【24】女王様のよう。
俺は母子家庭で育った。父親は俺が物心つく前に別れてしまったと、母から聞かされていた。だから正直、父親の記憶はほとんどない。
母は出稼ぎの仕事をいくつか掛け持ち、俺を育ててくれた。ただそう都合良く稼げたわけでもなく、裕福とはほど遠い生活。それでも俺は、自分が貧乏な生活を送っていたという意識はなかった。それも全てイローナの両親のおかげだ。
イローナの家は城下町で民宿を営んでいた。旅人や商人など多くの顧客を相手に、町でも人気の宿として少しは有名だったらしい。イローナの母の接客、父の経営力。どちらも素晴らしかったのだろう。特にその人柄は、全ての客を笑顔にする不思議な力を持っていた。そして何より、俺の母とイローナの母が古くからの友人という縁だけで、宿の一室を間借りさせてくれるという心の広さに、俺はずっと感謝の念を忘れたことがない。
当然母も申し訳ないという気持ちもありながら、イローナの母の優しさに甘えるしかなかった。まだ幼かった俺を育てるために住む家がないことだけは避けたかったのだろう。
イローナは、幼い時から宿の手伝いを毎日していた。もちろん両親以外にも従業員はいる。しかしイローナは、大人の従業員に混じって初めて簡単な手伝いから、いつの間にか看板娘と呼ばれるぐらいに成長していた。
人懐っこく愛想良く振る舞う様子は、訪れる旅人の癒やしにもなっていたのだろう。俺の前では見せない表情。少し不気味にも感じていた。
昼間は学校に、帰ってからは宿の手伝い。学校が休みの日にも、ほとんど手伝いをしていたイローナ。俺は学校がない日は、友人たちと外に遊びに行っていることが多かった。当時は友人たちにイローナと同じ家(正確に言えば宿の一室なのだが)に住んでいることがバレたくない思いが強く、帰るのも遅かったりして母に注意をされていたっけか。イローナの両親にも迷惑をかけていただろう。
当時の俺は、今を全力で生きる。将来のことは何も考えていなかった。せっかく母が稼いでくれたお金で学校の通わせてもらっていたが、勉強もほとんどしてこなかった。友人関係も、長いものに巻かれていくタイプで、友人の顔色を常に窺うような関係。心から楽しかったとは言えなかったが、それでも孤独に生きていくよりは良かった。
ただ、イローナが年の近い友人たちと遊んでいる姿を見たことがなかった。学校生活でも、常に独りで本を読んでいたり勉強していたりしていて、一人だけ違う雰囲気を漂わせていた。
イローナにはそれなりの寂しさもあったのかもしれない。それでもその感情を表には出さず、両親のために働く姿を大人たちはとても優秀な子として扱っていたのを覚えている。
ただ、俺自身のイローナに対しての印象は違う。宿の手伝いを終えると、必ずと言っていいほど俺の部屋を訪れてこう言うのだ。
――あー疲れた。ねえ、肩揉んで
それに対して断ると、決まってこう返してくる。
――あんた、誰のおかげで生活できてると思っているの?
ええ、正確に言えば俺の母のおかげ。更に言えばイローナの両親のおかげです。少なくともイローナのおかげではありませんよ。とは口が裂けても言えなかった。
イローナの態度はもう女王様のよう。当時から生意気だった。
彼女が決して人前では見せない表情を俺には見せてくる。納得は行かない。それでも当時の立場に加え、心意気までもイローナに勝てる要素が見つからなかった俺には従うという選択肢しか残っていなかった。
少年たちと殴り合った時でさえ、イローナの勢いは俺や他の少年たちよりも勝っていた気がする。実際の力は無いのに、あるように見せる。それが相手を弱体化させるのだ。その勇ましさは、彼女が女の子であることを忘れてしまうぐらいに。だから、どうすることもできないもどかしさは、日に日に溜まっていくばかりだった。
そんな時、城下町全体にある知らせが舞い込んできた。
『ヴァチャー王の
ヴァチャー王を先頭に、レイズ城に仕える兵士たちが列を成して町中を行進する。ヴァチャー王が王位に即位されてからは、その時が初めてだった。国の情勢が安定していなければなかなか執り行われることもない行進。町の人々は、誰もがその勇姿に見惚れるという。年中年ぶりということもあり、当時の盛り上がりは大変賑わっていた。
知らせが飛んできてからは、町中はお祭り騒ぎ。イローナの宿にも遠くからの見物客がの予約でいっぱいになるほどだった。
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