう。

 この実験に協力してくれる人が居れば、ぜひとも頼んでみたい。

「何を、しているんですか?」

 さて、さっそくで悪いが実験の結果をお見せしよう。

「うわぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁあ!」

 突然耳元でささやかれた俺は、地面に置いた買い物袋を忘れ、神社の屋根の下から飛び出た。

 だが俺は幽霊など信じない。これは性質の悪い悪戯かもしれない。

 雨の中の境内で、俺は社の方を振り返る。

 二つの買い物袋が置かれた横に、一人の少女が立っていた。

 長い黒髪に、綺麗な花柄の赤い着物を着ていた。

 そして気になるその顔を一言で表現するなら、『人形』だった。

 綺麗に整っているが、表情が無い。俺を見るその瞳には、感情が見受けられない。

 幽霊は信じない、だけど、これは明らかにダメだ。

 関わってはいけないと、俺の中で警鐘が鳴る。

 しかし悲しいかな、今日の夕食は彼女のすぐ隣に置いてある。

 ほっぽり出して逃げたいのも確かだが、腹が減ってはなんとやら。

 恐る恐る、その子の方へと近づいて行く。

「えーと、こんにちは?」

 とりあえずあいさつから。あいさつは大事だ。

「もう、こんばんはの時間が近いですね」

 淡々と返された。

「お、おぅ……こんばんは?」

 近いだけならこんにちはでも正しいのではと思わなくなかったが、一応彼女の言い分に合わせる。

「こんばんは」

 今度はあいさつが返って来た。

「ええと、君は?」

 名前を尋ねる。

「人に名を尋ねる時は、まず自分からと聞きましたが?」

 なんと言うお決まりの文句だろうか、普通に生きてて案外直接言われるものじゃないぞ。

佐藤彰さとうあきらだ」

「そうですか」

「……」

「……」

 おや? なぜ沈黙が流れるのだろうか。ちゃんと名前は言ったはずだが?

 疑問に首をかしげると、

「聞いといてなんですが、私に名はありません」

 やっと彼女は答えてくれた。

 しかし名前が無いと来たか、これはますます怪しい。

 とにかく早く帰ろう。そう思い買い物袋を両手に持つ。

「私の質問にも、答えて下さい」

 おっとこれは困った。

 確かにその通りだが、はて? 質問とは何だっただろうか?

「何を、しているのですか?」

 ああ、そうだったそうだった。それに対する回答は簡単だ。

「雨宿りをしていた」

 彼女の方を見てはっきりと答えた。

「それじゃ」

 そしてもう一度買い物袋を持ち、行こうとするが――。

「じゃあ、雨が止むまで私が話相手をしてあげましょう」

「え……?」

 どうやら簡単には返して下さらないようだ。勘弁してほしい。

 何と言って断ろうかと考える。

「では、何か面白い話をしてください」

 いやお前が話してくれるんじゃないのか。

 しかしここで無理に逃げて、呪われたりするもの怖い。いや別にそう言うの信じているわけじゃないけど。

 とりあえず、適当にくだらない話をすることにした。

 俺の通ってる学校で何があったとか、家族の事とか、最近見たアニメの事とか。

 本当にくだらなすぎて、何が楽しいのか分からないくらいだ。

 実際彼女も、俺の話に一切の反応を示さず、無感情な表情で雨の境内を見つめていた。

「……ちゃんと聞いてるか?」

「ええ」

 しかし聞けば返ってくるので、止めるに止めれない。

 気がつけば、雨は上がっていた。

「ああ、止んだか。じゃあ俺は行く……よ?」

 隣を見れば、彼女の姿は無かった。

 まるで最初から誰も居なかったかのように。


 こんな経験をしといてなんだが、それでも俺は幽霊を信じない。

 だから、俺は雨の日には、あの神社に足を運ぶ。

 またあいつに会えるんじゃないかと思って。

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